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第八話

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 覗き込んだ水晶の向こうの風景は、皇帝の私室だった。
 皇帝は何事か使用人と話していた。

「わかった。では、国内では皇妃が不調であることは浸透したのだな?」
「はい。間違いなく」

 皇帝は頷く。

「では、計画を次の段階に移す」

 そう言ったあと、皇帝がふと顔を上げ、初老の執事に尋ねた。

「そういえば、あの女は今どうしている」
「申し訳ございません、あの女とは?」
「プレスコット王国から来た女だ」

 あからさまに見下した呼び方だった。

「あの女はなにか言ったりしてきていないのか?」
「はい。特に何かあったという報告は受けていません。人員が足りませんでしたので、あの女には下級侍女をあてがうよう指示を出しましたが、それ以降はこれといって問題があったとは聞いておりません」
「ふむ……」

 皇帝は何事かを考えるようなしぐさをし、そして立ち上がる。

「少し様子を見に行ってくる。お前達は仕事へ戻れ」
「はっ」

 執事と使用人は一礼し、部屋を出て行った。
 そして皇帝もまた護衛の騎士を引き連れて部屋を出る。離宮の傍に差し掛かった時に騎士達に待機を命じ、一人で離宮へと向かった。
 離宮はシンと静まり返り、明かりも灯っておらず、皇帝は訝しげな顔をするも、そのまま歩を進めた。
 そして、ミリアリアにあてがった扉の前に来ると、ノックもせずに扉を開け放ち――それを見つけた。

「なっ……⁉」

 それは、死後かなりの時間が経っている死体だった。
 驚き、足を引くが、それが身に着けているものに気付き、唇の端が引き上がる。

「これはまた、都合の良い……」

 落とした呟きは、喜悦に満ちていた。
 皇帝はそのまま扉を閉め、上機嫌に笑みを浮かべながら元来た道を戻る。そして、使用人に離宮への立ち入りを禁じること通達するよう命じた。

 水晶に映る皇帝の笑みを見て、魔女達は叫んだ。

「「キッッッッッモ‼」」

 ギャー! と悲鳴を上げながら、鳥肌の立った肌をさする。

「なにあれ、なにあれ、死体を見て愉快そうに笑いやがったわよ⁉」
「クソよ! クソ皇帝だわ! アレ絶対、プレスコット王国のミリアリア姫だって気付いていたわ! 都合が良いってなによ⁉ お前の国が亡ぶのに都合が良いってこと⁉」
「そんなわけないじゃない! あのおがくずすら詰まってなさそうな皇帝よ⁉ 花畑以下の思考回路で都合の良い夢の計画に都合が良いとか思ってるに違いないわ!」
「花畑以下の思考回路でどんな計画立ててるって言うのよ⁉」
「私は花畑以上の思考回路しか持ってないから、ちょっとわかりかねるわ!」
「そうよね! 正常な人間では分からないわね!」
 
 ジタバタもがくように暴れ、ゼーハーと息を切らせ、落ち着こうと二人はワインを一気飲みする。

「っはー……。とにかく、なんか自己中なこと考えてそうね」
「アレよ。世界は自分の為にあるとか本気で考えてそう。嫁に貰った他国の姫君の死体を見て、都合が良いとか言えるなんて、明らかに為政者としての教育を失敗してるわよね」
「全くだわ。そもそも、人としてもどうかと思うわ。色ボケた欲のために、娘まで冷遇してるんだもの。情が無いわ」

 ミアは空になった二つのグラスに、ワインを追加で注ぐ。

「ねえ。ざっと纏めると、皇帝は皇妃の座に寵愛を傾けている男爵令嬢を据えたいんじゃないか、って思えるんだけど、それは間違いないわよね?」
「多分ね。皇妃を軟禁して、不調であると思わせてるなら、次は暗殺して皇妃の座を空にしたんでしょう。それで、空になった皇妃の座は、順当にいけばプレスコット王国の姫になるわけよ。だからこそ、男爵令嬢だったミリアリス妃をミリアリア姫だと思わせてるんでしょうし」
「そうよね。けど、これ、絶対上手く行くはずないと思うんだけど」
「私もそう思うわ」

 皇帝、馬鹿じゃねーの、と白けた顔をしながらワインを飲む。

「あのさぁ、私、もうちょっと何かしらの陰謀が渦巻いて居ると思ってたんだけど……。これがもし好きな子を隣に据えたい、ってだけの陰謀だったとしたら……」
「救えないわね」

 ミアの言葉に、スカーレットも顔をしかめて頷く。
 まさか、こんな浅い馬鹿馬鹿しい理由で戦争の危機とか、あんまりにもあんまりだろう。国民が可哀想だし、死んでしまったミリアリアも可哀想だ。

「とりあえず、ブレスト皇国に住んでる魔女は避難した方が良いような気がして来たわ」
「そうね。とりあえず、魔女協会に報告しておくわ」

 二人は疲れたように背もたれに身を預け、大きな溜息をついた。

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