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1巻
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しおりを挟むヒロインは「ざまぁ」された編
プロローグ
キラキラと光を反射するシャンデリアの下で、花もかくやとばかりに色とりどりのドレスを着た令嬢達が、若き紳士に手を取られ、優雅にダンスを披露する。
季節は春。ルビアス王国では三月の始めに、王立学園の卒業式が行われる。
今年度の卒業生にはこの国の王太子が含まれており、その関係で保護者の出席率はいつも以上に高い。それゆえに、式の進行を任された在校生の緊張は前年度以上だ。
しかしながら、王太子の一つ年下である彼の婚約者の協力もあり、式は無事に進行していく。
生徒達の尽力により卒業式を終え、その後は学園のホールでパーティーが開かれる。
卒業生、在校生が別れを惜しみ、時には涙を浮かべるものの、それでも祝いの場として相応しい祝福に満ちた温かな空気が流れていた。
だが、そんな場は、一人が発した言葉によって壊された。
「もう、お前の振る舞いにはうんざりだ! ベアトリス・バクスウェル! 今日、この時をもって、お前との婚約を破棄する!」
その言葉を発したのは、金髪碧眼の美男子――ルビアス王国の王太子であるアルフォンス・ルビアスだった。
アルフォンスは腕の中に金髪の少女を大事そうに囲い、その整った顔を憎々しげに歪めて己の婚約者であるベアトリス・バクスウェル公爵令嬢を睨みつけている。
ベアトリスは艶やかな黒髪の巻き毛に、青い瞳を持つ美少女である。勝ち気そうな顔立ちで、思わず委縮してしまうような迫力がある。しかし、その性格は温厚で、男子生徒からの人気はさることながら、女生徒達からも慕われている令嬢だ。
この二人の婚約は政略により十年前に結ばれ、特に波風立てず、お手本のような関係を築いていた。
しかし二年前、そこに波紋をもたらした者がいた。
その者こそが、現在アルフォンスの腕の中にいる金髪の少女、二年生のアリス・コニア男爵令嬢だ。
彼女はコニア男爵の一人娘で、田舎育ちの些か礼に欠けた振る舞いをする少女だった。
しかし、自他ともに認める田舎者で、注意すれば礼を言ってその振る舞いを直すような素直さがあった。
彼女は、たいして珍しくもない、ありふれた令嬢の一人だ。そんな彼女が、どうして騒動の中心人物になってしまったのか。
それは、ただの偶然から始まった。
入学式の曲がり角でアルフォンスにぶつかり、アリスが尻もちをついて、それを助け起こしてもらったのが出会いだ。
二度目の接触は、亡くなった母親が刺繍してくれたハンカチが飛ばされ、木に引っかかってしまって困っていたところを助けてもらった時だった。
大層感謝した彼女は、アルフォンスと廊下ですれ違ったり、偶然目が合ったりするたびに明るく愛らしい笑顔を浮かべた。
度々そんな笑顔を向けられたら、彼女に良い印象を持つのは当然のことだろう。
アルフォンスは適切な距離を保ちながら、人目のないところで彼女と少しずつ話をするようになった。そして、二人はいつしか想い合う仲となった。
しかし、あまりに身分が違いすぎるし、アルフォンスは婚約者のいる身だ。二人は自分達の関係に名前をつけるようなことはしなかった。適切な距離を保った、親しい秘密の友人。二人は、そんな関係だった。――だった、はずなのだ。
しかし、秘密はいつしか漏れ、二人には厳しい目が向けられた。
ここで二人が関係を絶てば、二人の感情を犠牲に万事丸く収まった。しかし、そうはならなかった。
逆境がまだ青い二人の恋を燃え上がらせたのか、孤立し、嫌がらせを受けるアリスはアルフォンスを頼り、アルフォンスは彼女を囲いこむように守りはじめたのだ。
アルフォンスは側近達の諌言を退け、話し合いを求める婚約者の腕を振り払い、ついに今日を迎えてしまった。
彼はアリスが受けている数々の嫌がらせはベアトリスが指示したものだと決めつけたが、ベアトリスはそれに反論し、冤罪である証拠まで突きつけて身の潔白を証明した。
追い詰められたのは、アルフォンスだった。
そして、激昂した彼はついに言ってしまう。
「う、うるさい! そんなもの、捏造に決まっている! 王太子をたばかった罪として、お前は国外追放だ!」
「……承知いたしました」
王太子という責任ある立場にありながら、ありえない論法を展開した彼に、ベアトリスは毅然とした態度で美しいカーテシーを披露した。
どちらが人として尊敬できるか、一目瞭然だった。
その後の展開も、目まぐるしかった。
会場を去ろうとしたベアトリスを呼び止める者がいた。それは、ルビアス王国の国王だった。
彼は王妃と共に会場にやってきて、息子の醜態に激怒した。
「お前はなんということをしたのだ!」
「ですが、父上!」
「お前に父と呼ばれたくもないわ! 衛兵、この愚か者を連れていけ!」
アルフォンスはアリスと共に衛兵の手によってパーティー会場から引きずり出された。そして、国王は被害者たるベアトリスに向き直る。
「此度のこと、申し訳なかった」
「そ、そんな! 国王陛下、王妃殿下、どうか頭をお上げください!」
頭を下げて詫びる二人に、ベアトリスは慌てる。
「申し訳ないが、今後のことを別室で話したい。構わないだろうか?」
「もちろんです」
国王の提案に、ベアトリスは頷く。
その後、国王は生徒達に騒がせたことを詫び、パーティーを続けるように言うも、生徒達は目の前で起きた事件に気を取られ、落ち着きをなくした。
結局、パーティーは早々に切り上げることになり、生徒達はその場を後にした。
人々が王子の失態を噂する。
しかし、彼らの話には一人の情報が足りなかった。
騒動の中心たるもう一人の人物――アリス・コニア男爵令嬢のことだ。
王太子と公爵令嬢の二人に目を奪われていたため、あの時彼女がどういう状態であったのか、誰も覚えていなかったのだ。
けれども、人は想像上のものをあたかも真実のように語れる生き物だ。
ある人は、公爵令嬢を悪意に満ちた目で見ていたと嘯き。
またある人は、いかにも悲劇のヒロインぶって王太子にくっついていたと大仰な身振りで説明した。
彼らは、思いもしないだろう。彼女がアルフォンスに頭を強く抱きしめられ、身動きも発言もできないようにされていたなど。
降参を示すようにアルフォンスの腕をタップしていたなど、誰も思いもしなかったのだ。
第一章
――結婚したい。
それは、女の切なる願いだった。
見合い回数三十六回。そのすべてに惨敗し、お一人様をひた走る三十路女は、ちょっといいなと思っていた同僚の結婚式の引き出物を肴に、やけ酒をしていた。
「バームクーヘンエンドなんて、冗談じゃないわよぉぉぉ!」
ド畜生! と吠えながらバームクーヘンをかっ食らうその様は、男が見れば回れ右して走って逃げるに違いない。
婚期が遠のくのも納得な形相の彼女は、結婚がしたくてたまらなかった。
結婚相手と新婚旅行先を相談したいし、ウエディングドレスを着たいし、新居を探すのに苦労したいし、一緒にスーパーに買い物に行きたいし、愛する命を腹に宿したかった。
「けっこんしたいぃぃ……」
女の嘆きは深かった。それこそ、その想いを来世に持ち越すくらいに……
***
「けっこんしたい……」
そう呟いて目を覚ましたのは、金髪碧眼の可愛らしい十七歳の少女だ。
少女の名は、アリス・コニア。デニス・コニア男爵の一人娘である。
幼い頃に母を亡くし、父と使用人達の手で育てられた田舎者の令嬢だった。
アリスはベッドから身を起こし、しばしぼんやりとして――頭を抱えた。
「余計なことを思い出したぁぁ……」
アリスは現在、コニア男爵領にある実家に帰ってきていた。
あの婚約破棄事件が起きたのは半月ほど前。
アリスはアルフォンスと共に王城へ送られ、事情聴取を受けた。
その結果、アリスは二つの罰を受けることとなった。その一つが、王立学園からの退学だ。
貴族の子は、十六歳になると必ず王立学園に入学し、何事もなければ三年ほどで卒業する。王立学園卒業というのは、貴族としての絶対的なステータスだ。
しかしそれができないとなると、社交界では爪はじきにあい、結婚相手に恵まれず、出世の道も閉ざされる。
けれども、それは騒動の原因の一人に対する罰としては、軽いものだった。
それもそのはず、アリスはアルフォンスの企みに一切関与していなかったのだ。
アリスはアルフォンスに単純に恋をして、諦め半分、恋しさ半分で彼の傍にいつづけただけだ。
それに、実のところアリスとアルフォンスは二人きりになったことはない。いつだって側近の男子生徒が傍にいた。そんな状態で深い仲になれるはずもない。
正直、あわよくば側妃になれないかとは思ったこともあったが、王妃になりたいとは一度も思ったことはない。自分の身分や教養では無理だと分かっていたからだ。
時折、ほのかに柔らかな熱を帯びる綺麗な瞳に見惚れながら、アリスは恋心を抱えて一人悶々としていた。
だが、嫌がらせを受けていたのは本当だ。
あの頃、アリスは初恋に浮かれ、脳内が花畑状態になっていたのだろう。そうでなければ、男爵令嬢ごときが王太子の傍をうろつくなどという、令嬢達を刺激するようなことはしない。そして、そんな虐めについて、アルフォンスに――男に相談するようなことはしない。女の諍いに、男が首を突っ込むと拗れるのは知っていたのだから。
更に、その相談によってベアトリスが糾弾されるとは夢にも思わなかった。
そういったことをアリスは正直に話し、その裏取りもなされ、アリスに大きな非はないという結論が下された。
それゆえに、男爵家に大きなお咎めはなかった。
けれど、事が起きた責任の一端はアリスにあった。だから、退学という罰が下ったのだ。
そんなわけで学園にいられないアリスは早々に実家に帰されたのだが、その日の夜に前世の記憶を思い出してしまった。
「なんで、今更思い出しちゃうのかしら。もう、全部終わったっていうのに……」
その記憶は、結婚したくてたまらない三十路女の記憶だった。
彼女はごく平凡なOLで、周りが次々に結婚していくなか、一人取り残されて足掻きまくっていた。
お一人様の寂しいことといったらなかった。
そんな彼女の心を慰めていたのは、画面の向こうの恋人達だった。
「けど、まさか乙女ゲームの世界に転生するとは思わなかったわ」
ポツリと呟き、溜息をつく。
前世のアリスは乙女ゲームに嵌まっていた。
いくつもの乙女ゲームをプレイし、現実にも恋人や旦那が欲しいと嘆いていたのだ。
その一つに、『精霊の鏡と魔法の書』というタイトルのものがあった。
ストーリーは、男爵令嬢のヒロインが学園に入学し、そこで攻略対象と関わりながら二年間過ごすというものだ。
もちろんライバル役の悪役令嬢も登場する。ヒロインの行動を妨害し、時には攻撃してくる彼女をいなしながら各種イベントやフラグを回収するのだ。
そして、ヒロインはあるイベントでタイトルに関係する精霊と契約する。精霊との契約は国にとって重要なことであるため、これによってヒロインは悪役令嬢への対抗手段を手に入れることとなる。
そうしてストーリーを進め、好感度を最も上げた攻略対象と共に、二年目――一つ上の先輩方の卒業パーティーで悪役令嬢の断罪イベントを迎えてエンディングに至るのだ。
そんな乙女ゲームの世界に、アリスはヒロインとして転生してしまっていた。
しかし、せっかくそんな記憶を思い出したとしても、アリスには既に無用の長物と化してしまっている。
「もう退学しちゃったし……」
アリスの学園生活は、ゲームのストーリー通りにはならなかった。
虐めはあったが、それは悪役令嬢からのものではなかった。そして、何よりも断罪イベントでは『ざまぁ返し』をされてしまっていた。
しかし、アリスはそれに落ち込んではいない。
「だって……」
アリスの口元が、にんまりと弧を描く。
「アルフォンス様と結婚できちゃったもんね!」
アリスは、二つの罰を受けた。
一つが、学園の退学処分。
そしてもう一つが、王家の不良在庫となった元王太子、アルフォンス・ルビアスとの婚姻だった。
あの断罪の日に堪能した素敵な胸筋の持ち主は、アリスの婿となったのだ。
***
「おはようございます、お嬢様」
聞きなれた侍女の声に、アリスはそちらに視線を向ける。
「おはよう、マイラ」
アリスの専属侍女であるマイラ・ラッツに朝の挨拶をする。
マイラは、アリスが幼い頃から面倒を見てくれたお姉さんのような存在だ。二十代半ばの彼女は、きりっとした顔立ちのいかにも仕事ができそうな女性で、茶色の髪をひっつめて一つにまとめている。
マイラはアリスの朝の支度を手伝いながら、小言を口にした。
「まったく、お嬢様は昔から突拍子もないことをなさいますが、マイラは今までで一番驚きましたよ」
昔から結婚願望が強かったですけど、こんな結婚の仕方は予想していませんでした、と言われ、アリスは苦笑いする。
「アルフォンス様がお婿さんになるのは、私も予想外だったわ。素敵な方だったし、恋もしたけど、結ばれることはないと分かっていたもの」
だから、アリスはあと一歩を踏み出せなかった。噂に反して、恋人と呼ぶには足りない関係だった。側妃を夢見たこともあったが、それすら無理だと分かっていた。
「けど、さすが貴族社会というか、学園っていう狭い世界だからこそなのか、アルフォンス様との関係がバレて、浮気相手として尾ひれがついて噂が流れちゃったのよね」
想い合う二人がこっそり会っていた。それだけなら、確かに浮気だろう。しかし、アリスはアルフォンスと二人きりで会ったことはなかったのだ。
「いつもアルフォンス様の傍には側近のバートラム・シュラプネル様がいらっしゃったの。だから私達の関係は先に進まなかったし、決定的なことはなかったわ」
アリスとアルフォンスの関係は、彼が卒業間近になって、忙しくなれば自然消滅するはずだった。しかし、そうはならず、今に至っている。
「まったく、呆れた話ですよ」
何がどうしてそうなった。
自分のところのお嬢様も迂闊だが、元王太子殿下も地位ある人間として、いったい何を考えているのか。
それが、マイラを含む男爵家の使用人一同の共通認識である。……ちなみに、アリスの父たるデニス・コニア男爵は現在、胃を痛めてベッドの住人となっている。しかし、きっと明日には復活するだろう。なんだかんだ図太いので。
「うん。まあ、迂闊だったのは認めるし、反省してる」
お馬鹿なアリスの状態は、前世のライトノベルで見かけたざまぁされる花畑令嬢を彷彿とさせた。
(まあ、あれよりはマシだったと思いたいけど)
少なくとも、一線は守り、片思いに浸っていた。……結局、ざまぁされたが。
しかし……
「けど、私は素敵な旦那様を手に入れたわ。国で一番の高等教育を施された、イケメンよ!」
ギラギラとした肉食獣のような目で、アリスは力強く拳を握る。
「うちはそもそも権力欲もなくて、中央にもまったく興味なし。むしろお父様は引きこもり体質で、行きたくないと駄々をこねるタイプ!」
マイラはいつかの駄々をこねる男爵家当主の姿と、それをしばき倒す家令の姿を思い出して遠くを見つめる。
「私も権力にも過ぎた贅沢にも興味はないし、衣・食・住が足りて、優しい旦那様と愛し愛される生活さえできればそれで満足!」
それはつまり……
「私は、勝ち組! イケメン王子をお婿さんに貰った私は、誰がなんと言おうと勝ち組よ!」
わーっはっはっはっは! と腕を組んで高笑いするアリスに、なんだかんだ心配していたマイラは、「元気でようございました」と呆れつつも安堵したように微笑んだのだった。
***
さて。
イケメン王子な旦那を貰ったアリスはすこぶる元気だが、お相手たるイケメン王子はそうではなかった。
彼はあてがわれた部屋からぼんやりと外を眺め、抜け殻のようになっていた。
「アルフォンス様、元気なさそうね」
「それは、そうでしょう。王太子の座を失って、こんな田舎領主の娘婿になったのです。落ち込まないはずがありませんよ」
細く開けたドアの隙間からアルフォンスの様子をうかがうのは、彼の内心を知らぬアリスとマイラだ。
ぼんやりしているアルフォンス様も素敵! と、暢気なことを言うお嬢様に、マイラは呆れながら、はしたないですよ、と言って襟首を掴んでドアから引きはがす。
たそがれイケメ~ン、と鳴くアリスを無視してドアを閉めると、壮年の執事服姿の男がこちらに向かって歩いてきているのに気づく。
「あら、スチュアートさん」
マイラの声に、アリスもそちらを向く。
クリント・スチュアートは、コニア男爵家の家令だ。なぜこんな田舎貴族の家に仕えているのか分からないくらい仕事のできる男である。
「スチュアート、お父様はどう? まだ寝込んでいらっしゃるの?」
クリントは襟首を掴まれているアリスの姿に溜息をつきながら、言う。
「いいえ。噂が下火になるまで派手な場に出るのは自粛したほうがいいでしょう、と申し上げたら、復活いたしました。今は裏の畑で苗の様子を見ておられます」
「さすがお父様。図太い」
どうやらもう復活したらしい。
アリスの父であるデニス・コニア男爵は、貴族社会が肌に合わず、自宅の裏庭に手ずから畑を作り、貴族をやめて農家になりたいと常々言っている男だ。今回のアリスの失態を言い訳に、社交をサボるつもりなのだろう。
今回の件が領民の生活に影響するならこうも暢気にしていられなかっただろうが、このコニア男爵領は陸の孤島のごときド田舎だ。ド田舎すぎて、令嬢が下手こいたところで領民の生活にさしたる影響はない。
「図太さならお嬢様も負けていないかと」
「え?」
学園を退学になっていながら、元気溌溂とした様子でイケメン婿をゲットしたと喜んでいる。この親あってこの子あり。実に図太い。
アリスがクリントの小さな呟きを聞き逃して首を傾げれば、彼はなんでもございませんと言って眼鏡を押し上げる。
「それではお嬢様。食事が済みましたら、学園で学ぶはずだったお勉強をいたしましょう。大丈夫、教科書は入手済みです。お勉強は私がお教えできます」
眼鏡をキラリと光らせてそう告げるスーパー家令に、アリスの頬が引きつる。
「ええっと、ほら、私は社交界から追放されたみたいなものだから、勉強は無駄じゃないかなー、なんて……」
「ははは、何をおっしゃいます。役に立つから勉強するのではありません。役に立つかもしれないから勉強するのです」
朝食を終えられましたら自室でお待ちください、と告げられ、アリスは絶望したような顔をした。
肩を落として食堂へ向かうアリスを見送るクリントに、マイラがこっそりと尋ねる。
「本音は?」
「うちのお嬢様に教養が足りぬと言われるのは我慢なりませんからな」
勉強はやろうと思えばどこでもできるのです、と学校に通ったことがないのに図書館並みの知識をその優秀すぎる頭脳に蓄え、できないことはないのではないかと噂されているスーパー家令は、ニヒルに笑った。
***
食堂にアルフォンスが現れることはなかった。
体調が悪いとのことで、自室でとるそうだ。アリスもそうなるだろうと思ったから、アルフォンスを誘わなかった。
アリスは食事の後、売られて行く子牛のような顔をして自室に向かい、スーパー家令によってビシバシ知識を叩き込まれ、午後にはグロッキーになっていた。
「大丈夫ですか? お嬢様」
「うええ~……」
学園の勉強よりハードってなに、とうめくアリスに、マイラが苦笑する。
ちなみに、午後からは自由時間だ。さすがのスーパー家令も仕事があるため、これ以上アリスに時間を割けない。
それでもアリスのために午前中の時間を使えるのは、彼が育てた人材と、午後だけで仕事を済ませられる彼自身の有能さのおかげだろう。
更に、スーパー家令は教えるのも上手だった。アリスは、学園で授業を受けるよりすんなり理解できた。彼の才能が恐ろしい。
「ところで、アルフォンス様のご様子は? ご飯はちゃんと食べたかしら?」
「それが……」
アリスの質問に、マイラが困ったように眉を下げる。
なんでも、どうにもお腹がすかないと言って小さなパンを一つとスープを半分、サラダを少し食べるだけなのだという。
「食べようとしていらっしゃるみたいなんですけど、どうしても食べられないみたいです。食事を下げる際、申し訳なさそうな顔をされていたそうですので」
まったく食べないよりはいいが、成人男性の食事量の半分にも満たない量となれば心配になる。
朝にアルフォンスの様子を見た時、アリスは彼が落ち込んでいるというより、燃え尽きて心ここにあらずになっているように見えた。話しかければしっかりと受け答えをし、こちらがアルフォンスの世話をやけば、申し訳なさそうな顔をする。しかし、彼は一人になると、ただただ遠くを見ている。
(アルフォンス様は別に私と結婚したくて卒業式のパーティーであんなことをしたんじゃないと思うのよね。何か別の目的があったんだと思うんだけど……)
そうせざるを得ない理由があった。だから、彼はそうしたのだ。
アリスは別に頭が良いわけでも、察しが良いわけでもない。アルフォンスが好きで、よくよく彼を見ていたから、そうなんだろうとあたりを付けられた。しかし、それ以上のことは分からない。
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