『ざまぁ』エンドを迎えましたが、前世を思い出したので旦那様と好きに生きます!

悠十

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1巻

1-3

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   ***


 なんか想定していた欲の種類とちょっと違うぞと感じた精霊達は、珍獣を見るような目をアリスに向けた。

「実は私、最近結婚したんですけど――」

 アリスは背筋を這うような寒気がなくなったと感じると、畳みかけるようにぶちまけた。
 王子様に親切にされ、交流を重ねて好きになったこと。
 彼に気にかけられたことで嫉妬され、嫌がらせを受けたこと。
 その末の不自然な断罪劇のこと。
 罰としてその王子様と結婚させられたこと。
 王子様はアリスに好意を持っているけれど、それは恋愛感情に満たないこと。
 その王子様は、まるで燃え尽きたかのように元気がないこと。

「何か事情がありそうね」
「ワァ、王家の闇ってヤツだね!」

 精霊達がかなり俗っぽい興味の示し方をしている。気持ちは分かる。ドロドロの王家の闇を描いたドラマとか、風呂上りのビール片手に観たい。
 そんなことを脳の片隅で考えながらも、アリスは更に言葉を重ねた。
 王子様を元気づけたいこと。
 そのためには肉を食べさせればいいと聞いたこと。
 コニア男爵領のダンジョンの下層に、とても美味しい肉をドロップする魔物がいること。
 その肉を食べさせてあげたいこと。

健気けなげね」
「男は胃袋からってヤツ?」

 精霊達は感心するかのように頷き、アリスの真心を聞く。
 そんな精霊達の様子に、アリスの語りに熱が入る。
 王子様に自分を好きになってもらいたいこと。
 あんな素敵な人が夫になるなんて、これを逃したら一生後悔すること。
 なんとしてでも彼をオトし、ラブラブ新婚生活をエンジョイしたいこと。

「あら? なんだか雲行きが怪しいわね?」
健気けなげがどっか行った」

 アリスの欲望に満ちた真心に、精霊達は、あれー? と首を傾げだした。
 しかし、アリスはそれに気づかず、ほとばしる熱いパトスのままに腹の底から叫んだ。

「私は! アルフォンス様と仲良くしたいの! 優しくて文武両道のイケメン旦那を逃したくない! あの顔をあらゆる角度から一生眺めていたい! あわよくば、あのほどよく引き締まった筋肉を堪能したい! 頭のてっぺんから足の指先まで私のものにしたい!」

 地位も名誉もどうでもいい! アルフォンスという男が欲しい!
 ダァン! と力強く両の拳を大地に打ち付けての魂からの叫びに、精霊達は「欲望に忠実~」と言いながら、警戒が完全に取り払われた生暖かい目でアリスを見つめた。
 最早、欲深い人間ではなく、欲深い珍獣として精霊達の視線を集めるアリスは、力強く言い募る。

「もう、こんなチャンスないのよ! 向こうがハイスペックイケメンを手放して、わざわざ結婚までしてくれたのよ⁉ こんなの、全力で囲い込むしかないじゃない! もちろん、責任はとるわよ! 私の手で溺れるほど幸せにしてみせるわ!」

 だから、彼を幸せにするために力を貸して! と再び土下座する珍獣アリスに、精霊達はどうしようか、と顔を見合わせる。
 なんかもう、一周回って面白い人間だ。それに、自分達を利用して悪しきことを成そうという気はなさそうだ。
 小精霊達は面白そうだからいいかな、と思うが、下層ダンジョンで肉をゲットするという彼女の目的を成すには力が足りない。数を集めればそれも可能になるだろうが、残念ながらアリスには複数の精霊を従える才能はない。そうなると、相性の良い大精霊との一対一の契約が望ましいのだが、大精霊は誰も彼もが実力相応にプライドが高く、契約相手を選り好みする。
 アリスは世の災厄になれるほどの莫大な魔力を持っているわけでもなく、偉大な賢者になれるような頭脳があるわけでもなく、聖女のように心が清らかなわけでもない。
 近年稀に見る珍獣というだけだ。そんな相手に、大精霊が契約を了承してくれるだろうか?
 精霊達が顔を見合わせて相談を始めた、その時だった。


 ――惚れた殿方を手に入れるために我武者羅がむしゃらになれるそのパッション、確かに見せてもらったわ!


 その声は、耳で聞き取った声ではなかった。頭の中に直接流れてきたのだ。
 そんな不思議な声に、アリスは驚きながらもあたりを見回す。
 すると、ふわり、と蛍火のような光がぽつぽつと現れはじめた。

「え?」

 目の前で起きる不思議な現象に目を瞬かせていると、蛍火はだんだんと大きなものになり、最後にはそれらが一か所に収束する。そして――

「きゃっ⁉」

 大きな光が弾けた。
 あまりの眩しさに、アリスは思わず目をつぶる。

「その熱く燃える愛の炎。まさに、この私と契約するに相応ふさわしい!」

 力強い声が耳を打つ。
 光が収まり、アリスは目を開ける。
 そして、視界に飛び込んできた人物に、目を見開いた。



 その人は、美しい朱金の長い髪に、張りのある白い肌をしていた。
 ぷっくりとした唇にはピンクのルージュがひかれ、長いまつ毛に縁どられた瞳は、太陽のような黄金。


 アリスはごくりと息を呑み、その人を見つめる。


 キュッとしまったウエストの上には、アリスより確実にバストサイズが上のたくましい大胸筋がのっている。
 上腕二頭筋は、筋肉自慢の戦士達が負けたと膝をつくような見事な隆起を見せていた。


「つ、つよそう……」

 思わずこぼれたアリスの呟きに、精霊達はさっと視線を逸らす。
 アリスの視線の先には、女神のコスプレをした、ゴリマッチョオネェがいた。


   ***


 精霊の格を測るのは、実はとても簡単だ。魔力量云々うんぬんもあるのだが、それ以前に視覚でそれが判断できるからだ。
 精霊は、格が高ければ高いほど、美しくなる。
 精霊の外見は獣型や、虫型なんてものもいるが、最も多いのは人型である。
 人型が多いのは、人が思考能力に優れ、その行動が複雑であるがゆえに興味を惹かれるからだ。つまるところ、暇つぶしの観察対象として最適な生き物なのである。
 そういったことから、影響を受けて精霊は人型をとることが多い。美醜に関してもそうだ。そのため、精霊の強さは人間の美的センスでも判断しやすい。
 そんなわけで、ただの精霊でもその美しさは一見の価値があるのに、大精霊ともなれば目を見張るものとなる。
 さて、そんな分かりやすい精霊の格なのだが、目の前にいる御仁の格を見た目で測るのは、ちょっと難しいかもしれなかった。

(これは、意見が分かれるお方だわ……!)

 目の前の人間の大男サイズのゴリマッチョオネェ精霊は、単純な男女の美しさから外れた外見をしている。
 格好は女神のごとき艶やかさなのに、その身は筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男性のものだ。だが、下品ではなく、美しくあろうとする努力に付随した、堂々たる自信がこの精霊を一回り大きく見せている。
 追い詰められた某ギャンブラーのような顔をして戸惑とまどうアリスに、精霊達は無理もないと視線を交わす。
 このゴリマッチョオネェ精霊は、精霊達の間でもどう対応すべきか迷う御仁なのだ。
 精霊には基本的に性別はないのだが、どちらかには寄る。その気になれば、ちゃんと性別を持ち、他種族との間に子供を持つことすらできる。
 そんな、どちらかに性別が寄る精霊だが、この御仁はどちらにも寄せているのだからどう接するのが正解なのか分からない。
 アリスが「つよそう」と言った通り、この精霊は強い。このお方は、ここにいる精霊達より格上の大精霊なのだ。精霊達はこのゴリマッチョオネェ精霊の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。
 そんな緊迫した空気の中、アリスは気づく。

(このお方、髪がすっごく綺麗! つやっつやのキューティクル! よく見れば肌も誰よりも張りがあって綺麗だし、目だって白目部分が赤ちゃんみたいに澄んでる! 筋肉だって変なつき方なんてしてないし、むしろ綺麗なのでは? これは、まさに――)
「健康美の化身! なんて美しいの!」

 ピシャーン!
 精霊達は、アリスのバックに雷が落ちる幻を見た。
 そして、アリスの発言にゴリマッチョオネェ精霊は「アラァ!」と嬉しそうな声を上げた。

「アナタ、なかなか見る目があるじゃない!」

 実のところ、ゴリマッチョオネェ精霊は面と向かって褒められたことがほとんどない。
 流行の最先端は常に孤独なモノ、とかなんとか言ってまったく気にせず、常にプラス思考で健康的な精神のままやってきた。己が美しいと思うものを体現し、肯定的な言葉がなくともその道を突き進んできたが、やはり誰かに褒められるというのは気分がいい。

「アタシの名は、ローズ。愛と情熱の大精霊よ」

 ふふん、と胸を張ってそう言うゴリマッチョオネェ精霊に隠れ、小さな子供の姿をした掌大の精霊が、「あの方の本当の名前は、ゴルバトス様だよ。炎の大精霊なんだ」と耳打ちしてきた。耳ざとく「ローズよ!」とシャウトされたが。
 さて、その大精霊ゴル――ではなく、ローズは、アリスを見下ろして言った。

「アナタの惚れた殿方の愛を掴み取らんとするその情熱、アタシはとても共感するわ。やっぱり、愛を得ようとするなら、待っているだけじゃダメよ。走ってわしづかみしに行くくらいの気概がなくちゃ!」

 アリスの脳内で、ビーチフラッグのごとくローズに砂浜で飛びかかられるアルフォンスの姿が再生された。アルフォンスのためならいくらでも盾になる所存だが、簡単に弾き飛ばされるまで余裕で想像できてしまった。勝てる気がしないのは仕方ないと思う。

「愛を成し、愛に生き、愛を残すのがこの世で最も美しい生き方よ! アナタならそれができる! アタシがそれを手伝ってあげるわ!」

 そんなアリスの珍妙な想像なぞつゆ知らず、ローズは高らかに宣言する。

「愛に積極的で、情熱的なアリス・コニア! さあ、アタシと契約しましょう!」

 キラキラを通り越してギラギラと生命力が輝いている大精霊のその言葉に、アリスはしばし呆けた。そして、彼女の言葉が脳に浸透すると、アリスは神に祈りを捧げるがごとくひざまずき、「女神様……」と呟いてゴリマッチョオネェ大精霊を大いに喜ばせたのだった。


   ***


 精霊との契約は、とても簡単だ。人間側が何かする必要はなく、精霊側が持ちかけた契約を受諾すればいいだけ。
 そしてアリスは大精霊ローズの契約を受諾し、見事に大精霊の契約者となった。
 契約したからには、精霊は契約者に付き従うものである。よって、帰宅後は色んな意味で大騒ぎになった。

「こちら、大精霊のローズ様! 私と契約してくださって、今日からここで暮らすわ。皆、よろしくね!」
「お世話になるわね!」

 バチコーン! と派手なウィンクがデニスと屋敷の使用人一同に突き刺さる。ちなみにアルフォンスは部屋に閉じこもっているのでここにはいない。もしいたら、ローズのウィンクに打ち倒されていたかもしれない。
 さて。この事態に、屋敷の人間達は動揺した。
 えっ、だいせいれい? ほんとうに?
 一同の表情に混乱と困惑が入り乱れる。なにせ、やってきた大精霊がゴリマッチョオネェである。明らかに只者ただものではないのは一目で分かるが、そのタダモノではなさの種類が予想外すぎた。

「ほら、見てちょうだい、この健康美の化身を! アルフォンス様を元気にするお手伝いをしてくださるのよ! この方の協力を得られるなら、アルフォンス様はすぐに元気になるわ!」
「ホホホ! 任せてちょうだい!」

 ここにいる面々は、美しいと評判の大精霊の美は人間ごときに測れるものではないのか、などと考えていたが、アリスの言葉によってアッ、そっち方面の美しさなんですね、と納得の表情を見せていた。
 さて、屋敷の者達は本当に色々と衝撃を受けていたが、一番早く立ち直ったのは、意外なことにアリスの父であるデニスだった。
 デニスはコホン、と一つ咳払いをし、言った。

「そうか。アリスと契約してくださるとは、なんとありがたい」

 どうぞ娘をよろしくお願いします、と頭を下げ、まだ仕事があるからと、後のことは家令のクリントに任せて朗らかな笑みを浮かべながら去って行った。なんのことはない。クリントに丸投げしただけである。
 丸投げされたことで我を取り戻したクリントは、旦那様コノヤロウと脳内で呟きながらもそれを表には出さず、微笑みを浮かべて言う。

「それでは、お部屋にご案内いたします」
「アラ、いいの? アタシ、精霊だから部屋とかなくても大丈夫なんだけど、用意してもらえるのなら嬉しいわね」
「もちろんご用意いたします。しばらく客室にてご滞在いただき、どこか気に入ったお部屋がございましたら、そちらを整えますので、お声をおかけください」

 そうしてクリントが動いたことで、他の使用人達も我を取り戻し、各々が仕事をすべく動き出す。
 そんな光景をにこにこと見ていたアリスは、客室に案内されるローズの後について行こうとして――肩をガッチリ掴まれた。
 いったいなんだと振り返れば、そこにいたのは不穏な迫力に満ちた笑みを浮かべるマイラだった。

「お嬢様、これはいったいどういうことか、ご説明願えますね?」

 アリスの肩を掴むマイラは、それはもう輝かんばかりの笑みを浮かべていた。
 笑顔は威嚇いかくを起源としているというが、彼女の笑顔は、まさにそれに相応ふさわしいだけの迫力を伴っていた。


   ***
 あの後、正座でマイラに説明し、アリスはしびれる足に苦しみながら小言を聞くこととなった。

「まったく、お嬢様はどうしてそう猪突猛進なんですか。精霊にこちらから契約を持ちかけるなんて、無謀もいいところですよ。怒りをかって、殺されたって文句を言えない行為なんですからね!」
「はいぃぃ……」

 ベッドの上でしびれる足をぷるぷるさせているアリスに、マイラはまったくもう、と溜息をつく。
 精霊の力を私利私欲のために利用しようとする人間は昔から後を絶たず、そうしたことがわずらわしくて精霊達は精霊界に引っ込んでしまった、というのが人間達の間に伝わる俗説だ。
 マイラはその俗説がわりと真実に近いのではないかと思っている。これまでに金や権力にすり寄る人間を何人も見てきた。ああいう者が力を寄越せとやってきたら、わずらわしいに違いない。昔、何かの折にそういう発言をして貴族が精霊に殺されたという話を聞いたことがあった。アリスもまた、そういう人間と思われて殺されていたかもしれないのだ。マイラの小言は当たり前である。
 マイラは改めて自分が仕えるお嬢様を見る。
 いったいどんな運命の悪戯いたずらか。このいのししのようなお嬢様は、その精霊との契約に成功してしまった。それも、相手は炎の大精霊というではないか。

(言いはしませんが、さすがはお嬢様ですね)

 マイラはアリスの無謀を叱りはするが、実のところ内心では誇らしさがあった。

(このことを知ったら、お嬢様を退学にした連中はどう思うかしら。ま、すべては今更ですけど)

 大精霊に限らず、精霊との契約は、国への報告義務がある。普通であればアリスは田舎貴族の男爵家から国に取り上げられ、場合によっては侯爵家以上の家の養女となる可能性があった。
 しかし、それはもう不可能だ。なぜなら、臭い物に蓋をするかのごとく、アリスはアルフォンスと結婚させられ、このコニア男爵領に押し込められたのだから。

(お嬢様の力を欲しようにも、継承権は失ったとはいえ王族を伴侶に迎えていて、しかもそれを推し進めたのは国王陛下。別れさせることは不可能。何より、お嬢様の身分が低いことをいいことに、王都ではお嬢様が悪女であるかのように扱われている)

 アリスはアルフォンスと結婚できて、現状に大変満足しているが、普通であれば恨み、激怒していてもおかしくはない。

(そんな力ある存在を味方につけた令嬢を、王都に呼びつけるなんてできないでしょうね)

 大精霊の契約者は、国にとって極上の盾であり、矛だ。他国に対する抑止力にもなり、いざという時の大きな戦力にもなる。

(ただ力を手に入れただけなら、お嬢様の暗殺もありえた。けれど、お嬢様が成したことは、大精霊との契約。精霊は契約者を理不尽に殺されたら、精霊によっては相手に報復する)

 そして、その報復の規模は精霊によるのだ。一人で済むこともあるが、町一つが更地になったり、族滅したりしたこともある。

(きっと、あの大精霊はお嬢様を大切にしてくださるわ)

 あの普通ではない大精霊は、その普通でなさぶりがアリスと相性が良さそうに見えた。
 国は自身が追い出した令嬢に手出しできず、気を使いながらほぞを噛むこととなるだろう。

(ざまぁみろ)

 マイラはアリスが大切だった。だから、アリスに泥を被せて終わりにした連中が嫌いだ。なんならアルフォンスにもあまり良い印象がないが、アリスのあの懐きようから性根は良い人なのだろうとは思っている。

(お嬢様さえ幸せなら、私はそれでいい)

 アリス第一の忠実な侍女は、未だに足のしびれにもだえるアリスの間抜けな姿に苦笑しながら、そのしびれをなんとかしてやろうと容赦なくその足を掴み、アリスが上げる悲鳴を無視してマッサージを施したのだった。



   第三章


 最近、屋敷が騒がしい。
 窓の外をぼんやり眺めながら、アルフォンスは思った。
 つい先日、アリスが大精霊と契約したと聞き、驚いたのは記憶に新しい。
 大精霊と契約できるなんて、彼女はとんでもない幸運の持ち主だ。なんて素晴らしいことだろうと思うと同時に、申し訳なくて気分が落ち込む。
 なぜ、自分はアリスに令嬢として傷がつくようなことを仕出かしてしまったのだろうか。もっとやりようがあったのではないかと後悔が押し寄せる。
 申し訳なかった、と一つ溜息をついたところで、気づいた。
 アルフォンスに充てられた二階の部屋の窓辺の下に、アリスがいることに。
 彼女は、一人ではなかった。

「さあ、アリスちゃん! 頑張って! 恋も仕事も体力勝負よ! アタシの力を使うことも、まず体力がなくっちゃ!」
「はい! ローズ様!」

 アルフォンスは、ゆっくりと瞬いた。

(何か……、いたな……?)

 眼下を走り抜けていったのは、女神コスのゴリマッチョオネェと、運動着姿のアリスである。
 一国の王子であった彼は、選ばれたモノしか目にしたことがない。それはつまり、ある意味箱入りということだ。
 そんな彼が目撃した未知なる存在を前に、意識が宇宙まで打ち上げられ、しばらく帰ってこられなくなったのは、仕方のないことだった。


   ***


 大精霊ローズと契約したアリスだったが、当然ながら彼女の力をなんの訓練もなく使えるようなことにはならなかった。
 まず体力をつけるべく走り込みをし、ローズに力の使い方を習い訓練すること一週間。さすがに劇的なレベルアップなどはできやしないが、意外と体力とセンスがあったアリスは、精霊の力を借りての攻撃に関してある程度流れのようなものを掴んだ。なので、一度魔物相手に試すべく、アリスはローズからダンジョンアタックの許可を貰った。
 二人は装備を整え、ダンジョンへと向かう。

「今回は初心者コースの上層だけね。確か、上層は地下五階層までなのよね?」
「はい、そうです」

 ローズの問いに、アリスは頷く。
 コニア男爵領のダンジョンは、五階層までが上層で、それ以下が下層となり、二十階層から下が深層となる。このダンジョンは踏破されておらず、何階層あるかは不明だ。
 ちなみに、ダンジョンには到達階層まで転移できる魔法陣が設置されているため、行き来は楽だ。
 なお、そういう魔法陣があるがゆえに、中層がないからすぐに下層へアタックできる、というコニア男爵領のダンジョンの旨味はほぼ意味のないものとなるので、余計にこのダンジョンは流行らない。なかなか上手くいかないものである。
 そして向かったダンジョンの一階層。
 一階層は、洞窟だった。
 出てくる魔物は、鋭い牙を持つ大ネズミ型の魔物と、コウモリ型の魔物だ。どちらもさして強くはないが、そこそこ素早いので、対魔物戦のいい練習相手となる。

「精霊との契約での強みは、精霊の力を行使できること。つまり、アタシの情熱の炎を使えるようになるわ」
「はい、ローズ様」

 一階層を進む前に、今一度確認をする。
 ローズの力を借りての戦闘の仕方は、とてもシンプルなものだ。
 まず魔法にて身体能力強化をして、ローズの力を長剣に宿し、さながら炎の魔法剣のような状態にしてぶった切る。お前はそれでも乙女ゲームのヒロインかとツッコミが入りそうなほど雄々しい姿である。
 普通、アリスのような『少女』が精霊と契約したなら、精霊自ら敵対者を攻撃し、契約者を守ってくれそうなものだ。実際、ゲーム上でヒロインが契約した大精霊はそういう風に攻撃のアクションをとっていたし、現在ベアトリスと契約している大精霊もそのように力を行使している。
 ローズがメインはあくまでアリスであることにこだわるのは、アリスがそう願い、そういう契約をしたからだ。
 そもそも、アリスは愛するダーリンのために自ら獲物を狩りたいので力を貸してほしいと願い、契約した。なのに、ローズがアリスを後ろに下げ、守りながら獲物を狩るのでは、ちょっとおかしいのではないか。そういうことから、アリス主体の戦闘スタイルとなったのだ。

「ま、さすがに危なくなったら手を出すから、やれるところまでやってみて」
「はい!」

 そうしてアリスは上層部のダンジョンアタックを行うことになったわけだが、意外と上手くいっていた。

「とりゃぁぁぁ!」
「グギャッ⁉」

 大ネズミ型の魔物を一撃で葬り……

「せいやぁぁぁ!」
「キュビッ⁉」

 コウモリ型の魔物も、長剣からローズの力を借りて炎弾を飛ばすという遠距離攻撃で灰にした。

「ちょっと、予想外というか、予想以上というか……」

 ローズが驚きに目を見張る。
 本当に上手くいっていた――というより、上手くいきすぎていた。


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