妖精王オベロンの異世界生活

悠十

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篩編

第十三話 戦闘2

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――ギィィィ……ン!

 しかし、アーロンが振り下ろした刃は、光魔法で作られた障壁に阻まれてしまった。

「くっ……!」
「あらまあ、惜しかったですね」

 そう言って薄く笑うセリーナを、アーロンは睨みつけた。

「そうそう、私に何かするなんて、無駄な事です。聖女は守られる存在。その為に、この様に、光の盾を支給されるのです」

 そう言って、セリーナの右手の中指に嵌っている指環を見せた。

「これ、魔道具なんですが、とっても便利なんですよ。起動する為の呪文もいらず、ただ念じるだけで障壁が張れるのです」

 にっこり微笑むその笑顔が憎たらしい。
 今は障壁は解かれているが、アーロンが動けば再び瞬時に障壁は張られるのだろう。
 ギリィ、と奥歯を強く噛んだ、その時だった。

――パァン!

「え?」

 小さな破裂音と共に、セリーナの肩から鮮血が弾けた。

「あ、ああぁ……」

 セリーナはその衝撃によろけ、血の滲む肩を抑える。痛みに呻きながら、辺りを見回し、見つけた。

――パァン! パァン!

 そして、続けて二発の破裂音。
 しかし、それはセリーナの張った障壁によって阻まれた。
 一体何が、と思い、音のする方へ視線を向ければ、広場の近くにある店の屋上に、一人の老年の男が居り、小さな銃を構えているのが見えた。
 男は怒りに燃えた目で怒鳴る。

「この、不心得者! 女神様の名を使い自分の行動を正当化するなど、恥を知れ‼」
「なっ!?」

 ここで、始めてセリーナの表情が崩れた。
 そして、アーロンは気付く。どうやら、この広場を覆っている障壁は、上の方は脆い様だ。その証拠に、銃を構える男の前の障壁は、小さいが穴が開いている。

「サイラス! この、馬鹿者! 何という危険な真似を……!」
「旦那様! お逃げ下さい‼」

 トラル皇国からの使者であるブラムが男に向かって叫び、サイラスと呼ばれた老年の男が再び銃弾をセリーナに撃ち込む。

「女神様の慈悲を騙る異端者め! 女神様の声も聞けぬくせに、女神様の何を知ると言うのか‼」
「何を――」

 セリーナの美しい顔が、憤怒の形相歪む。

「女神様のお声を聴ける者は、聖堂から出る事を許されない! 此処に居るのなら、お前は女神様のお声を聴くことが出来ない者なのだろう! そのお前が、女神様の意思を語るなど、何という烏滸がましい真似を! 恥を知れ!」

 その言葉は、セリーナのプライドを強く刺激するものだった。
 セリーナは、歴代の聖女でも一、二を争う程優秀で、メキメキと力を付けて行ったが、神託を受けるスキルだけは習得することが出来なかった。それは、セリーナにとって初めての挫折であり、途轍もない屈辱だった。

「五月蠅い!」

 セリーナは魔力を込め、放つ。

「<<光の刃!>>」
「なっ――」

――ドォォォン!

 それは穴の開いた結界を更に削り、サイラスが居る屋上に直撃した。

「サイラス‼」
「サイラス様‼」

 ブラムと少年の悲鳴が上がり、屋上からもうもうと煙を上げる屋上を凝視する。
 煙が収まり見えたのは、壊れた建物と、血を流し、瓦礫の中に倒れているサイラスだった。

「何という……」

 無辜の民を傷つけた『聖女』に、アーロンは絶句する。
 対するセリーナはサイラスのその姿を見て、哄笑を上げた。

「あは、あはははははははは! 私を、女神様の使いたる私を不心得者などと、異端者などと言うからそんな事になるのです!」

 最早、そこには『聖女』など居なかった。そこにはただの狂人が、罪を犯した罪人が居るだけだった。
 狂人がくるぅり、とアーロンに振り向き、言う。

「いけませんね。そう、いけないわ。あの様な失礼な男の邪魔がまた入るかもしれない。だから、もう終わらせましょうね」

 そう言い、セリーナは己の魔力を高め、紡ぐ。

「<<天より射します光の帯よ、我らが尊き太陽の恵みよ――>>」

 紡がれる言葉は、光魔法の呪文だ。
 アーロンは力の限り斬りかかるが、それは障壁に阻まれる。

「<<その力は全てを清め、全てを祓い、全てを焼く――>>」

 アーロンは体勢を立て直し、剣を構え、突いた。
 やはり障壁に阻まれるが、それでも剣は障壁を少しずつ削り、埋まっていく。

「<<聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな>>」

その光景に目を剥きながらも、セリーナは呪文を紡ぎ続ける。

「<<ここに、聖なる裁きを、断罪の光を!>>」

 ギギギ、と不快な音を立て、障壁を剣が刺し進む。
 けれど、障壁は壊れない。セリーナの喉元近くまで剣は近付いているというのに。
 そして、遂にその時は訪れてしまった。

「<<ここに、光あれ!>>」
 セリーナの周りを光が躍り、その身が風を纏う。その風により、アーロンの剣が押し返されていく。

「<<――聖光――>>」

 そして、その光はやがて一つになり、多大な熱を持つ光の塊となった。
 セリーナの目は、妖精――木霊を見ていた。
 騎士達は襲撃者の相手で動けず、小さな木霊が逃げるには時間が足りなかった。
 アーロンの脳裏に絶望がよぎった時、木霊の前に躍り出る小さな影があった。

「妖精さん!」

 それは、ブラムが庇っていた少年だった。
 少年は木霊に覆い被さる様に身を投げ出した。

「テオ!」

 しかし、其処に割って入ったのは少年だけでは無かった。ブラムもまたテオと呼ばれた少年に覆い被さる様に身を投げ出したのだ。
 最上位の光魔法が、恐るべき威力を持って三人に襲い掛かる。
 しかし、それは彼等の身を焼くことは無かった。

――ドォォォォン‼

 轟音を立てて、暴虐なる力は大地を抉り、辺りを吹き飛ばした。
 あまりの威力に周囲に居た者達も爆風にあおられ、吹き飛ばされる。
 辺りはもうもうと土煙が上がり、視界を遮られた。
 そして、それが収まる頃、アーロンは見た。

「え……」
「これは、いったい……」

 辺りの石畳は吹き飛ばされ、大地は抉れてクレーター状になっていた。
 しかし、それは一部を除いての事だった。無事だった一部、それは『生命の樹』の周りであった。

「うぅ……」
「う……、テオ、無事か?」

 無事ではあったが、精神的なショックからか、ブラム達は強張る体を無理やり動かし、のろのろと身を起こした。
 そして、彼等は気付いた。自分たちの周りに、『生命の樹』の周りに薄っすらと優しい光を纏う膜が張られているのを。

「これ、妖精さんの仕業?」

 テオが木霊にそう尋ねると、木霊は首を振り頭上を見上げた。
 それに倣う様にテオとブラムが空を見上げ、目を剥く。
 そして、それを見ていたアーロンも、他の人々もその視線を追う様に空を見上げ、驚きに目を見開いた。

「何と、嘆かわしい……」

 そこには、人が居た。
 美しい白い衣装を身に纏った、水晶の鹿の角を持つ、人だった。

「これは、一体どういう事だ、人間。説明せよ」

 そこには、妖精王オベロンが居た。
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