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令嬢は踊る
第二十八話 真昼間の修羅場
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レナとイヴァンは職人街を抜け、表通りから少し外れた所にあるカフェへ来ていた。
蓄音機からクラッシックな音楽が流れ、店内は穏やかで心地よい空気が流れている。
「レナ、何にする?」
「うーん……、もうすぐお昼ですから、お昼ごはんにしましょうか?」
「そうだね。そうしようか」
にこにこと微笑み合い、メニューを覗く。
「ここはラザニアが美味しいらしいよ」
「そうなんですか? どうしようかなぁ」
そんな、のんびりとした一時だった。
しかし、それは突如破られる。
「なんですって⁉」
店内に女の悲鳴じみた怒声が響いた。
驚き、何事かと店に居た人々の注目が集まる。
そこに居たのは、レナやイヴァンと同じ年頃の男女だった。
青年は注目されている事に慌て、少女を宥めようとするが、少女は止まらない。
「婚約解消したいって、どういう事⁉」
「カレン、声を落して――」
「いいから、答えて!」
どうやら、彼等は婚約者同士であり、破局の危機であるらしい。
レナとイヴァンは顔を見合わせ、そちらを見ないように視線を逸らしながら、聞き耳を立てる。
「……僕は、彼女の力になりたいんだ」
「親の脛をかじっている学生なうえ、子爵家の次男坊如きが、何が出来るって言うの?」
青年の青い主張を、少女がばっさり切り捨てる。
しかし、少女の言葉にめげる事無く青年は言い募る。
「それでも、孤独に震える彼女の傍に居る事は出来る!」
「孤独に震える? あの方にはオーランド様が常に傍に居らっしゃるじゃないの」
フン、と鼻で笑う少女の言葉に、レナとイヴァンは再び目を合わせ、視線で会話する。
――あれって、もしかして?
――うん。もしかしなくとも、ジュリエッタ嬢とオーランド殿の事だね。
「公爵家の子息が傍に居らっしゃるのよ? 貴方の出番は無いわ」
「いや、オーランド殿は公爵に見放されている。あの方では何もできない」
そう言う青年に、少女は冷ややかな目を向ける。
「それ、貴方とどう違うの? 先ほども言ったように、貴方は学生で、子爵家の次男。それに私と婚約を解消すれば、立場は悪くなります。そんな方に纏わりつかれても、あの方は迷惑なだけでしょう」
「そんな事は無い!」
青年は自分が傍に居れば彼女を守れる、彼女は自分の才を認めてくれている、だのと捲し立てる。
「彼女は君と違って、僕を理解してくれているんだ! 僕を頼りにしてくれている!」
「そう。それでは、私達の婚約で保障された家の取引はどうなるの? この婚約が解消されれば、貴方の家には莫大な慰謝料が発生するわ。両家で進めていた事業にも大きな影響が出る。どれだけの人間が困ると思っているの?」
「そんなもの、どうとでもなる! 所詮、愛の無い政略結婚だ! 弟と君が婚約すれば――」
――バシャッ!
水が掛けられる。
青年は驚き、言葉が止まる。
対する水を掛けた方の少女も、思わず取った自分の行動に驚き、固まる。
我に返った少女は目をつぶり、深く息を吸い、吐く。
そして、一拍の間。
「……そうね、私は貴方の事を理解してなかったみたい。婚約を、解消した方が良いかもしれないわ」
少女の声は震えていた。
彼女はテーブルに代金を置いて、席を立つ。
「お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
周りの客に謝り、店の方にも目を向けて改めて謝罪する。
そうして少女は店から出て行き、残された青年も次いで席を立ち、代金を払って店から出て行く。
次第に店の中に喧噪が戻り、レナとイヴァンは同時に詰めていた息を吐いた。
そのタイミングの良さに目を合わせ、苦笑いする。
「びっくりしたね」
「はい。あれって、ヘンリー殿下が言ってた、アレですよね」
「うん。『魔性の女』って、こういう事なんだろうね」
ヘンリーが言っていた貴族の子息たちが誑かされ、その先に辿り着くのが、あれなのだろう。
ジュリエッタはカップルクラッシャーになっていたのだ。
近付いた男達の婚約者や、身内の女性とも距離を詰めようとしていたことから、故意では無いのだろう。しかし、彼女が近づいた結果が、先程のカップルだ。
「もしかして、これからもあんな事が増えるんでしょうか?」
「ああ。可能性はあるかな」
レナはなんとなく食欲が失せ、店で人気だというラザニアを食べる気にはなれなかった。
結局、二人は軽食を頼み、それを食べると店を出た。
「デザートも美味しいらしいんだけどね……」
「何だか食べる気になれませんでしたね……」
何だか、疲れる一日になってしまった。
そのままサンドフォード邸まで送られ、帰っていくイヴァンの背中を見送る。
「これから、どうなっちゃうのかなぁ……」
レナの胸にポツリと不安が落ち、滲むように広がった。
蓄音機からクラッシックな音楽が流れ、店内は穏やかで心地よい空気が流れている。
「レナ、何にする?」
「うーん……、もうすぐお昼ですから、お昼ごはんにしましょうか?」
「そうだね。そうしようか」
にこにこと微笑み合い、メニューを覗く。
「ここはラザニアが美味しいらしいよ」
「そうなんですか? どうしようかなぁ」
そんな、のんびりとした一時だった。
しかし、それは突如破られる。
「なんですって⁉」
店内に女の悲鳴じみた怒声が響いた。
驚き、何事かと店に居た人々の注目が集まる。
そこに居たのは、レナやイヴァンと同じ年頃の男女だった。
青年は注目されている事に慌て、少女を宥めようとするが、少女は止まらない。
「婚約解消したいって、どういう事⁉」
「カレン、声を落して――」
「いいから、答えて!」
どうやら、彼等は婚約者同士であり、破局の危機であるらしい。
レナとイヴァンは顔を見合わせ、そちらを見ないように視線を逸らしながら、聞き耳を立てる。
「……僕は、彼女の力になりたいんだ」
「親の脛をかじっている学生なうえ、子爵家の次男坊如きが、何が出来るって言うの?」
青年の青い主張を、少女がばっさり切り捨てる。
しかし、少女の言葉にめげる事無く青年は言い募る。
「それでも、孤独に震える彼女の傍に居る事は出来る!」
「孤独に震える? あの方にはオーランド様が常に傍に居らっしゃるじゃないの」
フン、と鼻で笑う少女の言葉に、レナとイヴァンは再び目を合わせ、視線で会話する。
――あれって、もしかして?
――うん。もしかしなくとも、ジュリエッタ嬢とオーランド殿の事だね。
「公爵家の子息が傍に居らっしゃるのよ? 貴方の出番は無いわ」
「いや、オーランド殿は公爵に見放されている。あの方では何もできない」
そう言う青年に、少女は冷ややかな目を向ける。
「それ、貴方とどう違うの? 先ほども言ったように、貴方は学生で、子爵家の次男。それに私と婚約を解消すれば、立場は悪くなります。そんな方に纏わりつかれても、あの方は迷惑なだけでしょう」
「そんな事は無い!」
青年は自分が傍に居れば彼女を守れる、彼女は自分の才を認めてくれている、だのと捲し立てる。
「彼女は君と違って、僕を理解してくれているんだ! 僕を頼りにしてくれている!」
「そう。それでは、私達の婚約で保障された家の取引はどうなるの? この婚約が解消されれば、貴方の家には莫大な慰謝料が発生するわ。両家で進めていた事業にも大きな影響が出る。どれだけの人間が困ると思っているの?」
「そんなもの、どうとでもなる! 所詮、愛の無い政略結婚だ! 弟と君が婚約すれば――」
――バシャッ!
水が掛けられる。
青年は驚き、言葉が止まる。
対する水を掛けた方の少女も、思わず取った自分の行動に驚き、固まる。
我に返った少女は目をつぶり、深く息を吸い、吐く。
そして、一拍の間。
「……そうね、私は貴方の事を理解してなかったみたい。婚約を、解消した方が良いかもしれないわ」
少女の声は震えていた。
彼女はテーブルに代金を置いて、席を立つ。
「お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
周りの客に謝り、店の方にも目を向けて改めて謝罪する。
そうして少女は店から出て行き、残された青年も次いで席を立ち、代金を払って店から出て行く。
次第に店の中に喧噪が戻り、レナとイヴァンは同時に詰めていた息を吐いた。
そのタイミングの良さに目を合わせ、苦笑いする。
「びっくりしたね」
「はい。あれって、ヘンリー殿下が言ってた、アレですよね」
「うん。『魔性の女』って、こういう事なんだろうね」
ヘンリーが言っていた貴族の子息たちが誑かされ、その先に辿り着くのが、あれなのだろう。
ジュリエッタはカップルクラッシャーになっていたのだ。
近付いた男達の婚約者や、身内の女性とも距離を詰めようとしていたことから、故意では無いのだろう。しかし、彼女が近づいた結果が、先程のカップルだ。
「もしかして、これからもあんな事が増えるんでしょうか?」
「ああ。可能性はあるかな」
レナはなんとなく食欲が失せ、店で人気だというラザニアを食べる気にはなれなかった。
結局、二人は軽食を頼み、それを食べると店を出た。
「デザートも美味しいらしいんだけどね……」
「何だか食べる気になれませんでしたね……」
何だか、疲れる一日になってしまった。
そのままサンドフォード邸まで送られ、帰っていくイヴァンの背中を見送る。
「これから、どうなっちゃうのかなぁ……」
レナの胸にポツリと不安が落ち、滲むように広がった。
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