錬金術師の成り上がり!? 家族と絶縁したら、天才伯爵令息に溺愛されました

悠十

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令嬢は踊る

第五十六話 泡沫

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 その日、ジュリエッタは兄からの手紙を読んでいた。
 それは、帰国を促す手紙だった。
 フーリエ公爵家は王家と決別したものの、王家が低姿勢で謝罪し続け、時間を置いて頭を冷やした父が態度を軟化させたらしい。
 そもそも、兄としては一気に反王家に傾くなどあまりに極端過ぎると言っていた。ジュリエッタへの所業は許せないが、ちゃんと落としどころを考えるべきだと父に訴え続けていたのだ。
 そして、王家からメザン領という豊かな王家所有の領地を慰謝料に貰える事となり、税金も向こう二十年は国に納めなくてもよいなどという破格の待遇を勝ち取ったのだとか。
 確かに、そこまでされたら態度を軟化させぬわけにはいかないだろう。
 狙っていたヘンリー王子の婚約も決まってしまい、ランタナ王国でのジュリエッタの立場も微妙なものとなってしまったので、早々にブルノー王国へ帰り、国内での新たな婚約に備えるようにとの事だった。
 ジュリエッタは手紙を読み終えると、溜息をついてそれを机へ置く。
 帰国するのは、きり良く今学期が終わってからになるだろう。
 
「……私、どうなるのかしら」

 それは、漠然とした不安だ。
 
「あんな事が無ければ、きっと皆幸せだったわ……」

 ジュリエッタはチアンの存在を知らず、真っ直ぐに国へ尽くす道へ進み、いずれ王妃として立っていただろう。
 オーランドは帰国し、婚約者と結婚して、ジュリエッタの事を過去の人間としていつか処理し、幸せになっていたに違いない。
 ジュリエッタが下手を打ったせいで婚約を解消したカップルもそのままで、幸せになっていただろう。

「まあ、そんな事はあり得なかっただろうけど……」

 元婚約者の王太子はジュリエッタの事を嫌っていたし、彼の愛する女性は正妃になる事を望んでいた。
 必ずどこかでジュリエッタとの仲は破綻していた筈だ。

「オーランド様には申し訳ない事をしたわ……」

 ジュリエッタを助けてくれたオーランドは、つい先頃ランドール家から除籍された。この除籍された原因はジュリエッタを助けるためにとった行動であるため、彼の後見にフーリエ公爵家の分家である伯爵家を紹介した。
 彼は心の整理がついていないのか、後見の話を保留にしている。
 フーリエ公爵家が直接彼の後見に立たないのは、彼がジュリエッタに想いを寄せているからだ。父は彼がジュリエッタにこれ以上近付くことを良しとしていない。
 そして、現在ジュリエッタの傍に侍るオーランドを除く四人の男性達。彼等もまた、ジュリエッタに想いを寄せている男達だ。
 
「侯爵家次男のマルセル様、伯爵家嫡男のコンラッド様、伯爵家三男のジャスティン様、子爵家次男のシメオン様……」

 しかも誰もが美男子で、将来を期待されている有能な男達だ。

「彼等がブルノー王国の貴族であれば、お父様はどう判断なさったかしら……」

 フーリエ公爵家は、彼等をジュリエッタの婿に選ばなかった。特に、嫡男のコンラッドは無理だろう。王妃教育まで受け、国の深部を知ってしまったジュリエッタが国外へ嫁ぐにはリスクがあり過ぎる。
 
「けど、何方かを私がお婿に望めば、叶えていただけそうね……」

 彼等は有能で、いずれは公爵家に利をもたらしてくれるだろう。
 そんなことを言いながら、その顔が悲しみに染まっているのは、その選択肢の中に愛する男が含まれていないからだ。

「チアン様……」

 呟き、ペタリと机の上に身を伏せる。

「あの方が、カンラ帝国の皇子でなければ……」

 否、むしろ自分も、彼も、身分なんてものが無ければ良かったのかもしれない。
 そうすれば、彼に話しかけて、一緒に授業を受けて、課題をして、町を自由に一緒に歩いて……
 そんな事を夢に見ながら、ジュリエッタはそっと目を閉じた。



   ***



「オーランドがランドール家から除籍された」

 ある日の放課後、クラブ活動中にヘンリーがおもむろにそう告げた。

「それじゃあ、フーリエ公爵家に引き取られる感じになるの?」
「いや、引き取られるようなことは無いな。あいつはジュリエッタ嬢に惚れてるから、公爵からしてみれば引き離しておきたいだろう」
「では、どこかの家を挟んでの援助になるのか」

 口々に先輩達がそう言い、レナは首を傾げる。

「それって、結局オーランド様はジュリエッタ様を選んだという事ですか?」
「そうだ。つまり、奴は足掻くつもりなんだろう」

 ヘンリーがそれを肯定して頷き、エラが心配そうな顔をする。

「あの、そうすると、殿下達が以前言ったようにオーランド様が何か仕出かす可能性があるという事でしょうか?」
「まあ、何かするでしょうね。何か分からないけど」

 ネモが肩を竦めてそう言い、ヘンリーが苦い顔をする。

「するなら、多分、学園に居る間なんだよな……。あー、嫌だ、嫌だ。追い詰められた奴は予想を超えてくるからなー」
「対策はしてないんですか?」

 イヴァンの問いに、チアンがほうじ茶を啜りながら言う。

「対策はオーランドのする事に関して、ランタナ王国とは無関係を主張できる対応を取っている事だな。現在、オーランドはランタナ王国の社交界から締め出されているそうだ」
「ああ、成るほど。そういう……」
 
 ランタナ王国の中枢から、この男はこの国に相応しくないと弾かれましたよ、もう無関係ですよ、という無言の主張だ。
 
「あの、アメリア様に何かご迷惑がかかるようなことは無いでしょうか?」

 エラが心配しているのは、アメリアの事らしい。確かに、やっと体調が回復したと言うのに、また何かあればベッドへ逆戻りしてしまいそうだ。

「いや、それは無いだろう。何かを仕掛けるなら、チアンか、ジュリエッタ嬢に、だ」

 ヘンリーの言葉に、チアンの眉間に皺が寄る。

「せめて個人間の問題で収まると良いですね……」

 イヴァンの言葉に全員が頷く。
 既に、何も無ければいいなどという期待は持てなかった。

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