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棺の中の乙女
第十話 森の中で
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「あっ」
ふらり、とよろけて咄嗟に階段の手すりにつかまる。メイはそのままずるずると座り込み、めまいが収まるのを待った。
貧血だろうか、とぐるぐる回る視界を閉ざし、ぼんやりと考える。
ユーダムとお茶をするようになってから半月以上の時が流れた。
愛しい青い目に自分が映るようになってからの夢のような日々。先日など、君のための香りだと言って、自分で調合したのだというメイ専用の香水をプレゼントされた。
エリーゼの香水はバラの香りが強かったが、メイの香りは百合をベースにしていた。
「ユーダム様……」
愛しい人の名前を呼ぶ。
めまいが収まり、目を開けば映るのはラングトン伯爵家のご自慢のエントランスホール。明るい光が入り、白を基調としたそこは、花瓶に活けられた花々を更に鮮やかに浮かび上がらせた。
昔、エリーゼが生きていた頃は、ユーダムが玄関から入って来て、それを出迎えるエリーゼの姿を物陰からそっとうかがうことしか出来なかった。しかし、今ではその彼を正面から見つめ、言葉を交わすことが出来る。
今日は、彼から貰った紅茶を飲んで寝よう。そんなことを考えながら、そっと立ち上がる。その際、ふわりと香る百合の香りに、メイはひっそりと微笑んだのだった。
***
本日のレナの部活動は、イザベラと薬草採取である。夏の森の中、日陰の木の根元に生える『ネノシタゴケ』を採取しに行くのだ。
「苔も錬金術で使うんですのね」
「そうなの。このネノシタゴケは魔力を通すと大きく変質するんだけど、混ぜる他の薬品によって更に効果が幅広く変わるのよ。とても使い勝手のいい触媒になるみたい」
「そうなんですのね」
ただし、効果が幅広いが故に繊細な魔力操作が必要で、初心者向きでは無い触媒でもあるのだ。
その触媒を、そろそろいいでしょう、とネモが使用許可を出した。
折角だから採取するところから始めなさい、と送り出され、自分はまだ扱えないけど、せっかくだから採取には行きたいと手を上げたイザベラと共に森へやって来た。目指すは森の中を流れる小川である。
「川辺に生えてますの?」
「正確には、水辺の傍の木の根本辺りかな。不思議と水辺以外では見ないんですって」
そう言いながら、サラサラと穏やかに流れる小川の傍の木の根本を見る。
「あ、ほら、あった」
「まあ、これがそうですの?」
見た目はスギゴケに似ているが、それよりも一回り小さく、花は青い。
「根こそぎ全部採っちゃんじゃなくて、半分くらい残して採りましょう」
「分かりましたわ」
この瓶に詰めてね、と空きビンを渡し、採取していく。
幸い、ネノシタゴケは広範囲に多く生えていたため、それなりの量が採取できた。
「結構早く終わっちゃったけど、イザベラは何か採取していきたいものとかある?」
「そうですわね――」
そう言ってイザベラが首を傾げた、その時だった。
ガサリ、と茂みが音を立てて揺れ、それが近づいてくるのが分かった。
ここは川辺だ。水を求めた魔物かと二人が身構えた時、それは姿を見せた。
「うん? おや、確かエラさんの友人の……」
「えっ、ユーダム・ブレナン……様……!?」
まさかの人の登場に、レナとイザベラは目を剥いたのだった。
***
「いや、まさかこんな所でレディお二人に出会うとは思ってもみませんでした」
「ウフフ……」
にこやかなユーダムに、レナは乾いた微笑みを浮かべる。
(なんでこんな所にこの人が居るの!?)
レナの頭にはその疑問でいっぱいだ。
しかし、ユーダムは如何にもなれた様子で、足場の悪い道を悠々と歩き、こちらに近づいてきた。
「ユーダム様もなんだかなれたご様子ですわね。見た所、皮鎧もそれなりに使われているようですし」
小首を傾げてイザベラがそう言えば、ユーダムは少し照れた様子で言った。
「ああ、実はちょっと錬金術を嗜んでいまして。その材料集めに自分で森に入ることがあるんです」
「えっ!?」
「まあ! そうなんですの!?」
意外な言葉だった。貴族の嫡男が錬金術を――自分で採取作業をする程こなしているというのは、滅多に聞かない。
そして、ユーダムはふとレナたちの手元を見て微笑んだ。
「ああ、お二人ともネノシタゴケの採取に来られたんですね。実は、僕もそうなんですよ」
その言葉に、更なる衝撃を受けた。ネノシタゴケは扱いの難しい触媒だ。それを採取し、使うつもりであるというなら、ユーダムの錬金術師の腕前は準錬金術師に近い可能性があった。
「まあ! ネノシタゴケを使ったレシピは魔力操作が難しいと聞きましたわ。ユーダム様は凄いんですのね!」
ユーダムへの疑惑を知っていながら、イザベラはそ知らぬふりをして、見事に無邪気な令嬢の仮面を被ってユーダムを褒めた。
「私はまだこれを使うことは許されていないのですけど、ユーダム様は何にお使いになりますの?」
キラキラと憧れを籠めた目で見上げられ、ユーダムは照れたように頬を掻いた。
「いえ、そんなに大したものではないんですよ。香水を作るのに少し使うだけなんです」
体内に取り込むようなものではないから、そう気を張るような物では無いのだとユーダムはそう言うが、それでも魔力操作が難しいのは変わらない。それがきっちりモノになっているのなら、彼の腕は確かだろう。
そして、自分はもう少し奥で採取してみると言って、彼はその場を後にした。
その背を見送り、その姿が見えなくなってから、レナとイザベラは微笑みの仮面を脱ぎ去った。
「レナ先輩、どう思われます?」
「取りあえず、先輩達に報告かな」
二人は顔を見合わせ、頷いたのだった。
ふらり、とよろけて咄嗟に階段の手すりにつかまる。メイはそのままずるずると座り込み、めまいが収まるのを待った。
貧血だろうか、とぐるぐる回る視界を閉ざし、ぼんやりと考える。
ユーダムとお茶をするようになってから半月以上の時が流れた。
愛しい青い目に自分が映るようになってからの夢のような日々。先日など、君のための香りだと言って、自分で調合したのだというメイ専用の香水をプレゼントされた。
エリーゼの香水はバラの香りが強かったが、メイの香りは百合をベースにしていた。
「ユーダム様……」
愛しい人の名前を呼ぶ。
めまいが収まり、目を開けば映るのはラングトン伯爵家のご自慢のエントランスホール。明るい光が入り、白を基調としたそこは、花瓶に活けられた花々を更に鮮やかに浮かび上がらせた。
昔、エリーゼが生きていた頃は、ユーダムが玄関から入って来て、それを出迎えるエリーゼの姿を物陰からそっとうかがうことしか出来なかった。しかし、今ではその彼を正面から見つめ、言葉を交わすことが出来る。
今日は、彼から貰った紅茶を飲んで寝よう。そんなことを考えながら、そっと立ち上がる。その際、ふわりと香る百合の香りに、メイはひっそりと微笑んだのだった。
***
本日のレナの部活動は、イザベラと薬草採取である。夏の森の中、日陰の木の根元に生える『ネノシタゴケ』を採取しに行くのだ。
「苔も錬金術で使うんですのね」
「そうなの。このネノシタゴケは魔力を通すと大きく変質するんだけど、混ぜる他の薬品によって更に効果が幅広く変わるのよ。とても使い勝手のいい触媒になるみたい」
「そうなんですのね」
ただし、効果が幅広いが故に繊細な魔力操作が必要で、初心者向きでは無い触媒でもあるのだ。
その触媒を、そろそろいいでしょう、とネモが使用許可を出した。
折角だから採取するところから始めなさい、と送り出され、自分はまだ扱えないけど、せっかくだから採取には行きたいと手を上げたイザベラと共に森へやって来た。目指すは森の中を流れる小川である。
「川辺に生えてますの?」
「正確には、水辺の傍の木の根本辺りかな。不思議と水辺以外では見ないんですって」
そう言いながら、サラサラと穏やかに流れる小川の傍の木の根本を見る。
「あ、ほら、あった」
「まあ、これがそうですの?」
見た目はスギゴケに似ているが、それよりも一回り小さく、花は青い。
「根こそぎ全部採っちゃんじゃなくて、半分くらい残して採りましょう」
「分かりましたわ」
この瓶に詰めてね、と空きビンを渡し、採取していく。
幸い、ネノシタゴケは広範囲に多く生えていたため、それなりの量が採取できた。
「結構早く終わっちゃったけど、イザベラは何か採取していきたいものとかある?」
「そうですわね――」
そう言ってイザベラが首を傾げた、その時だった。
ガサリ、と茂みが音を立てて揺れ、それが近づいてくるのが分かった。
ここは川辺だ。水を求めた魔物かと二人が身構えた時、それは姿を見せた。
「うん? おや、確かエラさんの友人の……」
「えっ、ユーダム・ブレナン……様……!?」
まさかの人の登場に、レナとイザベラは目を剥いたのだった。
***
「いや、まさかこんな所でレディお二人に出会うとは思ってもみませんでした」
「ウフフ……」
にこやかなユーダムに、レナは乾いた微笑みを浮かべる。
(なんでこんな所にこの人が居るの!?)
レナの頭にはその疑問でいっぱいだ。
しかし、ユーダムは如何にもなれた様子で、足場の悪い道を悠々と歩き、こちらに近づいてきた。
「ユーダム様もなんだかなれたご様子ですわね。見た所、皮鎧もそれなりに使われているようですし」
小首を傾げてイザベラがそう言えば、ユーダムは少し照れた様子で言った。
「ああ、実はちょっと錬金術を嗜んでいまして。その材料集めに自分で森に入ることがあるんです」
「えっ!?」
「まあ! そうなんですの!?」
意外な言葉だった。貴族の嫡男が錬金術を――自分で採取作業をする程こなしているというのは、滅多に聞かない。
そして、ユーダムはふとレナたちの手元を見て微笑んだ。
「ああ、お二人ともネノシタゴケの採取に来られたんですね。実は、僕もそうなんですよ」
その言葉に、更なる衝撃を受けた。ネノシタゴケは扱いの難しい触媒だ。それを採取し、使うつもりであるというなら、ユーダムの錬金術師の腕前は準錬金術師に近い可能性があった。
「まあ! ネノシタゴケを使ったレシピは魔力操作が難しいと聞きましたわ。ユーダム様は凄いんですのね!」
ユーダムへの疑惑を知っていながら、イザベラはそ知らぬふりをして、見事に無邪気な令嬢の仮面を被ってユーダムを褒めた。
「私はまだこれを使うことは許されていないのですけど、ユーダム様は何にお使いになりますの?」
キラキラと憧れを籠めた目で見上げられ、ユーダムは照れたように頬を掻いた。
「いえ、そんなに大したものではないんですよ。香水を作るのに少し使うだけなんです」
体内に取り込むようなものではないから、そう気を張るような物では無いのだとユーダムはそう言うが、それでも魔力操作が難しいのは変わらない。それがきっちりモノになっているのなら、彼の腕は確かだろう。
そして、自分はもう少し奥で採取してみると言って、彼はその場を後にした。
その背を見送り、その姿が見えなくなってから、レナとイザベラは微笑みの仮面を脱ぎ去った。
「レナ先輩、どう思われます?」
「取りあえず、先輩達に報告かな」
二人は顔を見合わせ、頷いたのだった。
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