錬金術師の成り上がり!? 家族と絶縁したら、天才伯爵令息に溺愛されました

悠十

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棺の中の乙女

第十二話 井戸端

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 さて、途中脱線したが、今はなすべきは符の話ではない。まず落ち着こうとハーブティーが淹れられ、それを飲んで一服した。そして、話題を元に戻す。
「それで、結局、錬金術をカンラ帝国で学べるのか?」
「端的に結論を言えば、余裕で学べるわね。大体、カンラ帝国にも錬金術師は居るのよ。あそこ文化が独特だし、薬学が面白いもの」
 ヘンリーの問いに、ネモは頷く。
金持ちのブレナン家なら、そこで錬金術師なり準錬金術師なりを家庭教師に雇えるだろう、というのがネモの結論だった。
「そこら辺もチアンが調べてくれてたらいいんだが……」
「明日か明後日には帰り着くでしょ。調査依頼は早々に国元の部下に指示を出したらしいけど、調査結果はもう少しかかりそうよね」
「えっ」
 先輩二人の言葉に、レナとイザベラが目を丸くする。
チアンの祖国、カンラ帝国は東の方にある別大陸の大国である。当然、行き来は大変で、それにかかる日数はどれだけ急ごうと最低でも半月を超える。国元の部下への指示が既に通っているという事実もそうだが、帰国のためにかかる時間の短さにレナ達は驚いた。
 後輩たちのその反応に、先輩三人は彼女たちの困惑の内容を察して苦笑する。
「だって、チアンよ?」
「チートバグ野郎だもんな」
「二人とも思い出してごらんよ。あの人、空飛ぶ龍を召喚できるんだよ?」
 奥の手を無数に持つ御仁なのだと言われ、ああ~、と二人は納得の声を上げる。
「そういえば、あの蛇のような胴の青い龍を召喚してましたね」
「空を飛べれば大分時間が短縮できますわ」
 まあ、それでも帝国までかかる時間が短すぎるのだが。
 しかし相手はチートバグ野郎と褒められ罵られるチアンである。何かしらの手があるのだろう。
 そう思い、無理やり納得するという現実逃避を行って先輩達に向き直る。
「それじゃあ、後はチアン殿下の調査結果待ちということでいいですか?」
「そうだな。まあ、俺も継続してブレナン家の調査を行う。なぁんか、金の動きが変なんだよなー」
 瑕疵のない家だと思っていたんだが、と口ではぼやくようなことを言いながら、鋭い目つきをするヘンリーに、レナは不穏な空気を感じて情けなく眉を下げる。
 イヴァンと気持ちが通じ合い、今がきっと一番楽しい時期だ。しかし、じわじわと滲むように現れた不穏の影に、心のままに浮ついた気分でいられないことを残念に思う。
 それを察したのか、イヴァンがそっとレナの手を握り、囁いた。
「今回の件が落ち着いたら、少し遠出してみない?」
 そっとイヴァンに視線を向けると、彼は柔らかく目元を和ませてレナを見つめていた。
「王都の近くの村なんだけど、見せたいものがあるんだ」
 そう微笑む彼に、レナも微笑みを返してその温かな手を握り返したのだった。

   ***

 さあ、と風が木々を揺らし、それはそのままある邸宅のカーテンを揺らした。
 ギラギラと照り付けるような日差しに、メイドが窓を閉め、更にレース地のカーテンを閉める。
 上品な調度品が並ぶそこは、ブレナン子爵邸だ。裕福な子爵邸には空調を整える便利な魔道具が設置されており、子爵邸は廊下まで涼しい。その恩恵に預かっている使用人たちは子爵邸に入るとほっと息をつき、気合を入れ直して仕事へ向かう。
 そんな使用人と入れ違うようにメイドが二人洗濯物を抱えて外に出ていく。ギラつく太陽の下、二人は揃ってウンザリとした溜息をついた。
「今日も暑いわね~」
「そうね~」
 二人が目指すのは洗い場だ。井戸のすぐそばにあるそこに洗濯物を下ろし、水をくむ。
「ねえ、知ってる? お坊ちゃまの話」
「え? ユーダム様がどうかしたの?」
 洗濯物を洗いながら二人が話すのは、この屋敷の子息、ユーダム・ブレナンのことだ。
「なんでも恋人が出来たらしいの!」
「えっ、もしかして、この前婚約を申し込んで断れた男爵令嬢?」
 このお屋敷のご子息様はそりゃぁイイ男である。あんなハンサムを振るなんて、と噂になったご令嬢だ。
「それが違うのよ。なんと、エリーゼさまの所のメイドなの!」
「ええっ!?」
 驚きに声を上げる彼女に、メイドは声が大きいと慌てる。それに軽く謝罪してどういうことかと尋ねれば、メイドは声を潜めて告げた。
「ほら、まず件の男爵令嬢はユーダム様のエリーゼ様の思い出話に付き合って、そういうことになったじゃない?」
「ああ、そういえばそうだったわね」
 亡くなった婚約者の思い出話をきっかけに婚約を申し込んだと噂に聞いていた。
「今回も似たようなことがあったみたい。二人がお茶してるところを偶然見た子が居るのよ!」
 メイドは興奮した様子でユーダムがエリーゼの思い出話をし、彼女にまつわるものをそのメイドにプレゼントしているのだとか。
「それ、前の男爵令嬢の時も似たようなことしてなかった?」
「してたわ。そんなのものプレゼントされたら自分に気があるなんて思わないわよね」
 ユーダムの行動を知り、メイド達は気のある相手にそのプレゼントはいかがなものかと噂していたのだ。ユーダムみたいな優良物件を振るなんて、と言われながらも、男爵令嬢が彼を振るのも仕方がないのでは、とも言われていたのだ。
「けど、今回のエリーゼ様の所のメイドは喜んで受け取って、とうとうお付き合いを始めたっぽいのよ!」
「それって最初からユーダム様に気があったんじゃない?」
 男爵令嬢にお断りされてからそれなりに日数が経っている。それから出会ったとなれば、どちらかにその気がないと距離は縮まらなかっただろう。
「けど、相手はメイドでしょ? それって、身分的にどうなのかしら?」
「それよね。ただ、身分が釣り合っていてもユーダム様と結婚するのは難しいみたいよ」
 どういうことかと視線を向ければ、メイドは声更に潜めて言った。
「その噂の彼女、エリーゼ様と同じ病にかかったんじゃないか、って噂があるのよ」
「えっ!?」
 驚き、声を上げた彼女は、それは本当かと聞こうとして――自分の後ろに誰かが立っているのに気づいた。
「貴女たち! お喋りばっかりしてないで、手を動かしなさい!」
「はい!」
「申し訳ありません!」
 メイド長のお叱りに彼女たちはお喋りを止め、もくもくと手を動かし始めた。
 そんな彼女たちは気付かなかった。物陰から、そっと業者風の男が立ち去ったことを。
 男は屋敷の敷地内から出て、周囲に気を配りながら情報を場末のスナックの女主人に渡した。そして夜、女主人は程々に身なりの良い男に酒を出すと同時に、情報を書いた紙も渡した。
 そして、その情報は彼等の主人へと渡る。
「ふぅん……」
 それを読むのは、彼等が傅くランタナ王国経済界の裏ボス、ヘンリー・ランタナであった。
「このユーダムの新しい相手のことは調べてるか?」
「現在調査中です」
 ヘンリーは部下の言葉に頷き、呟く。
「どうにも不気味だ」
 ユーダムの行動が、ヘンリーの勘を逆なでる。
 エリーゼにプレゼントしていた物を女にプレゼントし、その女の一人がエリーゼと似たような症状で体調を崩している。
「ただの偶然か、それとも……」
 嫌な符合に、ヘンリーは眉をひそめる。
 この時は、誰も予想もしていなかった。まさか、国が追う違法薬物使用の容疑者を探り、その捜査上で偶然引っかかっただけの評判の良い人物が、常人の理解の外に居るような人間だったなんて。
 本当に、誰も予想していなかったのだ。
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