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棺の中の乙女
第十八話 捕縛戦
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人間の捕縛というのは、場合によっては魔物を殺すより難しい。なにせ人間は知能が高く、相手がこちらを殺すつもりでなりふり構わず来られても、こちらはそれが出来ないのだ。技量に差があれば捕縛に苦労するようなことは無いだろうが、同程度、もしくは相手が上であれば、こちらが殺される可能性が高い。
レナはユーダムを前にして、ユーダムの方が強いことを直感的に感じていた。
今まで何度か騒動に巻き込まれ、人と相対した経験があれども、錬金術師を相手にしたことはない。錬金術師の相手は厄介だ。なにせ、錬金術師は世間には出さない自作の奥の手を幾つも持っている場合が多い。それは、長く生きた錬金術師ほど顕著だ。
今回のユーダムはあくまで準錬金術師であり、奥の手の数はその見かけ通りの数だろう。しかし、厄介なのは呪術を元にしたカンラ帝国産錬金術師仕込みの錬金術だ。レナの理解の範囲外にあるそれは、果たしてどんな効果をもたらすか。
そして、レナの懸念は当たる。ユーダムは懐から符を取り出したのだ。
「ああ、困ったな。符を使うことになるなんて」
そう言って符をばらまく。その符は次々に姿を変え、成人女性の握り拳程もある毒蜂の姿へと成った。
「式神……」
忌々しそうにイヴァンが呟く。
「あいつ、呪術師でもあったのか」
「まあ、カンラ帝国の錬金術学んでるんならそっちの才能も有るでしょうね」
そりゃそっちの資質があるなら使うわ、とネモはそこに思い当たらなかった自分の間抜けぶりに呆れる。
「蜂としてはでかいけど、的としては小さいのがいやらしいですね」
「虫の羽音って、どうしてこう鳥肌が立つような音をしてるんでしょうね」
ブンブンと飛び回る蜂を前に、イヴァンとレナは嫌そうに顔を歪めた。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
そう言って走り去ろうとするユーダムに、イヴァンが不敵な笑みを浮かべる。
「残念だけど、それはさせないよ」
そう言って、言葉に力を籠める。
「《木霊の腕》しばれ」
呪術を使えるのはユーダムだけではない。呪術は、イヴァンが得意とする技だ。
力ある言葉によって地表から植物の蔓が生え、ユーダムを拘束する。それに驚き、抵抗するも、ユーダムに巻き付いた蔓はびくともしない。
「これは……」
ユーダムの顔から余裕が消えた。
「貴方がたを片付けなくてはならないようだ」
ブンブンとかく乱するように周りを飛ぶだけだった毒蜂は、飛び回るのをやめて、その声に応えるように一斉に襲い掛かって来た。
それに対抗するのは、我らが台所錬金術部の部長である。
「《散らせ、風の乙女》!」
素早く取り出した試験管から、風の精霊が飛び出してくる。
それは襲ってくる毒蜂を吹き飛ばし、壁や木にあたった衝撃で、それらは符へと姿が戻る。
しかし、全ての毒蜂がその姿を符へと戻しわけでは無かった。
「まだだ!」
その声に、再び毒蜂が向かってくる。
それらに対抗しようとするイヴァンだったが、それより前にレナが前に出た。
「ポポ!」
「ボ」
――ボアァァ……
ポポは大きく口をけて、ごうごうと毒蜂を吸い込む。大蜂はポポの口より大きいが、ハイエルフを飲み込もうとした実績のあるポポである。問題なくそれらはポポの口に収まり、ごっくん、と飲み込まれてしまった。
しかし、毒蜂はまだ残っている。レナはユーダムの注意がポポに向いている隙に、ポケットから魔道具を取り出し――
「えいっ」
その顔めがけて思いっきり投げつけた。
――ゴッ!
ものすごく痛そうな音と共にユーダムの額によって割れたそれは、野球ボール大の大きさのボール型魔道具だ。
割れたそれからは気体が噴き出て、ユーダムへと降り注ぐ。
「う……」
ユーダムの目がとろりと微睡む。
額に受けた痛みを凌駕するそれに、ユーダムはふらふらとよろめいて、倒れた。そのまま寝息を立てて眠るユーダムの姿に、レナはガッツポーズをする。
「よし!」
「レナ、あれって眠り薬?」
ユーダムが意識を失った事から、次々に符に戻っていく毒蜂を見ながら尋ねる。
「はい。魔物にも人間にも使えるギリギリを攻めてみました」
ちなみに痺れ薬も入ってるので、眠りから覚めても暫く動けなくなります、となかなかの凶悪具合を笑顔で説明され、師匠に似て来たなぁ、とイヴァンは遠い目をした。
そんな二人を尻目に、ユーダムの様子を見るために傍に寄って行ったヘンリーとネモは、ユーダムが確かに眠っているのを確認した。
「額にたんこぶが出来てらぁ。これ、脳震盪で気絶したとかないか?」
「流石にそこまでじゃないでしょ。けど、もうちょっと割れやすくすべきね」
そんなことを話しながら、「終わりましたのー?」と室内から尋ねてくるイザベラに片手を上げて終わったと返す。
ヘンリーは蔓で拘束されたままのユーダムに猿轡を噛ませ、トラップによって足止めされ、ようやく集まって来た兵士を呼ぶ。
意識を失ったユーダムが兵士によって運ばれて行くのを見て、メイが緊張がきれたのか、安堵とショックに泣き崩れ、イザベラがそれを慰める。
そんな光景を見ながら、レナは大きく息を吐き出した。
皮膚が粟立つような夜が、終わった瞬間だった。
レナはユーダムを前にして、ユーダムの方が強いことを直感的に感じていた。
今まで何度か騒動に巻き込まれ、人と相対した経験があれども、錬金術師を相手にしたことはない。錬金術師の相手は厄介だ。なにせ、錬金術師は世間には出さない自作の奥の手を幾つも持っている場合が多い。それは、長く生きた錬金術師ほど顕著だ。
今回のユーダムはあくまで準錬金術師であり、奥の手の数はその見かけ通りの数だろう。しかし、厄介なのは呪術を元にしたカンラ帝国産錬金術師仕込みの錬金術だ。レナの理解の範囲外にあるそれは、果たしてどんな効果をもたらすか。
そして、レナの懸念は当たる。ユーダムは懐から符を取り出したのだ。
「ああ、困ったな。符を使うことになるなんて」
そう言って符をばらまく。その符は次々に姿を変え、成人女性の握り拳程もある毒蜂の姿へと成った。
「式神……」
忌々しそうにイヴァンが呟く。
「あいつ、呪術師でもあったのか」
「まあ、カンラ帝国の錬金術学んでるんならそっちの才能も有るでしょうね」
そりゃそっちの資質があるなら使うわ、とネモはそこに思い当たらなかった自分の間抜けぶりに呆れる。
「蜂としてはでかいけど、的としては小さいのがいやらしいですね」
「虫の羽音って、どうしてこう鳥肌が立つような音をしてるんでしょうね」
ブンブンと飛び回る蜂を前に、イヴァンとレナは嫌そうに顔を歪めた。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
そう言って走り去ろうとするユーダムに、イヴァンが不敵な笑みを浮かべる。
「残念だけど、それはさせないよ」
そう言って、言葉に力を籠める。
「《木霊の腕》しばれ」
呪術を使えるのはユーダムだけではない。呪術は、イヴァンが得意とする技だ。
力ある言葉によって地表から植物の蔓が生え、ユーダムを拘束する。それに驚き、抵抗するも、ユーダムに巻き付いた蔓はびくともしない。
「これは……」
ユーダムの顔から余裕が消えた。
「貴方がたを片付けなくてはならないようだ」
ブンブンとかく乱するように周りを飛ぶだけだった毒蜂は、飛び回るのをやめて、その声に応えるように一斉に襲い掛かって来た。
それに対抗するのは、我らが台所錬金術部の部長である。
「《散らせ、風の乙女》!」
素早く取り出した試験管から、風の精霊が飛び出してくる。
それは襲ってくる毒蜂を吹き飛ばし、壁や木にあたった衝撃で、それらは符へと姿が戻る。
しかし、全ての毒蜂がその姿を符へと戻しわけでは無かった。
「まだだ!」
その声に、再び毒蜂が向かってくる。
それらに対抗しようとするイヴァンだったが、それより前にレナが前に出た。
「ポポ!」
「ボ」
――ボアァァ……
ポポは大きく口をけて、ごうごうと毒蜂を吸い込む。大蜂はポポの口より大きいが、ハイエルフを飲み込もうとした実績のあるポポである。問題なくそれらはポポの口に収まり、ごっくん、と飲み込まれてしまった。
しかし、毒蜂はまだ残っている。レナはユーダムの注意がポポに向いている隙に、ポケットから魔道具を取り出し――
「えいっ」
その顔めがけて思いっきり投げつけた。
――ゴッ!
ものすごく痛そうな音と共にユーダムの額によって割れたそれは、野球ボール大の大きさのボール型魔道具だ。
割れたそれからは気体が噴き出て、ユーダムへと降り注ぐ。
「う……」
ユーダムの目がとろりと微睡む。
額に受けた痛みを凌駕するそれに、ユーダムはふらふらとよろめいて、倒れた。そのまま寝息を立てて眠るユーダムの姿に、レナはガッツポーズをする。
「よし!」
「レナ、あれって眠り薬?」
ユーダムが意識を失った事から、次々に符に戻っていく毒蜂を見ながら尋ねる。
「はい。魔物にも人間にも使えるギリギリを攻めてみました」
ちなみに痺れ薬も入ってるので、眠りから覚めても暫く動けなくなります、となかなかの凶悪具合を笑顔で説明され、師匠に似て来たなぁ、とイヴァンは遠い目をした。
そんな二人を尻目に、ユーダムの様子を見るために傍に寄って行ったヘンリーとネモは、ユーダムが確かに眠っているのを確認した。
「額にたんこぶが出来てらぁ。これ、脳震盪で気絶したとかないか?」
「流石にそこまでじゃないでしょ。けど、もうちょっと割れやすくすべきね」
そんなことを話しながら、「終わりましたのー?」と室内から尋ねてくるイザベラに片手を上げて終わったと返す。
ヘンリーは蔓で拘束されたままのユーダムに猿轡を噛ませ、トラップによって足止めされ、ようやく集まって来た兵士を呼ぶ。
意識を失ったユーダムが兵士によって運ばれて行くのを見て、メイが緊張がきれたのか、安堵とショックに泣き崩れ、イザベラがそれを慰める。
そんな光景を見ながら、レナは大きく息を吐き出した。
皮膚が粟立つような夜が、終わった瞬間だった。
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