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春 2

春の陸 若牛蒡の炒め煮

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 「駒井さーん、たすけてくださーい!」
 「の〇太くんみたいな登場ですね!」

 完全に日本の漫画文化に毒されているビクターである。
 漫画はビクターにとってこちらの世界でお気に入りの文化の一つである。当然ながら、ある程度の有名なアニメは見ている。
 ただし、さすがにドラ〇もんは「わさびドラ」しか知らない。
 こちらに来てまだ七年と少しなのだから仕方ないだろう。

 ビクターが「おいなり荘」の外に出る時の仮の姿は、大きな身体と灰色がかった髪と目で外国人とのハーフという事になっており、七年前までは海外にいたことになっている。
 そのため日本人の感覚と合わないことがあっても許されているが、ビクターがこちらで言っている年齢だと本当は「のぶ代ドラ」の世代らしい。

 それはともかく。
 その時のビクターは縁側に座って春の日差しの暖かさを楽しんでいた。

 そこにの〇太くんのように声を掛けてきたのは、奈々子だ。
 彼女はおいなり荘を管理している、稲荷神社の宮司の娘だった。
 身内扱いなので、当たり前に縁側のある庭側からおいなり荘の敷地に入ってくるのだ。

 「それで……ああ、若牛蒡ごぼうですか……」

 ビクターは助けてくれと声を掛けてきた理由を聞こうとして、奈々子が持っている物に目を止めた。

 一見、フキのような外見の軸と葉をしているが、それは牛蒡の地上部分だ。
 まだ若いもので、根の部分は指くらいの長さしかない。
 若牛蒡もしくは間引き牛蒡、葉牛蒡などと呼ばれている。専門に生産している農家もあるらしいが、ビクターが働いている直売所に入荷するのは牛蒡を育てる時に間引いたものだった。
 奈々子が持っているのはそれよりも立派なので、専門に育てているものかもしれない。

 「そうなんです。いただいたんですけど、どうやって調理する物かわからなくて」

 奈々子の家は稲荷神社を宮司のため、氏子の人から色々貰ったりする。
 せっかくの頂き物なので、無条件に受け取るのだ。受け取ったはいいが調理の仕方が分からずビクターに泣きついてきたのだろう。

 「駒井さんなら知ってますよね?」

 奈々子は食べ物の事ならビクターが何とかしてくれると思っている節がある。
 ビクターは仕方ないなと、狼の顔で器用に苦笑を浮かべた。

 「えーと、下処理の記憶が曖昧で……数分待ってください」

 調理の仕方は分かるが、その前段階のあく抜きの仕方が曖昧だった。
 年に一回作るかどうかで、しかも去年は作っていないのだから仕方ない。

 ビクターはスマホを使ってざっと下処理の方法を調べた。
 
 「切るところまでは覚えてるから……えっと、水に晒して……あれ?酢水だった記憶が。まあ酢水でやろう。茹でて……なるほど……大丈夫そう」

 何度か作ってはいるので、調べるのも記憶の確認程度だ。
 ざっといくつかのサイトを見てから、頭の中で作業を整理した。

 「うん、じゃ、作りますか!泥水や汁が飛ぶのでエプロン持って来てください」
 「え?そんなに大変なんですか?」
 「まあ、ほどほどに」

 泥水や汁が飛ぶと言われたのが予想外だったらしく、奈々子は少し身構えた。
 しかし、奈々子の持っている若牛蒡は土付きで、根の部分は泥だらけだ。洗う時に泥水が飛ぶのは当然だろう。

 「さて、やりますか」

 奈々子がエプロンを取りに行ってから、ビクターの部屋でさっそく調理を始めた。

 まずは若牛蒡を洗わないといけない。
 

 根菜洗いに使っているタワシで、根の部分を丁寧に洗っていく。

 「葉の部分は……食べられないこともないけど……一度食べてみたらかなり苦かったです。どうします?」
 「苦いの嫌です」

 ビクターは昔に葉の部分も食べたことがある。
 しかし、かなり苦かった。
 ほろ苦いくらいなら美味しく食べるビクターだが、それでもあまり食べたくないと思えるほどだった。
 その時々、育てる環境などで味は違うのだろうが、茎より葉の方が苦いのは間違いない。

 ビクターは奈々子の意見を聞き、結局食べずに捨てることにした。
 使うのは茎と根の部分だけなので、葉は豪快に手で千切って取り除いた。
 ただ、ビクターが手で千切ったのは面倒だったからで、普通は包丁で切り落とす方が良い。引き千切るのはけっこう硬い。

 「根は、まあ普通の牛蒡なので笹掻きにしますね」
 「はい」

 まだ若くて短い根だが、味は立派に牛蒡である。食べないわけがない。
 ビクターは表面の皮とヒゲ根を軽く包丁の背でそぎ落としてからざっと洗い、縦に切り目を入れてそぎ落とすように包丁を入れて笹掻きにした。

 「根と茎の境目は硬いし、泥なんかが溜まりやすい場所なので切り落として捨てます」
 
 食べても問題ないが、食べたときにジャリッと砂を噛むのが嫌なので取り除いた。

 「で、メインイベント。茎の処理です」

 ビクターは布巾と麺棒を取り出した。

 「叩きます!」
 「え?」

 驚きの声を奈々子は上げるが、気にせずにビクターは布巾を濡らして軽く絞ると若牛蒡の茎に被せる。

 「筋があって硬いのと、あくを抜けやすくするために叩きます。汁が飛び散らないように濡れ布巾を被せておいた方が被害は少ないです。キッチンペーパーでもいいけど」
 「……はい」

 奈々子は肉を柔らかくするために叩くというのは聞いたことはあったが、野菜を叩いて調理するのは初めてだった。
 たしかに、水気たっぷりの軸を叩いたら、濡れ布巾でガードしていても汁が飛ぶだろう。
 やっとエプロンを取りに行かされた理由が理解できた。

 ビクターは笑顔で奈々子に麺棒を手渡す。
 やれと言うことだ。
 仕方が無しに覚悟を決めた奈々子は、軽く叩いてみた。

 「もっと強く。グシャグシャになるのは困るけど、茎が潰れるくらいの強さで。繊維を断ち切ってやるって気持ちで」

 薄笑いを浮かべながら、ビクターが指示をする。
 怖々やっている奈々子を見て楽しんでいるらしい。

 「えい!」

 ドン、と音がするほど力を入れて叩くと、茎が潰れる感じがあった。
 布巾で覆っているので大丈夫だが、やっていなかったら周囲にみずみずしい茎の汁が飛んで大惨事だろう。

 ビクターから何も言われなかったため、奈々子は布巾をずらして叩く位置を覆いながら、全体を叩き潰した。
 中の繊維がしっかりしているため、意外と丈夫だ。女性の力なら力いっぱい叩いてもそう簡単にグシャグシャになったりはしない。

 「叩き終わったら、一口サイズに切って、さっき笹掻きにした根と一緒に水に晒します。ネットとかで情報を見ると水だけど、オレは酢水で習ったはずだから、とりあえず酢水で。そっちの方があくが抜けるはずだし。だいたい三十分くらいかな?」
 「ふう……」

 叩く作業を終わらせ、奈々子は息を吐いた。
 
 「その間に、まな板を洗って、漂白。牛蒡はあくが強くてすぐに変色してくるからねー」

 ビクターはそう言いながら使った道具をすべて洗って、まな板と布巾を漂白する。特に布巾は茎の汁をたっぷり吸いこんでいるので、すでに茶色く変色し始めている。安い布巾やキッチンペーパーならそのまま捨てた方がいいくらいだろう。

 それから二人はお茶をしながら三十分ほど待ち、次の工程だ。
 
 「酢水に晒したら、ざっと湯掻きます」

 お湯を沸かして、そこに水に晒した若牛蒡の茎と根を入れて再び沸騰してくるくらいまで湯掻く。

 「湯掻いたら、ザルで軽く水切りをしてまた三十分ほど水に晒してしっかりあく抜きです」


 「あく抜きばっかりですねー」
 「まあ、そのまま食べられないこともないけど、エグ味があるから」

 実のところ、さっと湯掻いて水に晒すだけでも食べられないことは無いし、その気になれば水に晒すだけで調理してもなんとかなる。
 ただ、やはりちょっとエグい感じがあるのだ。
 たまにそういうのが好きな人もいるし、味のアクセントだと言う人もいるので、そこは好みの問題だろう。
 ビクターは若牛蒡の場合はしっかりとあく抜きする派だった。

 それからまた三十分。
 雑談をしながら過ごした後で、再び作業に戻った。

 「あとは水を切って調理するだけだから。きんぴらとかも作れるけど、おススメは炒め煮。厚揚げ入れたり鶏肉入れたりも美味いけど、せっかく初めて食べるんだから、シンプルに若牛蒡だけで作ろう」

 そう言って、ビクターは準備していく。
 若牛蒡はザルに空けて水を切っておく。鍋に少量の油を入れる。
 使う油は胡麻油も香ばしくていいが、今回はシンプルに行くと決めたので普通のサラダ油。

 「油を引いた鍋に若牛蒡を入れて炒めていきます。目安はしんなりして水が出てくるくらいまで。炒めたら出汁を入れるんだけど……今ないので、手抜きで水を入れて出汁の素で。それでも十分美味しいから」

 言った手順通りにビクターは作業を進めていく。
 出汁を入れる量は、若牛蒡が全部隠れる程度。

 「ひと煮立ちさせて、酒、砂糖、醤油で甘辛く味付け。酒飲みにはちょっと一味唐辛子を入れてピリ辛にしても喜ばれるよ」

 とりあえず、今回はスタンダードに酒砂糖醤油の味付けだ。シンプルにということなので、出汁の味を生かして少し甘みを感じるくらいを目指す。

 「とりあえず、できあがり!もうちょっと煮込んだ方が味が染みていいかもしれないけど」

 

 
 「ありがとうございます!」
 「とりあえず、味見ね」

 そう言うと、ビクターは小皿に一口分だけとりわけ、奈々子に差し出した。
 奈々子は素直にそれを受け取って口に入れる。

 「筋は感じるけど意外と硬くないんですね。しゃっきりして……味も牛蒡の風味があるのに青物の感じもあって独特な感じで美味しい」
 「食レポありがとうございます。薄味にしてあるので好みで味を付け直してくれていいから。お父さんはもっと甘辛い方が好きだったよね?」

 鍋ごと渡すと、満足げに笑いかけるビクターだった。

 
 





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