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終わりの始まり⑦
しおりを挟む獲得した謎の部品をポケットに仕舞い、調理室内を隅々まで探索し終えたレオは開いた勝手口を出た途端、なぜか庭園中央らしき美しい花園に転移していた。
そこには桃色、紫、濃紺、青といった四種の花々がこれでもかと咲きほこり、きらきらと輝いていた。夕暮れの肌寒い風が花弁を揺らし、吐くほど充満していたあの空気はどこへやら、土と甘い花の香りが流れている。
自分の立つ場所はガゼボだろう。
景観と合わせるように花々と同じくよく手入れされた屋外の休憩所は誰も居ないにもかかわらず、紅いお湯の入った一組のティーカップが置かれている。まだ淹れて間もないのだろう。純白の陶器の上にはほんのりと湯気が立ちのぼる。
再び強い風が吹き荒れて思わず目を瞑った刹那、一秒もなかったその空白の最中に居なかったはずの人がそこに座っていた。肖像画の女性、いや女に扮した魔物は用意されたティーカップを手に取り、一つの音も立てず、その中身を口にする。
「ご一緒にいかがですか?」
穏やかな微笑とともに彼女が誘ってくるが、レオは頭を振った。
「申し訳ないけれど、紅茶の類はあまり好いていないんだ」
魔物は大して残念がる様子もなく、問うた鈴やかな声音のまま、それは申し訳ありませんでした、と謝罪した。毒物の混入を疑っての方便だと露ほども疑っていないのか、はたまた理解した上で敢えて触れないでいるのか。魔物は替えを用意することなく、また優雅に色水を喉に流し入れる。気まずい静寂が二人の間に漂う中、最初に口火を切ったのは女だった。
少しばかりお話をしませんか、とレオに着席を促す。
仲間達と分断させておいて一体お前と何を話すというのか、目の奥にカッと熱が宿るが仲間達の情報、或いは、この先に必要な何かしらのヒントの可能性も捨てきれず、僅かに逡巡し、レオは真向かいにある椅子を引いた。
だがそのままは座らない。不測の事態に備えて瞬時に対応出来るよう間隔を置いた距離で腰掛ける。
「それで話というのは?」
「そのように警戒なさらないでくださいませ。私はこの通り、か弱い女。貴方を含め皆様方に危害を加えるつもりはございません」
「生憎それをそっくり信じるほど俺は馬鹿じゃあない。それで話とやらは」
「まぁ、なんと余裕のない。そのように忍耐力の乏しい殿方は女性に嫌われましてよ」
「異性の好悪なんてどうでもいいよ。俺は君と世間話をしたくて座ったわけじゃない。本題を話す気がないというならこのまま去らせてもらう」
玄関前からエントランスホールで見た無機質さをやや緩め、僅かに柔らかくおちょくる女に、レオは毅然として言い放つ。
「それはそれは大変失礼致しました。ではさきほど貴方様が手にした欠片、パーツについてご説明致しましょう」
ポケットに手を当てたレオの体がかすかに強張る。あの現場にはいなかったがもしかしたら何処からか、見られていたのかもしれない。
ごくりと生唾を飲み込んだレオに、女は自ら注いだ二杯目の紅茶の中に大量の角砂糖を落とし、ティースプーンで円を描く。
「もう既にお気付きかと思われますが、あの欠片が二階への鍵のパーツにございます。残り二つ集めていただきますと四つの鍵の一つ、黒花の鍵の完成です」
「四つの鍵? 一つじゃないのか」
女はくすりと笑い、溶かし終えたお代わりを含んだ後答える。
「はい。黒花の鍵、赤鬼の鍵、白塔の鍵、緑椿象の鍵。以上四つの鍵が揃って初めて二階への道が開かれるようになっているのです」
「なぜ今になってそれを言うんだ」
「伝え忘れておりました。他の皆様方にも別の私が報告しておきましたのでご心配なく」
別の私というのに引っかかりを覚えつつも、レオは女の話に耳を傾ける。
「そして皆様方に割り振ったステージにはそれぞれの実力に合わせた難易度が設定されております」
それだけ告げた女は再度、紅茶というより色のついた砂糖湯を口元へ運ぶ。
「――他には?」
「特段ござい……いえ。全てのステージを完璧に攻略いたしますとご主人様よりお祝いの品が贈呈されます」
挑戦をお待ちしておりますと彼女がにこりと微笑みかける。
「断ると言ったら?」
「もちろん強制ではございませんのでご安心ください。ご主人様も『最初からさして期待はしていない。あれらの能力では夢のまた夢だ』と仰っておりましたゆえ」
「……へぇ」
「なんだ。羽虫の分際で気に障ったというか」
突如、花園から耳触りな声が響く。
レオはその声に聞き覚えがあった。花々を背景に姿を現した男――若干幼く身長が低いが――ヘルブリンは顔を歪める。耳元まで裂けたような気味の悪い笑い方だ。
座していた女が何時の間にか立ち上がり、臣下の礼をとる。
「ヘルブリン……」
「会いたかったぞ。我が后を穢した大罪人、レオンハルト」
憤怒を凝縮したヘルブリンを前に、レオは軽蔑の眼差しを送る。
ユニに対し、口に出すのも憚るような無体を働いておきながら、勝手極まりない発言。眠りについたユニを想い奥歯を噛み締めたレオは、静かに問いかける。
「……なぜユニにあんな呪いをかけた、ヘルブリン」
「決まっておろう。またあのような間違いが起こらぬようにだ」
「それだけ? たったそれだけのために彼をあんな目に合わせたのか!」
「――それだけ、だと? あの小僧がおらねば我が后はあの時死んでいたのだぞ。貴様を、貴様なんぞを庇った所為でだ。あの後、我がどれだけ絶望を味わったか、貴様には決して分かるまい」
「それはこちらの台詞だ! お前の所為でユニがどれだけ辛い想いをしたと思っている!!」
「おのれ、劣等種が」
こめかみに青筋を立てて吐き捨てたヘルブリンはそこまで言ってからピタリと動きを止めた。まるでネジを巻き忘れて止まった人形のようだ。
「まぁいい」
スンッと表情を戻したヘルブリンが指を一つ鳴らすと、背後の花壇の下から幾つもの手が現れ出でた。レオの優れた視覚はその手がアンデッドのものだと瞬時に見抜く。しかもそれ等何体かの顔はさきほど映像で目にした使用人たちの姿であった。
だがどうやら花の肥料としていたようで、彼らの肉体はところどころ骨が浮き出ていたり、頭が砕けていたりと原型を留めていない。その所為かいずれも動作は遅く、高齢の人間の動きのようにヨタヨタと安定しない、酷く覚束ないものだった。
「貴様の次の相手だ」
存分に殺し合って死ねと言わんばかりに酷薄な顔をするヘルブリンに、レオは自らの苛立ちを消して静かに剣を握った。
「……その程度のアンデッドごときが俺の相手になると思ってるなんて随分と舐められたものだよ」
「ハッ。実にお目出度い劣等種だ」
ヘルブリンは心底馬鹿にするかのように吐き捨て、よく見ろとアンデッド達を指差した。
「これが貴様の相手だ」
ヘルブリンの目線の先、男女を含めたアンデッド達は身を寄せ合い、そしてゴキゴキと骨の砕ける音を響かせる。
「骨の小巨人」
ヘルブリンは短く紹介すると観客に戻ったのか、その場から音もなく消え失せた。それでもなんとなく見られているような気配がするので、恐らく女の言通り即座に殺すのではなく、じわじわと時間をかけて自分を甚振るつもりなのだろうとレオは結論づけた。
少しばかり待つと、幾体ものアンデッド達が融合を終えて全長三メートルはあろう巨大な骨の、人体模型じみた形に変化する。ブゥンと、がらんどうな瞳に怪しげな赤い光が宿った。
「ハハッ。相変わらず見た目同様、趣味がとてつもなく悪いな。美的センスを磨いた方がいい」
何処かで聞いているだろうヘルブリンに向けてレオは嘲笑った。
「お前は知らないだろうがユニはな、人の尊厳を弄ぶような行為やその存在を快く思っていないんだよ。いやそれ以前にお前は彼が何を好きで何を嫌うかすら一切把握していないんだったっけ?」
それでよく后などと言えたものだ。
生涯の伴侶の余裕もといマウンティングするレオに骨の小巨人は僅かに停止する。
「ハハッ。図星を突かれて怒ったのか? ……けどな!」
内心に押し留めていた怒りを発露するようにレオが吼える。そしてゆっくりと腰を落とし、両足に力を入れていく。普段の戦闘態勢に近いものの、普段とは比べものにならない威圧感だ。喩えるなら身を挺して番のいる巣を守る野生動物。
一拍――レオが大地を蹴る。それはまるで限界ギリギリまで押したバネが解放されたようだった。
「怒ってるのは俺の方なんだよ!!」
一方、その頃。
「お前、ほんといい加減にしろよ!!」
ユニは夢の中で、第四回声を出さないカバディ&鬼ごっこに絶賛強制参加中だった。
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