悪役令息? いいえ。俺は納豆召喚できる経年劣化スマホバッテリーのような者です。

くすのき

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水戸の御◯公②

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 人生はやった者勝ち。弱肉強食。
 雑誌片手に鼻歌を歌いながら、パク・リシタは心からそう思った。
 雇われ研究員という職は思った以上に儲からない。
 必死に研究を重ね、新しい技術を生み出しても上に持っていかれる。手元に残るのは幾ばくかの報奨金と多大な疲労と次の仕事だ。だが最初の内はそれでも良かった。自分の仕事が社会貢献になる喜びがあったから。
 それが薄れたのは入社五年目。いつものように出社した彼を待ち受けていたのは残酷な現実だった。
 当時、コツコツ進めて数日前に完成した研究が上司によって掠め盗られたのだ。
 勿論パクは抗議した。それは自分の研究だと。
 だがしかしそれが認められる事は無かった。その理由は身分と立場。上司は伯爵家の人間でパクは男爵家の下っ端だった。そのため訴えは禄に取り合ってもらえず検証もされず、更には周りはパクを盗人猛々しい異常者と断じ、懲戒解雇した。
 解雇当日、諸悪の根源の口から放たれた「そんなに大事な物なら直ぐに特許申請しておけば良かったなぁ」という蔑みは今でも忘れられない。
 それから先は本当に地獄だった。同じ業界内で面接を受けるも謂れのない汚名が悉くパクの邪魔をした。
 何処へ行っても白い目を向けられ、心の支えだった研究も思うようにさせてもらえない。そんな日々が何年も続いたある日、道端で拾った雑誌がパクの二度目の転機となった。
 そこにはかつての上司が奪い取った研究で賞を賜った事が書かれていた。
 読み進めれば得意げに、してもいない苦労を語る文章が綴られており、パクは無性に腹が立った。その場所は本来自分の物であった筈だ。怒りに任せて破り捨てるがその衝動は収まるどころか虚しさに形を変えるだけ。
 どうしてこんな事になったのだろう。
 呆然と立ち尽くすパクを嘲笑うように雨が降り出した時だ。
 雷鳴が轟き、近くに雷が落ちると同時に、パクの脳裏に天啓も降りた。
 この成果を真っ向から否定してやればいい、と。
 必要な器具も金も時間も足りず、かつて手塩にかけた、それこそ我が子同然の研究を自らの手で葬るのは胸が痛んだが、あの悪鬼の元で一生を共にさせるよりはずっといい。
 そこからパクは頑張った。いや頑張るなどという言葉など生温く、もはや地獄の業火の上を歩くような毎日だった。
 睡眠を削り、食を削り、衣を削り、まるで取り憑かれたように一心不乱に研究に没頭した。全てはあの男への復讐、そして我が子をこの手に取り戻す為に突き進んだ。
 そして完成に要した月日は凡そ15年。
 喜び勇んだパクが最初にそれを持ち込んだ先は学会ではなく特許庁。あの男の言葉に従うようで非常に癪だったが同じ轍を踏む訳にはいかなかった。
 当時は今ほど難しくなかったのも幸いした。結果は大勝利。
 勿論それでも全てがトントン拍子だった訳ではない。命を狙われたり、家が燃やされたりと色々あった。ただその中でもかつての上司の悪評が知れ渡り、奪い取った研究以外大した成果を上げていないのが強いモチベーションになった。
 まあそんな感じで多少の紆余曲折はあったものの、パクは見事学者として返り咲いた。宿敵の悔しそうな顔は傑作だった。
 それからは華々しい日々がパクを待っていた。誰もがパクに同情し、褒め讃えた。尊敬した。
 そしてパクは当時自らを貶しめ、同調し、傍観した者達の研究を一人残らず奪い、否定し、閑職に追いやった。
 あの男と同じとは思ってない。これは正当な復讐だ。
 背を丸めて去っていくかつての卑怯者共を見送りながら、パクはほくそ笑んだ。


 * * *


 研究棟をパクは一人歩く。
 かつての無理が祟り、杖をついての歩行となったその動きは同年代の者よりやや遅い。弟子からは常々車椅子の使用を勧められているがパクは自分の足で歩くのが好きだった。
 特に夕日が世界を染め上げるこの一時を楽しむのが。
 一つ目の角を曲がり足を止める。研究室からずっと歩きづめだった為に呼吸は乱れ、額にはうっすら汗が滲みでていた。疲労が薄い膜となり、内なる声が休めと語りかけてくるが、尊い方を待たせている以上、パクは老体に鞭打って歩き始める。
 そうして目的の場所に到着し――

「遅いぞ、リシタ教授!!」

 入室直後、年下の所長の恫喝が響き渡る。
 誰のお陰でこの研究所が大きくなったと思っているのかと眉根を寄せるが視線を感じ口を噤む。
 目を向けた先に居たのは王太子だ。雑誌等で顔は見知っていたが、いざ実物を前にすると息を呑む程に美しい。
 所長の咳払いに我に返ったパクは恭しく頭を下げる。

「王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう、恐悦至極に存じ奉ります」

 パクの畏敬を込めた口上にラディウスが微笑みを一つ浮かべる。
 その何もかも見透かすような笑いにパクの静まった心臓がどきりと跳ね、自然と足が後退りそうになる。まるで昔、暗殺者を差し向けられた時のようだった。
 しかし現実問題、パクには王太子に命を狙わる覚えはなかった。
 きっと勘違いだろう。
 脳内にてそう結論づけたパクは許しを得て対面のソファーに腰掛ける。
 それにしても何故王太子が此処に?と不思議に思うと同時に数日前に我が物となった折り紙を思い出す。そして今日はその件でお越しになったと当たりをつける。
 奇しくもその予想は正解ではあったが、その中身までは彼は思い至れない。それどころか見当違いの期待を抱く始末。
 褒美、支援、宮廷講師へのスカウト……パクの表情に隠しきれない喜色が浮かんだ。その興奮が最高潮まで昇りつめたタイミングで唐突にラディウスの笑みがやや冷たいものに変わる。

「聞いたよ。新しい特許を取得したんだってね。今までと随分毛色が異なっていたから驚いたよ」
「え、ええ。私もまさか研究の傍ら、手慰みで始めた物が本当に特許を得るとは夢にも思いませんでした」

 悪びれもせず嘘話を堂々と発するパクにラディウスの瞳の奥に微かな輝きが灯って消えるが星が瞬くようなその変化にパクが気付く事は無い。

「それは興味深いね。後学の為に訊きたいのだけどそういう事は多々あるのかい?」
「そうですね。今回の件に限った話ではございませんが、研究過程で予期せぬアクシデントや結果に見舞われる事は学者界隈でも特別珍しくはありません。具体的に申しますと――」

 パクは場を和ませようと過去の出来事を面白可笑しく語る。
 それか二、三分続いた頃だろうか。会話が途切れたタイミングで表情と声の調子を変える事なくラディウスが唇を開く。心なしか室温が数度下降したような気がした。

「勉強になったよ。――さて、話は変わるけど今回私が此処に足を向けたのは君に見て欲しい物があったからなんだ」

 それを合図にラディウスの近くに控えていた地味めの少年侍従、ナギが懐から取り出した封筒をパクの前に置く。
 一見何の変哲もない茶封筒だ。
 断りを入れて拝読したパクの顔が僅かに強張るも、彼は直ぐに表情を戻しラディウスを見た。

「王太子殿下。これは何方から?」
「悪いけどそれは言えない」
「左様でございますか」
「では次は私から訊こう。その文にある特許強奪については真実かい?」
「えぇっ!?」

 パクの隣、小太りの所長から驚きの声が上がる。
 どうも彼も初耳のようだ。どういう事だとパクに視線で説明を求めている。

「いいえ、全くの事実無根。虚偽でございます」

 これまた堂々とした否定。何も知らない者が見れば潔白と信じてしまうだろう。現に隣席の男もそれを鵜呑みにしている。
 いやそれどころか机を叩いて怒りを発露させると、パクがいかに研究者として優れ、素晴らしい人物であるか切々と訴える。
 ラディウスはそれを静かに聞いていた。
 そうして彼の主張が終了すると同時に足を組み替える。ソファーの軋む音がやけに室内に響き渡った。

「ではパク・リシタ。再度問う。今口にした言葉、神に誓って真実と言えるかい」
「真にございます」
「――――――――残念だよ」

 ラディウスは小さく息をつき、アイテムボックスから取り出した紙をパク達へと差し出す。

「これはっ!?」
「折り紙の特許申請前に交わした誓約書の写しだよ」

 書面末尾に刻まれた王家の捺印と宮廷法務官の署名。
 パクの無罪を信じていた所長の顔色がみるみる内に青くなる。

「そしてこれが君が特許庁に提出した申請書だよ。よく見比べるといい」
「リシタ教授!! 君は何という事をしてくれたんだ!」

 パクは俯き、膝の上に置いたしわがれた両手を強く握りしめる。

「何か申し開きはあるかい?」
「っ、大変申し訳ございませんでした! あまりに素晴らしい出来故、つい魔が差してしまいました!」

 素早く床へ座り、手をついて深々と頭を垂れるパク。それを感情のない瞳で見ながらラディウスはソファーの肘置きを爪で小突いた。

「――それだけかい?」
「それだけ、とは?」

 パクが不思議そうに頭を上げる。
 恐らくラディウスの告げた“それだけ”の意味を違う方で捉えたのだろう。
 どう落とし前をつけるつもりだ、と。
 パクは慌てて言葉を紡ぐ。

「た、直ちに申請は取り下げ、本来の持ち主様には謝罪申し上げると共に王家には私の今までと今後発表する全ての成果を捧げる所存でございます!!」
「――ねぇ、パク・リシタ」

 ラディウスがパクの前で膝をつく。その瞳の奥には冷たい輝きが揺らめいていた。

「私は他に不当に奪い取った物は無いのかと訊いているんだよ」
「っ、そ、それは」
「今度は正直に答えてくれるかい?」 
「あ、ありません!!」
「はーい、それダウトね」
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