転生?憑依? 中身おっさんの俺は異世界で無双しない。ただし予想の斜め上は行く!

くすのき

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12歳編〜まだまだ続くよ漬物は〜


「あれは……いったい……」

 何処からか掠れた声が聞こえてくる。
 それは誰が漏らしたものか。近くのようであり、遠くのようであり、複数でもあるようだった。
 中に含まれているのは困惑。
 信じがたいほどの虐殺。
 ロセッティ領の大森林で経験した時とは比べものにならない凄惨な光景だった。
 だからこそ公爵家の騎士、銀狼の騎士団の困惑もさもありなんだ。

 幾多の死線を潜り抜け、心身ともに鍛え抜いた歴戦の兵である彼等でさえ、XIの攻撃はおろか逃走を許してしまったのだ。
 特に彼等を束ね、直接攻撃したロセッティ公爵の衝撃は如何ほどか。
 アレは魔法なのか、それとも魔法具によるものなのか。そもなぜXIと名乗るナァガがエフレン達を殺害したのか。

 考えても考えても答えは出ない。
 唯一の幸運はあの攻撃が俺達に向けられなかったこと。しかし今はとてもそれを手放しで喜ぶ気にはなれなかった。
 一旦落ち着くべく頭を振った際、視線のようなものを感じて振り向いた俺はぎくりと身を強張らせる。

 無造作に落ちた生首。
 どうして。
 そう顔に貼り付けたまま絶命したエフレン・ジュ・べディアの頭だ。
 硝子玉と化した瞳の中に映る自分の姿に、胃の中に収まっていた酸いものが喉奥までせり上がる。

「ラシェル様!」

 蹌踉めいた俺をグレゴリーが受け止める。その頭上に僅かに修正された文章を見上げ、なるたけ表に出ないよう目を逸らす。

「顔色がよくありません。一度、医師に」
「大丈夫。臭気にあてられただけ」

 数回深呼吸した俺はアルヴィスと公爵へ視線を移す。
 そこでは貴族として、いや皇族として幼さと不安を消したアルヴィスが公爵と意見を交わしている。

「! グレゴリー、ボブレ、被害者の元へ連れてって」

 彼の手を借りて、ボブレの傍に膝をつく。
 下半身は未だ革袋の中にあるが、治療は受けたようで肌に残っていた暴行の痕は無くなっている。

 恐る恐る肩を揺するが反応はない。
 焦点の合わない瞳で静かに泣き続けている。

「ラシェル様……彼はもう……」


 心が壊れている。
 言外にそう語るその姿に今日一番の胸の痛みが俺を襲う。
 どんなに痛かっただろうか。
 どんなに怖かっただろうか。
 どんなに苦しかっただろうか。
 どんなに……。
 

 俺はアイテムボックスから取り出した回復薬を彼の口に押し当てる。
 普通の回復薬では体の傷は癒せても心の傷までは治せない。だが微弱な聖力を含んだ沢庵、柴漬け、ぶぶ漬けのどれかならいけるかもしれないと一縷の望みをかける。
 しかし、誤嚥に気をつけてゆっくり流し入れてみるも全て喉に落ちる事はなく、口の端からダラダラと零れ落ちていく。

「………………そっか。ごめん、やっぱり美味しくないから飲みたくないよね」

 ハンカチで口元を拭っても反応はない。
 目の奥に熱いものが込み上げる。
 俺の所為で“また”人が傷ついた。
 俺の所為でボブレ君の心が殺された。
 どうしていつも俺が無事で、他の誰かが苦しまなくてはならないのだろう。
 グレゴリーでない誰かの手が、ぼんやりとする俺の肩を掴む。

「ラシェル君……」
「あ……公爵、さま」

 ロセッティ公爵だった。
 彼は俺を覗き込むと次の瞬間、俺を優しく抱きしめた。

「君は何も悪くない」

 ぐずる幼子をあやすように優しく背中を叩く心地よさに堪えていた涙が堰をきったように溢れ出す。

「う、う、うぅ~~~」
「大丈夫。大丈夫だ」
「ボブ、ボブレ、くん、俺を、まも、まもろうとして」
「そうか……そうか」
「俺のぜいで」
「違う。これは断じて君の所為ではない。べディア公爵令息とその一派の罪だ」

 天井に空いた穴から覗く空が黒い。
 そこから一滴、二滴。
 まるで俺の鳴き声に呼応するかのようにけたたましい雨が降り出す。
 ざあざあ、ざあざあと。









 ひゅうぅ、と肌寒い風が吹き抜けて、少年の帽子を飛ばした。
 不時着した先は川岸。
 雨によって増水したそこは今にもそれを攫いそうだった。
 少年が慌てて立入禁止の柵を乗り越える。

 それを子供の俺が危ないよと止める。
 少年は大丈夫だからと川岸に向かい、帽子を取ろうとして足を滑らせる。
 ドボンと大きな音が鳴る。
 人の手によって整備された川岸は水深が深く、水面は一見穏やかに見えて中の流れはとんでもなく早い。
 バシャバシャと手をバタつかせながら少年が下流へと流されていく。

 このままでは危ない。
 俺は彼を救うべく周りに助けを求めた。
 だがしかし運が悪い事にその日は人通りがなく、走って走ってやっと見つけたのは中学生になったばかりの少年だった。

 事情を聞いた彼は臆する事なく川へ飛び込み、やがて少年を救助する。自分の命と引き換えにして――。
 翌夕、降りしきる雨の中、彼の遺体を抱きしめたまま泣き縋る母親の声は今でも耳に残っている。

『なんで帽子なんて拾いに行った!』
『なんで家の子に声をかけた!』
『お前達だけ死ねば良かったんだ!』
『この人殺し!』

 あの声を、今でも、俺は忘れられない。


 柔らかな感触が全身を撫でる。
 水中に漂う俺を引き上げようと伸びる幼い手。でも俺はそれを振り払う。
 まだ此処にいたい。
 時間の感覚が曖昧な中、再び差し伸べられた手を振り払うとすれば今度は掴まれた。
 その爪が皮膚に強く食い込む。
 痛い。
 凄く痛い。
 めちゃくそ痛い。

 不確かな水の世界で、精一杯抵抗するが力及ばす、引き上げられる。
 そして何処からか増えた別の手が胸ぐらを掴み、まるで巨大鮪一本釣りのように俺を白く染まった世界に引き上げた。


「……ぅ……」


 全身の脱力感が酷い。
 体が鉛のように重く、異常な疲労感が全身を支配していた。
 緩慢な速度で目蓋を開けば、眩い光が視界に飛び込む。写真屋で喰らうフラッシュにも似たそれに、目を細めながら瞬きを繰り返し、

「おはよう、ラシェ」

 ぼやけた少年が映った。
 それは婚約者の片割れ、フラウディオ・ディ・ロセッティだ。
 ようやっと明瞭になった目で、上から覗き込む彼を見つめ返す。
 これは一体どういう状況だ。
 起き抜けの頭に無数の疑問が殴りかかる。
 確か最後の記憶は公爵に抱きしめてもらったところ。あの損壊したタウンハウスだ。
 それが何故、フラウディオになっているのか。  

「なん、で……」
「そりゃ此処が寮の自室だからな」

 砂漠と同等に乾いた口から漏れた疑問に、フラウディオと似た声が答える。
 フェルディナントだ。
 目だけ傾ければ渋面を浮かべだ彼がいた。

「べディア公爵令息殺害の一件で意識消失してラシェはね、あの護衛に運ばれて昨日の夜、寮に帰ってきたんだよ」

 驚きながら身を起こす。
 見渡した光景は確かにレイフィスト学園学生寮の自室だった。

 窓の前にはカーテンが下ろされ、外の景色は分からない。
 学習机に置いた時計が酉の刻。
 おそらく一日かそれ以上の日数が経過しているのだろう。

 俺は自分の着衣が夜着に変化しているのに気付く。髪の毛も脂はなく、洗ったように艷やかだ。

「あ、あの、まさか……ゴホッ」
「安心して。使用人を呼んでやってもらったから。はい、お水」
「どうも」

 礼を言って差し出された水を口にする。
 喉奥に落ちた水分が、すぅっと体に入っていくのが解った。

「ありがとうございます」
「じゃあ次はスープ食べようね」
「パンもあるぞ」
「え」

 言葉の意味を理解するよりも早く、スープの乗ったスプーンが突っ込まれる。
 甘い南瓜のスープだ。
 何度か続くと小さく千切ったパンも加わる。なんか給餌中の鳥のようだ。

「どうだ、旨いか。おかわりもあるから、ゆっくりしっかり食べろよ」
「んぐ……ふぁい」
「食べ終わったらお説教だからね」
「……」
「ラシェ?」
「はい……」

 十二歳に叱られる三十路。
 字面にすると情けなさ1000%。
 彼等からのお叱りを三十分間頂きつつ、俺は終始死んだ目で平謝りする。

「――わかった?」
「はい。大変反省しております」
「次は俺達に一番に言いに来いよ」
「善処、はします」
「よし! ――で、ぜんしょってなんだ?」
「兄さん……。要求や提案に対し、可能な限り最適な対応を取るけど確約はしないって事だよ」
「なるほど! じゃあ駄目じゃねーか」

 フェルディナントが吼える。
 だがここは俺も譲るつもりはない。
 さも今気付いた呈で話を逸らす。

「あ、あの。ボブレ君、人質にされていた彼はどうなりました!」
「……彼なら、ロセッティ領で保護してるよ。記憶消去の薬を飲ませたってラシェに伝えるよう頼まれてる」

 これから彼はボブレではなく、別人として生きていくのだそうだ。
 記憶消去の薬。
 その名の通り、対象の記憶を全て消し去る事のできる薬だ。
 多くは軍や諜報の場で用いられるらしく、一般にはあまり出回らないものらしい。
 なんとも言えない気持ちになるが、彼が別人としてでも生きていけるのならば、きっとそれが最善なのだろう。

「あともう一つ。ラシェの所為じゃないから絶対に気に病むなって」
「そう、ですか……」

 分かりましたと微笑む。

「ラシェ……」
「んじゃ、俺達からラシェに罰だな」
「………………………え」
「今日から暫くはベッドくっつけて一緒に寝るぞ!」
「はい?」

 それは果たして罰たりえるのか?
 疑問符を浮かべる俺にフラウディオが妙案だと褒める。これはお休みのキスが出来ない仕返しだろうか。

「じゃっ、早速ベッドくっつけっか」
「ええっ……」
「ラシェ。これは罰だからね」
「……アッ、ハイ」
「あ、そうだ。ラシェの護衛から都合の良い日に話がしたいって言伝預かってるよ」

 んーー?! 
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