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薬草好きと女好き
しおりを挟む三度の飯より薬草が好き。
薬草に目がない変人。
ノー薬草ノーライフ。
それが侯爵令息、ミリアム・ノーチェルトを示す言葉であり座右の銘だ。
「はぁ……今日も綺麗だよ。マドゥール」
蜂蜜を溶かすほどの熱い眼差しとともにミリアムの口から艶めかしい吐息が漏れる。
「あぁ、誤解しないで。君もとても素敵だよ。アジタハー」
マドゥールから視線を外し、アジタハーなる相手をとらえた彼は優しくその体に触れる。
「太陽を浴びて輝く姿はまさに地上に舞い降りた天使だ。――もちろん君もだよ。メイルー」
次々と愛を囁くミリアム。
だが囁かれた方から喜びや嫉妬、軽蔑の声は一つとして上がらない。
――当然だ。
ミリアムは今、物言わぬ“薬草”を口説いているのだから。
物心ついた頃から、ミリアムは薬草が好きだった。きっかけはもう覚えていないが、大したドラマもないだろう。
朝から晩まで薬草、薬草、薬草。
大好きな物に囲まれて暮らす生活は何よりも幸福だった。
だがそんな生活も長くは続かない。
ミリアムは貴族だ。
貴族には義務がある。
ノブレス・オブリージュだ。
いずれは家の為になる相手と結婚し、子をもうけていかなければならない。
そんな折、ミリアムに転機が訪れる。
社交界一のプレイボーイと名高い公爵令息ハイロ・ヴィスコッティとの縁談だ。
初顔合わせの時、ミリアムは初めて彼に感謝した。
「結婚はしてやる。だがこれだけ守ってもらう。嫌ならこの縁談は無しだ!」
手渡されたのは一枚の同意書だ。
そこには、普通であれば殴りたくなるような条件が書きつづられていた。
一つ、互いに愛は求めない
一つ、互いの恋愛事情に口を挟まない
一つ、互いの生活を尊重する
一つ、子はもうけない
一つ、跡継ぎは愛人の子とする
一つ、婚約者としての義務は月一とする
一つ、以上を同意しない場合、婚約破棄または離婚とする
「なんて素敵な契約でしょう!」
一も二もなく飛びついたミリアムをハイロは異常者を見るような目で見ていたが、公爵夫人として義務さえ果たせば、公爵家の金で好きなだけ薬草を愛でられるのだ。
ミリアムにとって天国でしかなかった。
そんなこんなで一年ほど奇妙な婚約関係が続いた。物語などでは、歯牙にも掛けない主人公に相手役が気になって恋が始まるというが――現実はそんな事はない。
月一で茶を飲み、それ以外は「じゃあな。達者で暮らせ!」というスタンスだ。
だから結婚式の日も、
新婦ミリアム・ノーチェルト。あなたはここにいるハイロ・ヴィスコッティを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し敬い、慈しむ事を誓いますか?
という神への誓いも互いに清々しいほど力強くハイ!(誓いません)と宣言した。
当然約束していた通り、初夜はない。
そうしてそこそこ大変な夫人業を営みつつ、ラブもストーリーも始まらないまま、ハイロは愛人(複数)と、ミリアムは薬草のみを愛でる幸せライフを送っていた。
だがそんな幸せな結婚生活も2年で終わりを告げた。
ハイロが遂に愛人の誰かを本妻に迎えるため、離縁を迫った? ――違う、伝染病が流行ったからだ。
突如現れたそれは平民のみならず、貴族たちへも猛威を振るい、沢山の者達が命を落とした。
そして性病で死にそうと思っていたハイロが、まさかの罹患。しかも最悪なことにハイロはまだ跡継ぎを拵えていなかった。
このままでは現存するヴィスコッティの親戚筋と子を成す可能性、もしくは離縁されて他家に嫁ぐ選択肢も出てきたミリアムは、初めて恐怖した。
そしてミリアムは決意する。
なんとしてもこの生活を手放してたまるものか、と!
持ち前の薬草知識を活かして、ハイロや使用人の体で実験すること一年。
ミリアムは奇跡的に特効薬を開発した。
まぁ蓋を開けてみれば、商人が小麦を安く買い叩いたことで前の業者がしてくれていた<状態保存>の魔法をかけず、そのまま運んだことによる劣化および菌の増殖だったが。
もちろんこの件で、商人と、また彼らと癒着していた貴族はしっかり財産没収の上、一族郎党打ち首となった。
これで、めでたしめでたし――となる筈だった。
「ミリアム。私は君を誤解していた」
そう、まさかのハイロがミリアムガチ恋勢に転身したのだ。
心底いらなかった。
「私は公爵夫人として必要な“義務”を果たしただけですので」
暗にお前の為じゃねーよと伝えたが、
「そんな悲しいことを言わないでくれ。君の真心を踏みにじった罪はこれから誠心誠意償う。だから一度だけチャンスが欲しい」
全く話を聞いてくれなかった。
それどころかハイロの中で、ミリアムは「文句も言わず夫に尽くした、心優しい植物の女神」という認識にすり替わっていた。予測変換も予測出来ない異常事態だ。
「(え、何コイツ、怖っ……)」
初顔合わせの日、ハイロから送られた異常者を見る目をそっくりそのまま返すミリアム。
だがしかしハイロはそれすらうっとりと見惚れる始末である。
「いやあの同意書……忘れてます?」
「それは――。あの時は本当にどうかしていた」
どうかしているのは、まさに今である。
そう突っ込みたい気持ちをミリアムはぐっと堪える。
「どうすれば君を此処に繋ぎ止めておける? 希望があるなら何でも言ってくれ」
「あ、じゃあ今まで通りで!」
明るく答えたミリアムとは正反対に、この世の終わりを迎えたようなハイロ。
「私は……私は……そんなにも、君を傷つけてしまったのか……」
「いえ、公爵様。私は何一つ傷ついてもおりません」
「いいんだ。無理しなくて……」
どうしよう、何一つ噛み合ってないのに彼の中ではズレた歯車が奇跡的なジャストフィットで噛み合ってる。
ミリアムの背中に冷や汗が流れ落ちる。
「ミリアム……何か欲しいものはあるかい。離婚以外ならなんでも叶える。叶えさせてくれ」
「あ、じゃあ南部の薬草が欲しいです」
その後、南部どころか国中の薬草がヴィスコッティ公爵家に集まったのは言うまでもない。
更にそのあまりのお宝具合に狂喜乱舞したミリアムが「公爵様ありがとうございます、愛してます!」なんてうっかり口走ったものだから、男泣きしたハイロを慰める(意味深)をしなくてはならなくなったのは別の話。
◇ ◇ ◇
巨大な薬草園にて二人の子供が走る。
一人は現ヴィスコッティ公爵ハイロ・ヴィスコッティによく似た子供。
一人は現ヴィスコッティ夫人ミリアム・ヴィスコッティによく似たこども。
二人は楽しそうにある場所へ向かう。
「母上~!」
「母様ー!」
二人は白衣を着たミリアムに勢いよく抱き着く。
「ロム、ハミ。危ないよ」
「「はーい」」
「お父様は?」
「これから来るよ! 珍しい薬草見つけたって言ってた!」
「ヨッシャ!」
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