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しおりを挟む第一章 プロローグ
バシッ
今日何度目かも分からない痛みに頬を押さえる。
蹴られたお腹も背中も痣だらけだろう。
「この邸から出て行け!」
ああ、やっぱり貴方は私を捨てるのですね。
「今をもってお前は私の娘ではない」
何を今さら……
「二度と顔を見せるな!」
ええ、私だって二度と会いたくないわ。
「さっさと出て行け!」
そう言って父は――フォネス伯爵は、骨と皮しかない私の腕を折れそうなほど強く握って玄関まで引きずっていく。そのまま執事に扉を開けさせ私は地面に叩きつけられた。
「何処へでも行け! そして野垂れ死ね! お前の死亡届は出しておいてやる!」
叩かれた頬は熱く、触らなくても分かる。身体中痣だらけだろう。まだ前回叩かれた時の腫れも引いていないというのに……
それに地面に叩きつけられたせいで手と足にできた擦り傷からも血が出ている。
立ち上がって「……お世話になりました」と頭を下げた。そうしないと今までの経験から次はもっと酷い暴力を振るわれることになると知っていたから。
「さあ、早く出て行きなさい」
ニヤニヤと私を見下ろす女。お母様亡き後にしっかり後妻に収まった義母。先妻の娘の私が疎ましかったのだろう。私を最初に使用人扱いをするように命じたのはこの女だ。派手な化粧に常に胸元が開いているゴテゴテしたドレスを好んでいるようだが、はっきり言って下品。
「お義姉様ぁ、お可哀想~」
便乗して義妹エリザベスが言う。何がお義姉様だ……同じ年でも彼女の方が数か月早く生まれているくせに。
憐れむように「お可哀想」って言っているが本心ではないことは顔を見れば分かる。
お母様が私を妊娠する前に、父親が愛人との間に作った娘。顔は義母似。髪色は義母と同じ茶髪。瞳の色も義母と同じ緑色。……この三人が並ぶとまさに親子だ。
私は顔立ちも銀の髪色もお母様から受け継いだ。瞳の色はどちらとも違う……アメジストのような紫色だ。父親に似ているところが一つもない。……よかった。この先、鏡を見る度にこの男を思い出すことは無いだろう。
死亡届を出すと言ったわね。
そうでしょうとも、十二歳の子供が着の身着のままお金もなく家から追い出されて生きていける訳がないものね。
このままこの家にいたらいずれにせよ虐待か栄養失調で命を落とすことは目に見えている。もうここに戻って来ることは二度とないだろう。それこそ本望だ。そのまま『さようなら』っと、心の中で呟いて元家族に背を向けて門を潜った。
歩き出しても父親の怒鳴り声と義母と異母姉の嘲笑う声がしばらく聞こえていた。
昨日の朝から水しか口にしていない。力の入らない足でふらふらと歩きながらも歩を進める。
受け入れてもらえるかは不安だけれど……でも、もう私にはあそこしかない。それでダメなら元父親の望んだ通り野垂れ死ぬことになるだろう。
それでも領地で追い出されなくてよかった。王都にいる今なら、まだ十二歳の私でも歩いて目的地まで辿り着ける。
お母様が生きていた頃に一度だけ王城に連れて行かれた記憶がある。大きな邸の前を馬車で通り過ぎた時『ここがお母様の育ったお家よ』と懐かしそうにしながら教えてもらったお母様の実家。
お母様には弟がいて、八歳年が離れていると言っていた気がする……だから今は二十一歳だと思う。
『ローレンスはね、素直で優しくてとってもいい子なのよ。フローラにも会わせてあげたいわ』
お母様は懐かしむように、でも泣きそうな顔で弟のローレンス叔父様の話をよく聞かせてくれた。
そんなお母様の話にはローレンス叔父様以外の身内の名は一度も出たことはなかった。私は幼いながらも祖父母のことは聞いてはいけないような気がしていた。
行き先のない私は会ったこともないローレンス叔父様を頼るしかない。こんなみすぼらしい身なりの私を受け入れてくれるだろうか? お母様の娘だと信じてくれるだろうか?
……不安で足が止まりそうになる。
それでも私にはそこ以外に行くところがない……
『これだけは肌身離さず持っていなさい。いつかきっとフローラを守ってくれるわ』
お母様が亡くなる前にそう言って私に持たせてくれた大きなアメジストの宝石がついたネックレス。
誰にも見つからないように下着に縫い付けたポケットに隠し持っていたネックレスが役に立てばいいのだけれど……
こうなったのもすべて、二年前のあの時からだ……
第二章 地獄の日々
お母様が亡くなったのは二年前。
王都にある父の邸で、お母様はひっそりと亡くなった。お葬式にすら父親は顔を出さなかった。 私と、執事と使用人だけでお母様を見送った。
普段からお母様と父親が顔を合わすことはほとんどなかった。いいえ、父親が邸に帰ってこなかっただけ。
父親に会えなくて寂しい思いをしたことはなかった。だって私にはたっぷり愛情を注いでくれるお母様がいたから。それに当時は使用人たちも良くしてくれていた。
父はお母様のお葬式の二日後には義母と異母姉を連れて帰ってきた。大好きなお母様を亡くして泣いてばかりの私を部屋から無理やり連れ出した先には、義母と私よりも数ヶ月早く生まれたという異母姉がいた。
その当時十歳とはいえ、令嬢教育を数年間受けていた私は、帰ってこない父親が不貞をしているとうすうす感じていた。それでもそれがお母様と婚姻を結ぶ前からの不貞だとは思いもしなかった。
数回しか顔を合わせたことのない父親に別に期待もしていなかったし、ショックもなかった。
ただ軽蔑しただけ。
それにお母様の口からこの父親を尊敬する言葉も、愛ある言葉も聞いたことがなかったから。悪口も聞かなかったけれどね。その頃には二人は政略結婚だと理解していたから。
お母様はいつも初恋の人のことをそれは嬉しそうに、恥じらいながらよく話してくれた。お母様が亡くなるまで……お母様はずっと初恋の人を思っていた。
よかった。こんな夫としても、父親としても尊敬するところが一つもない人がお母様の想い人ではなくて……
だから父親が義母と異母姉を連れてきた時からすでに予測はしていた。……この邸に私の居場所がなくなると。
まず、私の部屋は異母姉の部屋に。そして私は使用人部屋に。次に、それを咎めた執事や侍女長を解雇し、私に優しかった使用人がいなくなるまでに二か月もかからなかった。
それからだ。私が伯爵令嬢だと知らない者ばかりになると、義母の命令で使用人以下の扱いをされるようになったのは……
早朝から水仕事。朝食も昼食も夕食も使用人の残り。それも残りがあればの話。一口も口に出来ない日も珍しくはなかった。そんな生活に日々耐えていた。
そんなある日、私宛てに王家からの手紙が届くと、私に感心のなかった父親が『なぜお前宛てに届くのだ!』と怒鳴り散らし私の頬を叩いた。
幼い頃に一度だけ、お母様と王宮に行ったきり。だから私にだって手紙が届いた理由は分からない。
そして訳も分からずその手紙の内容も伝えられないまま馬車に乗せられた。着いた先はフォネス伯爵家の領地の本邸。初めて訪れた本邸の使用人には、身なりから最初は私が伯爵家の令嬢だとは信じてもらえなかった。
それも当然だと思う。以前の令嬢らしく手入れをされていた面影など今の私にはないのだから……
それでもフォネス伯爵家の家紋のついた馬車に乗ってきたことで一応は認めてくれたのか、久しぶりに温かい食事にふかふかのベッド、温かいお風呂に使用人たちからの丁寧な扱いを堪能することが出来た。
……それも束の間だった。四日後には義母と異母姉が文句を言いながらこの本邸に現れたのだ。
温かい朝食の後、テラスでのんびりお茶をしていたらエントランスの方が騒がしくなり、ヒステリックな声が聞こえてきた。ああ、天国もここまでね。
はぁ~~っと長いため息が出た。
ノックもなく扉の開いた先には派手なドレスに濃い化粧の義母が鬼の形相で立っていた。その後ろから異母姉がニヤニヤと笑って覗いていた。
「アンタ! 何を勘違いしているの? あの女とアンタはあたくし達の十年間を奪っていたのよ! ここに居る限り死なない程度にこき使ってやるわ! 分かったらそのドレスを脱いで使用人用の服に着替えなさい!」
……納得はしていない。でもこの義母はすぐに手が出ることは経験済み。
『……はい」
部屋を出ようとした私の前に立ち塞がり手を振り上げた。
パンッ!
……ほら、ね。この日から王都にいた時よりもキツく耐える日々が始まった。
お母様が亡くなって一年が過ぎた。
その間に父親がここに来たのは三回。義母と異母姉は二か月に一度は王都に行く。その間だけが私の頬が赤く腫れ上がることも背中に痣ができることもない。だって、私に暴力を振るうのは父親と義母だけだから。
いつも山のようにドレスや宝石を買ってきて見せびらかすのは義姉。義母に似て派手なドレスばかりで羨ましいと思ったことは一度もない。それどころか使用人服しか持っていない私でも、恥ずかしくてあんな派手なドレスもゴテゴテした宝石も身に着けたいとは思わない。
それにしても、義母の目がないのだから今ぐらいちゃんとした物が食べたい。贅沢は言わない。使用人と同じ物でいいのに……お風呂だって入れなくていいから温かいお湯を使わせてほしい。
あの義母は宣言通り、本当に死なない程度に食事を与えてこき使う。
暴力だって顔は手で叩き、体は足で蹴る。足で人を蹴るなんて貴族の夫人としてどうなの?
鞭など道具を使われないだけマシか。あと言葉使いもお母様と比べるまでもなく品がない。
まああんな人たちのことはどうでもいいから、お腹が空いた。いつか苦しくなるぐらいお腹いっぱい食べたい。水でお腹を膨らませるのはもう嫌だ。
今回は一か月程であの二人が帰ってきた。今回も買い物三昧だったのだろう。乗ってきた馬車の他に二台の馬車から使用人総出で荷物を運んでいるから。毎回、こんなに買い物をしていて大丈夫なのだろうか?
この本邸から出たことはないけれど、この領地は私が知らないだけで潤っているのだろうか?
……私が気にかけることはないか。どうせ、この家を継ぐのはエリザベスかその夫になるだろうし、もしかしたら義弟が生まれるかもしれないしね。
私はこのまま使用人として一生こき使われるのか、それとも政略結婚の駒にされるのか……父親次第だろう。
でも、成人したらこの家を出て行くつもりだ。それまで生きていられればの話だけど。
「フローラ! フローラ! 早く来なさい!」
ふう、帰ってくるなり呼び出すのもいつものことね。あの男の前では本性を隠して猫を被っているからストレスが溜まるらしい。私で発散するのはやめてほしい。
「お呼びで」
「アンタの声は聞きたくないって言ったでしょ! お前は喋るな!」
バシッ! ここにも使用人が何人もいるというのに……本当に汚い言葉。
慣れたものでみんな見て見ぬふり。聞こえないふり。そうよね。止めたりしたら次は自分に降りかかるかもしれないものね。別に恨んだりしない。誰だって我が身が可愛いもの。
あ~あ、しばらく仰向けで眠れていたのにな、今晩からまたうつぶせ寝になるのか……気持ちで負けない! って、ずっと強気で頑張ってきたけれど、もう心が折れそうだ。
誰でもいいから、ここから助け出してくれないかな……
◇ ◇ ◇
誰も助けてはくれなかったけれど、ここから解放されたのは王都にいる父親から呼び出されたのがきっかけだった。それは誰にも祝われない私の十二歳の誕生日を迎えてからすぐだった。
「この子まで呼び戻すなんて何がありましたの?」
「腹立たしいことに王家から第三王子の婚約者候補にとコイツに打診があった」
王家から? 一度だけお母様に連れられて王妃様に会ったことがある。もう顔も覚えてないけれどキラキラしていて、とっても綺麗で感動したのを覚えている。
「そんなのおかしい! わたくしの方が王子様に相応しいわ! お姫様になるのはわたくしよ!」
エリザベスが不満を露わにして捲し立てている。ですよね~。この異母姉が黙っている訳がないものね。
「お父様も可愛いエリザベスこそが相応しいと思っているよ」
「貴方何とかなりませんの?」
義母が父にしなだれかかり懇願している。
「ああ、我が家には娘が二人いると、コイツよりも出来のいいエリザベスがいると推してきた」
「まあ! それでどうなったの? お父様!」
「選ぶのは第三王子だが、エリザベスも一緒に呼ばれることになった」
「キャーお父様素敵! ありがとう! 大好き!」
ようやく機嫌を直したエリザベスが父に抱きついた。
「ふふふっ、エリザベスの引き立て役に丁度いいですわね」
「ああ、エリザベスなら第三王子も気に入るだろう。……エリザベスとコイツに差をつけると印象が悪くなる。コイツもある程度は着飾らせろ」
父親と義母が何か企んでいることは顔を見れば分かる。二年前から私は一枚もドレスを買い与えてもらってない。どんなドレスを用意するのか分からないけれど……
「それよりもコイツの頬の腫れはどうするつもりなんだ?」
「心配なさらなくても大丈夫ですわ。化粧を濃くすれば上手く誤魔化せますわ」
やっぱりこの人は馬鹿だ。この腫れを隠せるほど子供の私が厚化粧をすればそれを見た相手は違和感を覚えると分からないのだろうか?
「おい! お前は『はい』と『いいえ』以外口を開くなよ! 分かったか!」
「はい」
「お母様! 明日着ていくドレスを一緒に選んでくださいませ! とびっきり可愛くしなきゃ!」
「まあ! 安心しなさい。エリザベスはそのままでも十分可愛いわよ」
「そんなこと分かっているわ! それでももっと可愛くなりたいの!」
確かにエリザベスは義母に似て人目を引く綺麗な顔立ちをしている。比べて今の私は頬が痩けてガリガリ。目だけが大きくギョロギョロとしている。こんな私なんて誰が見ても不気味だよね。
それに私は王子様になんか興味がない。有り得ないけれど、もし私が選ばれたりしたら今までの比じゃないくらい暴力を振るわれるかもしれない。それこそ命を奪われるほどの……だから王子様に気に入られるよう是非ともエリザベスには頑張ってもらいたい。
「うふふっ。お義姉様ってば、何を着ても地味ね~」
エリザベスがニヤニヤと笑いながら言う。ホントにね。
第三王子とのお目通りの日がやってきた。まさか、王家の方とお会いするのにこんな格好をさせるなんてね。
エリザベスのお下がりなのは百歩譲ってありだとして、去年エリザベスが着ていた時はパステルイエローだったと記憶していたけれど、保管方法が悪かったのか薄い茶色に変色していて、所々に元のパステルイエローが見えて斑になっている。
これは使用人のレベルが低い証拠。装飾品も着けていないし、ドレスはぶかぶかだし、私をエリザベスの引き立て役にしたつもりなのでしょうね。あの義母は分かっているのかしら? 王族を馬鹿にしているって顰蹙を買わなければいいけれどね。
それに、如何にも化粧の下を隠しています的な厚い化粧。コレで誤魔化せると思っているのなら本当に馬鹿な人。
王妃様が私のことを覚えてくれていたら……なんて考えが甘すぎるわよね。
ピンクのドレスにリボンとフリルで着飾ってご機嫌なエリザベスと、その様子を微笑ましく見つめる父親と義母。
フォネス伯爵家の馬車は広くもないが狭くもない。私は矛先を向けられないように空気になる。
でもそれは無駄だった。
「おい、お前は名を呼ばれても視線を合わせるなよ! ずっと俯いておけ! 分かったな!」
「……はい」
「本当、薄気味悪い瞳ね」
お母様がいつも綺麗だと誉めてくれていた瞳よ。
「言われてみればお義姉様の瞳と同じ色の人を見たことがないわ」
アメジスト色の紫の瞳は珍しいってこと? 邸から出たことがないから知らない。確かに使用人にも似た瞳の色の人はいなかった。
「……分かったな。気味の悪い目を王族に向けるなよ」
しつこいな。一度言われれば分かるわよ。
「はい」
もう話は終わりだと、またエリザベスが中心の話題に変わった。心の中でため息をついて外を眺めることにした。
そのまま馬車に揺られていると幼い頃の記憶が蘇ってきた。
そうだ! この邸だ! 門からかなりの距離だけれど奥にお母様と同じ瞳の色の緑色の屋根が見える。
ここがお母様の育った邸だ。ここにお母様の弟が住んでいるのかな? 私からしたら叔父様になるんだよね? どんな人なんだろう? いつか会えるかな? 久しぶりにワクワクと心が躍った。
でもその邸が見えなくなってしまえばすぐに興味は消えてなくなる。そこからは壁、壁、壁……
高い壁で中の様子は窺えなくなった。きっと、これは城壁なのだろう。
そのまま数分。壁が途切れたところにある大きな門を潜ると、どことなく記憶にある巨大な白亜のお城が目の前に迫ってきた。
馬車が止まるとまずは父親が降りた。父親の差し出した手に手を添えて義母、その次にエリザベスが降りた。もちろん私には誰も手を貸してくれない。うん、分かっていた。
通路を歩く間もキョロキョロと見回し、ずっとはしゃいだ声を上げているのはエリザベス。……まあ落ち着きがないのは一目瞭然。そんな娘を注意もしないのが父親と義母。
う~ん、二人とも恥だとは思っていなさそうだ。それでも嫌な顔一つ見せず案内をしてくれている王宮侍女はさすがだ。
それにしても広いな。もうすでに十分近くは歩いている。と思う。結局、薔薇に囲まれた庭園に着くまでエリザベスはキャッキャと騒ぎ続けていた。
そこには真っ白なテーブルが距離を置いて二つ。そのうちの一つにはすでに美しい女性と、私と年齢の変わらない男の子が座っていた。王妃様と第三王子だろう。
……ここからは顔を上げないことと、『はい』と『いいえ』だけしか言葉を発せない。
ああ、名前を名乗る時は仕方がないよね。
「本日はお招き頂きありがとうございます。私は」
「貴方の挨拶はいいわ。……それよりも今日はよく来てくれたわね。久しぶりねフローラ。……それにエリザベスだったかしら?」
父親の挨拶をどうでもいいかのように王妃様が遮った。王妃様らしくないよね? ……それに少し不機嫌そう? 取り敢えず自己紹介はしないと。
「お久しぶりでございます。フローラ・フォネスでございます」
「ええ、元気……そうには見えないわね」
「王妃様! フ、フローラはびょ、病弱で……」
「そ、そうですわ!」
「あなた達には聞いていませんよ」
おおう! 王妃様、口調は穏やかだけれど確実に父親と義母に怒っているわね。顔を上げられないから想像でしかないけれどね。
「もういいわ。フローラ、招待状を送るから今度ゆっくり二人でお話しましょうね」
「……はい」
「次はエリザベス? だったわね」
「はぁい! 王妃様ぁ! わたくしはエリザベス・フォネスと申しますぅ。呼んでいただき光栄ですわぁ!」
ん~大丈夫か?
「ロイド、二人をあちらのテーブルに案内してさしあげて……よく見定めなさい」
「はい、母上」
うん、分かっていたわ。第一印象って大事よね。ガリガリ、ボロボロの女の子よりも、綺麗に着飾って元気で可愛い子の方がいいよね。ロイド第三王子様は迷うことなくエリザベスに手を差し出した。
◇ ◇ ◇
「はははっエリザベスは面白いね。僕は君みたいに元気な子は好ましいと思うよ」
「本当ですか~? エリザベス嬉しい~!」
ロイド第三王子とエリザベスは話が弾んでいる。
それよりも! 目の前にある色とりどりのお菓子から甘い匂いが……って、食べてもいいのよね? そうよね? そのために用意されているのだから。
今食べておかないと次に食べられる機会が何時になるか分からないものね……うん、食べよう。今ならエリザベスも話に夢中になっている。私のことなんて存在も忘れているだろう。
よし! そ~と手を伸ばして手前にあったクッキーをお皿に一つだけ乗せた。……まだ気付かれていない。今だ! 食べようとクッキーを掴んだその時。
「まあ! お義姉様ったら! ダメですわよ!」
え?
「別にいいじゃないか」
そ、そうですよね~ありがとう! 顔も知らない王子様! ではいただきま~す。
「お義姉様はアレルギーで甘いものは食べてはダメなんです。そうですよね? お義姉様?」
くっ、ここで知らないフリして食べると告げ口されて……その先は想像がつく。
「では仕方がない。君は食べない方がいい」
「……はい」
「でも、エリザベスの方がお姉さんみたいだね」
「うふふっ。よく言われるんですぅ~。ロイド様って賢いのですねぇ~」
いや、誰が見てもエリザベスの方が年上に見えるはずよ。毎日栄養のある物を食べているものね!
せめて甘い香りだけでも堪能しよう。それでお腹がいっぱいにならないかな?
……ダメだ。余計にお腹が空いた。朝から……いえ、昨日から何も食べさせてもらっていない。それを訴えるように私のお腹はくぅ~くぅ~と小さな悲鳴を上げている。
その間にエリザベスと第三王子の距離はどんどん近づいているのが会話から察せられる。はぁ、もう帰りたい。
それからは空腹に耐え忍び、長く感じたお茶会が終わった。最後に王妃様から声もかけられたが空腹で何も考えられず適当に「はい」と応えて解散になった。
帰りの馬車の中ではご機嫌なエリザベスの声がずっと聞こえていたが、父親からは殺気を向けられていることに気付いた。
私とエリザベスが第三王子と別のテーブルにいた時間に王妃様との間で何かあったのだろうか?
父親の殺気に気づかないフリをして邸に着くまでずっと窓の外を眺めていた。
邸に着くと何か言われる前にと、急いで部屋に戻り使用人用の服に着替えた。仕事を始める前に何か一口でもつまめないか調理場に向かう途中で父親の私を呼ぶ怒鳴り声が聞こえた。
クソっ! ため息を吐くのは許してほしい。
私のこの汚い言葉使いは使用人たちの会話を聞いて覚えた。そう、このレベルの使用人しか今この邸にいないってことだ。
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