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第一章 グリマルディ家の娘
2,迷い道
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家族が嫌い。ううん、私に家族なんていない。
本当は大好きで、大切なのに……。
帰るお家を見失ってしまった。
優しいぬくもりも、大きな懐も。そして、安心する彼の笑顔も。全てが分からない。私は孤独。今まで何も知らなかったから。
私は一体、誰なの?
陽が沈みかけた寒さ走る田舎町。少しでも風が吹くと身体が震える。あっという間に手が悴み、心の奥まで凍えそうになった。
右側には静かな田園風景。左側には蜂蜜色に染め上がった石造りの家々が果てしなく並んでいる。慣れ親しんだ風景が、今日はいつになく寂しく感じた。
さっきから何度も母からの着信やメッセージが、私の携帯電話に届いている。
《今どこにいるの?》
《何時に帰ってくるの?》
《今日は家でごはんを食べるのよね?》
《お父さんがあなたに謝りたいと言っているわ》
《早く帰ってきて、レイ》
そんな母からのメッセージを、全部無視した。
──レイは、私の名前。グリマルディ家の子供として今まで生きてきた。知りたくもなかった事実を他人から聞かされ、ショックを受けて彷徨い続ける十四歳の娘。
もう帰らない。私の居場所なんてない。行く当てもなく、静けさが広がる道をとぼとぼと独り歩き続けた。
この近辺は、陽が沈むと外を出歩く人は殆どいなくなる。家と反対方向を目指す私の行動は自分でもおかしいと思う。
友だちの家に泊めてもらおうかな。繁華街まで目指してみようかな。それとも……。
冒険心で夜に向かって歩いているわけじゃない。
どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。
ついさっきの話。父と喧嘩してしまった。
あのときの会話を思い出すと、心の中が後悔でいっぱいになる。
「レイ」
「……何?」
自分の部屋に籠って音楽を聴いていると、父が私のところへやって来た。厳しい顔をして腕を組み、明らかに呆れた様子なの。
「最近、帰りが遅いな。どこで何をしているんだ?」
「今日はちゃんと家にいるでしょ」
「夕飯も全く家で食べなくなったじゃないか。余所様に迷惑をかけている訳じゃないだろうな」
「かけてないよ、うるさいなぁ……」
話したくなかった。鬱陶しかった。
どうしてこの人は父親面しているんだろう。腹が立って仕方がなかった。
「父さんも母さんもヒルスも、レイを心配しているんだぞ。夜遅くまで出歩くのは今後やめなさい」
「なんであなたに指図されないといけないの?」
「そういうつもりじゃない。何かあったらどうするんだ」
「あんたには関係ないでしょ」
「口の聞きかたに気をつけなさい。娘なんだから関係あるに決まっているだろう」
──娘?
その一言がきっかけで、私の行き場のない怒りが爆発してしまった。父を睨みつけ、出任せで酷い言葉を投げつける。
「よくそんなこと言えるよね。別に、私はこの家の子じゃなくてもいいんだよ! 出て行ったって誰も悲しまないでしょ?」
父は一瞬憂いのある表情を見せた。だけどすぐに顔を真っ赤に染め、怒号を向けてきた。
「だったら出て行きなさい!」
──あのとき、初めて父に怖い顔で怒鳴られた。いつもは甘えさせてくれる優しい人だったのに。
本当は分かっているの。私が悪いことも、全部。
気づけば、夕陽は西の国に帰るようにその姿を消し去っている。周囲は一気に闇に包まれた。まるで今の私の心を映しているみたい。
ため息まじりで、暗くなった道を歩き続ける。なぜだか私の足は勝手に「ある場所」を目指していた。
彼と二年前まで通った、大好きだった場所。夢中になって踊ったダンススクールに、無意識のうちに足が向いていた。
彼のことを思い出すと、たちまち胸がキュッとなる。自分でもよく分からない感覚。
他人だよ、家族でも兄でもないんだよ。それなのに、どうして……?
歩きながら、私は家族との日々を思い出した。
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