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第一章 グリマルディ家の娘
40,安心するぬくもり
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今までにないほど、ヒルスは真面目な顔をしていた。
ちょっと恥ずかしい。小さく笑って照れ隠ししてみる。
「ヒルス……変なの。普通お兄ちゃんって妹にそんなこと言わないよ」
彼は何も言わずにこくりと頷いた。
ふと窓の外を眺め、私は真顔に戻る。
「私、ちゃんと話す。どうしてこんなことになったのか」
「……話せるのか?」
「大丈夫だよ」
私が決意を込めてそう答えたとき、彼は心配そうな眼差しを向けた。
さっき起きたことはたしかに怖かったけれど、ちゃんとあなたには話さないといけない。
父に「この家の娘じゃなくてもいい」だなんて心にもないことを言って、家を飛び出してきたのを正直に話す。こんな自分の言動に後悔していると私が伝えると、彼は優しく微笑んだ。
時折ヒルスが見せてくれるその表情は、私の心に癒しをくれる。
「私、バカだよね……。お金もないのに一人であちこち歩き回って。気づいたときには、ダンススクールの前に辿り着いてた。夜遅かったからスクールは既に閉まっていたの。しばらくして建物の中から出てきたのがライクさんだった……。お仕事終わりだったみたいだよ」
あの瞬間は、ライクさんの顔を見てホッとしたのに。あんなことをされるなんて思いもしなかった。最初からそのつもりだったのかな。それとも最初は純粋に、ただ気を遣ってご馳走してくれただけなのかな。
理解しようとも思わない。でもやっぱり、付いていったことをとても後悔している。
やるせない思いが再び溢れてしまい、私は無意識のうちに俯き加減になった。
「ライクさん、ビックリしてたよ。なんでこんなところにいるんだって。お父さんと喧嘩したことを話したら、ご飯へ連れて行ってくれるって言うの。ライクさんは知り合いだし、お腹も空いてたし、食事をするくらいならいいかな、と思って……」
そこまでの話を聞いたとき、ヒルスは深くため息を吐いた。眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠せない様子でいる。
最後まで話さなきゃ。言いたくなくても、ちゃんと伝えるの。
そう決心したのに、私の声はどんどん震えていく。
「私……お父さんにあんなこと言っちゃったから、どう顔向けしていいか分からなくて。そのことを話したらライクさんが『ずっと一緒にいてやるよ』って」
「レイはあいつにそう言われたとき、なんとも思わなかったのか?」
「うん……投げやりになってたの。本当は食べ終わった後、家に帰るって素顔に言えばよかったのに。だけど私……」
私、どうかしていた。あれこれ考えすぎて、訳が分からなくなっていた。
私は血の繋がらない娘だから。家族としてあの家にいていいのか、いつも疑問に思っていた。一人だけ何も知らなくて、それが悲しかった。
だけどいつも父と母は、帰りが遅い私を心配して……。ヒルスだってそうだよ。本当の兄じゃないのに、どうしてここまで気にかけてくれるのか分からない。そう思っていた。
でもそれは、私が一人勝手に悩んでいただけなのかもしれない。
独りぼっちで彷徨っていた自分の行動を振り返ると、胸が痛いほどに締めつけられる。
「自分の家がどこなのか分からなくなっちゃって……」
「家が分からない? どういうことだ?」
「だって、私──」
言いかけたところで、咄嗟に口を閉ざす。
やっぱり『家族』でいたいから。何も知らないふりをして、グリマルディ家の娘としてこれからも生きていたいよ。
『だって私、一人だけ血の繋がらない子だから』
こんな台詞、口に出すことなんて絶対にできない。
顔が急に熱くなって、今にも涙腺が崩壊してしまいそうだ。
ヒルスはこの上ないほどに眉を落としている。黙ったまま、そっと私の肩に触れた。
そしてゆっくり、力強く、抱き締めてくれた──
彼はいつだって私に安心と癒しをくれる。
私が続きの言葉を口にできなくても、ヒルスは無理やり訊いてくるようなことはしてこない。
たった今まであれこれ悩んで、気持ちがぐちゃぐちゃになっていたのに。さっきまで、男の人の体温が怖くてたまらなかったのに。他の誰でもない彼の抱擁だけが、私の全てを満たしてくれた。
ちょっと恥ずかしい。小さく笑って照れ隠ししてみる。
「ヒルス……変なの。普通お兄ちゃんって妹にそんなこと言わないよ」
彼は何も言わずにこくりと頷いた。
ふと窓の外を眺め、私は真顔に戻る。
「私、ちゃんと話す。どうしてこんなことになったのか」
「……話せるのか?」
「大丈夫だよ」
私が決意を込めてそう答えたとき、彼は心配そうな眼差しを向けた。
さっき起きたことはたしかに怖かったけれど、ちゃんとあなたには話さないといけない。
父に「この家の娘じゃなくてもいい」だなんて心にもないことを言って、家を飛び出してきたのを正直に話す。こんな自分の言動に後悔していると私が伝えると、彼は優しく微笑んだ。
時折ヒルスが見せてくれるその表情は、私の心に癒しをくれる。
「私、バカだよね……。お金もないのに一人であちこち歩き回って。気づいたときには、ダンススクールの前に辿り着いてた。夜遅かったからスクールは既に閉まっていたの。しばらくして建物の中から出てきたのがライクさんだった……。お仕事終わりだったみたいだよ」
あの瞬間は、ライクさんの顔を見てホッとしたのに。あんなことをされるなんて思いもしなかった。最初からそのつもりだったのかな。それとも最初は純粋に、ただ気を遣ってご馳走してくれただけなのかな。
理解しようとも思わない。でもやっぱり、付いていったことをとても後悔している。
やるせない思いが再び溢れてしまい、私は無意識のうちに俯き加減になった。
「ライクさん、ビックリしてたよ。なんでこんなところにいるんだって。お父さんと喧嘩したことを話したら、ご飯へ連れて行ってくれるって言うの。ライクさんは知り合いだし、お腹も空いてたし、食事をするくらいならいいかな、と思って……」
そこまでの話を聞いたとき、ヒルスは深くため息を吐いた。眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠せない様子でいる。
最後まで話さなきゃ。言いたくなくても、ちゃんと伝えるの。
そう決心したのに、私の声はどんどん震えていく。
「私……お父さんにあんなこと言っちゃったから、どう顔向けしていいか分からなくて。そのことを話したらライクさんが『ずっと一緒にいてやるよ』って」
「レイはあいつにそう言われたとき、なんとも思わなかったのか?」
「うん……投げやりになってたの。本当は食べ終わった後、家に帰るって素顔に言えばよかったのに。だけど私……」
私、どうかしていた。あれこれ考えすぎて、訳が分からなくなっていた。
私は血の繋がらない娘だから。家族としてあの家にいていいのか、いつも疑問に思っていた。一人だけ何も知らなくて、それが悲しかった。
だけどいつも父と母は、帰りが遅い私を心配して……。ヒルスだってそうだよ。本当の兄じゃないのに、どうしてここまで気にかけてくれるのか分からない。そう思っていた。
でもそれは、私が一人勝手に悩んでいただけなのかもしれない。
独りぼっちで彷徨っていた自分の行動を振り返ると、胸が痛いほどに締めつけられる。
「自分の家がどこなのか分からなくなっちゃって……」
「家が分からない? どういうことだ?」
「だって、私──」
言いかけたところで、咄嗟に口を閉ざす。
やっぱり『家族』でいたいから。何も知らないふりをして、グリマルディ家の娘としてこれからも生きていたいよ。
『だって私、一人だけ血の繋がらない子だから』
こんな台詞、口に出すことなんて絶対にできない。
顔が急に熱くなって、今にも涙腺が崩壊してしまいそうだ。
ヒルスはこの上ないほどに眉を落としている。黙ったまま、そっと私の肩に触れた。
そしてゆっくり、力強く、抱き締めてくれた──
彼はいつだって私に安心と癒しをくれる。
私が続きの言葉を口にできなくても、ヒルスは無理やり訊いてくるようなことはしてこない。
たった今まであれこれ悩んで、気持ちがぐちゃぐちゃになっていたのに。さっきまで、男の人の体温が怖くてたまらなかったのに。他の誰でもない彼の抱擁だけが、私の全てを満たしてくれた。
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