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第二章 特別な花

61,あなたの幸せのために

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 ──こうして訪れた亡き家族のお墓。少しだけ残っている雪を、ヒルスが丁寧に取り除いていく。

「レイは、はじめましてだな」
「そうだね」

 Rimy Grimaldiリミィ・グリマルディと刻印された部分に僅かに埃がついている。私はそれを、布巾を使って優しく拭き取った。

「お姉ちゃんの名前、リミィっていうんだね」

 綺麗に磨かれた刻印。軽く触れながら、私はぽつりと呟いた。

 私が生まれるずっと前に亡くなった、父と母の大切な子。刻まれた名を目にした瞬間、胸が締めつけられる。
 それから彼と並んで、私は天に祈りを捧げた。様々な想いを抱え、感謝の気持ちを決して忘れずに。

 顔を上げ、光輝く墓石を見つめながら私は静かな口調でヒルスに語り始める。

「本当はちょっと寂しかったの」
「えっ?」
「もしリミィが、お姉ちゃんが生きていたら、私はこの家の娘として生きて──生まれてこなかったんじゃないかなって」

 家族として私が迎えられたきっかけは、紛れもなくリミィの死にある。その事実だけは、どんなに綺麗事を並べようと変わらない。
 考えれば考えるほど、私の胸の奥が切なさで埋め尽くされる。

「寂しいことなんて何もないよ、レイ」

 柔らかな声で私に微笑みを向ける彼。 

「レイは今この瞬間も紛れもなく俺の隣にいる。それに今までもこれからも、父さんと母さんのそばにいる娘はレイなんだ」

 ヒルスはそっと私の肩を抱き寄せた。そしてこの寂しさを払うかのように、私の頭を撫でてくれるの。

「ま、俺も偉そうに言ってるけど。一度だけ、リミィが生きていたら俺たちとどんな生活をしていたんだろうと考えたことはあるけどな」

 そんなことを言われたら、どんな顔をしていいか分からなくなってしまう。複雑な気持ちになってヒルスを見ると、彼は微笑んだまま続けた。

「でも……さっきのお婆さんも言っていたが、今ある幸せを大事にしないといけない。そうじゃなきゃ、リミィが安心して天国で眠れないよ」
「……うん。そうだね」

 彼の言葉は、ひとつひとつが私にとっての支えになる。
 ……訊いてもいいよね?
 私は彼に向かってわざとらしく小首を傾げた。 

「ヒルスの今の幸せって何?」

 何となく、答えは分かるよ。だけど、あなたの言葉で直接伝えて欲しい。
 少し照れたように視線を外しながらも、ヒルスはちゃんと素直な気持ちを口にしてくれた。

「決まっているだろ。レイが隣にいることが俺の幸せだ」

 ──ねえ、ヒルス。それは、どういう意味で言っているの? 単に義理の兄としての言葉なのか、家族としてなのか。それとも……別の意味があるの? 

 訊いてみたかった。だけど私は、彼の妹でいなきゃいけない。だからそれ以外は何も望まないよ。
 私がヒルスの妹としてここにいることが彼の幸せだとしたら、それ以上の喜びなんてない。
 だから私は……彼の妹のままでいい。

「ヒルス……ありがとう」

 目を細めて、彼の言葉を素直に受け止めた。

「今ここにいられる幸せを、私も改めて感謝しなきゃね。お姉ちゃんのこともいつまでも想い続けたい。来年も再来年もその先もずっと、ここに来たいな」
「ああ。いつでも、また一緒に来よう」

 そうして私たちは、たくさんの『サルビア』の花をひとつずつ丁寧に、亡き家族に捧げた。
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