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第四章 あの子と共に
79,ニセモノなんかじゃない
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──余韻に浸ったまま私は更衣室へ向かい、きれいめワンピースに着替える。更衣室の隅のパウダーコーナーで、鏡に向かって化粧直しを始めた。ヒルスと食事に行くからちょっとでもおめかししたい。
それにしても、ドキドキしたな……。
目元をアイシャドウで薄く飾りながらさっきのダンスを思い返すと、心臓の音が高鳴る。
あんなに身体を密着させて、一歩間違えればヒルスとキスしてしまいそうだった。兄妹でそんなこと、できるわけがないのに。
でも……あんな温和な眼差しで見つめられると、ありもしない期待を抱いてしまう。
「はぁ……」
幸せと切なさが混じったため息。
ぼんやりしながら、私は鏡の中の自分と向き合う。
──すると突然、背後にあったドアが開かれる様子が鏡越しに映った。広げていたメイク道具を小さくまとめ、私は特に気にもせず化粧を続ける。
けれどこのとき、思いも寄らない出来事が起きた。
「あら? あなた……レイよね?」
鋭くてキツい声が、すぐ横から聞こえてきた。
この瞬間、私の息が止まりそうになるほど心臓が跳ねる。
この、どこか冷たくて低い声は……。
「久しぶりねぇ。あたしもこれから出番なのよ。レイ、元気にしてた?」
ドサッと隣のスペースに座る相手の顔が、鏡越しにはっきりと映りこんだ。印象的なライトブルーに染めたショートボブは、数年前と変わらず光っている。露出の多い服を着ていて、じっと私の方を眺めていた。
思わず顔がひきつってしまう。それでも私は、なんとか明るい声を出す。
「久しぶりだね。……メイリー」
メイリーは無表情で化粧道具を鏡の前に並べると、慣れた手つきでメイクを始めた。
「ねえ、レイ。ダンス復帰したんだってね」
「うん、そうだよ」
「さっきヒルスと踊っていたの、見たわよ」
私がぎこちなく頷くと、メイリーは手の動きを一度止めて深くため息を吐いた。
……嫌だな。絶対何か言われる。
「あなたさ、勘違いしてない?」
「えっ、何が?」
「ステージであんなダンスしてさぁ、ヒルスと恋人ごっこでもしているつもり?」
「……?」
質問の意味が分からず、私は疑問符を浮かべた。
メイリーは眉間に皺を寄せて更に続けるの。
「いいわねえ、レイは。コーチとしてヒルスが直々にダンスを教えてくれるんでしょう? 今日みたいなイベントにもジャスティン先生からのゲストとして参加してるって聞いたわよ」
「そう、だね。先生にもヒルスにも感謝してるよ」
当たり障りのない返事をして、もうこの場から去ろうと化粧道具をポーチにしまい始める。居心地が悪すぎて、息が詰まりそう。
だけど、メイリーの話は止まることを知らない。
「前に言ったわよね?」
「えっ」
「調子に乗らないでって。あなたみたいな人がジャスティン先生にそこまで期待される理由が分からないわ。それに、ヒルスとも仲良くしすぎるなと言ったはずよ。あなたはどうせニセモノの妹なんだから!」
メイリーはどぎつい声でそんなことを言ってくる。
いつもの私なら、そこで気持ちが落ち込んで一人で傷ついていた。でも……会う度にこんな風に言われたら、そろそろ我慢できなくなるよ。
心臓がドクドクと脈打つ中、私はメイリーの方に身体を向けて口を開いた。
「あの、メイリー」
「何よ」
「私、調子に乗ってなんかいない!」
私が怒ったような顔をすると、メイリーは一瞬目を見開いた。
「ジャスティン先生は私がダンスから離れていた時期もずっと応援してくれてたの。ヒルスが私のコーチになったのも、彼と話し合った結果だよ。それに……」
一度息を大きく吸ってから、私ははっきりと次の言葉を言い放つ。
「ニセモノなんかじゃない! 義理だとしても私はヒルスの妹だし、家族だよ。固い絆があるの。血の繋がりとか、そういうのは関係ない!」
顔が熱くなっていた。強めに言ったせいで、呼吸が乱れてしまう。
こんな私を眺めながら、メイリーは驚いた顔をしつつもすぐに怪訝な表情に変わる。
「な、何よ。超生意気っ。あなたがどう思っていたって、本当の家族じゃない事実は変わらないのよ。それに、先生に期待されてるなら死に物狂いでこれからも踊っていかないとダメなの。あなたにその覚悟はあるのかしらね!」
捨て台詞を吐くと、メイリーはさっさとメイク道具をしまって出ていってしまった。
更衣室内は、一気に静まり返る。
私の心臓は爆音を鳴らしたままだ。足が震えて、肩で息をしてしまう。
自分でも驚いた。あんな風にメイリーに言い返すなんて。
放心状態のまま座り込んでいると、携帯電話のバイブレーションがメッセージ受信を知らせた。
《レイ、準備できたか? そろそろ行くぞ》
ヒルスからだ。
時間を確認すると、そろそろ十七時。
《ごめん、今行くね!》
荷物をまとめ、私は急いでヒルスが待つ会場の出入口に向かった。
それにしても、ドキドキしたな……。
目元をアイシャドウで薄く飾りながらさっきのダンスを思い返すと、心臓の音が高鳴る。
あんなに身体を密着させて、一歩間違えればヒルスとキスしてしまいそうだった。兄妹でそんなこと、できるわけがないのに。
でも……あんな温和な眼差しで見つめられると、ありもしない期待を抱いてしまう。
「はぁ……」
幸せと切なさが混じったため息。
ぼんやりしながら、私は鏡の中の自分と向き合う。
──すると突然、背後にあったドアが開かれる様子が鏡越しに映った。広げていたメイク道具を小さくまとめ、私は特に気にもせず化粧を続ける。
けれどこのとき、思いも寄らない出来事が起きた。
「あら? あなた……レイよね?」
鋭くてキツい声が、すぐ横から聞こえてきた。
この瞬間、私の息が止まりそうになるほど心臓が跳ねる。
この、どこか冷たくて低い声は……。
「久しぶりねぇ。あたしもこれから出番なのよ。レイ、元気にしてた?」
ドサッと隣のスペースに座る相手の顔が、鏡越しにはっきりと映りこんだ。印象的なライトブルーに染めたショートボブは、数年前と変わらず光っている。露出の多い服を着ていて、じっと私の方を眺めていた。
思わず顔がひきつってしまう。それでも私は、なんとか明るい声を出す。
「久しぶりだね。……メイリー」
メイリーは無表情で化粧道具を鏡の前に並べると、慣れた手つきでメイクを始めた。
「ねえ、レイ。ダンス復帰したんだってね」
「うん、そうだよ」
「さっきヒルスと踊っていたの、見たわよ」
私がぎこちなく頷くと、メイリーは手の動きを一度止めて深くため息を吐いた。
……嫌だな。絶対何か言われる。
「あなたさ、勘違いしてない?」
「えっ、何が?」
「ステージであんなダンスしてさぁ、ヒルスと恋人ごっこでもしているつもり?」
「……?」
質問の意味が分からず、私は疑問符を浮かべた。
メイリーは眉間に皺を寄せて更に続けるの。
「いいわねえ、レイは。コーチとしてヒルスが直々にダンスを教えてくれるんでしょう? 今日みたいなイベントにもジャスティン先生からのゲストとして参加してるって聞いたわよ」
「そう、だね。先生にもヒルスにも感謝してるよ」
当たり障りのない返事をして、もうこの場から去ろうと化粧道具をポーチにしまい始める。居心地が悪すぎて、息が詰まりそう。
だけど、メイリーの話は止まることを知らない。
「前に言ったわよね?」
「えっ」
「調子に乗らないでって。あなたみたいな人がジャスティン先生にそこまで期待される理由が分からないわ。それに、ヒルスとも仲良くしすぎるなと言ったはずよ。あなたはどうせニセモノの妹なんだから!」
メイリーはどぎつい声でそんなことを言ってくる。
いつもの私なら、そこで気持ちが落ち込んで一人で傷ついていた。でも……会う度にこんな風に言われたら、そろそろ我慢できなくなるよ。
心臓がドクドクと脈打つ中、私はメイリーの方に身体を向けて口を開いた。
「あの、メイリー」
「何よ」
「私、調子に乗ってなんかいない!」
私が怒ったような顔をすると、メイリーは一瞬目を見開いた。
「ジャスティン先生は私がダンスから離れていた時期もずっと応援してくれてたの。ヒルスが私のコーチになったのも、彼と話し合った結果だよ。それに……」
一度息を大きく吸ってから、私ははっきりと次の言葉を言い放つ。
「ニセモノなんかじゃない! 義理だとしても私はヒルスの妹だし、家族だよ。固い絆があるの。血の繋がりとか、そういうのは関係ない!」
顔が熱くなっていた。強めに言ったせいで、呼吸が乱れてしまう。
こんな私を眺めながら、メイリーは驚いた顔をしつつもすぐに怪訝な表情に変わる。
「な、何よ。超生意気っ。あなたがどう思っていたって、本当の家族じゃない事実は変わらないのよ。それに、先生に期待されてるなら死に物狂いでこれからも踊っていかないとダメなの。あなたにその覚悟はあるのかしらね!」
捨て台詞を吐くと、メイリーはさっさとメイク道具をしまって出ていってしまった。
更衣室内は、一気に静まり返る。
私の心臓は爆音を鳴らしたままだ。足が震えて、肩で息をしてしまう。
自分でも驚いた。あんな風にメイリーに言い返すなんて。
放心状態のまま座り込んでいると、携帯電話のバイブレーションがメッセージ受信を知らせた。
《レイ、準備できたか? そろそろ行くぞ》
ヒルスからだ。
時間を確認すると、そろそろ十七時。
《ごめん、今行くね!》
荷物をまとめ、私は急いでヒルスが待つ会場の出入口に向かった。
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