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第七章 彼女を想うヒルスの物語

125,ダンスを通して知る幸せ

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 あまり練習時間が確保出来なかったのにもかかわらず、レイとロイは数日後に行われたイベントで堂々たるダンスを魅せてくれた。二人がステージに立った瞬間、彼らのファンが大歓声を上げて会場中が熱気に包まれる。

 ソロでレイは、カポエラダンスをアレンジした蹴り技やアクロバティックな動きを決めてみせた。すると、大勢の男性ファンが興奮して雄叫びを上げるんだ。
 そして、ロイにもファンがたくさんついていて、習得したばかりのウィンドミルの技を魅せつけると、主に女性たちが黄色い声援を送っていた。

 ──ロイが華麗に全身を大きく回転させるウィンドミルの舞いは、舞台裏から見ている俺にもその迫力が充分に伝わってくるほどだったんだ。


 出番が終わり、拍手喝采の中二人は舞台裏にはけてくる。どちらもとてもいい顔を浮かべていた。

「二人ともお疲れ様。少ない練習時間の中でよく頑張ったな」
「ありがとう。ヒルスが指導してくれたおかげだよ。ね、ロイ?」

 満面の笑みでレイは興奮気味にロイにそう言うんだ。
 いつも以上にハイテンションなロイは、大きく頷いた。

「ヒルス先生、ありがとうございます。こんなに素晴らしいステージでボクが全力でダンスが出来たのは先生のおかげです」
「違うよ。それはロイの実力だろ?」

 俺がそう言うと、ロイは顔を上げてなんとも言えない表情を浮かべる。

「いいえ、ヒルス先生がいてくれたから伸び伸びと踊れるんです。……誰かに強制的にやらされるのではなく、ボク自身が好きで何かを成し遂げる喜びをヒルス先生が教えてくれたのですから」

 爽やかな笑みで、ロイはこれ以上ないほど幸せそうなオーラを放っていた。
 彼の話を聞き、俺は自然と笑みが溢れる。そっとロイの肩に片手を置いて、俺は静かに言葉を向ける。

「本当にロイは、最高のダンサーだ」

 ロイは汗をたくさん流していた。彼の瞳の中から潤いが溢れ落ち、それは汗と共に溶けていく。

「よかったね、ロイ」

 彼の背中を優しくさすりながら、レイは柔らかい表情を浮かべる。

 ──俺はこの時、確信した。ロイはとても幸せ者なんだということを。
 こんなにも夢中になれるものがあって、熱心に練習した成果を魅せびらかせる場があるんだ。誰もが羨むほど彼の毎日は充実しているに違いない。

 目から溢れるものを止められないでいるロイに、俺は静かにタオルを手渡す。
 ステージに立つ時は、クールで人が変わったように真剣に踊るロイだが、本当はまだ幼い一人の少年なんだ。俺はそんな彼のことが、可愛い弟のように感じた。

「ヒルス先生、これからもボクにダンスを教えてください」
「ああ、もちろんだ。これからも一緒に頑張ろうな」



 その日の帰り道。

 俺とレイは余韻を残したまま車に乗り込んで帰路についた。
 車内には今日踊った曲がガンガンに流れていて、レイはダンスの振り付けを両手を使って表現している。ついでに鼻歌なんかも口ずさみ、そんな彼女が可愛らしく思えた。

「やっぱりイベントって楽しいね。順位なんか気にしないで、気兼ねなく踊れるんだもん」
「そうだな。レイ、今日は朝からずっと楽しそうだよな」

 赤信号で車を停めると、レイはそこで一度両手を休めた。すると彼女の右手が俺の指先に当たる。そして何も言わずに、俺たちは互いの手を自然と握り締め合うんだ。

 レイの嬉しそうな表情を見たくて、俺はふと彼女の方に顔を向ける。

「ねえ、ヒルス」
「うん?」
「ヒルスって、素敵な先生だよね」

 突然彼女にそんなことを言われ、俺は一瞬固まってしまう。

「いつも真剣にダンスを教えてくれるもの。優しいだけじゃなくて、厳しい時もある。細かいところも妥協せずに指摘してくれるでしょう? それで、私たちがよく踊れたら今度はちゃんと褒めてくれる。ロイも言ってたけど、ヒルスのレッスンは心が込もってるんだよね。だから私たち、もっと頑張ろうって思えるんだよ」

 彼女の口から初めてそんなことを言われた。インストラクターとして、コーチとして当然だと思っていたから。レイがそんな風に思ってくれているなんて思いもしなかった。
 小恥ずかしくなった俺は、目線を前に戻す。ちょうど青信号に変わったところで、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

「私がダンスを始める前にヒルス言ってたよね。『俺は誰かにダンスを教えられる立場じゃない』って」
「ああ……そんなこと言った気がするな」
「でも今ではこんなに立派なインストラクターになっているんだもの。未来って何があるか分からないね」
「そうだな。だから面白いのかもな」

 インストラクターとしての今の俺がいるのは、ジャスティン先生とレイのおかげだ。
 俺は過去のことを思い出し、自然と笑みを溢す。

「私、熱心にダンスを教えてくれるヒルスも大好きなの。これからも続けてくれるよね?」
「ああ、もちろんだよ。身体が許す限り、一生続けていくつもりだ」

 俺がはっきりとそう答えると、レイの手の平のぬくもりが更にあたたかくなった気がした。
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