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第九章 悪夢の再来

171,悪女の末路

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 次の日、ダンススタジオで仕事を終えた俺とレイは、車に乗ってダンススクールへ向かっていた。

 父からのプレゼントを受け取る為に。

 最初はどういうことなのか分からなかった。なぜこの世を去ったはずの父から贈りものが届くのか。
 ジャスティン先生の話によると、父は生前タイムカプセルというサービスを利用していたようだ。レイの二十歳の誕生日に、指定したプレゼントや手紙が届くというシステムらしい。そのサービスを通じて、実家の跡地に建設されたスクールに届いたと言うのだ。
 これはきっと運命で、奇跡だとさえ思う。日付を一ヶ月間違えてしまうのは父らしいというか、致し方ないと言うべきか。
 そんな父からのプレゼントを受け取りに行くのだから、ワクワクしてもいいはずなのに。レイの顔は強張っている。助手席に座りながら、さっきから口数が少ないんだ。

「もう、大丈夫だから。そんな顔するなよ」

 渋滞に巻き込まれつつ、停車した時に俺は彼女の顔をちらりと見る。いつものようにそっとレイの右手を握り締めた。

「もう、何も心配しなくていいんだよ」
「うん……そうだよね。ありがとう、ヒルス」

 力が抜けたように、レイはこくりと頷いた。

 彼女は今、ダンススクールでの出来事を思い出してしまっているのだろう。レイを傷つけてきた、あの悪女メイリーとの記憶は嫌なものとして残り続けている。
 だけど、もう不安になる必要なんてない。

 ──ジャスティン先生が言っていた。
 あの女は、ジャスティン先生に問い詰められるとレイのプライベートをマスコミに売ったことをあっさりと認めたそうだ。

 ジャスティン先生はスクールでのレッスンが終わったあと、事務室にメイリーを呼び出した。

「君はどうしてこんな真似をしたのかな。話を聞かせてくれるかい」

 終始メイリーは仏頂面を浮かべていた。目も合わせずに低い声で事情を説明するメイリーの態度に、ジャスティン先生でも気分が悪くなるほど。

「……悔しかったんです。あの子はみんなから好かれていて、ダンスもセンスが良くて才能がある。あたしなんか、どんなに努力していたって認めてもらえない」
「認めてもらえない? どうしてそんな風に思うんだい? 君のダンス、僕は好きだよ。彼女に負けないくらい今まで努力してきたじゃないか。僕も他のインストラクターや生徒たちも、君のダンスは素晴らしいと認めているよ」

 ジャスティン先生がそんな風に言うが、メイリーは眉間に皺を寄せて歯を食い縛る。

「だけどうちの親は、全くあたしの努力を認めてくれません。大会で常に一位じゃないと意味がないって」
「……そうなのかい」
「両親にも認めてもらえるように頑張ってきたのに、あたしが今まで苦労してきたのは何だったのかなぁって思うと悲しくなっちゃって……」

 先生は小さく息を吐き、腕を組んでから言葉を繋げていく。

「君も苦しい思いをしてきたんだね。それは気の毒に思うよ。でも、レイは関係ないし何にも悪くないよね」

 メイリーは、肩を微かに震わせる。この時のメイリーの表情からは、嫉妬心のような醜い心情が滲み出ていた。

「レイはスクールのみんなだけじゃなくて、家族にもたくさん褒められてました。ヒルスにだって。どうして、あの子はあんなに愛されているんだろうって。本当の家族じゃないのに!」

 メイリーが言い放ったたったひとつの言葉をきっかけに、ジャスティン先生の心の奥底にある太い糸がプツンと切れていく。

「……あのね、メイリー。ちょっといいかな。本当の家族じゃないって、どういう意味?」
「えっ、どういう意味って。レイはヒルスたちと血が繋がってないんですよ。偽物の家族じゃないですか」
「血の繋がりがそんなに重要だと思うのかい?  生前、彼女のご両親とお会いした時に僕は常に思っていたよ。レイを心から大切にされている素敵な親御さんだと。固い絆のようなものが感じられてね。正直に言うと、血縁関係云々よりもそういう深い信頼関係の方が家族には必要だと思うよ。君は、君自身の家族とちゃんと向き合えているのかな」
「……えっ」

 先生はあくまで冷静に、柔らかい口調でメイリーに話し続ける。

「レイに嫉妬している場合じゃないよ。君自身が親御さんとの問題を解決しないとね。君が今までどれだけ努力してきたのか、僕はよく知っている。期待に答えたかったんだよね。でもどんなに頑張っていても、他人と比べていたらいい結果にはならない。ちゃんと君の考えを、親御さんに伝えてほしい」
「……先生」

 メイリーはそこで涙ぐんでいたようだ。
 それでもジャスティン先生は、次に口にする台詞を、厳し目の口調で言い放つ。

「あと、これだけははっきり言わせてもらうけど。今回君がしてしまった事に関して、僕はこの先もずっと許す気はない。反省しようが、どんなに謝ろうが手遅れだ。それだけ君は大変なことをしてしまった。しっかりと自覚すべきだ」

 ジャスティン先生がそこまで言うと、メイリーは大粒の涙を流して何度も頭を下げてきたそうだ。

 スクールやスタジオに通う生徒やインストラクターたちは、一人ひとりがジャスティン先生にとって大切な仲間。その仲間を傷付けたメイリーの行動は、先生にとっても許し難いことなのは明白だった。
 普段は心優しい先生だからこその言葉だったと俺は思う。

 そしてメイリーが出した答えは──ダンススクールを、辞めることだったんだ。


 ──俺はその話を聞いた時、メイリーに一切の同情すらもしなかった。
 今までたくさん苦労して大変だったのは分かる。無我夢中で懸命にダンスの練習をしていたのを俺も見てきた。好成績を出しているのに両親に認めてもらえなかったのもさぞ辛かっただろう。

 でもだからといって、他人に嫉妬して誰かを傷つける真似をするなんて絶対に許されないんだ。
 俺もジャスティン先生と同じ。こんなにも事態を大ごとにされ、メイリーを許してやろうなんて一生思えない。
 嫉妬に狂い、誤った道を進んでしまったあの女とは、この先二度と会うこともない。
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