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第一章
朝の準備と大切な家族
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一週間後。
無機質なアラーム音に叩き起こされ、重い瞼を持ち上げる。目覚ましには、六時三〇分と表示されていた。
「はあ……眠いな」
大きなあくびをして身体を伸ばす。ベッドのすぐ横のカーテンをひき、朝陽をたっぷり浴びた。
窓の外に視線を向けると、小道を隔てた向かいに一軒の立派な家が見える。
ユナの家だ。
僕の数少ない友だち。この前も関にからかわれたとき、助けてくれた。
彼女の住む場所は、僕の家よりも大きくてちょっとした庭もある。手入れのされた花壇は綺麗にいろどっていて、今の暑い季節にはだいたいいつも紅い花やクローバーがたくさん並べられている。
花には詳しくない僕だけど、朝陽を浴びながらユナの家の花壇を眺めるのが好きで、日課になっているんだ。
僕がぼんやりと外を眺めていると、部屋のドアがけたたましくノックされた。僕が返事をする前に、室内に父さんが入ってきた。
「コウキ。ああ、もう起きてるな。早く支度しないと遅刻するぞ!」
父さんはすでにスーツ姿で、家を出る準備を済ませているようだった。
「着替え、手伝おうか?」
「いや、いいよ。自分でできるよ」
「だがなぁ、着替えづらいだろう? そうだ、洗面所まで連れていってやろうか」
「いや、だからいいって。父さん、もう会社に行く時間だろ」
腕時計を確認して、父さんは首を横に振る。
「今日はリハビリだったな? 無理せず頑張れよ」
部屋にかけられたカレンダーを確認して、僕はハッとした。
そういえば今日は週に一度、療育センターへ行く日だ。リハビリがあるんだったな。
別に嫌じゃないけど、ちょっと疲れるんだよなぁ。
「ほどほどにやってくるよ。父さんも仕事、頑張って」
「ああ。それじゃあ行ってくるぞ!」
父さんは背を向けて、慌ただしく出て行った。
いい意味でも悪い意味でもいつも通りの父さんだ。心配性のところがあって、何かと手伝いたがる。本当に困ったらお願いするから、と僕が言ってもあんまり聞いてない。優しさなんだろうけど、空回りしてるんだよな。
……まあ時間もあまりないし、とりあえず支度するか。
枕元に用意してあったシャツとズボンに手を伸ばす。服はそこまで不自由なく着られるけど、ズボンだとそうはいかない。
片手で右脚を抑え、膝を曲げながらもう片方の手でズボンをはめていく。踏ん張れないから、ここでいつも仰向けの状態になってしまう。どうにか左脚もズボンに突っ込んで、それから寝転んだままでずるずると腰まで履いた。
一息吐いてから上体を起こし、ベッドの下に置いてある装具を手に取る。慣れた手つきで右脚にはめていった。プラスチック製の装具を足に固定し、僕はそれを履いて立ち上がった。
ここまででどうしても十五分くらいかかってしまう。急がなきゃ。
壁を伝い、廊下に出て部屋の真ん前にある洗面所へゆっくりと歩いて行った。
家の中を移動するのもひと苦労だ。
トイレや歯磨き、洗顔をする際も手すりに掴まったり、壁に身体を預けたりしてこなしていく。
こうやって、基本的には身の回りのことは自分でやるようにしているんだ。
──これも、僕の日常。
準備を終えると、リビングダイニングへ向かった。洗面所を出て左に数歩進むとダイニングがある。
廊下に連なる手すりに掴まりながら歩いていき、室内へ入ると、すでに朝食が並べられていた。といっても、朝はいつも簡単に菓子パンと牛乳だけだけど。
パンを食べる前に、僕はリビングの奥側へと向かった。
部屋の隅に、猫の写真が飾られた棚があるんだ。写っているのは、腹を出してばっちりカメラ目線の茶色い猫。
去年の四月に亡くなった、我が家の愛猫チャコだ。
骨壺と写真の前にカリカリや魚の缶詰が供えられていて、小さな香炉もある。
椅子に座り、僕は慣れた手つきでロウソクに火を灯した。それからチャコのために線香を上げ、そっと手を合わせる。
(チャコ、おはよう。今日も怪我しないように気をつけるよ。どうか、見守っててね)
香炉にはすでに線香が家族分並んでいた。
今でもチャコは僕たちの大切な家族なんだ。
時刻は七時五分。
早く朝食を摂らないと。
チャコに朝の挨拶をしてから、僕は急いでパンを食べ始めた。
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