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第四章

大親友

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 午後。授業が終わり、僕たちは病室に戻ってきた。
 室内は、普段と違って忙しない。というよりも、リョウのベッド周りが慌ただしかった。
 いつもならこの時間にはおやつを食べて、その後にリハビリがあればそれぞれ理学療法室へ行って、それからシャワーを浴びて、夕食の時間まで宿題を一緒にやったりしていた。

 でももう、そういうことはしないんだ。

 リョウは、退院の準備を始めている。彼のお母さんも来ていて、荷物をまとめて忙しそうだった。だんだんと、リョウが使っていた物が棚やテーブルから片されていく。
 僕はその様子を眺めるだけで寂しさが増してしまう。意識するとよくない。平静を装い、僕はひたすら宿題と向き合った。さっきから全然進まないのは、たぶん気のせい。

「あーあ、ついに退院かぁ。どうせなら、コウキが帰る日までここにいたかったなぁ」

 リョウはつまらなそうに頬杖をつく。
「僕もそうしてほしい」って答えたかったけれど、寸前で止めた。僕がわがままなんて、言ってられないよ。

「そう言うなよ、リョウ。家で家族が待ってるだろう?」
「そうなんだけど。でもなー、家には口うるさい姉貴もいるしなぁ」
「えっ、リョウってお姉さんがいるんだ?」
「そうだよ。ひとつ上の、なんかいつも威張ってる姉が一人」

 面倒臭そうな顔をしつつ、なんとなくリョウの口調が柔らかい。
 今まで荷物をまとめていたリョウのお母さんが、こちら側を見てくすりと笑う。

「とかなんとか言って、リョウスケはお姉ちゃんのことが大好きなのよね。あなた、お姉ちゃんと一緒にいるときは、いつもニコニコしてるじゃないの!」
「はっ? そんなわけねぇだろ、何言うんだよ母さん! マジでやめろ……」

 全力で首を横に振るリョウは、たちまち顔が真っ赤になる。そんなリアクションを目にして、僕は瞬時に察した。

 へぇ。リョウも可愛いところがあるじゃないか。

 僕が密かに心の中で笑っていると、リョウはわざとらしく咳払いをした。

「俺のことはどうでもいいんだよ! それより、コウキは兄弟いるのか?」
「いるよ。こっちは甘えん坊の妹。たまにオンラインで一緒にゲームしてただろ?」
「おお、あの子だったのか! ていうかコウキも女きょうだいなのかよ。やっぱり気が合うな、俺ら!」

 嬉しそうな彼の顔を見ると、僕も頬が緩む。こんな些細なことでさえも、喜びを感じられるんだ。

 僕たちが病室内で最後のひとときを過ごしていると、廊下の方からバタバタと足音が聞こえてきた。その足音はこちらへ近づいてきて──すぐに、ドアが勢いよく開かれた。
 そこには髪を乱した母さんの姿があった。肩で息をしていて、猛ダッシュで駆けつけてきたのが丸わかりだ。

「はぁはぁ……間に合ったわ……!」

 息を整えながら母さんは病室内に入ってくると、荷物を僕のベッドの横にドサッと置いた。

「母さん、どんだけ慌ててきたんだよ」
「だって今日はリョウ君の退院日でしょう! 全力疾走してきたわよ!」

 ボサボサになった髪を一度結い直し、母さんはハンカチで額の汗を軽く拭き取る。
 その様子を眺めていたリョウのお母さんが、ニコニコしながら立ち上がった。

「コウキ君のママ、最後にお会いできてよかったです! 本当にお世話になりました。コウキ君が来てから、リョウスケも毎日楽しそうにしてましたよ」
「あら~こちらこそ! 普段は人見知りのうちの子が、リョウ君のことは大好きになったみたいで。すごく感謝してるわ」

 母さんたちは頭を下げ合って、わちゃわちゃし始めた。二人が喋ると、病室内はいつも騒がしくなるんだ。

「あっ、そういえば母さん」

 話が盛り上がってるところ邪魔して悪いと思いつつ、僕は母さんに呼びかけた。

「どうしたの、コウキ?」
あれ・・持ってきてくれたか? リョウに渡したいんだ」
「ああ! あれね?」

 コクリと頷き、母さんはさりげなくカバンの中からある物を取り出した。

 悩みに悩んで選んだ、プレゼント。大したものではないけれど、大好きなリョウのために用意した。

「なぁ、リョウ。渡したいものがあるんだ。受けとってくれるか?」

 僕が手に持つものを見て、リョウは目を輝かせる。

「おいおい、マジかよ。まさか、餞別か? 実は俺も用意してるんだぞ!」

 そう言うと、リョウは少し大きめの袋を取り出した。お洒落な青いリボンが飾られた綺麗な包装紙。

「ええ! まさか、リョウも用意してくれてたなんて」
「お互い様だな! 記念として、受けとってくれよな」

 リョウのお母さんが僕に、そのプレゼントを手渡してくれた。
 僕からの贈りものも、母さんの手からリョウに渡される。
 クリスマスでも誕生日でもないのにプレゼントって、なんかこそばゆいなぁ。さっきからニヤニヤが止まらないよ。

「開けてもいいか?」

 そう訊いてくるリョウは、開ける気満々ですでに封に手を伸ばしていた。そんな彼の言動が、面白くてたまらない。

「もちろん! 僕も中身見たいな」 
「いいぜ! よーし、一緒に開けようぜ。せーのっ」

 リョウの掛け声で、僕たちは同時に封を開けた。手を入れて中のものを触ってみると──ふわっとした感触がしたんだ。

 あれ……もしかして、これって。
 
「うっそ」
「マジかよ!」

 僕たちの声が重なった。歓喜にあふれる、悠々としたトーンで。

「おい、コウキ」
「う、うん」
「俺らって、やっぱり気が合うな! 実は前世でも親友だったんじゃね?」
「うん、そうかも。本当にそうかも!」

 リョウの手の中に握られているのは、顔の大きさくらいあるファイナリードラゴンのぬいぐるみだ。今にも炎を噴き出しそうなほどリアルで、それでいてカッコいい。
 そして、僕の手の中にあるものも、同じものだった。色も形も同じデザインの、超イケてるファイナリードラゴン。

「あらま! 二人とも、全く一緒のプレゼントを選んでたの!?」

 母さんが目を丸くして僕とリョウの手元を交互に見るんだ。その横で、リョウのお母さんも驚いた表情を浮かべた。

「まさか、リョウスケ。コウキ君にこれがほしいって、おねだりしたわけじゃないでしょうね?」
「はぁ? そんなことしねぇよ。だいたい、今日までコウキにはプレゼントのことは内緒なって言っただろ!」
「ふふ、それもそうね」

 リョウのお母さんは口に手のひらを当てて微笑んだ。

 ──ここまで来ると、リョウとはこれからも大親友でいられるんだと確信できる。
 おそろいのファイナリードラゴンのぬいぐるみが僕とリョウの腕の中で、歓喜の舞を踊っているみたいだ。

 僕たちは最後の最後で、今までにないほど笑い合った。
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