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第四章
離れたくない
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「──佐々木リョウスケ君。準備は整いましたか?」
僕たちが談笑していると、やがて病室に看護師さんがやって来た。
気づけば、リョウのベッド周りはすっかり片づけられている。ゲーム機も勉強道具も学校で使っていたカバンも、全部綺麗にまとめられていたんだ。
その光景を前に、僕の胸がギュッと締めつけられる。
ああ、もう本当にお別れのときがきてしまったんだ、と……。
リョウのお母さんは看護師さんに軽く会釈してから落ち着いた口調で、
「いつでも出発できます」
そう告げた。
僕の顔が、一気に熱くなる。
ダメダメ。絶対、泣かないんだ。笑顔で見送るって、決めたんだから。
リョウは、口を結んで僕のことをじっと見つめてくる。おそろいのファイナリードラゴンを抱きしめ、眉を落とし、首を小さく横に振った。
「……帰りたくねぇ」
ぽつりと、リョウはそんなことを呟いた。普段からは、考えられないほど精がない。
「コウキと離れたくねぇよ」
僕から目を離すことなく、リョウは力なくそんなことを口にする。
おい、やめてくれよ……。僕だって、リョウに行ってほしくないよ。だけど、今日はやっと家に帰れるんだぞ? これからもいつだって会えると、リョウが言ったんじゃないか。
僕は自分の本心を隠すのに必死だ。
「寂しい」「行かないで」「もっと一緒にいて」
こんな台詞、絶対に口に出しちゃいけないんだ。下唇を噛みしめ、全力でリョウの言葉を否定する。
「今更、何言い出すんだよ、リョウ。また今度会えばいいだろ?」
「分かってる、分かってんだよ……。でも、毎日こうやって顔会わせられなくなるだろ……」
そんなこと、言わないでくれ。僕だって同じ気持ちだよ。リョウと離ればなれになりたくないって、伝えたくなってしまう。
けれど──どんなに足掻いたって、リョウはもう行かなきゃならない。家に帰って、大変な入院生活から解放されて、家族と過ごせる日常に戻ってほしい。
困惑したような顔をしながらも、母さんはリョウに向かって優しく声をかけた。
「リョウ君、そこまでコウキのことを想ってくれてありがとね。毎日一緒に過ごせて、この子も楽しかったって言ってるわ。退院して落ち着いたら、一緒にガスティに行きましょう?」
「そうよ、リョウスケ。いつでも連絡は取れるんだし、またコウキ君に会いに行こうね」
母さんたちが促しても、リョウは「イヤだ」と言ってその場から動こうとしない。
正直、意外だった。まさか、当日になってリョウの方が駄々をこねるなんて。
彼なら「またな、コウキ! 残りの入院生活、俺がいなくても泣くんじゃねぇぞ」とかなんとか言って、さっさと家に帰っていくんだとばかり思っていた。
でも、実際は全然違った。
顔を真っ赤にして頰を膨らませ、退院を拒むリョウはまるで幼い子になってしまったようだ。
「リョウ君。お父さんもお姉ちゃんも、おうちで待ってるんでしょう?」
「でもな……」
看護師さんに促されても、リョウは首を横に振り続ける。目から溢れ出そうになるものを懸命に抑え込み、彼は今、自分の葛藤と必死に戦っているんだ。
優しい笑みを浮かべながら看護師さんは、そっとロフストランド杖を二本差し出す。リョウが使っていた車椅子を下げ、ベッドガードを外した。
「リョウ君は術後のリハビリ、よく頑張ってたよね。杖を使いながら、自分で歩けるようになったじゃない? 立派に歩いてるところ、コウキ君に見せてあげたらどうかな?」
「え……」
リョウは看護師さんの話を聞いて、顔をパッと上げた。肩を震わせながらも、二本の杖をじっと見つめている。
僕の胸が高鳴った。
リョウが歩いているところを見てみたい。素直にそう思った。
入院中はずっと、車椅子での移動が基本だった。数日前に伝い歩きをして転倒して、リョウは怪我をしてしまった。おでこの切り傷は未だに塞がっていないらしく、包帯が巻かれている。
そんな彼の姿をじっと見つめながら、僕は大きく口を開けた。
「リョウ、できるのか?」
「何……?」
「伝い歩きは転んじゃったけど、杖があればちゃんと歩けるのかよ?」
わざと煽ったような言いかたをしてみせた。
そんな僕を見て、リョウは目を見開く。
構わない。僕は更に続けた。
「今まで頑張ってきた成果、見せてほしいんだ。出口まで見送るから、歩いてみせてよ」
できるかぎりの笑顔を、彼に向けた。
リョウは俯き、しばらく何かを考えているようだった。
──リョウ。君は僕に言ってくれただろ? 僕たちはこれからもずっと友だちだって。
大好きな友だちだからこそ、君の身体が更によくなることを応援したい。自分でできることがより一層増えていって、心も体も成長していくのを願い続けるよ。
退院して離ればなれになっても、それは単なるお別れなんかじゃない。僕たちが次へ進むためのステップアップになるから。
僕は君に出会えて本当によかった。だから、今日はしっかりと見送ろう。
リョウはもう一度、僕に目線を戻した。無表情だけれど、意を決したような力強さが伝わってくる。
「……看護師さん。杖、貸してくれ」
小声でありながらも、いつもと変わらないリョウの口調。
看護師さんは目を細めて、リョウにロフストランド杖をそっと手渡した。
僕とおそろいのファイナリードラゴンは、リョウのお母さんが抱える。
「よし、コウキ。俺のカッコいい姿、目に焼きつけておけよ……!」
僕たちが談笑していると、やがて病室に看護師さんがやって来た。
気づけば、リョウのベッド周りはすっかり片づけられている。ゲーム機も勉強道具も学校で使っていたカバンも、全部綺麗にまとめられていたんだ。
その光景を前に、僕の胸がギュッと締めつけられる。
ああ、もう本当にお別れのときがきてしまったんだ、と……。
リョウのお母さんは看護師さんに軽く会釈してから落ち着いた口調で、
「いつでも出発できます」
そう告げた。
僕の顔が、一気に熱くなる。
ダメダメ。絶対、泣かないんだ。笑顔で見送るって、決めたんだから。
リョウは、口を結んで僕のことをじっと見つめてくる。おそろいのファイナリードラゴンを抱きしめ、眉を落とし、首を小さく横に振った。
「……帰りたくねぇ」
ぽつりと、リョウはそんなことを呟いた。普段からは、考えられないほど精がない。
「コウキと離れたくねぇよ」
僕から目を離すことなく、リョウは力なくそんなことを口にする。
おい、やめてくれよ……。僕だって、リョウに行ってほしくないよ。だけど、今日はやっと家に帰れるんだぞ? これからもいつだって会えると、リョウが言ったんじゃないか。
僕は自分の本心を隠すのに必死だ。
「寂しい」「行かないで」「もっと一緒にいて」
こんな台詞、絶対に口に出しちゃいけないんだ。下唇を噛みしめ、全力でリョウの言葉を否定する。
「今更、何言い出すんだよ、リョウ。また今度会えばいいだろ?」
「分かってる、分かってんだよ……。でも、毎日こうやって顔会わせられなくなるだろ……」
そんなこと、言わないでくれ。僕だって同じ気持ちだよ。リョウと離ればなれになりたくないって、伝えたくなってしまう。
けれど──どんなに足掻いたって、リョウはもう行かなきゃならない。家に帰って、大変な入院生活から解放されて、家族と過ごせる日常に戻ってほしい。
困惑したような顔をしながらも、母さんはリョウに向かって優しく声をかけた。
「リョウ君、そこまでコウキのことを想ってくれてありがとね。毎日一緒に過ごせて、この子も楽しかったって言ってるわ。退院して落ち着いたら、一緒にガスティに行きましょう?」
「そうよ、リョウスケ。いつでも連絡は取れるんだし、またコウキ君に会いに行こうね」
母さんたちが促しても、リョウは「イヤだ」と言ってその場から動こうとしない。
正直、意外だった。まさか、当日になってリョウの方が駄々をこねるなんて。
彼なら「またな、コウキ! 残りの入院生活、俺がいなくても泣くんじゃねぇぞ」とかなんとか言って、さっさと家に帰っていくんだとばかり思っていた。
でも、実際は全然違った。
顔を真っ赤にして頰を膨らませ、退院を拒むリョウはまるで幼い子になってしまったようだ。
「リョウ君。お父さんもお姉ちゃんも、おうちで待ってるんでしょう?」
「でもな……」
看護師さんに促されても、リョウは首を横に振り続ける。目から溢れ出そうになるものを懸命に抑え込み、彼は今、自分の葛藤と必死に戦っているんだ。
優しい笑みを浮かべながら看護師さんは、そっとロフストランド杖を二本差し出す。リョウが使っていた車椅子を下げ、ベッドガードを外した。
「リョウ君は術後のリハビリ、よく頑張ってたよね。杖を使いながら、自分で歩けるようになったじゃない? 立派に歩いてるところ、コウキ君に見せてあげたらどうかな?」
「え……」
リョウは看護師さんの話を聞いて、顔をパッと上げた。肩を震わせながらも、二本の杖をじっと見つめている。
僕の胸が高鳴った。
リョウが歩いているところを見てみたい。素直にそう思った。
入院中はずっと、車椅子での移動が基本だった。数日前に伝い歩きをして転倒して、リョウは怪我をしてしまった。おでこの切り傷は未だに塞がっていないらしく、包帯が巻かれている。
そんな彼の姿をじっと見つめながら、僕は大きく口を開けた。
「リョウ、できるのか?」
「何……?」
「伝い歩きは転んじゃったけど、杖があればちゃんと歩けるのかよ?」
わざと煽ったような言いかたをしてみせた。
そんな僕を見て、リョウは目を見開く。
構わない。僕は更に続けた。
「今まで頑張ってきた成果、見せてほしいんだ。出口まで見送るから、歩いてみせてよ」
できるかぎりの笑顔を、彼に向けた。
リョウは俯き、しばらく何かを考えているようだった。
──リョウ。君は僕に言ってくれただろ? 僕たちはこれからもずっと友だちだって。
大好きな友だちだからこそ、君の身体が更によくなることを応援したい。自分でできることがより一層増えていって、心も体も成長していくのを願い続けるよ。
退院して離ればなれになっても、それは単なるお別れなんかじゃない。僕たちが次へ進むためのステップアップになるから。
僕は君に出会えて本当によかった。だから、今日はしっかりと見送ろう。
リョウはもう一度、僕に目線を戻した。無表情だけれど、意を決したような力強さが伝わってくる。
「……看護師さん。杖、貸してくれ」
小声でありながらも、いつもと変わらないリョウの口調。
看護師さんは目を細めて、リョウにロフストランド杖をそっと手渡した。
僕とおそろいのファイナリードラゴンは、リョウのお母さんが抱える。
「よし、コウキ。俺のカッコいい姿、目に焼きつけておけよ……!」
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