62 / 78
第五章
夢の奇跡
しおりを挟む
「昨日退院したばっかりなんだよね。大丈夫なの? あの杖は?」
「ロフストランド杖のことか」
「うん。ずっと持ってたでしょう?」
手ぶらの僕を眺めながら、ユナは眉をひそめる。
「あの杖は、もう必要ないんだ」
意気揚々と僕が答えるも、ユナは不安そうな顔をしている。
まさか、信じていないな?
いつまでも迷っている彼女のために、僕は体で証明してみせようと考えた。
生まれ変わった僕を、見てほしい。
「ほら、この通りだよ」
両足を地にしっかりとつけ、躊躇することなく僕はサッと立ち上がった。一瞬だけ健足の左側に体重をかけてしまったが、即座に両足でバランスを取る。
……だいぶ慣れたものだよ。
僕が力強く佇む姿を見て、ユナはこれ以上ないほどに目を見張る。
「すごい……」
驚くユナに対して、僕は得意気な顔をしてみせる。
「どうだ? 二カ月前の僕とは違うんだぞ!」
自信満々になって、今度は公園内を歩き回る。辺りに散りばめられた落ち葉をかき分けながら、僕はしっかりと地を踏みしめていく。ぎこちなさをできるだけ隠し、踵が浮かないようにとにかく意識した。
ざくざくっと、歩く度に黄色い葉っぱが音を奏でる。足もとで流れる秋の歌を聴いていると、ホッと心が癒された。
「コウ君。本当に、変わったんだね。こんなに歩くのが上手になったなんて!」
ユナは嬉しそうに、拍手をしてくれるんだ。
彼女の前で立ち止まり、僕はそっとユナの手を握る。幼い頃からずっと僕を支えてくれたこの手は、いつだってあたたかい。
「これまで何度もユナに助けられたよな」
「えっ」
「だけどもう、補助がなくてもこうやって自分の力で立てるんだ。今までのこと、すごく感謝してるよ」
ユナは僕にとっての支えであり、大切な友だちだ。それはこの先もずっと変わらないだろう。
僕は強くなったから、そんな彼女にいつか恩返しがしたい。ユナの指先から伝わってくるぬくもりを感じながら、自分の中で決意を固めた。
温和な眼差しを僕に向け、ユナはそっと口を開いた。
「コウ君、なんだか生き生きとしてる」
「えっ、そうか?」
「うん。入院する前までは、なんとなくいつも寂しそうな顔をしていたけど、今は違う。顔がキラキラしてて明るくなったよね」
思いがけないことを言われ、思わずユナの手をほどいた。
──たしかに、そうかもしれない。自分の身体が大きく変わったことによって、僕は以前よりも確実に前向きになれたから。
「ミャオ」
どぎまぎしていると、野良が僕たちのそばに近寄ってきた。のそのそと僕の足もとまで来ると、体を擦りつけてくる。フワッとした毛の感触が気持ちいい。
この瞬間、僕はまたあの夢のことを思い出した。
もしかして、こいつも応援してくれてたのか?
……いや、まさかな。
不思議な体験をしたからといって、現実は夢の世界とは違うんだ。
僕は小さく首を横に振る。
でもなぜだかユナは、野良を眺めながら手のひらを口に当て、目を見開いていた。
「ユナ、どうした?」
「……見たことある」
「えっ?」
「夢で、見たことがあるの。同じような光景を……」
彼女の言葉に、僕は首を傾げた。
「どういうことだ?」
「入院中にね、何度も夢の中で会いに行ってたんだよ。コウ君に」
「……なんだって?」
「私だけじゃない。チャコちゃんも隣にいたよ。頑張るコウ君を励まそうって、チャコちゃんが言ってたの」
ユナの話を聞いて、僕は息を呑んだ。
……ウソだろ? もしかして、ユナも同じ夢を見たのか?
「ユナ」
「うん?」
「夢に出てきたチャコって、まさか、人の言葉を喋ってたのか?」
「そうなの。話すのが上手なお喋りチャコちゃんだったよ。それにね──夢の中のコウ君は、とっても歩くのが上手だった。走ることもできてたし、公園の遊具で遊んだりもした。なんでもできるコウ君だったの」
「そんな」
僕は、次に繋ぐ言葉を喉元から吐き出すことができなくなる。
ユナが見た夢は、やっぱり僕と同じだ。
そんなこと、ありえるのかよ……? 本当にユナたちの「想い」が形になって、現れたっていうのか。
固まる僕を見て、ユナは戸惑ったように小首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……不思議なこともあるなって」
「なにが?」
「たぶんだけど──僕も全く同じ夢を見たんだ。夢の世界のユナが言ってた。『想いが形として現れてる』って。だから、半分は空想だけど、半分は本当の世界だって」
途中から、一体何を言っているのだろうと自分で思い、口を閉ざす。
ユナとチャコが僕に声援を送ってくれていたのは、もちろん信じたい。あの世界で会った彼女たちの想いが、本物だってことも。
でも──
困惑する僕とは裏腹に、ユナはクスッと小さく笑う。
「そうだね」
「……そうだねって?」
「私とチャコちゃんの想いは、本当のものだよ。それがコウ君に伝わったのかもね?」
弾んだ口調でそう言ってから、ユナは野良猫をそっと撫でた。
表情は一切変わらないのに、野良は嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
「ユナは、驚かないのか?」
「全然。むしろ嬉しい。コウ君にちゃんと気持ちが伝わってたんだって思えるから」
「……ユナ」
僕は彼女の手をそっと握りしめた。それから、公園の出口の方へと身体を向ける。
「行こう」
「え?」
「夢のときみたいに。一緒にお出かけしよう。僕はもう、この先の道も進めるんだ」
僕は、公園の向こう側の道を眺める。
すると、ユナが隣で首を縦に振るんだ。
「うん、行こう! 約束したもんね!」
二人で並び、僕たちは一歩二歩進み始めた。
公園を抜け出し、少しずつ家が遠のいていく。心臓の鼓動が上がり、ワクワクとドキドキが交差して止まらなくなるんだ。
立ち止まる必要はない。君となら、きっとどこまでだって歩いていけるから。
「ロフストランド杖のことか」
「うん。ずっと持ってたでしょう?」
手ぶらの僕を眺めながら、ユナは眉をひそめる。
「あの杖は、もう必要ないんだ」
意気揚々と僕が答えるも、ユナは不安そうな顔をしている。
まさか、信じていないな?
いつまでも迷っている彼女のために、僕は体で証明してみせようと考えた。
生まれ変わった僕を、見てほしい。
「ほら、この通りだよ」
両足を地にしっかりとつけ、躊躇することなく僕はサッと立ち上がった。一瞬だけ健足の左側に体重をかけてしまったが、即座に両足でバランスを取る。
……だいぶ慣れたものだよ。
僕が力強く佇む姿を見て、ユナはこれ以上ないほどに目を見張る。
「すごい……」
驚くユナに対して、僕は得意気な顔をしてみせる。
「どうだ? 二カ月前の僕とは違うんだぞ!」
自信満々になって、今度は公園内を歩き回る。辺りに散りばめられた落ち葉をかき分けながら、僕はしっかりと地を踏みしめていく。ぎこちなさをできるだけ隠し、踵が浮かないようにとにかく意識した。
ざくざくっと、歩く度に黄色い葉っぱが音を奏でる。足もとで流れる秋の歌を聴いていると、ホッと心が癒された。
「コウ君。本当に、変わったんだね。こんなに歩くのが上手になったなんて!」
ユナは嬉しそうに、拍手をしてくれるんだ。
彼女の前で立ち止まり、僕はそっとユナの手を握る。幼い頃からずっと僕を支えてくれたこの手は、いつだってあたたかい。
「これまで何度もユナに助けられたよな」
「えっ」
「だけどもう、補助がなくてもこうやって自分の力で立てるんだ。今までのこと、すごく感謝してるよ」
ユナは僕にとっての支えであり、大切な友だちだ。それはこの先もずっと変わらないだろう。
僕は強くなったから、そんな彼女にいつか恩返しがしたい。ユナの指先から伝わってくるぬくもりを感じながら、自分の中で決意を固めた。
温和な眼差しを僕に向け、ユナはそっと口を開いた。
「コウ君、なんだか生き生きとしてる」
「えっ、そうか?」
「うん。入院する前までは、なんとなくいつも寂しそうな顔をしていたけど、今は違う。顔がキラキラしてて明るくなったよね」
思いがけないことを言われ、思わずユナの手をほどいた。
──たしかに、そうかもしれない。自分の身体が大きく変わったことによって、僕は以前よりも確実に前向きになれたから。
「ミャオ」
どぎまぎしていると、野良が僕たちのそばに近寄ってきた。のそのそと僕の足もとまで来ると、体を擦りつけてくる。フワッとした毛の感触が気持ちいい。
この瞬間、僕はまたあの夢のことを思い出した。
もしかして、こいつも応援してくれてたのか?
……いや、まさかな。
不思議な体験をしたからといって、現実は夢の世界とは違うんだ。
僕は小さく首を横に振る。
でもなぜだかユナは、野良を眺めながら手のひらを口に当て、目を見開いていた。
「ユナ、どうした?」
「……見たことある」
「えっ?」
「夢で、見たことがあるの。同じような光景を……」
彼女の言葉に、僕は首を傾げた。
「どういうことだ?」
「入院中にね、何度も夢の中で会いに行ってたんだよ。コウ君に」
「……なんだって?」
「私だけじゃない。チャコちゃんも隣にいたよ。頑張るコウ君を励まそうって、チャコちゃんが言ってたの」
ユナの話を聞いて、僕は息を呑んだ。
……ウソだろ? もしかして、ユナも同じ夢を見たのか?
「ユナ」
「うん?」
「夢に出てきたチャコって、まさか、人の言葉を喋ってたのか?」
「そうなの。話すのが上手なお喋りチャコちゃんだったよ。それにね──夢の中のコウ君は、とっても歩くのが上手だった。走ることもできてたし、公園の遊具で遊んだりもした。なんでもできるコウ君だったの」
「そんな」
僕は、次に繋ぐ言葉を喉元から吐き出すことができなくなる。
ユナが見た夢は、やっぱり僕と同じだ。
そんなこと、ありえるのかよ……? 本当にユナたちの「想い」が形になって、現れたっていうのか。
固まる僕を見て、ユナは戸惑ったように小首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……不思議なこともあるなって」
「なにが?」
「たぶんだけど──僕も全く同じ夢を見たんだ。夢の世界のユナが言ってた。『想いが形として現れてる』って。だから、半分は空想だけど、半分は本当の世界だって」
途中から、一体何を言っているのだろうと自分で思い、口を閉ざす。
ユナとチャコが僕に声援を送ってくれていたのは、もちろん信じたい。あの世界で会った彼女たちの想いが、本物だってことも。
でも──
困惑する僕とは裏腹に、ユナはクスッと小さく笑う。
「そうだね」
「……そうだねって?」
「私とチャコちゃんの想いは、本当のものだよ。それがコウ君に伝わったのかもね?」
弾んだ口調でそう言ってから、ユナは野良猫をそっと撫でた。
表情は一切変わらないのに、野良は嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
「ユナは、驚かないのか?」
「全然。むしろ嬉しい。コウ君にちゃんと気持ちが伝わってたんだって思えるから」
「……ユナ」
僕は彼女の手をそっと握りしめた。それから、公園の出口の方へと身体を向ける。
「行こう」
「え?」
「夢のときみたいに。一緒にお出かけしよう。僕はもう、この先の道も進めるんだ」
僕は、公園の向こう側の道を眺める。
すると、ユナが隣で首を縦に振るんだ。
「うん、行こう! 約束したもんね!」
二人で並び、僕たちは一歩二歩進み始めた。
公園を抜け出し、少しずつ家が遠のいていく。心臓の鼓動が上がり、ワクワクとドキドキが交差して止まらなくなるんだ。
立ち止まる必要はない。君となら、きっとどこまでだって歩いていけるから。
0
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な医者と超真面目な女子大生の愛情物語り。先生無茶振りはやめてください‼️
高野マキ
ライト文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。
僕の主治医さん
鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。
【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる