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第五章
会いたくなかった相手
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来た道を戻ればあいつとすれ違わなくて済む。まだ間に合う。
だけど関の顔を見た瞬間、僕はあの寄せ書きのことを思い出してしまった。雑な字で「がんばれ」というメッセージが、たしかに関の字で書かれていたのを。
あんなの、きっと本心でもなんでもない。今更気にするなんてバカみたいだ。
そう思っているのに、なぜだか迷ってしまった。進むのか、戻るのか。
僕は一度立ち止まる。
ユナも歩むのをやめ、僕の顔を覗き込んできた。
「戻ろっか。さっき通った角を曲がろうよ」
ユナのその提案に、頷こうとした。
でも……。
僕は少しの間考えて、やっぱり別の答えを出した。前を向いたまま、ゆっくりと首を横に振る。
「いや、いい。このまま進もう」
「でも」
「いいんだ。わざわざ引き返すのも癪だし」
「そう……?」
ユナは眉を落とした。
これは完全に僕の意地だ。今まで関に嫌がらせをされて、悔しい想いをしてきた。こんなときにまで、あいつのために気を遣いたくない。
むしろ、僕の歩く姿を見せつけてやる。これまでのようにはいかないぞ。
僕たちは再度、前を進み始めた。
先にいる関は、犬を見ていてまだこっちの存在には気づいていないようだ。目つきは悪いけど、学校では見せないような柔らかい表情を犬に向けている。
近づく度に、僕の心音がどんどん大きくなっていく。
少しずつ、少しずつ距離が縮まって……やがて、関がパッとこちらに顔を向けた。「あっ」と口を大きく広げながら、鋭い目つきになってこっちを見てきた。いや、睨みつけてきた。
三人の間に、ピリピリとした空気が流れる。
無反応を貫こうとしたけど、きっと僕の表情は硬くなってる。
関は何か言いたげな表情を浮かべて僕を凝視しているんだ。たぶん「なんでこんなところにいるんだよ」とか「会いたくねぇ奴らに会っちまった」とか思ってるんじゃないか?
怪訝な顔で、関は小さく舌打ちをした。
「何よ」
ユナが瞬時に反応した。立ち止まり、関を睨みつけるんだ。
「あんた今、舌打ちしたでしょう!」
「あぁ?」
ユナが関の前に勢いよく立ちはだかる。すると、足もとで犬がワンワンと大きく吠えた。
ギスギスした雰囲気になるのはごめんだ。僕はユナの肩をそっと掴む。
「ユナ、いいんだ。行こうよ」
「だけど」
ユナが続きの言葉を口にする前に、関は話をかぶせてきた。
「つーかお前ら、なんでこんなところに二人だけでいるんだよ? 大人は誰もいないのか」
それに対し、ユナは鼻を鳴らした。
「コウ君は変わったの! 杖なしで歩けるし、歩きかたも安定してるの。あんたは二度とコウ君に嫌がらせしないでよね!」
「はぁ?」
関はあからさまにイラッとした態度を取る。僕の全身をなめるように見て、眉間にしわを寄せた。
「バカじゃねぇの? 調子乗ってんじゃねえぞ」
「あっ、またそういうこと言う!」
「つかマジでどこ行くんだよ。帰れよ」
「あんたには関係ないでしょ!」
ユナのイライラが明らかにヒートアップしている。だめだ、二人の言い合いは止まりそうにない。
こんなことで時間を潰したくないし、何よりも早く関から離れたかった。
僕は強めの口調で訴えた。
「こんなところでケンカしたって時間の無駄だ。行こう、ユナ」
彼女の手をそっと引き、僕は関の横をゆっくりと素通りする。
ユナは不服そうな顔をしていたけれど、何も言わなかった。
去り際に、関が捨て台詞のようなものを投げかけてくるんだ。
「無謀な奴らだよな。どうなっても知らねぇぞ」
嫌味たっぷりの口ぶり。
胸の奥が気持ち悪くなり、今にも叫んで言い返してやりたくなった。でも我慢しなきゃ、するんだ。せっかく今日は、初めて自分の力で町を歩いているんだから。
できるだけ早く関から遠ざかりたい。速歩きができないから、一歩をいちいち大きくした。
関の姿が見えなくなった頃には、僕の息が乱れてしまっていた。
だけど関の顔を見た瞬間、僕はあの寄せ書きのことを思い出してしまった。雑な字で「がんばれ」というメッセージが、たしかに関の字で書かれていたのを。
あんなの、きっと本心でもなんでもない。今更気にするなんてバカみたいだ。
そう思っているのに、なぜだか迷ってしまった。進むのか、戻るのか。
僕は一度立ち止まる。
ユナも歩むのをやめ、僕の顔を覗き込んできた。
「戻ろっか。さっき通った角を曲がろうよ」
ユナのその提案に、頷こうとした。
でも……。
僕は少しの間考えて、やっぱり別の答えを出した。前を向いたまま、ゆっくりと首を横に振る。
「いや、いい。このまま進もう」
「でも」
「いいんだ。わざわざ引き返すのも癪だし」
「そう……?」
ユナは眉を落とした。
これは完全に僕の意地だ。今まで関に嫌がらせをされて、悔しい想いをしてきた。こんなときにまで、あいつのために気を遣いたくない。
むしろ、僕の歩く姿を見せつけてやる。これまでのようにはいかないぞ。
僕たちは再度、前を進み始めた。
先にいる関は、犬を見ていてまだこっちの存在には気づいていないようだ。目つきは悪いけど、学校では見せないような柔らかい表情を犬に向けている。
近づく度に、僕の心音がどんどん大きくなっていく。
少しずつ、少しずつ距離が縮まって……やがて、関がパッとこちらに顔を向けた。「あっ」と口を大きく広げながら、鋭い目つきになってこっちを見てきた。いや、睨みつけてきた。
三人の間に、ピリピリとした空気が流れる。
無反応を貫こうとしたけど、きっと僕の表情は硬くなってる。
関は何か言いたげな表情を浮かべて僕を凝視しているんだ。たぶん「なんでこんなところにいるんだよ」とか「会いたくねぇ奴らに会っちまった」とか思ってるんじゃないか?
怪訝な顔で、関は小さく舌打ちをした。
「何よ」
ユナが瞬時に反応した。立ち止まり、関を睨みつけるんだ。
「あんた今、舌打ちしたでしょう!」
「あぁ?」
ユナが関の前に勢いよく立ちはだかる。すると、足もとで犬がワンワンと大きく吠えた。
ギスギスした雰囲気になるのはごめんだ。僕はユナの肩をそっと掴む。
「ユナ、いいんだ。行こうよ」
「だけど」
ユナが続きの言葉を口にする前に、関は話をかぶせてきた。
「つーかお前ら、なんでこんなところに二人だけでいるんだよ? 大人は誰もいないのか」
それに対し、ユナは鼻を鳴らした。
「コウ君は変わったの! 杖なしで歩けるし、歩きかたも安定してるの。あんたは二度とコウ君に嫌がらせしないでよね!」
「はぁ?」
関はあからさまにイラッとした態度を取る。僕の全身をなめるように見て、眉間にしわを寄せた。
「バカじゃねぇの? 調子乗ってんじゃねえぞ」
「あっ、またそういうこと言う!」
「つかマジでどこ行くんだよ。帰れよ」
「あんたには関係ないでしょ!」
ユナのイライラが明らかにヒートアップしている。だめだ、二人の言い合いは止まりそうにない。
こんなことで時間を潰したくないし、何よりも早く関から離れたかった。
僕は強めの口調で訴えた。
「こんなところでケンカしたって時間の無駄だ。行こう、ユナ」
彼女の手をそっと引き、僕は関の横をゆっくりと素通りする。
ユナは不服そうな顔をしていたけれど、何も言わなかった。
去り際に、関が捨て台詞のようなものを投げかけてくるんだ。
「無謀な奴らだよな。どうなっても知らねぇぞ」
嫌味たっぷりの口ぶり。
胸の奥が気持ち悪くなり、今にも叫んで言い返してやりたくなった。でも我慢しなきゃ、するんだ。せっかく今日は、初めて自分の力で町を歩いているんだから。
できるだけ早く関から遠ざかりたい。速歩きができないから、一歩をいちいち大きくした。
関の姿が見えなくなった頃には、僕の息が乱れてしまっていた。
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