【完結】僕は君を思い出すことができない

朱村びすりん

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第二章

16・くろいねこ

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 その日の夜。時刻は十時過ぎ。
 自室にこもり、僕は就寝前にサヤカと電話で話し込んでいた。
 電話の向こうから聞こえるサヤカの明るい声が、僕の心を落ち着かせてくれる。

「そうか。あの黒猫、家で育てることになったんだな」
『大家さんが快く承諾してくれたの。お父さんもこの子のお世話を協力してくれるって』
「偉いな、サヤカは。責任感が強い」
『放っておけなかっただけだよ』

 サヤカの話し声に重ねて、仔猫の鳴き声も聞こえてきた。甘えているのだろう、とても愛らしい声色だ。

『でも、本当はこの子も他の人に拾われた方がよかったと思うよ』
「えっ。なんでそんな風に言うんだ?」

 サヤカのように優しい人に保護してもらって、黒猫も絶対に幸せだと思うんだけど。
 僕はベッドで胡坐をかきながら首を傾げる。

『私、確実にこの子を安心させてあげられるかわからないから』
「サヤカが一緒にいれば、猫も安心して暮らせるはずだよ」

 僕がそう言葉をかけると、サヤカは何も言わなくなった。
 あれ? どうしたんだろう。僕、なにか変なことを言ったかな。
 サヤカの顔が見えないので、この沈黙の理由がよくわからない。

「サヤカ?」
『……あっ。ごめん。ろこが可愛すぎて夢中になって撫でてた』
「ろこ?」
『この子の名前だよ』

 どうして『ろこ』なんだ? と僕が訊くと、サヤカは柔らかい口調で、『くろいねこ』だからろこ・・だよ、と答えた。
 安直というか、安易というか。サヤカの名付けの理由に、僕は思わず笑ってしまった。
 なにも心配はいらなかったようだ。サヤカの声は弾んでいたから。

『帰った後お父さんに電話して、一緒にろこを病院まで連れていってもらったの。病気はなかったけど、少し栄養不足だったから点滴してもらったんだ。推定一歳くらいの女の子だって』
「そうか。それはよかった」
『私、最期までろこを大切にするから!』

 サヤカの優しさに、僕の胸はじんわりとあたたかくなった。本当に、なんていい子なんだろう……。
 その後もしばらく会話が続き、やがて別の話題に切り替わっていった。

『ねえショウくん。デートの話なんだけど、いつにする?』

 ……あっ、忘れてた。そういえば帰り際、サヤカにもう一度「デートをしよう」と言われてたんだっけな。ていうかあれ、本気だったのか。
 無性に胸がむず痒くなる。

「えっと……いつでもいいけど。サヤカに合わせるよ」
『ホント? それじゃあ今度の土曜日にしよ!』

 え! 今週のってことか?
 いつでもいいと返事はしたけれど、思ったよりも急だな。

『あのね、行きたいコンサートがあるの。チケット、予約しておくね! B席ならまだ空いてるっぽい』

 うわ。ちょっと待て。なんでそんなに仕事が早いの?
 僕がテンパってる間にも、サヤカは次々と予定を組み立てていく。

『中央の端っこあたりに二人分空いてたからそこの席予約しちゃおっか!』

 ……しちゃおっか! だと。
 ほぼ自分一人で決めてるじゃないか。

 結局、僕がひとことも返事をしないまま、サヤカはコンサートのチケットを手配したようだ。
 ていうか、コンサートってなんだ? アーティストのものかなんかか?
 疑問に思うが、僕はサヤカのペースに完全に飲み込まれ「了解」としか言えなかった。

『それじゃあ、土曜日はお昼の十二時に駅前集合ね!』

 嵐のようにサヤカはプランを口にすると、『楽しみにしてるね!』と言って通話を終えた。

 ……僕も楽しみにしてるよ。

 勢いがすごすぎて最後の方は圧倒されたが、なんだかんだ嬉しかった。
 土曜日のお昼に、サヤカと、デート? か。
 服装とかどうしよう。というか、なに話そう。いや、いつも通りサヤカのお喋りを聞いていればいいのか。飯は一緒に食べるのかな。コンサートの間は会話はしなくていいんだよな……?

 ベッドに横たわりながらあれやこれや考えを巡らせた。
 僕なんかが、休日にデートだって? 改めて思うと、これはハプニングだ。
 初めてでどうしたらいいか見当がつかない。今日みたいに放課後にふらっとカフェに立ち寄る制服デートとはわけが違う。女の子と二人で休みの日に出かけるなんて……。
 せ、青春ってやつなのか、これは。

 とにかく落ち着かない。
 急いでユウトの連絡先を開き、メッセージを打ち込んだ。

《ユウト、助けてくれ》

 わざと、深刻そうな内容で送った。
 するとユウトからの返事はすぐにきた。

《なんだ、緊急事態か?》
《ああ、そんな感じ》
《おー。サヤカちゃん絡みかよ?》

 ……うわ、ユウトの奴。理解が早い。さすがすぎる。

《明日、昼休みにでも聞いてやる》
《帰りにゆっくり話したいんだけど》
《ああわりぃ。俺、吹奏楽部に本入部することにしてさ》
《ガチで?》
《おうよ。また三年間、パーカスで暴れるぜ》
《そうか。ユウト、中学の頃も部活頑張ってたもんな》
《だから明日の放課後は練習があるんだ。話なら昼休みにじっくり聞いてやるよ》

 僕は《よろしく》と、ゲームキャラクターのスタンプを送って、トークを終了させた。
 その後は、頭の中で色んなことがぐるんぐるん回って、なかなか寝つけなかった。
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