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第四章
35・白鳥先生の嘘
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僕は、なんにも知らなかった。知ることができなかった。
事故に遭って、僕は意識を失った。気づけば病院のベッドで眠っていた。なぜ自分がそこにいるのかも、理解できなかった。
ずっと付き添っていたのだろう、母が涙を浮かべて僕の名を何度も呼んでいた。絶望からすくいあげられたように安堵した表情なのに、目が腫れて頬は赤くなり、鼻水まで垂らして顔面がぐちゃぐちゃだった。
横たわる僕は、酸素マスクをつけられ、首を固定され、体に管を入れられ、返事をするのもままならなかった。
僕が意識を取り戻してすぐ、病室に白鳥先生が来てくれた。白衣を着て、緊迫した面持ちで僕の前に立つ。
──白鳥先生と、出会った日だ。
先生は、僕に問う。
「若宮くん、ここがどこかわかりますか?」
はい。病院ですよね。そう答えようとするも、声が出せない。
「深呼吸してみようか。ゆっくり吸って……吐いて。吸って、吐いて」
先生の合図に合わせながら、僕は深く呼吸をする。体の節々に痛みを感じるが、悲鳴も上げられずにいる。
僕を見つめながら、白鳥先生はふっと頬を緩めた。
「瞳が紫色になっています。いいですね。よく、頑張りました、若宮くん。まだ目覚めたばかりで声が出しづらいと思うけど、すぐによくなりますよ」
紫の瞳が、どうしたんだろう。いい傾向なのか? そっか……いいことなんだよな。
このとき、自分が事故に遭ったなんてわかってなかったはずだ。それなのに、「助かった」。全身が安堵していたような気がする。
思い返せば──白鳥先生は僕の身になにが起きたのか、教えてくれなかったんだよな。なんか、妙な話をしていた。
「いままで若宮くんは、治療を受けていたんですよ。幼い頃から、君は体が弱かった。だから命を延ばす薬を投与して、体を強くしました」
命を延ばす薬? なんだそれ。
「これから長い入院生活をして、体が動くまでリハビリを行います。退院した頃にはみんなと同じように自由に動けるようになりますからね。頑張りましょう」
僕は体が弱いから、リハビリをする必要があるってことか? それは本当?
「そうです、本当です。君は体が弱かった。だから、治療の必要があった。【延命治療】を耐え抜いた君なら、これからの試練を必ず乗り越えられます。寿命まで全うできます。ただし、それと引き換えに、一部の記憶は失われてしまいましたが」
……先生、さっきからなに言ってるんだ。延命治療ってなんだよ。
僕は、本当に体が弱かったのか? どうして先生は、事故のことを教えてくれないの? もしかして、白鳥先生まで、なにかを隠しているのか──?
たくさんの疑問が、いまになって湧き出てくる。おかしい。絶対に、おかしい。
先生は母さんの方を振り向くと、スッと頭を下げた。ハンカチで涙を拭う母さんも、先生にお辞儀をした。
これは、たしかに僕が過去に見た光景だ。先生が言っていたことも全て同じ。
いまの僕ならわかる。先生は嘘を言っているんだと。
なあ、先生。教えてくれよ。僕は、事故に遭ったんだよな? 延命治療ってなんの話だよ。「それと引き換えに、一部の記憶が失われた」。これは、どういう意味なんだ?
僕が必死に喉から声を絞り出そうとしても、無駄だった。空気が下品に振動するような音しか出てこない。
教えて、教えてくれよ。お願い、お願いだ……。白鳥先生!
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