38 / 57
第五章
37・懐かしい味
しおりを挟む
「んんん~。ショウジ、起きた?」
ハッとする。
掠れた声でコハルが問いかけてきた。見ると、コハルは目を閉じたままだった。
……なんだ。ただの寝言か。
起こしてしまったと思ったから少し焦った。
明日に備えてしっかり寝ないとな。僕は再びソファに寝転がり、瞼を閉ざした。
しんとした室内。またもや、コハルの寝言が小さく聞こえてくる。
「ねえ、ショウジ?」
本当に話しかけてきていると勘違いしそうになる。だけど、僕は反応しないようにした。
「あんたさー、サヤカちゃんを大事にしなよ」
いきなりなんだよ。
「一緒にいられる時間を無駄にしないで。死んじゃってから後悔しても、遅いんだからね」
……。なに?
僕は思わず目を見開き、もう一度コハルの様子を窺う。
しかし、何事もなかったかのように目を閉じたままだった。
やはり、寝ている。
わけがわからないな。僕は、死なないってのに。記憶を取り戻さなければ平気なんだろ?
それに、言われなくても大事にするよ。サヤカとの時間を。幼なじみとしての記憶は諦めたけど、高校で新たに出会った同級生として、仲良くするから。
そう思いつつ、なぜか僕は言いようのない不安に駆られた。胃の辺りがゾワゾワするような、妙な感覚。
気にしない。気にしない。コハルの単なる寝言なんて気にしない。
僕は必死に頭の中の思考を消し去ろうとした。
目をぎゅっと瞑り、時間はかかってしまったが、なんとか眠りについた。
──翌朝目を覚ますと、コハルはすでにいなかった。
テーブルに置き手紙が残されていて『朝練あるから先出るね。スペアキー使って。今度返してくれればいいから。なくしたらおしりぺんぺん!』と書かれていた。
おしりぺんぺんって……ツッコミを入れる気にもなれないくらいサブい。
置き手紙の横には、家の鍵とラップのかけられたフレンチトーストがあった。わざわざ作ってくれたのか。
コハルは昨日『あたしなんかよりアサカの方があんたたちをよく見てくれていた』というような話をしていた。でも、コハルだってなんだかんだ面倒を見てくれるんだよな。うちには父親がいないから、コハルなりにその分を補おうとしていたんだと、いまでも思うんだ。
フレンチトーストを食べる前に、洗面所で顔を洗って歯を磨く。
いつものように鏡を確認すると──やっぱり。瞳の色は青のままだった。薄くなったりはしていない。また色が変わったときには教えてくれと白鳥先生に言われたが、この調子なら大丈夫じゃないか? と、勝手に思ったりもする。
なんで瞳の色が変わるのが問題なのか、曖昧な説明しかしてくれなかった。先生は僕に隠し事をしているはずだ。次の診察は一ヶ月以上も先。本当は今日にでも凸りたい気分だけれど、さすがに迷惑がかかるから我慢するしかないな……。
ここ数日の間、色んなことがありすぎた。モヤモヤした気持ちは、日に日に大きくなっていく。
早く全てを知って全てを解消したい。要は、僕が記憶を取り戻さなければいいんだから。
髪を整え、テーブルに戻り、コハルが用意してくれたフレンチトーストをありがたくいただく。食パンに染みこんだ玉子と、ほんのり甘いハチミツがマッチしていてめちゃくちゃうまい。僕が小さい頃にも、コハルはよくフレンチトーストを作ってくれてたんだよな。
そういえば──コハルには、料理やお菓子作りが得意な友だちがいた。その友だちは、たまに家に遊びに来て、コハルと一緒にキッチンでなにかを作っていた。彼女とは、僕もよく話をした気がする。ぼんやりとしか思い出せないけれど、おそらくその友だちは──アサカだ。
アサカは、よく手作りのお菓子を持ってきてくれていたんだっけ。クッキーやチョコレート、プリン、そしてフレンチトーストなんかもご馳走になった。アサカの作るお菓子はどれも美味しくて、僕は毎回楽しみにしていた。
このフレンチトーストも、アサカの作ったものと味がとても似ている。優しくて、懐かしい味。コハルの想いも、たくさん詰まっている。
「……あ」
と、思い出を振り返っているうちに、目尻が急に熱くなり、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「なんだよ、これ」
流れる雫は止まることを知らず、ついには僕の口の中へと侵入し、甘いはずのフレンチトーストの味が少し塩っぱくなった。
それと同時に──頭の奥が痛くなってきた。じわじわと痛みが強くなっていく。
薬。薬を飲まなきゃ。
急いで鞄から錠剤薬を取り出し、お茶と一緒にそれを飲み込む。
この薬は、即効性が高い。飲んで数秒で、痛みがピタリと止んだ。
……危ない。思い出を思い出してしまったらダメなんだ。
変な冷や汗が滲み出て、僕の体は震えあがった。
ハッとする。
掠れた声でコハルが問いかけてきた。見ると、コハルは目を閉じたままだった。
……なんだ。ただの寝言か。
起こしてしまったと思ったから少し焦った。
明日に備えてしっかり寝ないとな。僕は再びソファに寝転がり、瞼を閉ざした。
しんとした室内。またもや、コハルの寝言が小さく聞こえてくる。
「ねえ、ショウジ?」
本当に話しかけてきていると勘違いしそうになる。だけど、僕は反応しないようにした。
「あんたさー、サヤカちゃんを大事にしなよ」
いきなりなんだよ。
「一緒にいられる時間を無駄にしないで。死んじゃってから後悔しても、遅いんだからね」
……。なに?
僕は思わず目を見開き、もう一度コハルの様子を窺う。
しかし、何事もなかったかのように目を閉じたままだった。
やはり、寝ている。
わけがわからないな。僕は、死なないってのに。記憶を取り戻さなければ平気なんだろ?
それに、言われなくても大事にするよ。サヤカとの時間を。幼なじみとしての記憶は諦めたけど、高校で新たに出会った同級生として、仲良くするから。
そう思いつつ、なぜか僕は言いようのない不安に駆られた。胃の辺りがゾワゾワするような、妙な感覚。
気にしない。気にしない。コハルの単なる寝言なんて気にしない。
僕は必死に頭の中の思考を消し去ろうとした。
目をぎゅっと瞑り、時間はかかってしまったが、なんとか眠りについた。
──翌朝目を覚ますと、コハルはすでにいなかった。
テーブルに置き手紙が残されていて『朝練あるから先出るね。スペアキー使って。今度返してくれればいいから。なくしたらおしりぺんぺん!』と書かれていた。
おしりぺんぺんって……ツッコミを入れる気にもなれないくらいサブい。
置き手紙の横には、家の鍵とラップのかけられたフレンチトーストがあった。わざわざ作ってくれたのか。
コハルは昨日『あたしなんかよりアサカの方があんたたちをよく見てくれていた』というような話をしていた。でも、コハルだってなんだかんだ面倒を見てくれるんだよな。うちには父親がいないから、コハルなりにその分を補おうとしていたんだと、いまでも思うんだ。
フレンチトーストを食べる前に、洗面所で顔を洗って歯を磨く。
いつものように鏡を確認すると──やっぱり。瞳の色は青のままだった。薄くなったりはしていない。また色が変わったときには教えてくれと白鳥先生に言われたが、この調子なら大丈夫じゃないか? と、勝手に思ったりもする。
なんで瞳の色が変わるのが問題なのか、曖昧な説明しかしてくれなかった。先生は僕に隠し事をしているはずだ。次の診察は一ヶ月以上も先。本当は今日にでも凸りたい気分だけれど、さすがに迷惑がかかるから我慢するしかないな……。
ここ数日の間、色んなことがありすぎた。モヤモヤした気持ちは、日に日に大きくなっていく。
早く全てを知って全てを解消したい。要は、僕が記憶を取り戻さなければいいんだから。
髪を整え、テーブルに戻り、コハルが用意してくれたフレンチトーストをありがたくいただく。食パンに染みこんだ玉子と、ほんのり甘いハチミツがマッチしていてめちゃくちゃうまい。僕が小さい頃にも、コハルはよくフレンチトーストを作ってくれてたんだよな。
そういえば──コハルには、料理やお菓子作りが得意な友だちがいた。その友だちは、たまに家に遊びに来て、コハルと一緒にキッチンでなにかを作っていた。彼女とは、僕もよく話をした気がする。ぼんやりとしか思い出せないけれど、おそらくその友だちは──アサカだ。
アサカは、よく手作りのお菓子を持ってきてくれていたんだっけ。クッキーやチョコレート、プリン、そしてフレンチトーストなんかもご馳走になった。アサカの作るお菓子はどれも美味しくて、僕は毎回楽しみにしていた。
このフレンチトーストも、アサカの作ったものと味がとても似ている。優しくて、懐かしい味。コハルの想いも、たくさん詰まっている。
「……あ」
と、思い出を振り返っているうちに、目尻が急に熱くなり、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「なんだよ、これ」
流れる雫は止まることを知らず、ついには僕の口の中へと侵入し、甘いはずのフレンチトーストの味が少し塩っぱくなった。
それと同時に──頭の奥が痛くなってきた。じわじわと痛みが強くなっていく。
薬。薬を飲まなきゃ。
急いで鞄から錠剤薬を取り出し、お茶と一緒にそれを飲み込む。
この薬は、即効性が高い。飲んで数秒で、痛みがピタリと止んだ。
……危ない。思い出を思い出してしまったらダメなんだ。
変な冷や汗が滲み出て、僕の体は震えあがった。
1
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる