【完結】僕は君を思い出すことができない

朱村びすりん

文字の大きさ
55 / 57
第六章

54・再会

しおりを挟む
 アサカの墓は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。塵も蜘蛛の巣もなく、よく手入れされている。
 菊の花を供え、僕は線香を上げてから手を合わせる。目を閉じて、心の中でアサカに語りかけた。

 ──どう言ったらいいのかな。僕は、君を覚えていないんだけど、どういうわけか、ここに来てから胸が締めつけられる想いに駆られている。
 本当に君は、この世にいないんだ。そう実感してしまって。
 事故に遭ったあの日、君は命を懸けて僕たちを守ってくれたんだよね。本当は三人一緒に生き延びれたら一番よかったのに。
 だけど僕がそんな風に考えていたら、君は怒るだろう。あの状況下で、全員が生き残るなんて奇跡でも起きない限り無理だよって。
 だから僕は、悲観したりしない。ただ君に「ありがとう」の気持ちを伝えたい。
 同時に、ここでもう一度心に決めよう。君が守ってくれたこの命を、大切にするって。君との過去を思い出せない代わりに、精一杯生きていくことを約束しよう──

 ゆっくりと、瞳を開く。
 僕と墓の間に、夏の風が吹いた。この暑さを、ほんの少しだけ和らげてくれる優しい風。

「また、お盆に来るよ」

 そう言い残し、僕は立ち上がった。
 母さんがタクシーで待ってくれている。早く戻らなきゃ。
 踵を返し、僕が歩き出そうとした、そのときだ。
 僕が来た道から、一人の少女が現れたんだ。

「……あれは」

 彼女は、白い半袖のワイシャツに首から青色のリボンを下げ、グレーのスカートを穿いている。東高の制服だ。
 彼女の瞳は──紫色に染まっていた。
 バッチリ僕と目が合うと、彼女は「あっ」と小さく声を漏らす。
 戸惑ったような素振りを見せながらもこちらに歩み寄ってきて、僕と墓を交互に眺める。
 それから、静かに口を開いた。

「お姉ちゃんの……姉のお墓参りに来てくれたんですか?」
「えっ。そう、です」

 アサカのことをお姉ちゃんと言った。彼女は、アサカの妹か。ということは。

「サヤカさん、ですか」

 僕が問いかけると、彼女は驚く様子もなく頷いた。

「若宮くんだよね」
「ああ。そうだよ」
「入院してたって聞いたけど……大丈夫なの?」
「さっき退院してきたから」
「えっ。さっき?」

 彼女は目を見開いた。それから、じっと僕の瞳を覗き込んできた。
 ふわっとフルーティーな甘い香りがして、僕の胸がドキッとする。

「綺麗な瞳だね」
「え……そ、そうかな?」

 だったら、君も──と口にしようと思ったが、僕は寸前で言葉を呑み込んだ。
 ふっと微笑むと、彼女はアサカの墓の前に立つ。

「若宮くん、前に私のバイト先に来てくれたよね」
「え? そうだったっけ」
「うん。覚えてない、よね。……ごめんね。私も、若宮くんのこと忘れちゃったみたいで」

 堅くなりながら、彼女はそう言った。
 彼女の隣に立ち、僕は小さく首を横に振る。

「君と僕は、幼なじみだったらしい」
「うん。そうみたい」

 ぎこちない会話のキャッチボールの後、沈黙が流れた。
 僕らの周りには、セミたちが必死に鳴きわめく声だけが響く。

 僕はアサカのことだけじゃなく、サヤカのことも忘れてしまった。スマートフォンの中には、彼女の連絡先が登録されていて、いままでのやり取りが残されていた。
 入学式の日からサヤカと仲良くしていたらしく、放課後に二人で帰ったり、カフェに行ったり、僕が彼女の家にお邪魔したり、デートの約束をしていたが突然キャンセルされたり。また、彼女は黒い猫のろこを拾い、一人暮らしの家で育てていることや、マニーカフェでアルバイトをはじめたことまでもメッセージの履歴にあった。
 それらを見ても、僕はどうしても彼女とのやり取りを思い出せない。
 いま、この場所でたまたまサヤカと会って「ああ、彼女はこういう人なんだ」と思ったくらいだ。
 でも──さっきから、変なんだ。僕の心臓が早鐘を打っている。

 サヤカはおもむろに、アサカの墓に線香を上げ手を合わせる。しばらくしてから、再び口を開いた。

「私、お姉ちゃんのことも覚えてなかったの」

 寂しそうな、横顔。

「でもね、どういうわけかお姉ちゃんを想うと心が締めつけるんだ。お姉ちゃんが生きてたときの写真を見ると、なんだか懐かしい気持ちになるし。忘れてるはずなのに、胸が熱くなるんだよ」

 おかしいよね、なんて苦笑する彼女だけれど──僕は大きく首を横に振った。

「全然、おかしくない」

 僕も、同じなんだ。アサカのことを考えると切なくなる。それに、君を見た瞬間、胸が高まった。

「頭では思い出せなくても、心は忘れてない。僕たちの思い出は、ずっとここに残ってるよ」

 そう言いながら、僕は自分の胸に手を添えた。
 僕の言葉に、彼女はこちらを向いて満面の笑みを浮かべた。

「ね、若宮くん……ううん、ショウくん!」
「なに?」
「明日、時間ある?」
「どうして?」
「コンサート、観に行かない?」

 その誘いに、僕の心拍はさらに早くなる。

「コンサートって?」
「明日ね、吹奏楽部の地区大会があるんだよ。東高はA編成で出場するんだって。部員の子からチケット二枚もらったから、一緒に応援しに行かない? 自由曲は『吹奏楽の海の歌』だって」
「そうなんだ」

 考えるまでもない。僕の返事は決まっている。

 ──聴きに行こう。忘れてしまった、僕らの思い出の曲を。

 僕は、アサカの墓を眺めながら大きく頷いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

讃美歌 ② 葛藤の章               「崩れゆく楼閣」~「膨れ上がる恐怖」

エフ=宝泉薫
青春
少女と少女、心と体、美と病。 通い合う想いと届かない祈りが織りなす終わりの見えない物語。

処理中です...