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第二章
芽生え
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「なんでまた上海の大学に?」
素朴な疑問だった。
対して、彼女は顔を引きつらせる。無理に笑みを作るようにして答えるんだ。
「──実は私、中国で暮らしていたの。そのゆかりがあって、かな……」
俺はハッとした。
そうか。そうだったのか。中国に住んでいた経験があるから、彼女はあれほどまでに流暢な中国語を話すことができるのか。
俺の中でなんとなく絡まっていた疑問の糸が解けた瞬間だった。
「サエさんは、異国の地で外国語をたくさん勉強したんだな。さすがだよ」
「別に……私はただ、親の期待に応えようとしてるだけ」
「期待に応えるって。教育熱心なご両親なのか?」
「ええ。だいぶね」
「そっか。サエさんはホントに凄いよな。国外の大学に進学してまで、やりたいことや目指しているものがあるんだもんな? 熱心に勉強してるのをよく見かけるけど、そのためだったんだ」
「まあ、そう思っておいて」
「村高の卒業生で上海の大学に進学した人、過去にいないんじゃないかな」
「関係ないわ。学校の授業じゃ足りない分は塾で補ってるの。休日は、一日十時間以上は勉強してるし……」
しんみりと語ると、彼女はおもむろに背を向けた。なぜだろう、彼女の歯切れが悪い気がした。
でも、深く訊いてはいけない気がして。俺は口を噤み、彼女の話に耳を傾ける。
「勉強ばかりしてる私だけど、残念ながら立派な志があるわけじゃないのよね」
彼女は、小さな声でたしかにそう言った。
その後ろ向きな発言に、俺は首をひねるしかない。
高二で進路を決めている時点で、充分に立派だろう。少なくとも俺はそう感じる。
「進路すら決めてない俺にとっては、サエさんは雲の上の存在だよ」
わざと、ちゃらけたようにそう言って見せたが、全部俺の本心だ。
「どうにもあなたと話をしてると、調子が狂うわね」
再びこちらを振り返ると、彼女はふっと笑みを溢す。俺の胸がキュッと締めつけられる、変な感じがした。
もう少しだけ、彼女と話をしたい。だが、虚しくも時間は待ってくれないんだ──
「……そろそろ帰らないと」
困ったように彼女は呟いた。
スマートフォンを取り出して、俺はチラッと時刻を確認する。
「うわっ。もう七時すぎてるのか。送るよ」
「えっどうして?」
「俺のせいで遅くなったんだ。暗い道を一人で歩くのは危ないだろ?」
「家はすぐ近くだから平気よ」
遠慮しないでほしい。いや、本当に俺の気遣いなんて必要ないと思っているのかも。
どっちにしても、女性が夜道を一人で歩くのは普通に心配だ。
「だったら、お願いがある」
俺は自分のスマートフォンをギュッと握りしめた。
「無事に家に着いたら、ひとことでいいからメッセージを送ってくれないかな。これ、俺の連絡先ID」
アプリを起動し、自分のID画面を表示させた。
「読み取って、いつでも連絡ができるように追加してほしい!」
俺のちょっと強引な言動に、彼女は圧倒されたのか固まっていた。
さすがにグイグイしすぎかな。
だが、心配なのは俺の本心なんだ。それとは別に、単純に彼女と連絡先を交換したいという願望もあった。
彼女は苦笑しつつも、ぎこちなく頷いた。
「帰ったら連絡すればいいの?」
「そうしてくれると俺も嬉しい……いや、安心する」
彼女は渋々といった様子で俺のIDを読み込んでくれた。
「これでいいんでしょ。今度こそ帰るわね」
背を向け、彼女はゆっくりと歩き出した。
名残惜しい。遠のいていく後ろ姿を前に、俺は呼び止めたい衝動がどうにも抑えられなくなってしまう。
「サエさん!」
「……なに?」
まだ用があるの? と言ったような、低い声。
ああ、これ以上は本当に彼女の帰りを邪魔してはいけないのだと思い知らされる。
それでも、俺はわざとらしいほど明るい声を発した。
「帰り道、気をつけて。メッセージ待ってるよ」
「はいはい。あなたも気をつけてね」
彼女は振り返らずに、その場から離れていく。
コツコツと夜道に響くヒールの音が消えるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。
この日、俺の中で今までにない感情が芽生えていた。
まだ出会って間もない。お互いのことをそこまで深く知らない。けれど彼女は、俺の気持ちを汲み取ってくれる。俺のことを普通の「高校生」として見てくれている。
そんな彼女を想うと、胸がドキドキするんだ。初めての経験でよくわからない。でも、たぶん答えは合っていると思う。
──俺は、玉木サエさんという一人の女性に恋をした。
気持ちがふわふわして、帰り道はよく覚えていなかった。でも、彼女と触れた手のひらはいつまでもあたたかく感じたんだ。
素朴な疑問だった。
対して、彼女は顔を引きつらせる。無理に笑みを作るようにして答えるんだ。
「──実は私、中国で暮らしていたの。そのゆかりがあって、かな……」
俺はハッとした。
そうか。そうだったのか。中国に住んでいた経験があるから、彼女はあれほどまでに流暢な中国語を話すことができるのか。
俺の中でなんとなく絡まっていた疑問の糸が解けた瞬間だった。
「サエさんは、異国の地で外国語をたくさん勉強したんだな。さすがだよ」
「別に……私はただ、親の期待に応えようとしてるだけ」
「期待に応えるって。教育熱心なご両親なのか?」
「ええ。だいぶね」
「そっか。サエさんはホントに凄いよな。国外の大学に進学してまで、やりたいことや目指しているものがあるんだもんな? 熱心に勉強してるのをよく見かけるけど、そのためだったんだ」
「まあ、そう思っておいて」
「村高の卒業生で上海の大学に進学した人、過去にいないんじゃないかな」
「関係ないわ。学校の授業じゃ足りない分は塾で補ってるの。休日は、一日十時間以上は勉強してるし……」
しんみりと語ると、彼女はおもむろに背を向けた。なぜだろう、彼女の歯切れが悪い気がした。
でも、深く訊いてはいけない気がして。俺は口を噤み、彼女の話に耳を傾ける。
「勉強ばかりしてる私だけど、残念ながら立派な志があるわけじゃないのよね」
彼女は、小さな声でたしかにそう言った。
その後ろ向きな発言に、俺は首をひねるしかない。
高二で進路を決めている時点で、充分に立派だろう。少なくとも俺はそう感じる。
「進路すら決めてない俺にとっては、サエさんは雲の上の存在だよ」
わざと、ちゃらけたようにそう言って見せたが、全部俺の本心だ。
「どうにもあなたと話をしてると、調子が狂うわね」
再びこちらを振り返ると、彼女はふっと笑みを溢す。俺の胸がキュッと締めつけられる、変な感じがした。
もう少しだけ、彼女と話をしたい。だが、虚しくも時間は待ってくれないんだ──
「……そろそろ帰らないと」
困ったように彼女は呟いた。
スマートフォンを取り出して、俺はチラッと時刻を確認する。
「うわっ。もう七時すぎてるのか。送るよ」
「えっどうして?」
「俺のせいで遅くなったんだ。暗い道を一人で歩くのは危ないだろ?」
「家はすぐ近くだから平気よ」
遠慮しないでほしい。いや、本当に俺の気遣いなんて必要ないと思っているのかも。
どっちにしても、女性が夜道を一人で歩くのは普通に心配だ。
「だったら、お願いがある」
俺は自分のスマートフォンをギュッと握りしめた。
「無事に家に着いたら、ひとことでいいからメッセージを送ってくれないかな。これ、俺の連絡先ID」
アプリを起動し、自分のID画面を表示させた。
「読み取って、いつでも連絡ができるように追加してほしい!」
俺のちょっと強引な言動に、彼女は圧倒されたのか固まっていた。
さすがにグイグイしすぎかな。
だが、心配なのは俺の本心なんだ。それとは別に、単純に彼女と連絡先を交換したいという願望もあった。
彼女は苦笑しつつも、ぎこちなく頷いた。
「帰ったら連絡すればいいの?」
「そうしてくれると俺も嬉しい……いや、安心する」
彼女は渋々といった様子で俺のIDを読み込んでくれた。
「これでいいんでしょ。今度こそ帰るわね」
背を向け、彼女はゆっくりと歩き出した。
名残惜しい。遠のいていく後ろ姿を前に、俺は呼び止めたい衝動がどうにも抑えられなくなってしまう。
「サエさん!」
「……なに?」
まだ用があるの? と言ったような、低い声。
ああ、これ以上は本当に彼女の帰りを邪魔してはいけないのだと思い知らされる。
それでも、俺はわざとらしいほど明るい声を発した。
「帰り道、気をつけて。メッセージ待ってるよ」
「はいはい。あなたも気をつけてね」
彼女は振り返らずに、その場から離れていく。
コツコツと夜道に響くヒールの音が消えるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。
この日、俺の中で今までにない感情が芽生えていた。
まだ出会って間もない。お互いのことをそこまで深く知らない。けれど彼女は、俺の気持ちを汲み取ってくれる。俺のことを普通の「高校生」として見てくれている。
そんな彼女を想うと、胸がドキドキするんだ。初めての経験でよくわからない。でも、たぶん答えは合っていると思う。
──俺は、玉木サエさんという一人の女性に恋をした。
気持ちがふわふわして、帰り道はよく覚えていなかった。でも、彼女と触れた手のひらはいつまでもあたたかく感じたんだ。
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