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第四章
甘え下手な彼女
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マンションの廊下に、北風が吹いた。じめっとした空気が流れるが、全身濡れているせいで寒さを感じる。
そろそろ彼女の体力が限界に達してしまうかも。
そう思い、俺は彼女に手を差し伸べた。
「おいで。家はすぐそこなんだ」
すると、彼女は呆れたような顔をして「自分で歩ける」と首を横に振った。
今さら強がってどうするんだ。彼女らしいと言えば否定できないが。
俺は彼女の一歩前を歩き、自宅のドア前に立つ。鍵を開け、ゆっくりとドアノブを引いた。当然の如く室内は暗いままで、物静かだった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
彼女は遠慮がちに玄関へ足を踏み入れた。
パタンと扉が閉まると、風の音も聞こえなくなり静寂が俺たちの間を包み込む。
……平常心を保つんだぞ、俺。
震える手で玄関の電気をつけ、ひとまず彼女を自室へ案内する。
「すぐそこの、左側にあるのが俺の部屋。ベッド使っていいから」
「でも、服がこんなに濡れているのに寝転がるのはちょっと……」
「それじゃあどうする? 椅子に座って休むのか。ゆっくりできないんじゃないかな」
わざとそのように煽ると、彼女はムッとした表情を俺に向けた。
素直じゃないというか、甘え下手というか。
「着替え用意するよ。そしたら寝てくれるか」
「え」
「俺のジャージでいいかな。サエさんにはかなり大きいだろうけど」
「……」
彼女は部屋の前で立ち止まり、うつむき加減になった。
もう見ただけでわかる。彼女はまたなにか理由を探して、遠慮しようとしているんだと。
ここまで来ておいて、それはやめてくれよ。
俺は心ともなく肩をすくめた。
「サエさんは、もっと他人に甘えてもいいんじゃないかな」
「……なに言うの?」
「素直になってくれたら俺も嬉しい。善意は受け取ってくれよ」
眉を八の字にする彼女は、戸惑いに溢れた目をした。
このまま押し問答をしていたって時間の無駄だ。俺が強引にすればいいだけのこと。
クローゼットの奥から青色のジャージを取り出し、バスタオルも用意してそれを彼女に手渡した。
「中学のときに使ってたんだけどさ、中三のときからキツくなって。だから村高のものよりはサエさんに合うと思う。まあそれでもサイズはでかいかもしれないな」
ははは、と俺が笑うと、彼女はなんとも言えない表情でジャージを握りしめる。それから、俺の顔を見てポツリと呟いた。
「ありがとう、イヴァン」
その瞳は、とても澄んでいた。
思わず、ドキッとしてしまった。カッと顔が熱くなり、彼女から視線を逸らす。
「あの……ええと。着替え終わるまでドア、閉めておくよ。飲み物でも用意しようか。あとは服。乾かすのに乾燥機とかも使っていいからな」
動揺しているせいで、早口になってしまった。
彼女が返事をする前に俺は部屋を出ていき、ドアを閉めた。
……参ったな。なんで彼女はあんなに綺麗なんだろう。ブラウンの瞳で見られると、ドキドキしてしまう。
二人きりの部屋に、女性を呼ぶこと自体が初めてだ。冷静に考えると、これは大事件じゃないか。未経験のシチュエーションのせいで、いつも以上に彼女を意識している俺がいた。
頬を軽く叩き、無理やり我に返る。夜まで彼女を休ませるだけ。それだけだよ。何度も何度も、自分に言い聞かせる。
脱衣場へ行き、俺もタオルで体を拭いて服を着替えた。
「そういえばこれ」
脱衣場の棚に畳まれていた、白いハンカチが目に入る。それは、雨の日に彼女が貸してくれたパンダのハンカチだ。
母親に、見たこともないハンカチを持ち帰ってきたことを、あれやこれや言われながらも洗濯してもらったことを思い出す。
「女の子からもらったもの?」「誰かに借りたの?」「まさか、ガールフレンドでもできたの?」などなど、一枚のハンカチだけで、母親は興奮しながら俺に訊いてきたな。
俺はあえてなにも教えなかった。余計な話をすると、深く突っ込まれそうで面倒だったから。
ちょうどいいので、今日返そう。すっかり遅くなってしまって、申し訳ない。
ハンカチを手に取り、脱衣場を出てキッチンへ。冷蔵庫の中を見ると、お茶とオレンジジュースしか入っていない。紅茶でも淹れるか。いや、彼女にリクエストを聞いてみるのがベストかな。
そう思い、俺は一旦部屋の前に戻る。
ドアはまだ閉まっていて、妙に静かだった。軽くノックをして、彼女を呼び掛ける。
「サエさん」
しかし、反応はない。
もう一度ドアを叩き、名を呼んでみる。
それでも、なにも答えてくれなかった。
どうしたんだろう。もしかして、もう寝ているのか?
「ドア、開けるよ」
ノブを握り、ゆっくりと扉を開いていく。まだ開けないで、とお叱りの言葉が来ないので、大丈夫だろう。
扉を全開にしたとき、俺は目を見張った。と同時に、疑問符が頭上にたくさん浮かぶ。
彼女は、まだ着替えていなかった。それどころか、部屋の隅に踞って動かなくなっているんだ。
もしかして、さらに具合が悪化してしまったのか。
俺は驚き、彼女のそばへ駆け寄る。そっと肩に手を添え、顔を覗き込んだ。
「サエさん……? どうしたんだ」
彼女の表情を見て、俺は更に混乱した。
その綺麗な瞳から、たくさんの涙が溢れていたから。
「イヴァン」
震えた声で、彼女は悲痛な目を俺に向けた。
「あの赤い傘、どうしたの……?」
そろそろ彼女の体力が限界に達してしまうかも。
そう思い、俺は彼女に手を差し伸べた。
「おいで。家はすぐそこなんだ」
すると、彼女は呆れたような顔をして「自分で歩ける」と首を横に振った。
今さら強がってどうするんだ。彼女らしいと言えば否定できないが。
俺は彼女の一歩前を歩き、自宅のドア前に立つ。鍵を開け、ゆっくりとドアノブを引いた。当然の如く室内は暗いままで、物静かだった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
彼女は遠慮がちに玄関へ足を踏み入れた。
パタンと扉が閉まると、風の音も聞こえなくなり静寂が俺たちの間を包み込む。
……平常心を保つんだぞ、俺。
震える手で玄関の電気をつけ、ひとまず彼女を自室へ案内する。
「すぐそこの、左側にあるのが俺の部屋。ベッド使っていいから」
「でも、服がこんなに濡れているのに寝転がるのはちょっと……」
「それじゃあどうする? 椅子に座って休むのか。ゆっくりできないんじゃないかな」
わざとそのように煽ると、彼女はムッとした表情を俺に向けた。
素直じゃないというか、甘え下手というか。
「着替え用意するよ。そしたら寝てくれるか」
「え」
「俺のジャージでいいかな。サエさんにはかなり大きいだろうけど」
「……」
彼女は部屋の前で立ち止まり、うつむき加減になった。
もう見ただけでわかる。彼女はまたなにか理由を探して、遠慮しようとしているんだと。
ここまで来ておいて、それはやめてくれよ。
俺は心ともなく肩をすくめた。
「サエさんは、もっと他人に甘えてもいいんじゃないかな」
「……なに言うの?」
「素直になってくれたら俺も嬉しい。善意は受け取ってくれよ」
眉を八の字にする彼女は、戸惑いに溢れた目をした。
このまま押し問答をしていたって時間の無駄だ。俺が強引にすればいいだけのこと。
クローゼットの奥から青色のジャージを取り出し、バスタオルも用意してそれを彼女に手渡した。
「中学のときに使ってたんだけどさ、中三のときからキツくなって。だから村高のものよりはサエさんに合うと思う。まあそれでもサイズはでかいかもしれないな」
ははは、と俺が笑うと、彼女はなんとも言えない表情でジャージを握りしめる。それから、俺の顔を見てポツリと呟いた。
「ありがとう、イヴァン」
その瞳は、とても澄んでいた。
思わず、ドキッとしてしまった。カッと顔が熱くなり、彼女から視線を逸らす。
「あの……ええと。着替え終わるまでドア、閉めておくよ。飲み物でも用意しようか。あとは服。乾かすのに乾燥機とかも使っていいからな」
動揺しているせいで、早口になってしまった。
彼女が返事をする前に俺は部屋を出ていき、ドアを閉めた。
……参ったな。なんで彼女はあんなに綺麗なんだろう。ブラウンの瞳で見られると、ドキドキしてしまう。
二人きりの部屋に、女性を呼ぶこと自体が初めてだ。冷静に考えると、これは大事件じゃないか。未経験のシチュエーションのせいで、いつも以上に彼女を意識している俺がいた。
頬を軽く叩き、無理やり我に返る。夜まで彼女を休ませるだけ。それだけだよ。何度も何度も、自分に言い聞かせる。
脱衣場へ行き、俺もタオルで体を拭いて服を着替えた。
「そういえばこれ」
脱衣場の棚に畳まれていた、白いハンカチが目に入る。それは、雨の日に彼女が貸してくれたパンダのハンカチだ。
母親に、見たこともないハンカチを持ち帰ってきたことを、あれやこれや言われながらも洗濯してもらったことを思い出す。
「女の子からもらったもの?」「誰かに借りたの?」「まさか、ガールフレンドでもできたの?」などなど、一枚のハンカチだけで、母親は興奮しながら俺に訊いてきたな。
俺はあえてなにも教えなかった。余計な話をすると、深く突っ込まれそうで面倒だったから。
ちょうどいいので、今日返そう。すっかり遅くなってしまって、申し訳ない。
ハンカチを手に取り、脱衣場を出てキッチンへ。冷蔵庫の中を見ると、お茶とオレンジジュースしか入っていない。紅茶でも淹れるか。いや、彼女にリクエストを聞いてみるのがベストかな。
そう思い、俺は一旦部屋の前に戻る。
ドアはまだ閉まっていて、妙に静かだった。軽くノックをして、彼女を呼び掛ける。
「サエさん」
しかし、反応はない。
もう一度ドアを叩き、名を呼んでみる。
それでも、なにも答えてくれなかった。
どうしたんだろう。もしかして、もう寝ているのか?
「ドア、開けるよ」
ノブを握り、ゆっくりと扉を開いていく。まだ開けないで、とお叱りの言葉が来ないので、大丈夫だろう。
扉を全開にしたとき、俺は目を見張った。と同時に、疑問符が頭上にたくさん浮かぶ。
彼女は、まだ着替えていなかった。それどころか、部屋の隅に踞って動かなくなっているんだ。
もしかして、さらに具合が悪化してしまったのか。
俺は驚き、彼女のそばへ駆け寄る。そっと肩に手を添え、顔を覗き込んだ。
「サエさん……? どうしたんだ」
彼女の表情を見て、俺は更に混乱した。
その綺麗な瞳から、たくさんの涙が溢れていたから。
「イヴァン」
震えた声で、彼女は悲痛な目を俺に向けた。
「あの赤い傘、どうしたの……?」
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