箱庭世界の壁魔法使い ~神様見習いはじめました~

白鯨

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第二章 箱庭の発展と神の敵対者

10.トンボの苛立ち

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 フィレオのおっさんのガンボ村視察に同行する日になった。

 フィレオのおっさんの屋敷前で待っていると、一台の馬車がやって来た。
 
 鍛冶ギルドの馬車は幌馬車だったけど、こっちの馬車は馬二頭で引く箱馬車だった。
 装飾も豪華な、ザ・貴族仕様って馬車だ。

「ムートンさん?」

 何故か御者台にはムートンさんが座っていた。

「おはようございますトンボ様」

 ムートンさんは御者台から軽やかに降りると、深々と私に礼をした。

「なんでムートンさんが御者してるの?」
「有能な従者とは、何でもできるのですよ? トンボ様」
「ア……ハイ」

 全く理由になってないけど、深く尋ねてはいけない迫力を感じた。
 私が頷いたのを確認してから、ムートンさんは馬車の扉をノックする。
 
「旦那様、トンボ様がお見えです」
「うむ! 入れてやれ!」

 中からフィレオのおっさんの返事があり、ムートンさんが扉を開けてくれる。
 おお! 馬車に乗るのは二度目だけど、箱馬車ははじめてだ!

 馬車の中はベンチの様な椅子と収納式のテーブルがあるだけだった。
 もちろん高級感ある内装だったけど。

「よく来たなトンボ! とりあえず座っておけ!」
「いや、座っておけって……一応私は護衛だぞ? っていうか、他の護衛は?」

 護衛の事なんてよく知らんが、普通は馬で並走したりするんじゃないのか。

「護衛は貴様一人だトンボ! それに一人で馬車の中に居てもつまらんからな! 話し相手になれ!」
「それじゃあ護衛の意味ないだろ! ていうかなんで私一人?!」

 アホの塊かこのおっさん!
 
「トンボの従魔を数に入れれば五人分だ!」
「そういう計算かよ?!」
「わっはっは! 強さも十分であろうよ!」

 くそっ! なんでこの世界のオヤジ共はみんなこうなんだ!

「それにムートンは《気配察知》スキル持ちだから、魔物が接近すれば察知できる」

 流石有能な従者。

「しょうがない。コタローはムートンさんの隣で同じく周囲を警戒。ピンとエメトは馬車の上で迎撃態勢を取れ。カルデラは待機」
『承知したでござる!』
『げいげきー!』
『ーーん!』
『えっ?! なんで自分だけ待機なんすか! 上空からの警戒とかあるじゃないっすか!』

 私がポーチをノックして指示を出すと、三匹は素早く飛び出して配置についた。
 若干一匹文句を言っているが、目立つ赤色のドラゴンが空飛んでたら、逆に警戒されるわ!

「実に頼もしい! これなら盗賊が出ても問題ないな!」

 そう冗談っぽく言うフィレオのおっさんの前に座りながら、私は思った。

 それはフラグって言うんだぜ。


ーーー


「だからって本当に出なくてもいいだろ……」

 私達が乗る馬車の百メートル前方。
 一台の幌馬車が横倒しになっていたのだ。
 周囲の茂みに、人が数名隠れているというオマケ付きで。

 馬車をわざと横転させ道を塞ぎ、近寄ってきた他の馬車や旅人を襲うという、よく盗賊が使う手口なんだとか。
 
 車輪が壊れ動けなくなったり、積んだ荷物が崩れたり、色々なバリエーションがあり、盗賊ではなく本当に困っている旅人の場合もあるため、判断が難しいらしい。

 コタローとムートンさんの《気配察知》でバレバレだった訳だけど。

「ふむ、本当に盗賊に出会うとは、トンボはそういう星の元に生まれたのだな!」
「おい! 縁起でもないこと言うな!」

 フィレオのおっさんがフラグ立てたからだろ!
 でも実際、私が街の外に出る度何か起きるから本当に困る。

 馬車は速度を落とすことなく進んで行き、道を塞ぐ馬車の目の前で止まり、私は馬車から降りた。
 フィレオのおっさんも何故か降りてきた。

「エメト、連れて来てくれ」
『ーーん』

 私が言うと、コタローが気配を感じた茂みから、エメトが動かない盗賊を引きずりながら出てくる。
 別に死んではいない。

「ほう! 本当に痺れておるな!」
「うちの子は優秀だからな!」

 コタローが気配を察知してからピンを先行させて、気付かれないように制圧していたのだ。

「……旦那様、どうやら彼らは違法奴隷を扱っていたようです」

 横倒しになっていた馬車を調べていたムートンさんが、深刻そうな口調でそう言った。

「なに?! 我が領地で違法奴隷だと!」
「はい、これが馬車の中に……」

 ムートンさんの手には、長い鎖が付いた手錠があった。

「違法奴隷ってのは?」
「一般に奴隷とは、罪を犯した者は犯罪奴隷と、借金返済や金策の為に自らを売る契約奴隷がある。そして違法奴隷とは、誘拐されて不当に奴隷にされた者の事を言う」
「そして契約奴隷は手錠で繋がれる事はありません。鎖で繋がれるのは犯罪奴隷だけですが、犯罪奴隷を馬車で運ぶ際は、見せしめの意味を込めて幌無しの馬車を使います」

 横倒しの馬車は幌馬車だ。
 あの幌は中の商品が濡れないように……ではなく、中を見られないようにするためのものか。

 罪もない普通に生きていた人間を奴隷にする?
 ふざけんな。
 
「……胸糞悪い話だな」
「その通りよ! しかも俺様の領地でこの蛮行許しがたし!」
「ラプタス領は奴隷の扱いを厳しく取り締まっております。犯罪奴隷を売る場所など無いはず……もしかしたら、彼らの根城には売られる前の者がいる可能性も……」
「ピン、一人だけ解毒して口を聞けるようにしろ。エメトはそいつが逃げないように押さえろ」

 苛立ちを抑えながらピンとエメトに指示を出す。
 二匹は黙って指示に従い、エメトが男の手足を土で固め、ピンが顔に解毒薬を吹き付ける。

「お前らのアジトはどこだ? そこに拐った人はいるのか?」
「てめぇら! こんな事してた「蜻蛉切」」

 怒鳴り散らす男の耳がポトリと落ちる。

「……え? あ、ぎゃああぁぁ! イテェ!」
「黙って質問に答えろ。拐った人はいるのか?」
「ああぁぁ! ちくしょう! ぶっ殺してやる! てめぇもあの女共みたいに「蜻蛉切」」

 男の反対の耳も落ちた。

「ひいぃぃ! 俺の耳がぁ!」
「話さないなら次は鼻を切り落とす、その次は指を一本一本切断していく」

 私は男の髪を掴んで引き上げ、《威圧》を込めて目を合わせた。

「ひっ! わ、わかった! 喋るから止めてくれ!」
「ならさっさと吐け」

 最悪の気分だ。
 同じ人間を悪意を持って傷付ける事が、こんなに恐ろしいものだとは思わなかった。
 震えそうにそうになる身体を《精神耐性》で無理矢理抑えつけいる感覚。
 正直吐きそうだった。

「こ、この森の西側奥に野営地がある商品もそこだ! この領じゃ違法奴隷は売れねぇから、最後にもう一度商品を仕入れて更に隣に行く予定だったんぐがぁ!」
「もう黙れ……!」

 男の顔を地面に叩きつけて言葉を遮り、再びピンに頼んで痺れさせた。
 何が商品だ。
 人をなんだと思ってやがる。

「……フィレオのおっさん」
「う、うむ! もちろん助けに行くぞ! ムートンは盗賊を見張っておけ!」
「……かしこまりました。トンボ様、旦那様をよろしくお願いいたします」

 言いたい事はあるが、問答してる時間はない。

「一応ピンとエメトの分体も残していく。フィレオのおっさん急ぐぞ!」
「うむ!」

 大きくなったコタローに乗り森を少し進むと、コタローの《気配察知》に反応があった。

『少し進んだ先に四つの反応があるでござる』
「配置はどうなってる?」
『二つずつに別れているでござる』
「反応の大きさは?」
『二つは弱々しいでござる』

 元気な方が盗賊だろうな。

「……トンボは従魔と話せるのか?」
「ああ、話せるけどそれが?」

 緊急事態だし、誤魔化すのも説明するのも面倒だった。

「俺様の友にも、うちの猫は喋るんですと言う者が居るいた。眉唾だと思っていたが……奴の話は本当だったのかもしれんな」

 それとこれは別な気がするけど、フィレオのおっさんが納得してるならそれでいいや。

「コタローここからは自分で歩いていく」

 コタローに乗ったまま飛び込んで、人質でも取られるのは嫌だしな。
 
 またピンを先行させてもいいけど、本当に元気な方が盗賊か確信がないから難しいだろう。
 死なないからまとめて麻痺させてもいいけど、これ以上捕まってる人を怖がらせるのは忍びない。
 
 だから、私が直接見て判断する。

「壁魔法『透明箱トリックボックス』」
 
 壁魔法で作った箱で私達を囲む。

「なんだこれは?」
「私の魔法。相手から見えなくなる」
「そんな魔法が……」

 『透明箱トリックボックス』は中から見ればいつもの半透明な壁だが、壁の外から見た場合、名前の通り中にいる者もまとめて透明に見えるのだ。
 私がイメージしたのは箱庭の外壁を使った隠れ身の術だ。
 セヨン曰く空間を歪めて光がなんたらかんたららしいが、よくわからんかった。

 ちなみに壁で音も遮断しているので、高レベル《気配察知》スキル持ちじゃないとまず気付かないだろう。

 私達は盗賊の野営地にそっと近付いて行った。
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