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2章 夜の友
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ウィルは俺の隣の隣の席で、空になったコップを片手でもてあそんでいる。フチをなぞり、水滴を指先で撫で、爪でガラスを弾く。キン。
「……シスター、酔ってる?」
「そんなことらいれす」
ウィルは真っ赤な顔で答えた。まったく、素晴らしい滑舌だな。相当飲んだのか、元から弱いのか。
俺は机の上にあった謎の肉料理(鶏肉みたいな味だ……)をつまみながら話しかける。
「なあ。シスターが酒なんて飲んでいいのか?」
「別にいいじゃないですか。こんな田舎神殿のシスターのことなんて、どうせバレやしないんですから。ひっく」
「そーいう問題かなぁ」
「いいんですよ。どーせ総本山だって私たちのことなんか忘れてるんですから。だいたい、禁酒の戒律を破っただけがなんだっていうんですか」
「平気なのか?戒律ってのを破ったら、シスターじゃいられなくなるとか……」
「あんなもの、ただの心構えみたいなもんですよぅ。法律じゃあるまいし」
「へー……」
「そりゃもちろん、私が今ここで素っ裸になって娼婦の真似事でも始めたら、さすがにアウトですけど」
ぶふっ!俺は思わず吹き出し、呆然とウィルの方を見た。その本人も流石にしまった、という顔をしている。
「……すみません、酒の勢いで口が滑りました。飲み過ぎたようです」
「お、おう。みたいだな」
気まずい沈黙が流れる。気まずいというか、俺はドン引きしていた。今のがシスターの口から出た言葉か?だとしたら、ウィルはシスターの中でも、相当な不良らしい。
「……なあ。ウィルって、本当にシスターなの?」
俺がぽろっとこぼした質問に、ウィルはぷぅっと頬を膨らませた。
「ええ、そうですよ。悪かったですね、酒癖の悪いハレンチシスターで。どうせ月の神殿の乙女とは違って、下品な田舎娘ですよ」
「そこまでは言ってないけど……じゃああのでっかい神殿も、ほんとにウィルの神殿なのか?」
実は、ずっと気になっていたのだ。あの神殿の主は、この目の前に座る少女なのか?ウィルはどう見ても二十歳は超えてなさそうだ。けど、あの神殿にはウィル以外のシスターはいなかった……
「はい?あんなの、都市部と比べたら大した規模じゃないですよ。それに私のものでもありません。神殿は神のためのものであり、私たちは使用人として仕えているだけです」
「あ、そりゃそうか」
「まあ、あなたの言いたいこともわかります。実際に住んでいるのは私たちですし、当然そこを取り仕切る長がいますから。その人のことを聞きたいんでしょう?その意味でも、私は違いますけど」
「あ、そうなの」
「さすがに一人で運営できるほど熟練していませんよ。ほかにも数名の修道女と修道士、それと女祭司長がいます。けど、今はみんな出払ってしまっているんです。ほら、勇者さまが召喚されたから」
「えっ」
心臓がどくりと跳ねた。ここ最近で召喚された勇者って、ぜったい俺のことじゃないか。どうしてウィルがそれを……?
「なんで、それを知ってるんだ……?」
「勇者さまの召喚ですか?それはだって、あれだけ大々的にやれば、こんな田舎でもウワサくらい届きますよ。ああでも、私たちは役柄上、いち早く知らせを受けますけどね」
「役柄上?」
「え?だって、勇者召喚の際には全国の祭司が集められるじゃないですか。勇者のための聖殿祈祷のために」
へー、そんなものがあるのか。きっと“正しい勇者”なら、そうやってセレモニーみたいなのが開かれたんだろうな。あいにくと、俺は一切知らないけど。
ウィルが説明を続ける。
「特にゲデン神は首都で人気の神だから、見栄はってより多く祭司を集めようと、こんな田舎神殿にまで召集がかかるんです」
「あー、その神様って、なんていったっけ。死と再生の神?」
「ええ。全ての生命のはじまり、そして終わりを見届ける神です。もっとも身近な神であり、またもっとも遠ざかりたい神でもある……」
「ふーん。なあ、じゃあなんでウィルは、ここに残って……あ、留守番か」
「そういうことです。さすがに神殿を空にするわけにはいきませんから。まさかみんないない時に、こんな大規模な狩りが起こるなんて……ついてない」
「あはは。悪いな、世話になっちゃって」
「いえ。もともと旅人を泊めるのも奉仕の一環ですから。酒に酔ってシスターの部屋にまで押し入ろうとしないだけ、全然ましです」
ウィルはさらりと粗暴なことをいい、俺はまたしてものどに料理を詰まらせた。もしかすると、ウィルが不良なんじゃなくて、この世界のシスターがみんなこんなもんなのかもしれない。俺がこんな不謹慎なことを考えていると、か細い声が話しかけてきた。
「あの……」
「ん?あんたは……」
さっき俺に挨拶に来た少女、マーシャが再び戻ってきて、おずおずと声をかけてきた。まだ何かあるのか?だが、マーシャの視線は俺ではなく、ウィルに向いている。
「あの、シスター」
「はい?私に用ですか?」
「あの、この後は神殿に戻られますよね?」
「ええ、そのつもりですが」
「で、でしたらこの後、神殿にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「え?かまいませんが、用なら今ここで聞きますよ?」
「ここだと、少し……実は、懺悔というか、聞いてほしいことがあるのです」
懺悔?なんだろう。しかもあまり人に聞かれたくない内容らしい……ウィルは怪訝そうにしながらも、こくりとうなずいた。
「はあ。夜分なのでそんなに時間は取れないと思いますが、それでもよろしければ」
「十分です。すみません、ありがとうございます。では、また後で……」
マーシャは言うだけいうと、すぐに離れて行ってしまった。
「なんだったんだ?懺悔って……」
「さて。人にはそれぞれの胸の内があるものです。乙女ですもの、悩みの一つや二つくらいありますよ、きっと」
「ふーん。よくわかんねーな」
「くすくす。ニシデラさん、モテないでしょう。いけませんねえ、オトメゴコロがわからないようじゃ」
「そうだな。酒に酔った酔いどれシスターに相談したい悩みなんて、俺には想像もつかないや」
「……痛いとこをついてきますね」
「くくくっ。なあ、ウィルにもそういう秘密があるのか?」
「ふん。それ、答えると思います?」
ウィルはジトッと半目で俺を睨み、すっかり拗ねてしまった。俺は肩を竦めると、当初の目的通り、もくもくと料理を口に運ぶ作業に戻った。
懺悔、ねぇ。マーシャの抱える秘密とは、いったいなんだろうか?
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ウィルは俺の隣の隣の席で、空になったコップを片手でもてあそんでいる。フチをなぞり、水滴を指先で撫で、爪でガラスを弾く。キン。
「……シスター、酔ってる?」
「そんなことらいれす」
ウィルは真っ赤な顔で答えた。まったく、素晴らしい滑舌だな。相当飲んだのか、元から弱いのか。
俺は机の上にあった謎の肉料理(鶏肉みたいな味だ……)をつまみながら話しかける。
「なあ。シスターが酒なんて飲んでいいのか?」
「別にいいじゃないですか。こんな田舎神殿のシスターのことなんて、どうせバレやしないんですから。ひっく」
「そーいう問題かなぁ」
「いいんですよ。どーせ総本山だって私たちのことなんか忘れてるんですから。だいたい、禁酒の戒律を破っただけがなんだっていうんですか」
「平気なのか?戒律ってのを破ったら、シスターじゃいられなくなるとか……」
「あんなもの、ただの心構えみたいなもんですよぅ。法律じゃあるまいし」
「へー……」
「そりゃもちろん、私が今ここで素っ裸になって娼婦の真似事でも始めたら、さすがにアウトですけど」
ぶふっ!俺は思わず吹き出し、呆然とウィルの方を見た。その本人も流石にしまった、という顔をしている。
「……すみません、酒の勢いで口が滑りました。飲み過ぎたようです」
「お、おう。みたいだな」
気まずい沈黙が流れる。気まずいというか、俺はドン引きしていた。今のがシスターの口から出た言葉か?だとしたら、ウィルはシスターの中でも、相当な不良らしい。
「……なあ。ウィルって、本当にシスターなの?」
俺がぽろっとこぼした質問に、ウィルはぷぅっと頬を膨らませた。
「ええ、そうですよ。悪かったですね、酒癖の悪いハレンチシスターで。どうせ月の神殿の乙女とは違って、下品な田舎娘ですよ」
「そこまでは言ってないけど……じゃああのでっかい神殿も、ほんとにウィルの神殿なのか?」
実は、ずっと気になっていたのだ。あの神殿の主は、この目の前に座る少女なのか?ウィルはどう見ても二十歳は超えてなさそうだ。けど、あの神殿にはウィル以外のシスターはいなかった……
「はい?あんなの、都市部と比べたら大した規模じゃないですよ。それに私のものでもありません。神殿は神のためのものであり、私たちは使用人として仕えているだけです」
「あ、そりゃそうか」
「まあ、あなたの言いたいこともわかります。実際に住んでいるのは私たちですし、当然そこを取り仕切る長がいますから。その人のことを聞きたいんでしょう?その意味でも、私は違いますけど」
「あ、そうなの」
「さすがに一人で運営できるほど熟練していませんよ。ほかにも数名の修道女と修道士、それと女祭司長がいます。けど、今はみんな出払ってしまっているんです。ほら、勇者さまが召喚されたから」
「えっ」
心臓がどくりと跳ねた。ここ最近で召喚された勇者って、ぜったい俺のことじゃないか。どうしてウィルがそれを……?
「なんで、それを知ってるんだ……?」
「勇者さまの召喚ですか?それはだって、あれだけ大々的にやれば、こんな田舎でもウワサくらい届きますよ。ああでも、私たちは役柄上、いち早く知らせを受けますけどね」
「役柄上?」
「え?だって、勇者召喚の際には全国の祭司が集められるじゃないですか。勇者のための聖殿祈祷のために」
へー、そんなものがあるのか。きっと“正しい勇者”なら、そうやってセレモニーみたいなのが開かれたんだろうな。あいにくと、俺は一切知らないけど。
ウィルが説明を続ける。
「特にゲデン神は首都で人気の神だから、見栄はってより多く祭司を集めようと、こんな田舎神殿にまで召集がかかるんです」
「あー、その神様って、なんていったっけ。死と再生の神?」
「ええ。全ての生命のはじまり、そして終わりを見届ける神です。もっとも身近な神であり、またもっとも遠ざかりたい神でもある……」
「ふーん。なあ、じゃあなんでウィルは、ここに残って……あ、留守番か」
「そういうことです。さすがに神殿を空にするわけにはいきませんから。まさかみんないない時に、こんな大規模な狩りが起こるなんて……ついてない」
「あはは。悪いな、世話になっちゃって」
「いえ。もともと旅人を泊めるのも奉仕の一環ですから。酒に酔ってシスターの部屋にまで押し入ろうとしないだけ、全然ましです」
ウィルはさらりと粗暴なことをいい、俺はまたしてものどに料理を詰まらせた。もしかすると、ウィルが不良なんじゃなくて、この世界のシスターがみんなこんなもんなのかもしれない。俺がこんな不謹慎なことを考えていると、か細い声が話しかけてきた。
「あの……」
「ん?あんたは……」
さっき俺に挨拶に来た少女、マーシャが再び戻ってきて、おずおずと声をかけてきた。まだ何かあるのか?だが、マーシャの視線は俺ではなく、ウィルに向いている。
「あの、シスター」
「はい?私に用ですか?」
「あの、この後は神殿に戻られますよね?」
「ええ、そのつもりですが」
「で、でしたらこの後、神殿にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「え?かまいませんが、用なら今ここで聞きますよ?」
「ここだと、少し……実は、懺悔というか、聞いてほしいことがあるのです」
懺悔?なんだろう。しかもあまり人に聞かれたくない内容らしい……ウィルは怪訝そうにしながらも、こくりとうなずいた。
「はあ。夜分なのでそんなに時間は取れないと思いますが、それでもよろしければ」
「十分です。すみません、ありがとうございます。では、また後で……」
マーシャは言うだけいうと、すぐに離れて行ってしまった。
「なんだったんだ?懺悔って……」
「さて。人にはそれぞれの胸の内があるものです。乙女ですもの、悩みの一つや二つくらいありますよ、きっと」
「ふーん。よくわかんねーな」
「くすくす。ニシデラさん、モテないでしょう。いけませんねえ、オトメゴコロがわからないようじゃ」
「そうだな。酒に酔った酔いどれシスターに相談したい悩みなんて、俺には想像もつかないや」
「……痛いとこをついてきますね」
「くくくっ。なあ、ウィルにもそういう秘密があるのか?」
「ふん。それ、答えると思います?」
ウィルはジトッと半目で俺を睨み、すっかり拗ねてしまった。俺は肩を竦めると、当初の目的通り、もくもくと料理を口に運ぶ作業に戻った。
懺悔、ねぇ。マーシャの抱える秘密とは、いったいなんだろうか?
つづく
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