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第一章
第38話/Wounded
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ポオォォォォォォォ!
「キリーちゃん、こっちだよ!はやくはやく!」
「わわわ、待ってまってー!」
「キリー、捕まれ!」
俺は差しのべられた手を、ぐいと掴んで引っ張った。
ぽすっ。
「よっ……と」
「わぷっ」
抱き止めたキリーが、勢い余って俺の胸に埋もれた。
「ふう……まったく、ひやひやさせないで下さいよ」
「ほんとよ、汽車に乗り遅れて遅刻しましたなんて、シャレにならないわ」
「あはは、ゴメンね」
ふう。俺たちは、なんとか首都行きの汽車に滑り込んだ。
「ひゃあ、けど結構混んでるね」
客車は人で溢れている。みな旅の装いだ。
「年末は混雑の季節。帰省、旅行、一年の締め……」
ステリアの言葉に、アプリコットが感慨深げにうなづいた。
「そうよね、もうそんな季節なのよね……最近は色んなことがあって、なんだかあっという間だったわ」
「ほんとですね。特にユキが来てからは、毎日が怒涛です」
ウィローがウンウンと同調する。
「え、俺のせいか?」
「そうですよ。自覚なかったんですか?」
「むう……」
「あはは、いいことだよ。退屈なんかより、よっぽどね」
俺たちはおしゃべりしながら座席の間を歩いてみたが、空きは一つもなかった。
「しかし、本当に人が多いな。六人みんなで掛けるっていうのは、現実的じゃなさそうだ」
「ですねぇ。少ししんどいですが、立っていきましょうか」
ウィローがうんざりと息を吐いた。新幹線なんかだったら、座席の予約ができるんだけどな……
「こういう時ばっかりは……」
「元の世界が、恋しいっすね……」
え?今のは誰の声だ?
「警察官を立たせるなんて、いい度胸ですよ、まったく……」
ぶつぶつ呟いているのは、トレンチコートに身を包んだ人物だ。黒い帽子に黒いサングラスと、どう見ても怪しい出で立ちだ。
「キリー、あれ。見てみろよ、そーっと……」
「うん?……うわ、なにあれ」
俺たちがひそひそ話していると、その不審者はこちらの視線に気づいて、くるりと振り向いた。あれ、なんとなく見覚えがあるような ……?
「あ、もしかして黒蜜か?」
「おに……じゃなかった。せ、センパイ?」
ずるりとずれたサングラスから覗くのは、この前襲来した俺の妹(らしい)黒蜜の顔だった。
「あー!この前のけいさむごもご」
大声で叫びかけたキリーを、黒蜜が慌てて押さえつけた。
「しー!あなたバカっすか!なんのために変装してると思ってるんです!」
「ああ、変装だよな。びっくりした、そういう趣味なのかと思ったよ」
「そんなわけないでしょう!」
「もごぉ……」
黒蜜ははぁはぁ言いながら、サングラスと帽子を外した。
「けど、どうしてそんなことしてるんだ?」
「そんなの捜査に決まってるじゃないですか、センパイ。今は勤務中です」
捜査……なら、現場は今ここということ……?
「この汽車に、何かあるのか……?」
「そういうことっす。だからあまり目立つことはしないでくださいよ」
黒蜜が俺を肘でつつく。それを見ていたキリーが、最もなことを突っ込んだ。
「そんな恰好してる方が目立つんじゃ……」
「うるさいです!」
黒蜜の声は、誰よりも大きかった。
「まあ、今それは置いておこう。それより、何が起こってるのか詳しく教えてくれないか?」
「え……イヤっす。どうしてセンパイなんかに教えなきゃいけないんですか」
黒蜜はぷいっと維持を張る。
「それは危険なことじゃないのか?」
「ふんっ。ヤクザのセンパイには、警察の安全になんて興味ないでしょう」
この前のこと、まだ根に持ってるみたいだな。無理もないだろうが、それよりも大事なことがある。
「そんなわけないだろ。大事な妹の安否に関わるんだ。俺にできる事なら、なんだって協力する」
黒蜜は目を大きく見開くと、コートの裾をもじもじいじった。
「え、あっそうですか。ま、まぁそれなら仕方ないかな……」
「……ウィロー、思ったよりチョロいよ……」
「ですね。それとも、単にバカなのか……」
「ちょっとそこ!なにひそひそ話してるんすか!逮捕しますよ!」
がるる、と唸る黒蜜に、スーが控えめに声をかけた。
「あの~、もう少し静かにした方が……結構目立ってるっていうか……」
気付けば、乗客の何人かが俺たちの方を振り向いている。こんなに大勢で騒いでれば、嫌でも目立つよな。
「……とりあえず、人目のないとこに移ろう。別の車両は空いてないかな?」
辺りを見回すと、ステリアが俺の裾をくいっと引いた。
「その必要は不要。すぐそこに絶好の個室がある。こっち」
ステリアがちょいちょいと手招きする。向かった先は客車と客車のつなぎ目、外にむき出しになったジョイント部分だった。
ゴウゴウと列車の走る轟音の中、ステリアの声がかろうじて聞き取れた。
「ここ……会話……漏れるしんぱ……ない……」
「逆に声が聞こえないわよー!」
「だが、確かに周りは気にしなくてよさそうだー!」
俺たちは互いの声が聞こえるように、ぎゅうぎゅうと肩を寄せ合った。
「よし。黒蜜、さっきの続きを聞かせてくれないか?」
「まぁ、センパイが知りたいって言うならしょうがないっすけど……けど、話せるのは上澄みの部分だけですよ。職務規定がありますから、一般人にべらべらしゃべることはできません。概要から察してください」
そう前置くと、黒蜜はピッと人差し指を立てた。
「この列車には、“とある人物”が乗っています。その人物は“ある組織”に属しており、私はそれを尾行しているんです」
組織を、尾行……警察が追いかける組織といったら、やはり。
「我々の、同業者ですか……」
「まぁ、近からず遠からずとだけいっておきます」
となると、相手はヤクザか、それに関係する人間ってことだな。いずれにしても、裏社会を生きる無法者だ。
「けど、ソイツを追けてどうするのよ?アジトでも探ろうってわけ?」
アプリコットがたずねると、黒蜜はゆるゆると首を振った。
「違います……ところでなんですけど、その耳って本物なんすか?」
「はぁ?なによ突然。自前よ、悪い?」
突然の質問に、アプリコットはイラ立ったように耳をピクピクさせた。
「あ、すみません。獣人って初めて見たから……ほんとにいるんですね。やっぱり異世界なんだなぁ……」
「黒蜜は今まで獣人には会わなかったのか?」
「話にしか……首都には獣人っていないんすよ」
いない?大きな都市の方が多そうなもんだが。
「でしょうね。いないってことないでしょうけど、実際そんなもんだわ」
「アプリコット、どうしてだ?」
「……まあ、いろいろいわれがあんのよ。て、今はそれはどうでもいいでしょ」
「っと、話が反れたっす。えーっと、その人物は、この先のどこかの駅で、“誰か”と落ち合うことになっているそうなんです」
「その現場を抑えるのが、きみの任務なんだな」
「ええ。話しておいてあれですけど、そんなに大したことじゃありません。別にわたし一人でも……」
「一人より二人のほうがいいだろ。キリー、俺だけ別行動でいいかな。みんなには待っててもらって……」
「いいや。ユキ、わたしたちも着いてくよ。みんなで捕まえよう」
「え?」
まさかキリーが協力を申し出るなんて。あんなに黒蜜を疑ってたのに、なぜ?
「キリー、警察を手伝うんですか!」
「うん。だってさ……」
キリーがウィローに顔を近づけ、ごそごそと耳打ちした。ウィローは一瞬目を丸くすると、はぁ、とため息をついた。
「……わかりました。私たちも手伝いましょう」
「ちょ、ちょっと。どういう風の吹き回しですか」
「警察官に協力を惜しまないのは、国民として当然でしょう。我々をいつも守ってくれているのですから、たまには恩返しをしないと」
ウィローは涼しい顔で言う。普段を知らない黒蜜は感心しているようだったが、俺たちはあんぐり口を開けていた。
「……ウィロー、あんた一体どうしちゃったのよ?」
「どうもしませんよ、アプリコット。いつも通りじゃないですか」
爽やかな笑顔を浮かべながら、ウィローは髪を手でなびかせた。
(どう見ても異常だ……!)
「ふむ。その心がけは殊勝ですが、しかしヤクザの手を借りる訳にはいきません」
黒蜜はきっぱりと言い切ったが、その後に俺を振り返った。
「ですが、センパイの手が足りないようだったら、遠慮なく彼女たちを使ってやってくださ
い。それくらいなら問題ないでしょう」
「そ、そうか。わかった」
「では、早速行動に移りましょうか。ホシが乗っているのはさっきの車両です」
俺たちは再び客車に戻った。
が、相変わらず混んでいて、誰がターゲットなのか見当もつかない。こうなると誰もが怪しく、誰もが無関係に見えてくるな。
「わたしがヤツを見張りますので、センパイは周囲で不審な人間がいないか探してくれますか」
「わかった。ところで、誰がホシなんだ?」
「あそこの、前のほうに座っている男です。右から二番目の……」
そっとそちらをうかがうと、チンピラ風の男が座っているのが見えた。後ろ姿で顔はよく見えないが、ど派手な髪色がいやでも目立つ。
「ヤツに近づく人、ヤツを見ている人がいたら注意してください。きっとそいつが取引相手です」
「よし、任せてくれ。キリーたちも、そういう手筈でいいか?」
「うん、いいよ。“ユキ”のお手伝いをすればいいんだもんね」
俺たちは列車の壁に背中を預け、いかにも気怠そうに床を見つめた。まじまじと見つめていては逆にこちらが怪しまれてしまう。なるべく自然体で、だが時々横目で、ちらちらと様子を観察した。
チンピラ男はイライラと落ち着かないようだった。せわしなく膝を揺すり、時おり悪態でもついているのか、そっぽを向いてもごもご口を動かす様子が見える。
「……なんだか忙しい人だね、ユキ」
キリーがこそっと耳打ちしてきた。
「ほんとにそうだな。なにに焦っているんだろう?」
「きっとあれだよ、トイレに行きたいけどなかなか駅につかないから」
「キリー、それマジなやつ……」
俺がひきつった笑いを浮かべていると、チンピラ男のそばを人影が通った。
あわてて見ると、それは頭にスカーフを巻いた母娘だ。二人は人目を気にするように、通路をこちらへ歩いてくる。怪しいと言えば怪しいが、どちらかというと周囲の目に怯えているようだった。
その時、列車がギギギッとうなり、ガタンと大きく揺れた。
「きゃっ」
「いてぇ!」
あ!汽車が揺れた拍子に、娘がチンピラ男の足を踏んづけてしまった。母娘の顔はみるみる青ざめ、あわてて頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「ごめんなさい!」
チンピラ男は必死に謝る二人を睨みながら、ゆらりと立ち上がった。
「……ざけてんじゃねぇぞ!」
バシーン!
「ぎゃぁ!」
チンピラ男は、娘を思いきり平手打ちした。娘はあまりの衝撃にぶっ飛び、客席にガタンとぶつかった。弾みでスカーフがひらひらと舞い落ちる。
「ああっ!おまえ、だいじょうぶかい!」
「……へ~え。こりゃおもしれぇー」
娘はあまりの出来事に放心していた。鼻をぶつけたのか、そこから真っ赤な血が滴り落ちている。そしてその頭には、ひょろりと伸びる大きな耳が生えていた。馬の耳だ。
「へへっ、獣人ごときが汽車の旅って?ずいぶん生意気なことしてんじゃん。なぁ?」
チンピラ男はニヤニヤと笑いながら、娘の身体を舐めるように見回した。その顔には、大きな傷が刻まれている。
ん?あの傷跡、見覚えが……
「あ!あいつ、チャックラック組の!たしか、ボジックだ!」
「へ?だれだっけ?」
「キリー、ほら!ナンパ作戦でひっかけたやつ!」
「あっ!そーいえば!」
間違いない。髪の色は明るく染められていたが、あの傷のある顔は覚えている。だが、どうしてこんなところにいるんだ?
ボジックは目の前で呆然とする馬娘を見下ろす。いやらしい視線は特に、はだけたスカートからのぞく脚に注がれていた。
「……これは少し、お仕置きをしないといけないな」
ひ、ひひっ。気味の悪い笑みを浮かべ、ボジックは娘の馬耳をむんずと掴んだ。
「このクソつまらない列車の旅にも飽き飽きしてたところだ。お前、特別に俺の相手をさせてやるよ」
ボジックの言葉に、母親の青ざめた顔がさらに真っ白になった。そのまま、額をぶつける勢いで床に頭を擦りつける。
「お、お許しを!どうか娘だけは……」
「るせぇよ、人もどきが命令すんな!」
ボジックは土下座する母親の肩を蹴とばした。
「俺が遊んでやるって言ってんだ、お前も嬉しいだろ?ん?」
「い、痛い……!」
耳を引っ張られて、娘も痛みで正気を取り戻したようだ。弱弱しくすすり泣く声がする。
「……かぁちゃん。たすけて、おかぁちゃん……」
「へへ。おら、おとなしくしろよ。それとも、またぶっ叩かれたいか?」
ボジックの暴挙にも、周りの乗客たちは誰一人反応しない。怖がっているのか、関わらないようにしているのか。
「……もう、我慢できません。アイツを逮捕してやります!」
拳を白くなるほど握りしめ、黒蜜がずんずん歩き出した。
「黒蜜、待つんだ」
「センパイ!」
黒蜜がキッと俺をにらみつける。
「ここで見てみぬふりをしろって言うんすか!それだったら、例えセンパイでも許せないっす!」
「そうじゃない。ただ、少し落ち着いてくれ」
俺は冷静に、黒蜜に語り掛けた。
「黒蜜、今下手にヤツを刺激すると、あの母娘に危険が及びかねない。なるべく静かに、ヤツを止めよう」
落ち着いた俺の様子を見て、黒蜜も頭にのぼった血が抜けたようだ。
「……その通りですね。すみません、怒りで我を忘れていました……けど、もう大丈夫っす」
「よし。ならいこうか。あの破廉恥男をぶっ飛ばしてやろう」
「……やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんっすね」
「うん?なにか言ったか?」
「何でもありませんよ、センパイ。さ、行きましょう!」
「ああ。みんな、俺と黒蜜はあいつに灸をすえてくる。後詰めを頼めるか?」
「えー、わたしたちは待ってるだけ?」
「キリー、ぞろぞろ行っても警戒されるだけですよ。それよりも、万が一逃げ出された時、道をふさぐ役がいたほうがいい。そういうことですよね、ユキ?」
「ああ。悪いが、手を貸してくれ」
「そっか。おっけー、ならアイツにきつーいお仕置きをしてやって!」
「おう、任された!」
続く
《次回は日曜日投稿予定です》
「キリーちゃん、こっちだよ!はやくはやく!」
「わわわ、待ってまってー!」
「キリー、捕まれ!」
俺は差しのべられた手を、ぐいと掴んで引っ張った。
ぽすっ。
「よっ……と」
「わぷっ」
抱き止めたキリーが、勢い余って俺の胸に埋もれた。
「ふう……まったく、ひやひやさせないで下さいよ」
「ほんとよ、汽車に乗り遅れて遅刻しましたなんて、シャレにならないわ」
「あはは、ゴメンね」
ふう。俺たちは、なんとか首都行きの汽車に滑り込んだ。
「ひゃあ、けど結構混んでるね」
客車は人で溢れている。みな旅の装いだ。
「年末は混雑の季節。帰省、旅行、一年の締め……」
ステリアの言葉に、アプリコットが感慨深げにうなづいた。
「そうよね、もうそんな季節なのよね……最近は色んなことがあって、なんだかあっという間だったわ」
「ほんとですね。特にユキが来てからは、毎日が怒涛です」
ウィローがウンウンと同調する。
「え、俺のせいか?」
「そうですよ。自覚なかったんですか?」
「むう……」
「あはは、いいことだよ。退屈なんかより、よっぽどね」
俺たちはおしゃべりしながら座席の間を歩いてみたが、空きは一つもなかった。
「しかし、本当に人が多いな。六人みんなで掛けるっていうのは、現実的じゃなさそうだ」
「ですねぇ。少ししんどいですが、立っていきましょうか」
ウィローがうんざりと息を吐いた。新幹線なんかだったら、座席の予約ができるんだけどな……
「こういう時ばっかりは……」
「元の世界が、恋しいっすね……」
え?今のは誰の声だ?
「警察官を立たせるなんて、いい度胸ですよ、まったく……」
ぶつぶつ呟いているのは、トレンチコートに身を包んだ人物だ。黒い帽子に黒いサングラスと、どう見ても怪しい出で立ちだ。
「キリー、あれ。見てみろよ、そーっと……」
「うん?……うわ、なにあれ」
俺たちがひそひそ話していると、その不審者はこちらの視線に気づいて、くるりと振り向いた。あれ、なんとなく見覚えがあるような ……?
「あ、もしかして黒蜜か?」
「おに……じゃなかった。せ、センパイ?」
ずるりとずれたサングラスから覗くのは、この前襲来した俺の妹(らしい)黒蜜の顔だった。
「あー!この前のけいさむごもご」
大声で叫びかけたキリーを、黒蜜が慌てて押さえつけた。
「しー!あなたバカっすか!なんのために変装してると思ってるんです!」
「ああ、変装だよな。びっくりした、そういう趣味なのかと思ったよ」
「そんなわけないでしょう!」
「もごぉ……」
黒蜜ははぁはぁ言いながら、サングラスと帽子を外した。
「けど、どうしてそんなことしてるんだ?」
「そんなの捜査に決まってるじゃないですか、センパイ。今は勤務中です」
捜査……なら、現場は今ここということ……?
「この汽車に、何かあるのか……?」
「そういうことっす。だからあまり目立つことはしないでくださいよ」
黒蜜が俺を肘でつつく。それを見ていたキリーが、最もなことを突っ込んだ。
「そんな恰好してる方が目立つんじゃ……」
「うるさいです!」
黒蜜の声は、誰よりも大きかった。
「まあ、今それは置いておこう。それより、何が起こってるのか詳しく教えてくれないか?」
「え……イヤっす。どうしてセンパイなんかに教えなきゃいけないんですか」
黒蜜はぷいっと維持を張る。
「それは危険なことじゃないのか?」
「ふんっ。ヤクザのセンパイには、警察の安全になんて興味ないでしょう」
この前のこと、まだ根に持ってるみたいだな。無理もないだろうが、それよりも大事なことがある。
「そんなわけないだろ。大事な妹の安否に関わるんだ。俺にできる事なら、なんだって協力する」
黒蜜は目を大きく見開くと、コートの裾をもじもじいじった。
「え、あっそうですか。ま、まぁそれなら仕方ないかな……」
「……ウィロー、思ったよりチョロいよ……」
「ですね。それとも、単にバカなのか……」
「ちょっとそこ!なにひそひそ話してるんすか!逮捕しますよ!」
がるる、と唸る黒蜜に、スーが控えめに声をかけた。
「あの~、もう少し静かにした方が……結構目立ってるっていうか……」
気付けば、乗客の何人かが俺たちの方を振り向いている。こんなに大勢で騒いでれば、嫌でも目立つよな。
「……とりあえず、人目のないとこに移ろう。別の車両は空いてないかな?」
辺りを見回すと、ステリアが俺の裾をくいっと引いた。
「その必要は不要。すぐそこに絶好の個室がある。こっち」
ステリアがちょいちょいと手招きする。向かった先は客車と客車のつなぎ目、外にむき出しになったジョイント部分だった。
ゴウゴウと列車の走る轟音の中、ステリアの声がかろうじて聞き取れた。
「ここ……会話……漏れるしんぱ……ない……」
「逆に声が聞こえないわよー!」
「だが、確かに周りは気にしなくてよさそうだー!」
俺たちは互いの声が聞こえるように、ぎゅうぎゅうと肩を寄せ合った。
「よし。黒蜜、さっきの続きを聞かせてくれないか?」
「まぁ、センパイが知りたいって言うならしょうがないっすけど……けど、話せるのは上澄みの部分だけですよ。職務規定がありますから、一般人にべらべらしゃべることはできません。概要から察してください」
そう前置くと、黒蜜はピッと人差し指を立てた。
「この列車には、“とある人物”が乗っています。その人物は“ある組織”に属しており、私はそれを尾行しているんです」
組織を、尾行……警察が追いかける組織といったら、やはり。
「我々の、同業者ですか……」
「まぁ、近からず遠からずとだけいっておきます」
となると、相手はヤクザか、それに関係する人間ってことだな。いずれにしても、裏社会を生きる無法者だ。
「けど、ソイツを追けてどうするのよ?アジトでも探ろうってわけ?」
アプリコットがたずねると、黒蜜はゆるゆると首を振った。
「違います……ところでなんですけど、その耳って本物なんすか?」
「はぁ?なによ突然。自前よ、悪い?」
突然の質問に、アプリコットはイラ立ったように耳をピクピクさせた。
「あ、すみません。獣人って初めて見たから……ほんとにいるんですね。やっぱり異世界なんだなぁ……」
「黒蜜は今まで獣人には会わなかったのか?」
「話にしか……首都には獣人っていないんすよ」
いない?大きな都市の方が多そうなもんだが。
「でしょうね。いないってことないでしょうけど、実際そんなもんだわ」
「アプリコット、どうしてだ?」
「……まあ、いろいろいわれがあんのよ。て、今はそれはどうでもいいでしょ」
「っと、話が反れたっす。えーっと、その人物は、この先のどこかの駅で、“誰か”と落ち合うことになっているそうなんです」
「その現場を抑えるのが、きみの任務なんだな」
「ええ。話しておいてあれですけど、そんなに大したことじゃありません。別にわたし一人でも……」
「一人より二人のほうがいいだろ。キリー、俺だけ別行動でいいかな。みんなには待っててもらって……」
「いいや。ユキ、わたしたちも着いてくよ。みんなで捕まえよう」
「え?」
まさかキリーが協力を申し出るなんて。あんなに黒蜜を疑ってたのに、なぜ?
「キリー、警察を手伝うんですか!」
「うん。だってさ……」
キリーがウィローに顔を近づけ、ごそごそと耳打ちした。ウィローは一瞬目を丸くすると、はぁ、とため息をついた。
「……わかりました。私たちも手伝いましょう」
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ウィローは涼しい顔で言う。普段を知らない黒蜜は感心しているようだったが、俺たちはあんぐり口を開けていた。
「……ウィロー、あんた一体どうしちゃったのよ?」
「どうもしませんよ、アプリコット。いつも通りじゃないですか」
爽やかな笑顔を浮かべながら、ウィローは髪を手でなびかせた。
(どう見ても異常だ……!)
「ふむ。その心がけは殊勝ですが、しかしヤクザの手を借りる訳にはいきません」
黒蜜はきっぱりと言い切ったが、その後に俺を振り返った。
「ですが、センパイの手が足りないようだったら、遠慮なく彼女たちを使ってやってくださ
い。それくらいなら問題ないでしょう」
「そ、そうか。わかった」
「では、早速行動に移りましょうか。ホシが乗っているのはさっきの車両です」
俺たちは再び客車に戻った。
が、相変わらず混んでいて、誰がターゲットなのか見当もつかない。こうなると誰もが怪しく、誰もが無関係に見えてくるな。
「わたしがヤツを見張りますので、センパイは周囲で不審な人間がいないか探してくれますか」
「わかった。ところで、誰がホシなんだ?」
「あそこの、前のほうに座っている男です。右から二番目の……」
そっとそちらをうかがうと、チンピラ風の男が座っているのが見えた。後ろ姿で顔はよく見えないが、ど派手な髪色がいやでも目立つ。
「ヤツに近づく人、ヤツを見ている人がいたら注意してください。きっとそいつが取引相手です」
「よし、任せてくれ。キリーたちも、そういう手筈でいいか?」
「うん、いいよ。“ユキ”のお手伝いをすればいいんだもんね」
俺たちは列車の壁に背中を預け、いかにも気怠そうに床を見つめた。まじまじと見つめていては逆にこちらが怪しまれてしまう。なるべく自然体で、だが時々横目で、ちらちらと様子を観察した。
チンピラ男はイライラと落ち着かないようだった。せわしなく膝を揺すり、時おり悪態でもついているのか、そっぽを向いてもごもご口を動かす様子が見える。
「……なんだか忙しい人だね、ユキ」
キリーがこそっと耳打ちしてきた。
「ほんとにそうだな。なにに焦っているんだろう?」
「きっとあれだよ、トイレに行きたいけどなかなか駅につかないから」
「キリー、それマジなやつ……」
俺がひきつった笑いを浮かべていると、チンピラ男のそばを人影が通った。
あわてて見ると、それは頭にスカーフを巻いた母娘だ。二人は人目を気にするように、通路をこちらへ歩いてくる。怪しいと言えば怪しいが、どちらかというと周囲の目に怯えているようだった。
その時、列車がギギギッとうなり、ガタンと大きく揺れた。
「きゃっ」
「いてぇ!」
あ!汽車が揺れた拍子に、娘がチンピラ男の足を踏んづけてしまった。母娘の顔はみるみる青ざめ、あわてて頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「ごめんなさい!」
チンピラ男は必死に謝る二人を睨みながら、ゆらりと立ち上がった。
「……ざけてんじゃねぇぞ!」
バシーン!
「ぎゃぁ!」
チンピラ男は、娘を思いきり平手打ちした。娘はあまりの衝撃にぶっ飛び、客席にガタンとぶつかった。弾みでスカーフがひらひらと舞い落ちる。
「ああっ!おまえ、だいじょうぶかい!」
「……へ~え。こりゃおもしれぇー」
娘はあまりの出来事に放心していた。鼻をぶつけたのか、そこから真っ赤な血が滴り落ちている。そしてその頭には、ひょろりと伸びる大きな耳が生えていた。馬の耳だ。
「へへっ、獣人ごときが汽車の旅って?ずいぶん生意気なことしてんじゃん。なぁ?」
チンピラ男はニヤニヤと笑いながら、娘の身体を舐めるように見回した。その顔には、大きな傷が刻まれている。
ん?あの傷跡、見覚えが……
「あ!あいつ、チャックラック組の!たしか、ボジックだ!」
「へ?だれだっけ?」
「キリー、ほら!ナンパ作戦でひっかけたやつ!」
「あっ!そーいえば!」
間違いない。髪の色は明るく染められていたが、あの傷のある顔は覚えている。だが、どうしてこんなところにいるんだ?
ボジックは目の前で呆然とする馬娘を見下ろす。いやらしい視線は特に、はだけたスカートからのぞく脚に注がれていた。
「……これは少し、お仕置きをしないといけないな」
ひ、ひひっ。気味の悪い笑みを浮かべ、ボジックは娘の馬耳をむんずと掴んだ。
「このクソつまらない列車の旅にも飽き飽きしてたところだ。お前、特別に俺の相手をさせてやるよ」
ボジックの言葉に、母親の青ざめた顔がさらに真っ白になった。そのまま、額をぶつける勢いで床に頭を擦りつける。
「お、お許しを!どうか娘だけは……」
「るせぇよ、人もどきが命令すんな!」
ボジックは土下座する母親の肩を蹴とばした。
「俺が遊んでやるって言ってんだ、お前も嬉しいだろ?ん?」
「い、痛い……!」
耳を引っ張られて、娘も痛みで正気を取り戻したようだ。弱弱しくすすり泣く声がする。
「……かぁちゃん。たすけて、おかぁちゃん……」
「へへ。おら、おとなしくしろよ。それとも、またぶっ叩かれたいか?」
ボジックの暴挙にも、周りの乗客たちは誰一人反応しない。怖がっているのか、関わらないようにしているのか。
「……もう、我慢できません。アイツを逮捕してやります!」
拳を白くなるほど握りしめ、黒蜜がずんずん歩き出した。
「黒蜜、待つんだ」
「センパイ!」
黒蜜がキッと俺をにらみつける。
「ここで見てみぬふりをしろって言うんすか!それだったら、例えセンパイでも許せないっす!」
「そうじゃない。ただ、少し落ち着いてくれ」
俺は冷静に、黒蜜に語り掛けた。
「黒蜜、今下手にヤツを刺激すると、あの母娘に危険が及びかねない。なるべく静かに、ヤツを止めよう」
落ち着いた俺の様子を見て、黒蜜も頭にのぼった血が抜けたようだ。
「……その通りですね。すみません、怒りで我を忘れていました……けど、もう大丈夫っす」
「よし。ならいこうか。あの破廉恥男をぶっ飛ばしてやろう」
「……やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんっすね」
「うん?なにか言ったか?」
「何でもありませんよ、センパイ。さ、行きましょう!」
「ああ。みんな、俺と黒蜜はあいつに灸をすえてくる。後詰めを頼めるか?」
「えー、わたしたちは待ってるだけ?」
「キリー、ぞろぞろ行っても警戒されるだけですよ。それよりも、万が一逃げ出された時、道をふさぐ役がいたほうがいい。そういうことですよね、ユキ?」
「ああ。悪いが、手を貸してくれ」
「そっか。おっけー、ならアイツにきつーいお仕置きをしてやって!」
「おう、任された!」
続く
《次回は日曜日投稿予定です》
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ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
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そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
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