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序章 無能と言われた勇者
序章二節 - 追憶 すべてのはじまり
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【- 追憶 - すべてのはじまり】
はじまりは、薄暗い広間だった――。
勉強や仕事をくり返す退屈な現実に別れを告げて、剣と魔法の世界で無双して生きる。誰でも一度くらいはそんな夢物語に憧れたことがあるだろう?
そう、「夢」であり「物語」。
普通ならば到底叶うはずのない希望の世界に降り立った俺は、間違いなく勝ち組だった。
たくさんの光球が浮かぶ広い部屋。窓のない無骨な石壁は、地下を想起させた。体の下で青白く光るのは、円や図形、流れるような文字で彩られた魔方陣だ。
一瞬前までオンラインゲームを楽しんでいた俺の手に、コントローラーはない。俺は突然、令和の日本から魔力あふれる未知の世界に呼び出されたのだ。ずっと夢見ていた異世界召喚。しかし、あの時の俺は不意の出来事に少し恐怖していた。魔法の霧が作り出す冷気に、自分の肩を抱いたのを覚えている。
とても静かだった。耳の奥で自分の鼓動が聞こえるほどに。
緊張と、戸惑いと、混乱と――。あらゆる感情に押しつぶされそうになりながら、俺は早鐘のように打つ心臓と荒い息を必死に抑えていた。
その時だ――。
カツン。
小さな足音が静寂を破った。カツカツと金属が石の床と触れ合う音が迫ってくる。
俺は顔を上げた。魔法陣の外側には、いくつもの人影。多くは頭の先から足の先まで黒の装束に身を包んでいたが、ドレス姿の女性や礼服姿の男性も混ざっている。全員が口を閉じ、衣づれの音一つ漏らさない中で、唯一動いているのが足音の主だった。
灰色の軍服を纏った初老の男。胸に輝くたくさんの勲章から、高位の人間だと察せた。黒光りする革製のブーツには、とげとげしい金属の装飾がついており、それが床に触れることで威圧感を与える硬い音になっているらしい。
「ユウシャ」
男のかすれた声が閉鎖空間に響き渡った。ユウシャ……。どうやら俺に呼びかけているようだ。
俺は目を凝らして、男の顔を見た。しわの多い顔とその下半分を覆う、鋼色の縮れひげ。同じような色質の髪は頭の後ろで一つに束ねられている。ほりの深い顔は日本ではあまり見ない造形だった。そして――。
「スヴァフht、オハsjuクェw。アrytフン、ゾゾzhelvw」
俺の観察が終わる前に、男の唇が動いた。ゆっくりと言い聞かせるような、やさしい声色。
「え?」
しかし、俺は彼の話す言語を全く理解できなかった。もちろん日本語ではないし、英語でもない。炭酸飲料のふたを開けるように、俺の緊張は一気に恐怖へと変わった。
「スヴァフht、オハsjuクェw! golファ?」
語気が先ほどよりも強い。しわのない服をぴしりと着こなし、黒いネクタイを締めた軍人は、それだけでも十分威圧的なのに、勢いのある声で理解できないことを言われるのだ。俺の恐怖はわかってもらえると思う。
だが、それだけじゃない。俺をさらなる恐怖のどん底に突き落とす出来事があった。この軍服の男が纏うマントの中。そこから大きな蛇が顔をのぞかせたのだ。黒と銀の鱗。穴のように暗い目。にゅっと俺の目の前に首を伸ばしたそいつは、まるで味見でもするように黒い舌をちろちろ出し入れした。
「ひっ!」
俺は身をのけぞらせた。しかし、俺が動けば同じ分だけ蛇の頭も動く。右によけようとしても、左によけようとしても、蛇は俺の目の前から消えなかった。
「カッカッカ」と男が笑ったような気がした。
「シルシュ」
軍服男が何か言っている。それを合図にして蛇は俺から離れた。先ほどまでの威嚇が嘘のように主の首にほおずりし、手のひらに頭を押し付けて愛撫をせがんだ。
助かった。のだろうか? 俺は肺にたまっていた空気を静かに吐き出した。
「ゴルメド!」
助けはさらにやってくる。新たな声に首を巡らせると、黒づくめの男がこちらに駆け寄ってくるところだった。ちなみに、「ゴルメド」とは俺の目の前にいる軍服男の名前だ。「雷轟宰相」ゴルメド=ソード。それが姓なのか、名なのか、両方なのかは知らない。
「ゴルメド! tyススdkys」
「ムsthエラ、……ローグル」
黒づくめが何事か話しかけ、軍服男――ゴルメド=ソードが不機嫌な低い声で応える。ゴルメドの意識が黒づくめの男へ向いたのを感じて、俺はほっと息をついた。
人とは不思議なもので、危機が去ると急に冷静になれる。
俺は魔法陣の真ん中に座ったまま、黒ずくめの男を見上げた。俺とゴルメドの間に立ってゆっくり話す彼はきっと俺の味方だ。目深にかぶったフードの下から見えるのは、白いやぎ髭としわの多い口元。ゴルメドと同じくらいか、それよりも少し年上の老人男性だろう。身に着けているのはフード付きのマントと袖付きのワンピース。ファンタジー物で良く見聞きするローブというやつだ。
気づけば、先ほどまでの静寂が嘘のように、室内全体がざわめき立っている。口元を隠して何事か話す三人組。こちらに歩み寄ろうとして、ためらいを見せる集団。誰かが部屋から出ていく気配も感じた。
世界が――、運命が、動きはじめた。
漠然とそう感じた。
俺の目の前で行われている会話は、黒づくめ有利で進んでいるらしい。しばらくして、軍服は引き下がったが、その時俺に向けた絞め殺してやると言わんばかりの視線は当分忘れられそうになかった。
はじまりは、薄暗い広間だった――。
勉強や仕事をくり返す退屈な現実に別れを告げて、剣と魔法の世界で無双して生きる。誰でも一度くらいはそんな夢物語に憧れたことがあるだろう?
そう、「夢」であり「物語」。
普通ならば到底叶うはずのない希望の世界に降り立った俺は、間違いなく勝ち組だった。
たくさんの光球が浮かぶ広い部屋。窓のない無骨な石壁は、地下を想起させた。体の下で青白く光るのは、円や図形、流れるような文字で彩られた魔方陣だ。
一瞬前までオンラインゲームを楽しんでいた俺の手に、コントローラーはない。俺は突然、令和の日本から魔力あふれる未知の世界に呼び出されたのだ。ずっと夢見ていた異世界召喚。しかし、あの時の俺は不意の出来事に少し恐怖していた。魔法の霧が作り出す冷気に、自分の肩を抱いたのを覚えている。
とても静かだった。耳の奥で自分の鼓動が聞こえるほどに。
緊張と、戸惑いと、混乱と――。あらゆる感情に押しつぶされそうになりながら、俺は早鐘のように打つ心臓と荒い息を必死に抑えていた。
その時だ――。
カツン。
小さな足音が静寂を破った。カツカツと金属が石の床と触れ合う音が迫ってくる。
俺は顔を上げた。魔法陣の外側には、いくつもの人影。多くは頭の先から足の先まで黒の装束に身を包んでいたが、ドレス姿の女性や礼服姿の男性も混ざっている。全員が口を閉じ、衣づれの音一つ漏らさない中で、唯一動いているのが足音の主だった。
灰色の軍服を纏った初老の男。胸に輝くたくさんの勲章から、高位の人間だと察せた。黒光りする革製のブーツには、とげとげしい金属の装飾がついており、それが床に触れることで威圧感を与える硬い音になっているらしい。
「ユウシャ」
男のかすれた声が閉鎖空間に響き渡った。ユウシャ……。どうやら俺に呼びかけているようだ。
俺は目を凝らして、男の顔を見た。しわの多い顔とその下半分を覆う、鋼色の縮れひげ。同じような色質の髪は頭の後ろで一つに束ねられている。ほりの深い顔は日本ではあまり見ない造形だった。そして――。
「スヴァフht、オハsjuクェw。アrytフン、ゾゾzhelvw」
俺の観察が終わる前に、男の唇が動いた。ゆっくりと言い聞かせるような、やさしい声色。
「え?」
しかし、俺は彼の話す言語を全く理解できなかった。もちろん日本語ではないし、英語でもない。炭酸飲料のふたを開けるように、俺の緊張は一気に恐怖へと変わった。
「スヴァフht、オハsjuクェw! golファ?」
語気が先ほどよりも強い。しわのない服をぴしりと着こなし、黒いネクタイを締めた軍人は、それだけでも十分威圧的なのに、勢いのある声で理解できないことを言われるのだ。俺の恐怖はわかってもらえると思う。
だが、それだけじゃない。俺をさらなる恐怖のどん底に突き落とす出来事があった。この軍服の男が纏うマントの中。そこから大きな蛇が顔をのぞかせたのだ。黒と銀の鱗。穴のように暗い目。にゅっと俺の目の前に首を伸ばしたそいつは、まるで味見でもするように黒い舌をちろちろ出し入れした。
「ひっ!」
俺は身をのけぞらせた。しかし、俺が動けば同じ分だけ蛇の頭も動く。右によけようとしても、左によけようとしても、蛇は俺の目の前から消えなかった。
「カッカッカ」と男が笑ったような気がした。
「シルシュ」
軍服男が何か言っている。それを合図にして蛇は俺から離れた。先ほどまでの威嚇が嘘のように主の首にほおずりし、手のひらに頭を押し付けて愛撫をせがんだ。
助かった。のだろうか? 俺は肺にたまっていた空気を静かに吐き出した。
「ゴルメド!」
助けはさらにやってくる。新たな声に首を巡らせると、黒づくめの男がこちらに駆け寄ってくるところだった。ちなみに、「ゴルメド」とは俺の目の前にいる軍服男の名前だ。「雷轟宰相」ゴルメド=ソード。それが姓なのか、名なのか、両方なのかは知らない。
「ゴルメド! tyススdkys」
「ムsthエラ、……ローグル」
黒づくめが何事か話しかけ、軍服男――ゴルメド=ソードが不機嫌な低い声で応える。ゴルメドの意識が黒づくめの男へ向いたのを感じて、俺はほっと息をついた。
人とは不思議なもので、危機が去ると急に冷静になれる。
俺は魔法陣の真ん中に座ったまま、黒ずくめの男を見上げた。俺とゴルメドの間に立ってゆっくり話す彼はきっと俺の味方だ。目深にかぶったフードの下から見えるのは、白いやぎ髭としわの多い口元。ゴルメドと同じくらいか、それよりも少し年上の老人男性だろう。身に着けているのはフード付きのマントと袖付きのワンピース。ファンタジー物で良く見聞きするローブというやつだ。
気づけば、先ほどまでの静寂が嘘のように、室内全体がざわめき立っている。口元を隠して何事か話す三人組。こちらに歩み寄ろうとして、ためらいを見せる集団。誰かが部屋から出ていく気配も感じた。
世界が――、運命が、動きはじめた。
漠然とそう感じた。
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