念願の異世界に召喚されましたが、無能判定されて元の世界に帰されそうです。~救ってくれたのはゲーミング柴犬でした~

白楠 月玻

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序章 無能と言われた勇者

序章四節 - 大きな誤算[2]

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「お気を確かに!」

 どれくらいそうしていたのか。誰かに声をかけられて、俺はやっと正気を取り戻した。指の間には敷物から抜き取った灰色の毛がびっしり張り付き、汗とも涙ともつかない液体が首を伝っている。それでも、足の痛みはすっかり消えていた。

「ハァ……、ハァ……」

 俺はいつの間にか仰向けになっていたらしい。かすむ視界と双頭の大蛇が描かれた天井。その手前で俺の顔を覗き込むやぎひげの老人。このひげは見たことがある。召喚の儀で、俺とゴルメドの間に入ってくれた黒づくめ……。そう言えば、俺をこの部屋に案内してくれたのも彼だった。

「足は大丈夫そうですかな?」

 長いまゆげをハの字にして案じる老人は、物語に出てくる賢者のようだった。

「あ……」

 そうだ。足。白い光にとらわれていた脳が、少しずつ動きはじめる。痛みは、ない。手の中に感じるのは、穴の開いた靴だ。そして、その奥で動く五本の指。硬い爪が手のひらをぎこちなくひっかいた。

「……はい」

 指があるのを確認して、俺はうなずいた。

「良かった」

 しわだらけの顔をくしゃくしゃにして笑う彼の名前は確か――。

「こちらをお使いくださいな」

 床にひざまずいたまま白くかすむ思考を整理する俺に、老人は白いハンカチをくれた。脂汗にまみれた顔を拭けということだろう。記憶の整理に、身だしなみに、あと立ち上がって、それと――。ダメだ。考えがまとまらない。傷は消えても、俺の心身にはまだダメージが残っている。

「ゴルメド宰相さいしょう、あなたが野心的な方で、その貪欲どんよくさのおかげでサトゥメーアがより発展したのは事実です」

 処理落ちした脳と戦う俺をかばうように、老人はゴルメド=ソードと向き合った。目の前で小さく揺れる黒マントの頼もしさは尋常ではない。

「しかし、最近の貴殿きでんの悪行は目に余りますぞ」

 ああ、そうだ。彼はさっきもそうやって俺を守ろうとしてくれた。にもかかわらず、俺が余計な挑発をしたせいでこうなったのだ。少しずつ、直前の記憶が戻ってきた。

「貴様の小言もな、ローグルイフォン。耄碌もうろくして自分の立場を忘れたか?」

「はて? 小生しょうせいの立場は今も昔も召喚者の補佐官ですが……。耄碌されたのは貴殿では?」

 俺がすべてを思い出そうとしている間にも、ゴルメドとローグの会話は続いている。

「昔のお前は短気だが、こんな嫌な奴じゃなかった。そんなに宰相でいることが大切か?」

 この言葉もローグだ。ゴルメド=ソードとローグルイフォンは旧知の仲であるようなのだが、ゴルメドにはローグの親友ぶった説教臭い態度が気に入らない。

「貴様ごときが、宰相である吾輩わがはいに意見するな!」

 怒声とともに再び白い光が空気を焼いた。ゴルメドの魔力で作り出された小さな雷だ。俺がそれを観察した瞬間、ぱっと赤いものが散った。

「ローグさん!」

「貴様もろくに魔力を持てぬ無能だ。これしきの攻撃から身を守る力すらないか」

 何とか立ち上がろうとする俺と、低くなじるゴルメド。焼け焦げた袖の穴から見えるローグの腕には、切り裂かれたような傷と、いくつも枝分かれした赤い稲妻模様が刻まれていた。

「ローグさん」

 痛々しい傷に、俺は先ほど渡されたハンカチをかぶせようとした。

「ご心配には及びませぬ」

 しかし、それよりも先にローグのしわだらけの手が傷口を覆う。一瞬俺にほほえみかけて、彼はすぐに視線をゴルメドへ戻した。
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