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序章 無能と言われた勇者
序章五節 - 大きな誤算[3]
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「そもそも、貴様が召喚者に余計な入れ知恵をしたのではなかろうな?」
俺たちと相対するゴルメドの眉間には深いしわが刻まれていた。彼のしわは眉間や額や鼻の頭や、顔の中心ばかり濃い。怒り、不快、憎しみ――。数多の負の感情を浮かべ続けた顔だ。
「そんなわけあるか。そもそも、召喚の儀のルールを破ったのはそっちだろう」
ローグは小さく肩をすくめようとして――。
「吾輩のせいだとほざくのか!?」
ドオォォン!!
怒号と雷鳴。今までよりも大きい稲妻が部屋を貫いた。ローグの耳をかすめ、赤砂レンガで作られた壁をえぐり――。立ち上がろうとなかば腰を浮かせていた俺は、思わず目の前のローグに縋りついた。
「言葉に気をつけろ。次は心臓を貫くぞ」
低い脅し。いや、きっとゴルメド=ソードは本気だ。目を見開いたゴルメドの表情には、平気で人を傷つけられる狂気が宿っている。それを見るだけで、俺の脳には白い光で貫かれたような激しい痛みが走るのだ。先ほどうけた苦痛の記憶。傷はすっかり治っていても、思い出してしまう。強烈なフラッシュバックに俺は固く目を閉じた。
「……失礼いたしました」
白と黒がせめぎ合う世界で、ローグが謝罪の言葉を口にするのが聞こえた。
「ゴルメド様、小生が彼の有用性を見い出しますので、少しお時間をいただけませぬか?」
その言葉は命乞いのようにも聞こえた。いや、実際そうなのかもしれない。今のゴルメドに交渉や説得はできないと結論付けて、戦略を「安全な撤退」に変更したのだ。ローグルイフォンは、この場を切り抜けるために、あらゆる手段を尽くそうとしている。
「少しとは具体的に何日だ? 言っておくが、吾輩の気は短いぞ」
ゴルメドの殺意は消えていない。彼の気の短さは会ったばかりの俺でさえ確信できる。
「月が一回りするまでではいかがでしょう?」
「二十八日か? 三十日か? それが貴様にとっての少しなら、認識を改めるべきだな」
ローグとゴルメドの会話は、一触即発の雰囲気を纏いながらも続いている。
「三日だ」
ゴルメドは親指、人差し指、中指を立てて三を示した。
「十分の一はさすがに値切りすぎてはな――?」
「では、二日にしよう」
ローグが言い終わる前に、ゴルメドの中指がゆっくりと折り曲げられた。彼には交渉する気が一切ない。傷口を押さえるローグの指先に力がこもるのがわかった。彼の、いや俺たちの敗北だ。
「承知、いたしました……」
絞り出すようなローグの言葉には、悔しさがにじみ出ている。それを見るゴルメドの表情はとても愉快そうで――。
「シュー」
どこからともなく蛇の息づかいが聞こえた。召喚の儀で俺を脅したゴルメドの蛇。姿は見えないがこの部屋のどこかにいるのだろう。しかし、探す気にはなれなかった。
「シュー」
その音が、俺にはゴルメドの内心を表す笑い声のように聞こえた。
「……ゴルメド宰相、我々には時間がありませんので、退室してもよろしいでしょうか?」
「いいだろう」
軍服の宰相はすっかり気をよくしている。
「ありがとうございます」
ローグが深く一礼した。空気を読んで、俺も同じようにする。
「神殿のやつらに、次回の召喚の儀を急ぐよう伝えておくんだな」
「……はい。それでは、失礼いたします」
ローグは黒いフードを被りながら俺を振り返った。一瞬だけ見えた顔の右半分には雷魔法の傷跡が真っ赤に刻まれている。この傷の遠因は、俺がゴルメドを挑発したことなのかもしれない。
謝って、傷の具合を尋ねたい。しかし、ローグの傷はすでにフードの下に隠されてしまった。そしてなにより、今はこの場を離れることを最優先するべきだ。
「行きましょう」
ローグに促されて、俺は振り返った。たくさんの飾り布で彩られた薄赤いレンガの壁の間に、金属製の扉がある。これだけ丈夫そうな扉と壁に覆われていれば、室内のいさかいが外に漏れることはないだろう。
「楽しみだな」
扉の取っ手に手をかけようとした俺たちの背に、ゴルメドのざらついた声が聞こえた。
「貴様らが何の成果もあげられず、処断される日が待ち遠しいぞ」
「…………」
ローグは何も答えなかった。俺もだ。
植物と蛇があしらわれた扉が、音もなく開いて、閉じた。
--------
【読んでも読まなくても良い異世界豆知識】
召喚の儀でゴルメド=ソードが発していた「ユウシャ」という単語は、この世界の言葉では「召喚者」と「勇者(人々を導く頼もしい召喚者)」の二通りの意味があります。主人公の能力は、「ユウシャ」と発言した人の内心を自動的に読み取って、「召喚者」か「勇者」で訳し分けるので、今後異世界人が発する「召喚者」or「勇者」という単語に注目すると少しエモいかもしれません。
俺たちと相対するゴルメドの眉間には深いしわが刻まれていた。彼のしわは眉間や額や鼻の頭や、顔の中心ばかり濃い。怒り、不快、憎しみ――。数多の負の感情を浮かべ続けた顔だ。
「そんなわけあるか。そもそも、召喚の儀のルールを破ったのはそっちだろう」
ローグは小さく肩をすくめようとして――。
「吾輩のせいだとほざくのか!?」
ドオォォン!!
怒号と雷鳴。今までよりも大きい稲妻が部屋を貫いた。ローグの耳をかすめ、赤砂レンガで作られた壁をえぐり――。立ち上がろうとなかば腰を浮かせていた俺は、思わず目の前のローグに縋りついた。
「言葉に気をつけろ。次は心臓を貫くぞ」
低い脅し。いや、きっとゴルメド=ソードは本気だ。目を見開いたゴルメドの表情には、平気で人を傷つけられる狂気が宿っている。それを見るだけで、俺の脳には白い光で貫かれたような激しい痛みが走るのだ。先ほどうけた苦痛の記憶。傷はすっかり治っていても、思い出してしまう。強烈なフラッシュバックに俺は固く目を閉じた。
「……失礼いたしました」
白と黒がせめぎ合う世界で、ローグが謝罪の言葉を口にするのが聞こえた。
「ゴルメド様、小生が彼の有用性を見い出しますので、少しお時間をいただけませぬか?」
その言葉は命乞いのようにも聞こえた。いや、実際そうなのかもしれない。今のゴルメドに交渉や説得はできないと結論付けて、戦略を「安全な撤退」に変更したのだ。ローグルイフォンは、この場を切り抜けるために、あらゆる手段を尽くそうとしている。
「少しとは具体的に何日だ? 言っておくが、吾輩の気は短いぞ」
ゴルメドの殺意は消えていない。彼の気の短さは会ったばかりの俺でさえ確信できる。
「月が一回りするまでではいかがでしょう?」
「二十八日か? 三十日か? それが貴様にとっての少しなら、認識を改めるべきだな」
ローグとゴルメドの会話は、一触即発の雰囲気を纏いながらも続いている。
「三日だ」
ゴルメドは親指、人差し指、中指を立てて三を示した。
「十分の一はさすがに値切りすぎてはな――?」
「では、二日にしよう」
ローグが言い終わる前に、ゴルメドの中指がゆっくりと折り曲げられた。彼には交渉する気が一切ない。傷口を押さえるローグの指先に力がこもるのがわかった。彼の、いや俺たちの敗北だ。
「承知、いたしました……」
絞り出すようなローグの言葉には、悔しさがにじみ出ている。それを見るゴルメドの表情はとても愉快そうで――。
「シュー」
どこからともなく蛇の息づかいが聞こえた。召喚の儀で俺を脅したゴルメドの蛇。姿は見えないがこの部屋のどこかにいるのだろう。しかし、探す気にはなれなかった。
「シュー」
その音が、俺にはゴルメドの内心を表す笑い声のように聞こえた。
「……ゴルメド宰相、我々には時間がありませんので、退室してもよろしいでしょうか?」
「いいだろう」
軍服の宰相はすっかり気をよくしている。
「ありがとうございます」
ローグが深く一礼した。空気を読んで、俺も同じようにする。
「神殿のやつらに、次回の召喚の儀を急ぐよう伝えておくんだな」
「……はい。それでは、失礼いたします」
ローグは黒いフードを被りながら俺を振り返った。一瞬だけ見えた顔の右半分には雷魔法の傷跡が真っ赤に刻まれている。この傷の遠因は、俺がゴルメドを挑発したことなのかもしれない。
謝って、傷の具合を尋ねたい。しかし、ローグの傷はすでにフードの下に隠されてしまった。そしてなにより、今はこの場を離れることを最優先するべきだ。
「行きましょう」
ローグに促されて、俺は振り返った。たくさんの飾り布で彩られた薄赤いレンガの壁の間に、金属製の扉がある。これだけ丈夫そうな扉と壁に覆われていれば、室内のいさかいが外に漏れることはないだろう。
「楽しみだな」
扉の取っ手に手をかけようとした俺たちの背に、ゴルメドのざらついた声が聞こえた。
「貴様らが何の成果もあげられず、処断される日が待ち遠しいぞ」
「…………」
ローグは何も答えなかった。俺もだ。
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召喚の儀でゴルメド=ソードが発していた「ユウシャ」という単語は、この世界の言葉では「召喚者」と「勇者(人々を導く頼もしい召喚者)」の二通りの意味があります。主人公の能力は、「ユウシャ」と発言した人の内心を自動的に読み取って、「召喚者」か「勇者」で訳し分けるので、今後異世界人が発する「召喚者」or「勇者」という単語に注目すると少しエモいかもしれません。
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