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二章 瞑目する蓮と仙術師
二章 [6/8]
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* * *
「泉蝶、謁見の申し込みはしなくていいんですか?」
泉蝶と並んで歩きながら、王紀が問いかける。
「入れるんだから、問題ないわ」
速足で歩きながら答える泉蝶。
「あなたは、男性以上に勇ましいですね」
王紀は苦笑を浮かべている。
本来帝に謁見するには、多くの手順を踏む必要があるが、彼らはそのほとんどをすっ飛ばした。
本殿や後宮の警護は、主に禁軍が行っている。衛兵たちは、一言二言言葉を交わしただけで簡単に上司を通してくれるのだ。
ただし、謁見の間のある本殿に入るための手続きだけは厳しい。
「飛露がいなくてよかったです」
普通の人がやるよりは簡単な、しかしまどろっこしい手続きをしながら王紀がそう漏らした。飛露ならば、いち早く帝の本意を知るために強行突破しかねない。
泉蝶は王紀が手続きをする間、木陰から本殿の前に広がる庭を見ていた。
大きな行事の際、多くの官吏が集まることができるように設計された庭はとても広い。今は、二十人ほどの武官がそこに散らばり、警護を行っている。彼らは泉蝶たちを見て小さく敬礼した。
庭の端の方では、十羽ほどの野鳥が地面をくちばしでつついて、地中の虫を探している。くすんだ緑の羽根をした手のひらに乗るほどの小さな鳥だ。このあたりではよく見かける野鳥で、水蓮が病室で話していたのも同じ種類の鳥だった。
「少し気が乱れている鳥がいますね」
手続きが終わったのか、王紀が泉蝶の隣に来てつぶやいた。
「それって大丈夫なの?」
気の乱れは体に悪影響を及ぼすと聞いたが……。
「病気かもしれませんし、戦のあわただしさを敏感に感じ取って、気がたっているのかもしれません。感情と気の乱れが相関するのは、人も動植物も同じですから。僕は志閃や飛露ほど気の感度はよくないので、原因までは分かりませんが、さほど大きな乱れではありませんよ」
「それならいいけど……」
「何か気になることでもあるのですか?」
「ないわ」
本当は、もしここにいる鳥たちに何かあったら、水蓮が悲しむかもしれないと思ったのだが、王紀に言う必要はない。
「行きましょう」
泉蝶は王紀に言って、謁見の間へと入った。
泉蝶たちが入った扉は閉められず、左右にずらりと並んだ窓もすべて開けられている。
細かく透かし彫りされた窓の格子からは光が差し込み、明るく開放感があった。風が通るためか、空気は程よく冷たい。
壁際には禁軍の兵たちが目立たないように控えている。多くは泉蝶直属の部下――護衛部隊の所属だ。
帝は、謁見の間最奥の玉座に座っていた。そちらは暗く、帝の顔がよく見えないようにしてあったが、禁軍将軍として彼を見てきた二人は帝の人となりをよく知っていた。
年は五十過ぎ。眉間にも目じりにも深いしわがある。公私をわきまえ、厳格ではありながらも良く笑う穏やかな人物だ。
帝の後ろには宰相と占い師が控えている。宰相は帝より少し年上の好々爺。
占い師は三十代前半ほどの、線の細い男だった。
「急の謁見申し訳ありません」
二人の将軍は、帝の前にひざまずき頭を垂れた。
「よい」
帝は応えて二人に顔を上げるように促したものの、その口調は泉蝶たちを歓迎しているとは思えなかった。
「うぬらがここに来た理由は聞いておる。わしが禁軍に入れるよう言づけた少女の件だそうだな」
連日の戦のせいか、疲労のこもる声で言う。
「……夢を見たのだ。あの場所はきっとこの国の上にあると言われる神仙の世界『崑崙』なのだろうな。色とりどりの気で満たされ、動物・植物・水・風に至るまですべてのものが命にあふれ、照り輝いておった。そこから、小さな露が流れ落ちる夢を見たのだ。露は瞬く間に若い娘の姿になり、この国――桃源の奥地に花弁が落ちるように優雅に降り立った。この夢を見た半月後、わしのもとに禁軍が少女を保護したという報せが来た。その少女が夢で見た少女にちがいない。わしはそう確信し、彼女の面倒を禁軍で見てくれるよう指示する令をしたためた」
夢に見た崑崙の風景を思い出しているのか、帝の口調はさきほどよりも穏やかだ。
「もちろん、わしの見た夢が神仙からのお告げではなく、わしの焦りが見せた幻想の可能性もある。だから、うぬらには、彼女を神のようにもてなせとは言わぬ。この時期に現れた者を怪しむのはもっともだ。彼女が廣の間者で、桃源を破滅に導く可能性もある。
だが、夢にすがりたいのも事実。彼女をとらえ、牢に閉じ込めて、崑崙の神々が下さった勝利の目をつぶすことになってはいかぬ」
「我々の救世主なのか、敵なのか……。確信が持てるまで、禁軍で預かって泳がせて、様子を見ろと言うことですね」
悩ましげに言葉を切った帝に、王紀は確認のために問いかけた。
「うむ……。うぬらならば、うまくやれると信じておる。なんといっても、精鋭ぞろいの禁軍で将軍を務めておるのだからな。こんな時期に申し訳ないが、頼まれてくれないだろうか」
そう言われては、「是」と言うしかない。二人は深くこうべを垂れて、謁見の間を辞した。
「泉蝶、謁見の申し込みはしなくていいんですか?」
泉蝶と並んで歩きながら、王紀が問いかける。
「入れるんだから、問題ないわ」
速足で歩きながら答える泉蝶。
「あなたは、男性以上に勇ましいですね」
王紀は苦笑を浮かべている。
本来帝に謁見するには、多くの手順を踏む必要があるが、彼らはそのほとんどをすっ飛ばした。
本殿や後宮の警護は、主に禁軍が行っている。衛兵たちは、一言二言言葉を交わしただけで簡単に上司を通してくれるのだ。
ただし、謁見の間のある本殿に入るための手続きだけは厳しい。
「飛露がいなくてよかったです」
普通の人がやるよりは簡単な、しかしまどろっこしい手続きをしながら王紀がそう漏らした。飛露ならば、いち早く帝の本意を知るために強行突破しかねない。
泉蝶は王紀が手続きをする間、木陰から本殿の前に広がる庭を見ていた。
大きな行事の際、多くの官吏が集まることができるように設計された庭はとても広い。今は、二十人ほどの武官がそこに散らばり、警護を行っている。彼らは泉蝶たちを見て小さく敬礼した。
庭の端の方では、十羽ほどの野鳥が地面をくちばしでつついて、地中の虫を探している。くすんだ緑の羽根をした手のひらに乗るほどの小さな鳥だ。このあたりではよく見かける野鳥で、水蓮が病室で話していたのも同じ種類の鳥だった。
「少し気が乱れている鳥がいますね」
手続きが終わったのか、王紀が泉蝶の隣に来てつぶやいた。
「それって大丈夫なの?」
気の乱れは体に悪影響を及ぼすと聞いたが……。
「病気かもしれませんし、戦のあわただしさを敏感に感じ取って、気がたっているのかもしれません。感情と気の乱れが相関するのは、人も動植物も同じですから。僕は志閃や飛露ほど気の感度はよくないので、原因までは分かりませんが、さほど大きな乱れではありませんよ」
「それならいいけど……」
「何か気になることでもあるのですか?」
「ないわ」
本当は、もしここにいる鳥たちに何かあったら、水蓮が悲しむかもしれないと思ったのだが、王紀に言う必要はない。
「行きましょう」
泉蝶は王紀に言って、謁見の間へと入った。
泉蝶たちが入った扉は閉められず、左右にずらりと並んだ窓もすべて開けられている。
細かく透かし彫りされた窓の格子からは光が差し込み、明るく開放感があった。風が通るためか、空気は程よく冷たい。
壁際には禁軍の兵たちが目立たないように控えている。多くは泉蝶直属の部下――護衛部隊の所属だ。
帝は、謁見の間最奥の玉座に座っていた。そちらは暗く、帝の顔がよく見えないようにしてあったが、禁軍将軍として彼を見てきた二人は帝の人となりをよく知っていた。
年は五十過ぎ。眉間にも目じりにも深いしわがある。公私をわきまえ、厳格ではありながらも良く笑う穏やかな人物だ。
帝の後ろには宰相と占い師が控えている。宰相は帝より少し年上の好々爺。
占い師は三十代前半ほどの、線の細い男だった。
「急の謁見申し訳ありません」
二人の将軍は、帝の前にひざまずき頭を垂れた。
「よい」
帝は応えて二人に顔を上げるように促したものの、その口調は泉蝶たちを歓迎しているとは思えなかった。
「うぬらがここに来た理由は聞いておる。わしが禁軍に入れるよう言づけた少女の件だそうだな」
連日の戦のせいか、疲労のこもる声で言う。
「……夢を見たのだ。あの場所はきっとこの国の上にあると言われる神仙の世界『崑崙』なのだろうな。色とりどりの気で満たされ、動物・植物・水・風に至るまですべてのものが命にあふれ、照り輝いておった。そこから、小さな露が流れ落ちる夢を見たのだ。露は瞬く間に若い娘の姿になり、この国――桃源の奥地に花弁が落ちるように優雅に降り立った。この夢を見た半月後、わしのもとに禁軍が少女を保護したという報せが来た。その少女が夢で見た少女にちがいない。わしはそう確信し、彼女の面倒を禁軍で見てくれるよう指示する令をしたためた」
夢に見た崑崙の風景を思い出しているのか、帝の口調はさきほどよりも穏やかだ。
「もちろん、わしの見た夢が神仙からのお告げではなく、わしの焦りが見せた幻想の可能性もある。だから、うぬらには、彼女を神のようにもてなせとは言わぬ。この時期に現れた者を怪しむのはもっともだ。彼女が廣の間者で、桃源を破滅に導く可能性もある。
だが、夢にすがりたいのも事実。彼女をとらえ、牢に閉じ込めて、崑崙の神々が下さった勝利の目をつぶすことになってはいかぬ」
「我々の救世主なのか、敵なのか……。確信が持てるまで、禁軍で預かって泳がせて、様子を見ろと言うことですね」
悩ましげに言葉を切った帝に、王紀は確認のために問いかけた。
「うむ……。うぬらならば、うまくやれると信じておる。なんといっても、精鋭ぞろいの禁軍で将軍を務めておるのだからな。こんな時期に申し訳ないが、頼まれてくれないだろうか」
そう言われては、「是」と言うしかない。二人は深くこうべを垂れて、謁見の間を辞した。
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