18 / 103
二章 瞑目する蓮と仙術師
二章 [5/8]
しおりを挟む* * *
桃源の宮殿は、扇状地の要――川を挟んで両岸に存在する。
宮殿の南側は多くの官吏たちが働く公の場。禁軍の拠点もこちら側にある。そこからたった一本の橋でつながれた対岸――北には高官が帝と話したり、戴冠式などの大きな行事が行ったりするための巨大な本殿がある。
そのさらに北西――奥まったところに後宮など帝の私的空間が広がっていた。
泉蝶は王紀とともに、水蓮が禁軍に入りたいと言っていることを伝えるための書類をつくり、部下に託した。あくまで、新たな情報として水蓮の意思を伝えるものであり、彼女を禁軍に入れるよう頼む書類ではない。書類の行き先は、帝宛てではなく、軍の人事をつかさどる文官と水蓮の処遇について相談を行っている大臣だ。自分たちで持って行かずに部下に託すのも、水蓮に必要以上の肩入れはしないという禁軍将軍としての意思を示すため。いくら水蓮に同情していても、禁軍に入れるかどうかは別だ。
泉蝶と王紀は作戦本部で、書類を持って行った部下が帰ってくるのを待った。ちゃんと書類を提出したという報告を受けるためだ。
すぐになんらかの返事が返ってくるとは思っていない。早くても数日、遅ければひと月近く待たされるだろう。
そう思っていたのだが――。
「将軍、姫将軍。帝からのお返事を預かってまいりました!」
しかも、返事は書類を宛てたのではない帝からのもの。
いわく。
『もし禁軍に入りたいと言う少女が現れた場合、彼女はきっと桃源の力となる。彼女の願いに従うように』
簡素で短いものの、最後には帝の言葉であることを示す印がちゃんと押されていた。
「なっ……!」
これには泉蝶も王紀も驚いた。
「なんで帝から返事が来るの!?」
泉蝶は文官と大臣宛ての書類を託したはずの部下に、勢いよく問いかけた。王紀は書状をこすったり透かしたりして、偽物でないか念入りに確かめている。
「へ、陛下はすでに書簡を用意しておられたようで、張文官がこちらをと――」
張は、泉蝶たちが書類を宛てた文官の一人。帝は事前にこの文章を用意して、彼に預けていたのだと言う。
「正気とは思えませんね。せめて戦中は監視、軟禁などされるものと――。しかし、この書き方……。陛下はなにか予知を得ているのでしょうか?」
口調はいつも通り落ち着いているが、王紀は前髪をかき上げるようにして頭を抱えている。
「そんな気がするわね」
「これが偽物である可能性は、印に込められた気からかなり低いと思います。しかし、水蓮の名を書いていない以上、陛下の言う『少女』が違う少女である可能性も……。どうしたものでしょうね」
自分には何の言葉もかけず悩む将軍たちに、帝からの返事を持ち帰った部下は、持ち場に戻るべきか次の指示を待つべきか迷った。
挙動不審に、上司の間に視線をさまよわせたり、足を戸口に向けようとして踏みとどまったりしている。二人とも厳しい雰囲気をまとい、声をかけることもできない。
「陛下は謁見の間?」
そして急に鋭く声をかけられ、飛び上がった。
「あ。い、いえ。それはわたしには……」
どもりながらも何とかそう答える。
「怖いですよ、泉蝶」
王紀がそう注意した。確かに今の泉蝶は眉間に薄くしわを寄せ目つきが鋭く、口調も厳しい。
「陛下に真意を問いたい気持ちはわかりますけどね」
一方の王紀はすでに穏やかな笑みと口調を取り戻している。
「彼は、陛下の書いた書簡を張文官から預かっただけで、直接陛下にお会いしたわけではありませんよ」
「それは、そうだけど……」
なにかが大きく変わりそうな予感に、どうも気持ちが急いてしまう。
「我々は禁軍将軍ですよ。陛下の毎日の予定は把握できています」
一方の王紀は冷静に、朝他の将軍たちとも確認した帝の予定表を引っ張り出してみせた。
「今日の陛下は朝に軍部の高官と謁見。午後からは桃源の勝利を祈る祈祷を行われる予定です」
「今から謁見の間に行けば、ちょうど謁見後の陛下に会えるわね。王紀、謁見の間に行くわよ」
泉蝶はあいかわらずの深刻な厳しい表情で王紀を見た。その足はすでに戸口へ向いている。
「そう言うと思いましたよ」
笑みを崩さず、それに従う王紀。彼の動作は素早い。こうなることが分かっていたのだろう。
「あなたは持ち場に戻っていいですよ。ありがとうございました」と戸の前を空けつつ、所在無げに立っている部下に声をかけるのも忘れない。
「あ、はい! ありがとうございます」
彼は嬉しそうに礼をしたが、頭を上げた時にはすでに泉蝶もそれを追いかけた王紀もいなくなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
恋い焦がれて
さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。
最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。
必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。
だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。
そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。
さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。
※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です
※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません)
※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。
https://twitter.com/SATORYO_HOME
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる