五百禁軍の姫【中華風異能バトルファンタジー】

白楠 月玻

文字の大きさ
52 / 103
五章 闇夜の蓮と弓使い

五章 [5/15]

しおりを挟む
 一方の飛露とびつゆは同じ術を使うために、それなりの準備をしている。
 まず、屋内演習場の中でも最も狭い場所を借り、その中央に胡坐をかいて座り込んだ。そして、数枚の札と刃に複雑な文字や記号からなる術式が書き込まれた短剣を取り出して、隣にたたずむ老爺を見上げる。彼が最も信頼を置く副官で、名は義明ぎめい

「義明、日が沈んだら呼んでくれぬか?」

「構わぬぞ」

 義明は飛露と同じ硬い口調でうなづいた。

「しかし、おぬしならば、これほどの支度はいらぬのではないか?」

「今は少しでも気が惜しい。札数枚で気力を温存できるなら、安かろう」

「おぬしがそう言うのなら、よい」

 老爺はそう言うと、飛露が何か言う前に部屋を辞した。お互いよく知った間柄だ。これ以上の指示は必要ないということだろう。

「では、はじめるか」

 飛露はそう自分に言うと、ゆっくりと呪文を唱えはじめた。
 呪文には気の流れを作り出す効果がある。これから使う術式を助ける流れになるまで呪文を唱えた後、用意していた札と短剣に気を流し込む。
 呪文で操っていた気が札と短剣に緩やかな渦を作りながら吸い寄せられるのを確認して、重ねて床に置いた札を短剣で貫いた。あたりの気が貫かれた部位に集まるように流れ込み、吸収された気が剣の柄から上空へと放出される。

 それを確認したのち、飛露は片手を床に立てたままの剣の柄に置き、もう片方の手で志閃しせん同様宝玉を握りこんだ。
 目を閉じて集中すると、剣の柄から流れ出す気に乗って、意識を飛ばす。
 剣と札の目印があるので、自分の体の場所を見失わずに広範囲の監視ができる。近くにいる義明も、飛露が桃源に来たばかりのころからなじみがある良い目印だ。

 まず意識したのは水蓮すいれんの場所。最近の彼女は弓術の成績こそあまりかんばしくないものの、戦で人手が足りず猫の手も借りたいと言う部下からの要望と、けがが完治したことでしぶしぶながら仕事を与えていた。
 宮殿の南端にある小さな城門の警護。この南向きの城門は、西や南にある村や山と行き来する人のために設けられたものだ。人の往来が少なく、初心者を配置するにはちょうど良い。
 禁軍の拠点から比較的近いのも監視する側からすればありがたい。

 水蓮は門の上――城壁から、はるかかなたまで連なる急峻な山々を眺めている。
 その頭にはいつもの小鳥。志閃がかつて「人が鳥になっている」と例えた小鳥だ。見た目も鳴き声も仕草もすべてがごく普通で、そのあたりで土を掘り返して虫を探す鳥たちと変らなく見える。纏う気は鳥のものではないが、志閃が言うような人が鳥になっているという感覚はわからない。ふつうの鳥よりも気の流れが複雑で、気の制御ができているように感じる程度だ。

 動植物と相性の良い仙術使いと言うのは珍しくない。志閃は植物全般と相性がいいし、騎馬部隊には熊を手なずけて騎獣にしている者もいる。
 動物に好かれやすいのは仙術使いの特徴で、頭に小鳥を載せた水蓮を奇異の目で見る者はいなかった。逆に、「今日も小鳥ちゃんといっしょか?」と小鳥もろともかわいがられているようだ。
 小鳥の気の乱れを指摘する者もいたが、「一緒にいることが多かったから、私の気の流れが影響しちゃったのかも」と答えている。使役された動物は、術師の影響なのか他の動物よりも高度な知性を持つことが多い。それに伴って、気の流れも他の獣より複雑になる。このことは一般常識なので、彼らはそれで納得するようだったが、小鳥の気の乱れは水蓮が桃源に来たばかりのころからだったことを飛露は知っていた。

 怪しいから敵国の刺客だと決めつけるのは根拠が足りない、という志閃の指摘も理解できる。しかし、疑わしいものは疑っておくべきで、それが帝の安全にもつながるはずだ。

 ただし、視野は広く持たなくてはならない。飛露は宮殿中から飛び出す騎馬や、仙術、術で使役した動物などの出入りにも気を配った。
 今城門を入り禁軍拠点の門をくぐった騎馬は、飛露の指示で編成した角端かくたん軍の伝達部隊。毎日朝と夕に前線からの情報を持ち帰る。
 次に朝廷から飛び出していったのは、文官か誰かが放った仙術による伝令だろうか。あれは無視だ。騎馬部隊の伝令も無視。
 今王宮を出た男は、飛露の部下だが、彼の勤務時間は終わっている。|源京(げんきょう)に住む家族のもとへ帰るのだろう。部下が仙術で何かを飛ばした。方向は前線とは反対だが、あれはあとで確認しておこうと術を使った部下を覚えておく。

 宮殿を含む源京内のみでのやり取りは自軍でも無視だ。家族や友人、恋人などとの個人的なやり取りもあるだろうし、そこまで詮索していたらきりがない。
 前線方向からの鷹。あれは飛露が指示して猛禽使いの部下に書類のやり取りをやらせているものだ。これは自分が命じたことなので、あえて確認する必要もない。

 水蓮の鳥が動いた。何度か宮殿上を旋回して仲間を集め、集団で宮殿内の庭に降り立ち土をつつきはじめる。帝のいるであろう執務室の近くなのが気になるが、帝の近くをじろじろ監視するのははばかられる。
 しかし、飛露がこのまま監視を続けるか悩むのは短時間で済んだ。
 執務室の窓から涼しげな顔をした帝直属の占い師――白伝はくでんの顔がのぞく。その瞬間彼が放った札は、鳥の近くに落ちるや否や爆竹のような破裂音を響かせた。
 次の瞬間、音に驚いた鳥たちが集団で空へ舞い上がる。彼も、水蓮の存在には警戒していた。彼女のそばにいる小鳥やその気の不自然さにも気付いているのだろう。彼は志閃に並ぶ仙術の使い手なのだから。

 小鳥の群れが帝から遠い庭園の一角に降り立ったことを確認して、飛露は再び意識を拡散させた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...