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第二部 - 一章 龍の故郷
一章三節 - 旅立ち
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中州城下町は、大きく弧を描くように曲がった月見川と、先人たちが土地を掘り下げて造った中州川に囲まれた半月型の城塞都市だ。
長年の慣習にならって、町を離れる人々の見送りは中州川にかかる橋周辺で行われた。
対岸から見上げると、急な斜面の上――台地状になったところに町があるのがよくわかる。川から町までは南側の低いところで二間(約三.六メートル)、北に行けば約六間(約十一メートル)の高度差がある。一方で、町の対岸は低く均されていた。中州川の水位が上がると、水に沈むようにしてあるのだ。先人たちの努力には頭が下がる。
与羽は稲刈りを終えた茶金の田園が広がる平野を馬上から見渡して、下から見上げる六人に目を戻した。
与羽の兄――乱舞、与羽の護衛官を務める雷乱と比呼。比呼の世話をおおせつかった凪。辰海の父親で最上位の大臣――卯龍。そして大斗の弟の千斗。
比呼は与羽を見て苦笑している。
残念なことに、与羽は旅慣れていない。長距離の移動は初めてなので、実砂菜の馬に同乗させてもらっていた。緊張とできるだけ実砂菜に迷惑をかけたくない気持ちから、馬上で人形のように固まる与羽がおかしかったのだろう。
「いいかー、辰海」
卯龍は息子を見上げていたずらっぽく笑んだ。彼は世間一般では、四十代前半という年齢に不似合いな白髪と、わずかに龍の血が混ざっていることを示す灰桜色の目、さわやかな笑みが特徴の「素敵な大臣」で通っている。
しかし――。
「父上がいないからって、これ幸いと与羽ちゃんにあんなことやこんなことするんじゃないぞ」
彼は親しい相手には冗談を言いまくる、「陽気なおじさま」だった。
「……いや、『あんなことや"こ"』までなら許してやろう」
「しませんから!」
辰海は色白のほほを桜色に染めて叫ぶ。吊り上がった目尻や高い鼻、見目の良い顔立ちなど、よく似た特徴を持つ親子だが、彼の白い肌や目の色は母親譲りだ。
「兄貴は、何もするなよ」
これは大斗の弟、千斗。大斗は、「それは約束できないな」と涼しい顔をした。
「ミサには何もするなよ」
そんな兄に、千斗はさらに念押ししている。彼が馬上の実砂菜を見上げると、彼女は大きく手を振った。手綱から手を放して両手を振るので、彼女の前に座る与羽は慌てて手綱をつかんで、いらだたしげに足踏みする馬をなだめた。
「ミサ、ちょっと、馬を――」
与羽が文句を言うが、「千斗ぉー! 行ってくるねー!」と叫ぶ実砂菜には聞こえていない。実砂菜と千斗は婚約者同士。旅立つ前に伝えたいことがたくさんあるのだろう。
与羽の様子に気づいた雷乱と比呼が駆け寄って馬を落ち着かせてくれなければ、どうなっていたことか。その間も、実砂菜たちは何か言葉を交わしているようだが、それを聞く余裕はない。
「ありがと」
しっかりと手綱を握りなおして、与羽は二人に言った。
「慣れてるから」
比呼は華金王に仕えていた過去を思い出したのか、影のあるはかなげな笑み浮かべている。くだんの華金から来た暗殺者とは彼のことだ。与羽に感化され祖国を裏切ることを決めた彼は、雷乱や千斗に監視されつつも、穏やかに暮らし始めているように見える。
「まだ全然城下に慣れてないのに、一緒におれんでごめんな」
先日まで行われていた尋問の跡を残す痩せた顔に、与羽は謝った。
「大丈夫だよ。凪も雷乱も、みんなやさしいから。気を付けて行ってきてね」
次に比呼が見せた笑みは、先ほどまでよりはいくらか明るく見えた。
「辰海や竜月の馬の方が安全だったんじゃねぇか?」
一方の雷乱は、別れの感傷などないようで馬上で元気に身振り手振りを続ける実砂菜と、落ち着きのない馬を見比べている。
「……それは、正直私も思っとる」
体重、性別、立場などを考慮した結果だったが、もしかすると最悪の選択だったのかもしれない。
「まぁ、別れが済んだら落ち着くじゃろ……」
そう、希望のこもった推測を口にした。
「余裕をもって宿場に着きたいから、そろそろ行くよ」
道の先で大斗が声を張り上げるのが聞こえた。いつの間にか別れのあいさつを終わらせたようで、隊列の先頭に陣取っている。
「だってよ」
雷乱が捕まえていた馬のくつわを放して距離を取った。その隣で比呼と凪が手を振っている。
与羽は首を巡らせて兄を探した。
「乱兄! いってきます!」
「うん! いってらっしゃい!」
お互いに大きく手を振って旅立ちのあいさつをした。かわす言葉は少ないが、この兄妹にはそれだけで十分だった。
「ちょっと与羽! あんまり動かないで!」
馬上で大きく伸びをする与羽の腰を支えながら文句を言うのは実砂菜だ。
「どっちもどっちだったか」
その様子に雷乱がつぶやく。
「そうみたい」
愉快な光景に、比呼もくすくす笑った。
ゆっくりと馬が歩みだす。隊列が整い、順調に進み始めたところで、卯龍と乱舞が踵を返した。もう少しで城の朝議が始まる時間だ。官吏たちの話し合いに参加するため、城に戻らなくてはならない。
城下町へと続く橋を渡り終え、乱舞は最後に振り返った。稲刈り後の金色の大地の上を進む馬の一団が見える。彼らは振り返ることなくゆっくりと北を目指していた。
この澄んだ秋空はあと何日見られるだろうか。暦はすでに冬。西に広がる山々の頂には白いものが見え始めている。
――みんなが天駆に着くまで、天気がもつといいな。
祈りに似た希望を胸に、乱舞は城への道を急いだ。
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