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第二部 - おまけ短編
おまけ短編 帰路
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城下町へと進む中州一行の物語です。
本編に入れると冗長な(無駄に長くなる)気がしたので、おまけということで。
―――――
中州へと少しぬかるんだ道を馬で歩く。吹きつける風はまだ冷たいが、辺りの景色には色が増えた。ついこの間まで、薄墨で描かれたようだった白黒の世界は、雪雲の晴れた薄青の空、大地に芽吹いた若緑、ちらほらと咲きはじめた花の赤や黄――彩りの世界に取って代わられつつある。
「与羽、肩の力を抜きな。手綱には手を添えとくだけでいい」
周りの風景を楽しむ余裕もないほど体をこわばらせた与羽に、大斗の注意が飛ぶのは何度目だろう。やはり一人で乗る馬は勝手が違う。いきなり走り出したらどうしよう。急に暴れて振り落とされたら――。そんなことばかり考えてしまう。
「与羽、聞こえてる?」
先頭の大斗が後退して、手綱を握る与羽の手をつかんだ。その手のあたたかさにも気づかないほど、与羽の手にも腕にも力がこもってた。
「はぁ」
大斗はため息をついた。
「ちょっと一回止まりな」
大斗と与羽の馬の胴が触れ合う。
「先ぱ……」
その衝撃に驚いて、与羽がやっと顔を上げた。その動きはひどくぎこちない。壊れかけたからくり人形のように、固まった体を慎重に回して大斗を見る。
「今日の乗馬練習はここまでだよ」
大斗は与羽の手から手綱を取り上げた。慣れた様子で馬を止めている。止まる予備動作なのか、その場で何度か足踏みする馬に、与羽は顔を青くした。
「大丈夫だから」
冷めた口調で与羽をなだめる大斗の周りに、辰海と実砂菜も停止した。辰海は心配そうな顔で、実砂菜は与羽をからかうような面白がるような笑みを浮かべて。大斗は二人を見比べて、最終的に辰海で目を止めた。
「古狐、与羽と相乗りできる? 少し急ぎたい」
「問題ありません」
与羽の頭越しに大斗と辰海が会話している。与羽はそれを聞きながら、両手で鞍のふちをつかんだ。馬の足は止まっているはずだが、まだ揺れているような感覚がある。
「与羽、聞いてたね? 馬は俺が預かっておくから」
「あ、僕が与羽の馬に移っても良いですか?」
与羽が乗っている馬は、辰海の愛馬だ。体は大きいものの、気性が穏やかで御しやすいだろうと与羽に貸してくれた。
「いいよね、桜花」
辰海が愛馬――桜花の顔を撫でながら尋ねると、桜花は自分の顔を辰海の手に擦り付けた。了承してくれたらしい。
「与羽、僕の前と後ろ、どっちがいい?」
次に辰海は与羽に尋ねる。
「……前が良い」
後ろは前方の様子が見えないので怖い。このまま一人で乗馬を続ける、もしくは実砂菜の馬に移りたいと主張する選択肢もあったが、どうやら与羽のせいで旅の歩みが遅れているようだ。大斗の言動や与羽たちをどんどん抜かしていく旅人たちから察した。あまりわがままを言うべきではないだろう。
「じゃあ、ちょっと前に寄れる? あぶみには足をかけたままでいいから」
与羽は言われたとおりにした。次の瞬間、辰海が与羽の後ろにひらりと乗り移ってくる。
「九鬼先輩、手綱を――」
辰海は桜花の手綱を大斗から受け取って、代わりに今まで乗っていた馬の手綱を渡した。
大斗は預かった手綱を、手早く自分の馬の馬具に結びつけた。
「ありがとね、桜花」
その間に、辰海は身を屈めて愛馬の首を撫でている。幼い頃から世話してきたこの雌馬は辰海の大切な相棒だ。昔は辰海の目と同じ黒灰色をしていたが、徐々に毛に白いものが増え、今は銀色に見える。
与羽は背に辰海の体重と体温を感じた。彼が馬を撫でるたびに筋肉が動いているのがわかる。妙な居心地の悪さに、与羽はできるだけ身を小さくして、辰海に触れる部分を減らした。
「もう行けるかい?」
馬を繋ぎ終わった大斗が振り返る。
「与羽、大丈夫?」
彼女の背に覆いかぶさる体勢のまま、辰海が尋ねた。耳に息がかかりそうなほど近い声と、触れ合っている体から声とともに伝わってくる振動。与羽はぎゅっと体に力を込めた。
「……だいじょぶ」
なんとか、そう答える。
「行けます」
辰海は大斗にも聞こえるくらい大きな声で言った。同時に背筋を伸ばしてくれたので、ありがたい。二人の間に入り込んだ肌寒い空気に、与羽はほっと息をついた。
「じゃあ、少し駆けるから」
大斗の言葉に、与羽も姿勢を正して馬の鞍を掴む。彼女の左右には手綱を持つ辰海の腕。もし与羽の体が傾いても、受け止めてもらえるだろう。その安心感に、少し与羽の肩から力が抜けた。
「先に行ってる荷物運びに追いつく」
目的を告げて、大斗は馬を走らせた。そのあとを辰海が続く。
「ごめん与羽。ちょっと頭を下げて」
言われた通りにすると、辰海は前傾姿勢になってさらに速度を上げた。再び近づく体。
「たつ……」
「体勢を崩しそうだったり、怖かったりしたら言ってね」
やさしい声が体に響く。
「……わかった」
これは馬を駆るために必要なことなのだ。自分を包み込むように背に覆いかぶさる辰海。温かくて、良い匂いがして、嫌なことは何もないはずなのに、少し離れて欲しいと思う。その理由は考えないことにした。
明日は実砂菜の馬に乗せてもらおう。そして、城下町に戻ったら、ちゃんと乗馬の練習をしよう。
辰海の胸に抱かれながら、与羽はそう誓った。
→【第三部:袖ひちて】
本編に入れると冗長な(無駄に長くなる)気がしたので、おまけということで。
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中州へと少しぬかるんだ道を馬で歩く。吹きつける風はまだ冷たいが、辺りの景色には色が増えた。ついこの間まで、薄墨で描かれたようだった白黒の世界は、雪雲の晴れた薄青の空、大地に芽吹いた若緑、ちらほらと咲きはじめた花の赤や黄――彩りの世界に取って代わられつつある。
「与羽、肩の力を抜きな。手綱には手を添えとくだけでいい」
周りの風景を楽しむ余裕もないほど体をこわばらせた与羽に、大斗の注意が飛ぶのは何度目だろう。やはり一人で乗る馬は勝手が違う。いきなり走り出したらどうしよう。急に暴れて振り落とされたら――。そんなことばかり考えてしまう。
「与羽、聞こえてる?」
先頭の大斗が後退して、手綱を握る与羽の手をつかんだ。その手のあたたかさにも気づかないほど、与羽の手にも腕にも力がこもってた。
「はぁ」
大斗はため息をついた。
「ちょっと一回止まりな」
大斗と与羽の馬の胴が触れ合う。
「先ぱ……」
その衝撃に驚いて、与羽がやっと顔を上げた。その動きはひどくぎこちない。壊れかけたからくり人形のように、固まった体を慎重に回して大斗を見る。
「今日の乗馬練習はここまでだよ」
大斗は与羽の手から手綱を取り上げた。慣れた様子で馬を止めている。止まる予備動作なのか、その場で何度か足踏みする馬に、与羽は顔を青くした。
「大丈夫だから」
冷めた口調で与羽をなだめる大斗の周りに、辰海と実砂菜も停止した。辰海は心配そうな顔で、実砂菜は与羽をからかうような面白がるような笑みを浮かべて。大斗は二人を見比べて、最終的に辰海で目を止めた。
「古狐、与羽と相乗りできる? 少し急ぎたい」
「問題ありません」
与羽の頭越しに大斗と辰海が会話している。与羽はそれを聞きながら、両手で鞍のふちをつかんだ。馬の足は止まっているはずだが、まだ揺れているような感覚がある。
「与羽、聞いてたね? 馬は俺が預かっておくから」
「あ、僕が与羽の馬に移っても良いですか?」
与羽が乗っている馬は、辰海の愛馬だ。体は大きいものの、気性が穏やかで御しやすいだろうと与羽に貸してくれた。
「いいよね、桜花」
辰海が愛馬――桜花の顔を撫でながら尋ねると、桜花は自分の顔を辰海の手に擦り付けた。了承してくれたらしい。
「与羽、僕の前と後ろ、どっちがいい?」
次に辰海は与羽に尋ねる。
「……前が良い」
後ろは前方の様子が見えないので怖い。このまま一人で乗馬を続ける、もしくは実砂菜の馬に移りたいと主張する選択肢もあったが、どうやら与羽のせいで旅の歩みが遅れているようだ。大斗の言動や与羽たちをどんどん抜かしていく旅人たちから察した。あまりわがままを言うべきではないだろう。
「じゃあ、ちょっと前に寄れる? あぶみには足をかけたままでいいから」
与羽は言われたとおりにした。次の瞬間、辰海が与羽の後ろにひらりと乗り移ってくる。
「九鬼先輩、手綱を――」
辰海は桜花の手綱を大斗から受け取って、代わりに今まで乗っていた馬の手綱を渡した。
大斗は預かった手綱を、手早く自分の馬の馬具に結びつけた。
「ありがとね、桜花」
その間に、辰海は身を屈めて愛馬の首を撫でている。幼い頃から世話してきたこの雌馬は辰海の大切な相棒だ。昔は辰海の目と同じ黒灰色をしていたが、徐々に毛に白いものが増え、今は銀色に見える。
与羽は背に辰海の体重と体温を感じた。彼が馬を撫でるたびに筋肉が動いているのがわかる。妙な居心地の悪さに、与羽はできるだけ身を小さくして、辰海に触れる部分を減らした。
「もう行けるかい?」
馬を繋ぎ終わった大斗が振り返る。
「与羽、大丈夫?」
彼女の背に覆いかぶさる体勢のまま、辰海が尋ねた。耳に息がかかりそうなほど近い声と、触れ合っている体から声とともに伝わってくる振動。与羽はぎゅっと体に力を込めた。
「……だいじょぶ」
なんとか、そう答える。
「行けます」
辰海は大斗にも聞こえるくらい大きな声で言った。同時に背筋を伸ばしてくれたので、ありがたい。二人の間に入り込んだ肌寒い空気に、与羽はほっと息をついた。
「じゃあ、少し駆けるから」
大斗の言葉に、与羽も姿勢を正して馬の鞍を掴む。彼女の左右には手綱を持つ辰海の腕。もし与羽の体が傾いても、受け止めてもらえるだろう。その安心感に、少し与羽の肩から力が抜けた。
「先に行ってる荷物運びに追いつく」
目的を告げて、大斗は馬を走らせた。そのあとを辰海が続く。
「ごめん与羽。ちょっと頭を下げて」
言われた通りにすると、辰海は前傾姿勢になってさらに速度を上げた。再び近づく体。
「たつ……」
「体勢を崩しそうだったり、怖かったりしたら言ってね」
やさしい声が体に響く。
「……わかった」
これは馬を駆るために必要なことなのだ。自分を包み込むように背に覆いかぶさる辰海。温かくて、良い匂いがして、嫌なことは何もないはずなのに、少し離れて欲しいと思う。その理由は考えないことにした。
明日は実砂菜の馬に乗せてもらおう。そして、城下町に戻ったら、ちゃんと乗馬の練習をしよう。
辰海の胸に抱かれながら、与羽はそう誓った。
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