龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第三部 - 一章 雪花舞う

かまくらと薬師凪那[下]

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「寒さには慣れた?」

「……少しは」

 特に今は全身を使って動いているので、ほとんど寒さを感じない。

「早く終わらせて、朝ごはんにしようね」

「そうだね」

 比呼ひこはうなずいて、新たな雪にすきを立てた。あともう少しだ。

 その背を、ナギはほほをかじかませながらもにっこり笑って見た。長年中州城下町に住んできた人々と比べれば未熟だが、彼の体力と技術は素晴らしい。
 除雪は全身を使う重労働であるにもかかわらず、比呼がを上げることはなかった。ただ、暗い使命から解放されて気が抜けたのか、注意力散漫な時がある。それが、滑って転ぶなどの小さな失敗を生む原因になっているのだろう。

 城下町に住む人の中には、比呼の失敗を笑う者もいる。しかし、少し間抜けな方が凪は好きだった。人間らしさを感じるから。完璧な人と一緒にいるのは疲れてしまう。

 ――この調子なら、きっとすぐに城下町にもなじめるわ。

 なんと言っても、与羽ようが認めた男なのだ。

 凪はここよりも寒い北の空の下にいるであろう、妹同然の少女を思い浮かべた。自分を殺そうとした男を許して受け入れ、居場所を与えた姫君。彼女は大雑把なわがまま娘であるにも関わらず、人を見る目はしっかりしている。

 敵国出身の雷乱らいらんを、自身の護衛として中州に引き入れたのも与羽だった。確かに最初は混乱したものの、その判断が間違っていたと言う者は今では誰もいない。

 きっと、比呼の場合もそうだ。

 そうでなくては困る。

 そもそものきっかけをつくったのは、たきぎを拾いに入った山で比呼を発見した凪。彼は同情を誘って取り入りやすくするために、山賊に襲われたふりをしたらしい。凪が彼の介抱をしたのは、薬師くすし家で育ち医学に秀でていたこともあったが、一番は彼に同情したからだ。その点で、彼のたくらみは成功していた。与羽や彼女を守る人々の方がやや上手だっただけで――。

 本当に比呼が悪いだけの人間であったら、凪は彼に利用された自分を責め続けただろう。

 ――本当に、良かった。

 凪は比呼の華奢きゃしゃな背中を見つめた。
 視線を感じたのか、比呼が振り返る。長い黒髪が、白い世界にひるがえった。

「終わったよ!」

 その笑顔は緊張が消えて、どんどん魅力的になっている。

「お疲れさま」

 凪は中性的な顔に笑みを返した。

「じゃあ、次は庭の雪を端に避けよう。通りに出しても除雪が間に合わないから、春まで庭に溜めておくの」

「了解」

 比呼は屋根を滑り降りて、高く降り積もった雪に着地した。もちろん凪は梯子で降りる。

「……比呼って、もしかして与羽に似た気質の人?」

 凪が思う以上に、彼はこの冬を楽しんでいるのかもしれない。

「そんな! 与羽に似てるなんて恐れ多い!!」

 比呼の否定は予想外に強かった。どうやら彼は与羽に必要以上の畏敬いけいを感じているらしい。

「……でも、好奇心は、強いかも」

 小さく付け加えられた言葉に、凪はにっこり笑った。きっと新しい人生を始めたばかりの彼にとって、見えるもの感じるものの多くが新鮮なのだろう。

「よっし、じゃあかまくら作りしよっか!」

「かまくら?」

 唐突な提案に、比呼は首をかしげている。

「知ってる?」

「知識として知ってはいるけど……」

「じゃあ、話が早いね。雪を積んで穴を掘るだけ。あ、雪の壁を作っていく方が楽かも」

 凪はさっそく道具を持ち換えて、かまくら作成予定地に印をつけ始めた。

「だてに十年与羽に振り回されてきたわけじゃないんだから」

 与羽とは、ありとあらゆる遊びをした。あのおてんば姫ほどはうまくできないが、比呼に少しでも多くこの冬の思い出を贈ろう。

「ほら比呼、屋根から落ちた雪をこの線の通りに積んでいって。崩れないようにしっかり固めながらね」

「わ、わかった」

 一瞬の驚きののち、比呼の顔に笑顔が浮かんだ。

「いい冬にするぞー」

 与羽ならきっとこうするはずだ。凪はこぶしを天に突き上げた。それをきょとんと見つめる比呼。

「ほら、一緒に『おー』ってやるの!」

 凪は無理やり比呼の片手を取って、大きく上に挙げた。

「おー!」

「お、おー!」

 まだ戸惑いを見せつつも、比呼はわずかに見える頬を寒さと興奮で赤くしている。
 この冬くらいは、童心に返って過ごすのも悪くないだろう。楽しい冬はまだまだ続きそうだ。
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