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外伝 - おまけ短編
おまけ短編 水遊び
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おまけ短編「水遊び」
おまけ短編ですが、時間軸的に本編の間に挟み込みました。
官吏登用試験中、とある夏日の一面です。
本編が非常に病んでいるので、その息抜きになれば。
-------
「ほら、与羽」
名前を呼ばれて、振り返る。
そしてすぐさま、両手で顔をかばおうとした。
「わ……!」
しかし、間に合わなかった。
顔面に広がる冷たい感触。水を投げられたのだ。
「先輩……」
目元をぬぐいながら、与羽は唇をとがらせた。
「いつも言ってるだろう? 簡単に隙を見せるんじゃないよ」
「でも今は稽古中じゃありませんし……」
「敵はいつやってくるかわからないだろう?」
「それはそうですけど……。今くらい楽しく遊びたいです」
与羽は水中にしゃがみ込み、呼気で水を泡立て不満をあらわにした。
「あまり岸から離れないでよ?」
一方与羽に水を飛ばした大斗は、岩に腰かけている。しかしその着物はすべて濡れ、一度は全身水につかったのだろうとうかがえた。
「わかってます」
今二人がいるのは、中州城下町の北。月見川と中州川の分岐地点だ。
月見川の流れの荒さは有名で、毎年遭難事故が絶えない。泳ぎに自信がある与羽でも、危険を冒す気にはなれなかった。
「よし、じゃあ遊んでやるよ」
「僕たちも!」
横柄に言って立ち上がった大斗の背後から声がかかる。
「あ! 乱兄、絡柳先輩!」
与羽が声を上げた。
「乱兄、今日の勉強はもういいん?」
「もちろん」
乱舞は明るく笑みながら、水を蹴散らして与羽に駆け寄っていく。
「与羽……」
絡柳はゆっくりと乱舞を追いながら、頭を抱えた。立ち上がった与羽は全身ずぶぬれで、夏用の薄い着物が肌に貼りつき、体の線をくっきりと見せていた。下着で隠すところは隠しているが目のやり場に困る。
「何考えてんの?」
上級文官としてこの場合はどうするべきか。記録のない事例に考え込む絡柳に歩み寄ってきたのは大斗だった。口元に淡く笑みを浮かべ、絡柳をからかう気満々といった様子だ。
「年頃の娘を水遊びに誘うお前の神経を疑っているんだ」
絡柳は硬い口調で答えた。どうにも思考が鈍っている。
「まだまだ年頃ってほどでもないだろう? 子どもの体だよ」
じっくり与羽の体を眺める大斗に、絡柳は足元の水をすくって浴びせた。もちろん防がれたが……。
「お前には女性に対する配慮がないのか!?」
絡柳は反語的に尋ねる。
「与羽が水遊びしたいって言ったんだからいいでしょ?」
あくまで誘ったのは与羽。大斗の主張はこうだった。
そして、渦中の人である与羽自身は、兄と水をかけ合いながら楽しそうに遊んでいる。その満開の笑顔に、絡柳の表情も緩んでしまった。
当人が楽しいのなら、まぁいいか。そんな風に思わせる無邪気な笑み。
「立ち直ったのか?」
「どうだろうね」
曖昧な返事をしながら、大斗は兄妹に近づく。
「まっ、少しでも与羽が嫌なことを考えなくて済むなら、やる価値はあるんじゃない?」
絡柳にだけ聞こえる声量で言って、気配を消す。彼は遊びでも本気だ。背後から音もなく忍び寄り、乱舞の頭から水をかけようとして――。
すぐに乱舞の反撃を受けた。大斗を気にするそぶりなど一切見せていなかったにもかかわらず、正確に水草を投げてよこしたのだ。顔面に。
「…………」
大斗のあごから水が滴る。
「いい度胸してるじゃない」
大斗は肩に引っかかっていた水草をゆっくりはがしながら、凶悪に笑った。
与羽は兄の陰に隠れて小さくなった。大斗の挑発は与羽に向けられたものではないにもかかわらず、恐ろしいほど威圧感がある。
一方の乱舞は、いたずらっぽい笑みを浮かべ、大斗に堂々と向き合った。
細身でやさしい顔つきをしているために、穏やかでおとなしい印象を与えがちだが、彼はやはり与羽の兄だ。無邪気で、いたずら好きで、少し好戦的。普段まじめな印象を与えるようにふるまっている分、与羽よりもたちが悪いかもしれない。
しかも、その使い分けを無意識に行っているらしい。大斗も絡柳も、初めて乱舞に会ったときはその雰囲気に騙された。
「遊ぶんなら楽しくなくっちゃ」
未だ幼さの見える無邪気な笑みを浮かべて言う乱舞。その手には、川底からはがした水草が握られている。
「いいよ、のってやる」
大斗はそれに応えた。
大きな体に引っかかっていた水草を一度川面に浸して投げつける。
水をふんだんに含んだ攻撃を、乱舞は体をずらしてかわした。しかし、彼の後ろに隠れていた与羽は避けきれず――。
「あわっ!」
ビチャという湿った音とともに、短い悲鳴が上がった。
大斗の投げた水草は、与羽の秀でた額に張り付いた。次から次へと水が目に流れ込んでくる。与羽は慌てて目を閉じて、首を振った。幸いなことに、水草はすぐに離れてくれたが、目が痛むし、大斗は機嫌よさそうに笑っている。少し、腹立たしい。
与羽は自分に投げつけられた水草を拾い上げると、怒りを込めて大斗に投げ返した。
それと同時に、みぞおちまで水につかっているとは思えない滑らかさで、大斗に詰め寄り殴りかかる。
水草の攻撃は右手で払い落された。与羽のこぶしは左手でつかもうとしている。
――集中。
与羽は自分に言い聞かせた。足元は水。その流れを読むのだ。そう、この角度、この瞬間に――。
大斗の大きな手が与羽のこぶしをつかむ。その瞬間、与羽は川の流れとともに、大斗の巨体を押し倒した。
「もっと大人らしい振る舞いができないものか……」
勢い余った与羽とともに水柱を立てて倒れこむ大斗を見て、絡柳はため息をついた。
しかし、最年長の言葉を聞く者はいない。
まだ十一の与羽は仕方ないにしても、乱舞たちは十代半ばだ。官吏である彼らには、それに見合った行動が求められる。乱舞は官吏ではないが、将来中州を負って立つ者として、官吏以上の自覚が必要になること必至だ。
「絡柳先輩もこっち来ましょうよ!」
呼ばれて顔をあげれば、多量の水を滴らせる大斗に抱えられた与羽が手招きしている。とても楽しそうに。
「全く……。俺も大人らしい振る舞いができないダメ官吏ってことか」
与羽を見ていると、一緒に遊びたくなってくる。
いつもの涼しい顔を隠しきれない笑みに変えて、絡柳は水をすくいながら駆けだした。
【おまけ短編:水遊び 完】
【次→ 外伝:風水炎舞 第五章】
おまけ短編ですが、時間軸的に本編の間に挟み込みました。
官吏登用試験中、とある夏日の一面です。
本編が非常に病んでいるので、その息抜きになれば。
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「ほら、与羽」
名前を呼ばれて、振り返る。
そしてすぐさま、両手で顔をかばおうとした。
「わ……!」
しかし、間に合わなかった。
顔面に広がる冷たい感触。水を投げられたのだ。
「先輩……」
目元をぬぐいながら、与羽は唇をとがらせた。
「いつも言ってるだろう? 簡単に隙を見せるんじゃないよ」
「でも今は稽古中じゃありませんし……」
「敵はいつやってくるかわからないだろう?」
「それはそうですけど……。今くらい楽しく遊びたいです」
与羽は水中にしゃがみ込み、呼気で水を泡立て不満をあらわにした。
「あまり岸から離れないでよ?」
一方与羽に水を飛ばした大斗は、岩に腰かけている。しかしその着物はすべて濡れ、一度は全身水につかったのだろうとうかがえた。
「わかってます」
今二人がいるのは、中州城下町の北。月見川と中州川の分岐地点だ。
月見川の流れの荒さは有名で、毎年遭難事故が絶えない。泳ぎに自信がある与羽でも、危険を冒す気にはなれなかった。
「よし、じゃあ遊んでやるよ」
「僕たちも!」
横柄に言って立ち上がった大斗の背後から声がかかる。
「あ! 乱兄、絡柳先輩!」
与羽が声を上げた。
「乱兄、今日の勉強はもういいん?」
「もちろん」
乱舞は明るく笑みながら、水を蹴散らして与羽に駆け寄っていく。
「与羽……」
絡柳はゆっくりと乱舞を追いながら、頭を抱えた。立ち上がった与羽は全身ずぶぬれで、夏用の薄い着物が肌に貼りつき、体の線をくっきりと見せていた。下着で隠すところは隠しているが目のやり場に困る。
「何考えてんの?」
上級文官としてこの場合はどうするべきか。記録のない事例に考え込む絡柳に歩み寄ってきたのは大斗だった。口元に淡く笑みを浮かべ、絡柳をからかう気満々といった様子だ。
「年頃の娘を水遊びに誘うお前の神経を疑っているんだ」
絡柳は硬い口調で答えた。どうにも思考が鈍っている。
「まだまだ年頃ってほどでもないだろう? 子どもの体だよ」
じっくり与羽の体を眺める大斗に、絡柳は足元の水をすくって浴びせた。もちろん防がれたが……。
「お前には女性に対する配慮がないのか!?」
絡柳は反語的に尋ねる。
「与羽が水遊びしたいって言ったんだからいいでしょ?」
あくまで誘ったのは与羽。大斗の主張はこうだった。
そして、渦中の人である与羽自身は、兄と水をかけ合いながら楽しそうに遊んでいる。その満開の笑顔に、絡柳の表情も緩んでしまった。
当人が楽しいのなら、まぁいいか。そんな風に思わせる無邪気な笑み。
「立ち直ったのか?」
「どうだろうね」
曖昧な返事をしながら、大斗は兄妹に近づく。
「まっ、少しでも与羽が嫌なことを考えなくて済むなら、やる価値はあるんじゃない?」
絡柳にだけ聞こえる声量で言って、気配を消す。彼は遊びでも本気だ。背後から音もなく忍び寄り、乱舞の頭から水をかけようとして――。
すぐに乱舞の反撃を受けた。大斗を気にするそぶりなど一切見せていなかったにもかかわらず、正確に水草を投げてよこしたのだ。顔面に。
「…………」
大斗のあごから水が滴る。
「いい度胸してるじゃない」
大斗は肩に引っかかっていた水草をゆっくりはがしながら、凶悪に笑った。
与羽は兄の陰に隠れて小さくなった。大斗の挑発は与羽に向けられたものではないにもかかわらず、恐ろしいほど威圧感がある。
一方の乱舞は、いたずらっぽい笑みを浮かべ、大斗に堂々と向き合った。
細身でやさしい顔つきをしているために、穏やかでおとなしい印象を与えがちだが、彼はやはり与羽の兄だ。無邪気で、いたずら好きで、少し好戦的。普段まじめな印象を与えるようにふるまっている分、与羽よりもたちが悪いかもしれない。
しかも、その使い分けを無意識に行っているらしい。大斗も絡柳も、初めて乱舞に会ったときはその雰囲気に騙された。
「遊ぶんなら楽しくなくっちゃ」
未だ幼さの見える無邪気な笑みを浮かべて言う乱舞。その手には、川底からはがした水草が握られている。
「いいよ、のってやる」
大斗はそれに応えた。
大きな体に引っかかっていた水草を一度川面に浸して投げつける。
水をふんだんに含んだ攻撃を、乱舞は体をずらしてかわした。しかし、彼の後ろに隠れていた与羽は避けきれず――。
「あわっ!」
ビチャという湿った音とともに、短い悲鳴が上がった。
大斗の投げた水草は、与羽の秀でた額に張り付いた。次から次へと水が目に流れ込んでくる。与羽は慌てて目を閉じて、首を振った。幸いなことに、水草はすぐに離れてくれたが、目が痛むし、大斗は機嫌よさそうに笑っている。少し、腹立たしい。
与羽は自分に投げつけられた水草を拾い上げると、怒りを込めて大斗に投げ返した。
それと同時に、みぞおちまで水につかっているとは思えない滑らかさで、大斗に詰め寄り殴りかかる。
水草の攻撃は右手で払い落された。与羽のこぶしは左手でつかもうとしている。
――集中。
与羽は自分に言い聞かせた。足元は水。その流れを読むのだ。そう、この角度、この瞬間に――。
大斗の大きな手が与羽のこぶしをつかむ。その瞬間、与羽は川の流れとともに、大斗の巨体を押し倒した。
「もっと大人らしい振る舞いができないものか……」
勢い余った与羽とともに水柱を立てて倒れこむ大斗を見て、絡柳はため息をついた。
しかし、最年長の言葉を聞く者はいない。
まだ十一の与羽は仕方ないにしても、乱舞たちは十代半ばだ。官吏である彼らには、それに見合った行動が求められる。乱舞は官吏ではないが、将来中州を負って立つ者として、官吏以上の自覚が必要になること必至だ。
「絡柳先輩もこっち来ましょうよ!」
呼ばれて顔をあげれば、多量の水を滴らせる大斗に抱えられた与羽が手招きしている。とても楽しそうに。
「全く……。俺も大人らしい振る舞いができないダメ官吏ってことか」
与羽を見ていると、一緒に遊びたくなってくる。
いつもの涼しい顔を隠しきれない笑みに変えて、絡柳は水をすくいながら駆けだした。
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