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外伝 - 第六章 炎狐と龍姫
六章一節 - 別れの一歩
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【第六章 炎狐と龍姫】
大斗が与羽に贈ってくれた刀は、脇差ほどの長さしかない短いものが二本。
普通の刀よりも薄く軽く作られたそれは、大斗曰く「風水円舞を乱したら折れるよ」とのことだった。今の与羽にはまだ使いこなせないであろう繊細な武器。それでも、部屋に飾られたそれを見ると、自分の成長を信じられる気がして、与羽は小さく笑みを浮かべた。少しだけ大人になれたような、認められたような気分だ。
「竜月ちゃん」
与羽は刀から目を離して、自分より一歳若い使用人の少女を見た。
「荷造りはほとんど終わっていますよ、ご主人様! あとはそちらの刀をお包みするだけです」
少女が答える。
古狐家にある与羽の部屋はすっかり片付けられていた。大人に近づいたのなら、与羽はもう古狐家で暮らすべきではないのかもしれない。腕のけがを治しながら、与羽はそんなことを考えていた。
幼いころから今まで、卯龍の厚意によって古狐で守られてきた。しかし、与羽が本来暮らすべきは中州城。城で本当の家族と生きる方が良いのではないのか。城主である兄を支えながら。
それを乱舞と卯龍に伝えたのが先日。兄である乱舞は歓迎してくれた。養父の卯龍は残念そうにしつつも、すぐに中州城にある城主一族の私的空間「奥屋敷」に与羽の部屋を準備してくれた。古狐家には好きな時に戻ってきて良いと言われたが、再び古狐家で暮らすことはないだろう。辰海がそれを望まないから。
辰海のことは気がかりだ。
しかし彼とは新しい距離間で、新しい付き合い方をした方が良いのかもしれないとも思う。それも、与羽が古狐を出ようと決めた理由の一つだった。官吏登用試験が終わって、辰海は少し落ち着いたように見える。それでも彼は与羽を避け続けていた。だから。これから文官となり大臣となるであろう幼馴染の邪魔をしたくなかったから――。
「ありがとう」
与羽は心の中にある寂しい気持ちに蓋をして、感謝の言葉を口にした。与羽のために働いてくれる彼女――野火竜月は、太一の妹だ。古狐家を出る与羽のために、卯龍が遣わせてくれた女官。幼いころから一緒に遊んでいた妹のような少女が、あれやこれやと世話を焼いてくれるのは少しむず痒いが、頼もしい。
「お気になさらず! あたし、荷運び先のお部屋も確認してきますね!」
竜月はとても機嫌が良く見えた。中州の姫君の下で働けることが嬉しいらしい。
「ありがとう」
荷造りを終えた瞬間、とたとたと部屋を飛び出していく彼女に再び礼を言って、与羽は飾られた刀に目を戻した。大切なものなのでこの梱包だけは自分でやりたいと残してもらったのだ。
与羽は刀を持ち上げた。鋼でできているにもかかわらず、とても軽い。わずかに鞘から抜いて見ると、白く磨かれた刃が美しく光った。その輝きは少し怖いと思う。この武器を振れば人を殺せるのだ。
まだ自分にはふさわしくないかもしれない。しかし、ふさわしい人間になるために努力することならできる。
「……辰海に、お別れを言わなきゃ」
与羽は刃に映る自分の顔を見返した。青紫の宝石のような瞳を。
「大丈夫」
そう言い聞かせて、刀をもとあった場所に戻す。すべてが終わったら、これを包んでこの部屋を出よう。
与羽は立ちあがった。辰海の部屋はすぐそこ。朝の冷たい空気を吸い込んで、与羽は足を動かした。この時間なら部屋にいるだろう。
「辰海」
部屋の前で呼びかける。
「…………」
返事はないが、気配を感じた。
「辰海、入るよ」
与羽はそう断って障子戸を開けた。辰海はいつもの場所に座っている。大きな一枚板の机の前。しかし、その前には何も置かれていない。机の前にただ座って、何をしていたのだろう。
「辰海」
与羽は部屋の戸を開けたまま、辰海の部屋に踏み込んだ。紙と墨の匂い。室内は朝の外気と比べると少し暖かった。
「辰海」
与羽は辰海の隣に座った。彼の方を向いて。
「私、古狐の屋敷を出て、お城に戻ろうと思うんじゃ」
ちらりとこちらを見た辰海に、ここに来た理由を告げた。
「そう……」
辰海の唇が小さく開いた。
「君も、結局僕をひとりにするんだ」
その横顔は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。
「私は辰海のこと、ずっと変わらず大切な家族だと思っとる。でも、辰海が私にいてほしくないなら、お別れするべきなんだろうって。辰海は準吏になって、これからどんどん大人になっていくんでしょ? そんな辰海の邪魔をできんって思ったんじゃ」
それが与羽の気持ち。辰海のためを考えた判断。しかし、与羽の心の中にもまだ納得できないことがある。
「だからさ、辰海。ちゃんと話し合うなら、今が本当に最後だと思う」
与羽は冷静に告げた。
大斗が与羽に贈ってくれた刀は、脇差ほどの長さしかない短いものが二本。
普通の刀よりも薄く軽く作られたそれは、大斗曰く「風水円舞を乱したら折れるよ」とのことだった。今の与羽にはまだ使いこなせないであろう繊細な武器。それでも、部屋に飾られたそれを見ると、自分の成長を信じられる気がして、与羽は小さく笑みを浮かべた。少しだけ大人になれたような、認められたような気分だ。
「竜月ちゃん」
与羽は刀から目を離して、自分より一歳若い使用人の少女を見た。
「荷造りはほとんど終わっていますよ、ご主人様! あとはそちらの刀をお包みするだけです」
少女が答える。
古狐家にある与羽の部屋はすっかり片付けられていた。大人に近づいたのなら、与羽はもう古狐家で暮らすべきではないのかもしれない。腕のけがを治しながら、与羽はそんなことを考えていた。
幼いころから今まで、卯龍の厚意によって古狐で守られてきた。しかし、与羽が本来暮らすべきは中州城。城で本当の家族と生きる方が良いのではないのか。城主である兄を支えながら。
それを乱舞と卯龍に伝えたのが先日。兄である乱舞は歓迎してくれた。養父の卯龍は残念そうにしつつも、すぐに中州城にある城主一族の私的空間「奥屋敷」に与羽の部屋を準備してくれた。古狐家には好きな時に戻ってきて良いと言われたが、再び古狐家で暮らすことはないだろう。辰海がそれを望まないから。
辰海のことは気がかりだ。
しかし彼とは新しい距離間で、新しい付き合い方をした方が良いのかもしれないとも思う。それも、与羽が古狐を出ようと決めた理由の一つだった。官吏登用試験が終わって、辰海は少し落ち着いたように見える。それでも彼は与羽を避け続けていた。だから。これから文官となり大臣となるであろう幼馴染の邪魔をしたくなかったから――。
「ありがとう」
与羽は心の中にある寂しい気持ちに蓋をして、感謝の言葉を口にした。与羽のために働いてくれる彼女――野火竜月は、太一の妹だ。古狐家を出る与羽のために、卯龍が遣わせてくれた女官。幼いころから一緒に遊んでいた妹のような少女が、あれやこれやと世話を焼いてくれるのは少しむず痒いが、頼もしい。
「お気になさらず! あたし、荷運び先のお部屋も確認してきますね!」
竜月はとても機嫌が良く見えた。中州の姫君の下で働けることが嬉しいらしい。
「ありがとう」
荷造りを終えた瞬間、とたとたと部屋を飛び出していく彼女に再び礼を言って、与羽は飾られた刀に目を戻した。大切なものなのでこの梱包だけは自分でやりたいと残してもらったのだ。
与羽は刀を持ち上げた。鋼でできているにもかかわらず、とても軽い。わずかに鞘から抜いて見ると、白く磨かれた刃が美しく光った。その輝きは少し怖いと思う。この武器を振れば人を殺せるのだ。
まだ自分にはふさわしくないかもしれない。しかし、ふさわしい人間になるために努力することならできる。
「……辰海に、お別れを言わなきゃ」
与羽は刃に映る自分の顔を見返した。青紫の宝石のような瞳を。
「大丈夫」
そう言い聞かせて、刀をもとあった場所に戻す。すべてが終わったら、これを包んでこの部屋を出よう。
与羽は立ちあがった。辰海の部屋はすぐそこ。朝の冷たい空気を吸い込んで、与羽は足を動かした。この時間なら部屋にいるだろう。
「辰海」
部屋の前で呼びかける。
「…………」
返事はないが、気配を感じた。
「辰海、入るよ」
与羽はそう断って障子戸を開けた。辰海はいつもの場所に座っている。大きな一枚板の机の前。しかし、その前には何も置かれていない。机の前にただ座って、何をしていたのだろう。
「辰海」
与羽は部屋の戸を開けたまま、辰海の部屋に踏み込んだ。紙と墨の匂い。室内は朝の外気と比べると少し暖かった。
「辰海」
与羽は辰海の隣に座った。彼の方を向いて。
「私、古狐の屋敷を出て、お城に戻ろうと思うんじゃ」
ちらりとこちらを見た辰海に、ここに来た理由を告げた。
「そう……」
辰海の唇が小さく開いた。
「君も、結局僕をひとりにするんだ」
その横顔は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。
「私は辰海のこと、ずっと変わらず大切な家族だと思っとる。でも、辰海が私にいてほしくないなら、お別れするべきなんだろうって。辰海は準吏になって、これからどんどん大人になっていくんでしょ? そんな辰海の邪魔をできんって思ったんじゃ」
それが与羽の気持ち。辰海のためを考えた判断。しかし、与羽の心の中にもまだ納得できないことがある。
「だからさ、辰海。ちゃんと話し合うなら、今が本当に最後だと思う」
与羽は冷静に告げた。
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