龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
157 / 201
  外伝 - 第六章 炎狐と龍姫

六章一節 - 別れの一歩

しおりを挟む
【第六章 炎狐えんこ龍姫りゅうき

 大斗だいと与羽ように贈ってくれた刀は、脇差わきざしほどの長さしかない短いものが二本。
 普通の刀よりも薄く軽く作られたそれは、大斗いわく「風水円舞ふうすいえんぶを乱したら折れるよ」とのことだった。今の与羽にはまだ使いこなせないであろう繊細な武器。それでも、部屋に飾られたそれを見ると、自分の成長を信じられる気がして、与羽は小さく笑みを浮かべた。少しだけ大人になれたような、認められたような気分だ。

竜月りゅうげつちゃん」

 与羽は刀から目を離して、自分より一歳若い使用人の少女を見た。

「荷造りはほとんど終わっていますよ、ご主人様! あとはそちらの刀をお包みするだけです」

 少女が答える。

 古狐ふるぎつね家にある与羽の部屋はすっかり片付けられていた。大人に近づいたのなら、与羽はもう古狐家で暮らすべきではないのかもしれない。腕のけがを治しながら、与羽はそんなことを考えていた。
 幼いころから今まで、卯龍うりゅうの厚意によって古狐で守られてきた。しかし、与羽が本来暮らすべきは中州城。城で本当の家族と生きる方が良いのではないのか。城主である兄を支えながら。

 それを乱舞らんぶと卯龍に伝えたのが先日。兄である乱舞は歓迎してくれた。養父の卯龍は残念そうにしつつも、すぐに中州城にある城主一族の私的空間「奥屋敷」に与羽の部屋を準備してくれた。古狐家には好きな時に戻ってきて良いと言われたが、再び古狐家で暮らすことはないだろう。辰海たつみがそれを望まないから。

 辰海のことは気がかりだ。
 しかし彼とは新しい距離間で、新しい付き合い方をした方が良いのかもしれないとも思う。それも、与羽が古狐を出ようと決めた理由の一つだった。官吏登用試験が終わって、辰海は少し落ち着いたように見える。それでも彼は与羽を避け続けていた。だから。これから文官となり大臣となるであろう幼馴染の邪魔をしたくなかったから――。

「ありがとう」

 与羽は心の中にある寂しい気持ちに蓋をして、感謝の言葉を口にした。与羽のために働いてくれる彼女――野火のび竜月は、太一たいちの妹だ。古狐家を出る与羽のために、卯龍が遣わせてくれた女官。幼いころから一緒に遊んでいた妹のような少女が、あれやこれやと世話を焼いてくれるのは少しむず痒いが、頼もしい。

「お気になさらず! あたし、荷運び先のお部屋も確認してきますね!」

 竜月はとても機嫌が良く見えた。中州の姫君の下で働けることが嬉しいらしい。

「ありがとう」

 荷造りを終えた瞬間、とたとたと部屋を飛び出していく彼女に再び礼を言って、与羽は飾られた刀に目を戻した。大切なものなのでこの梱包だけは自分でやりたいと残してもらったのだ。

 与羽は刀を持ち上げた。鋼でできているにもかかわらず、とても軽い。わずかに鞘から抜いて見ると、白く磨かれた刃が美しく光った。その輝きは少し怖いと思う。この武器を振れば人を殺せるのだ。

 まだ自分にはふさわしくないかもしれない。しかし、ふさわしい人間になるために努力することならできる。

「……辰海に、お別れを言わなきゃ」

 与羽は刃に映る自分の顔を見返した。青紫の宝石のような瞳を。

「大丈夫」

 そう言い聞かせて、刀をもとあった場所に戻す。すべてが終わったら、これを包んでこの部屋を出よう。

 与羽は立ちあがった。辰海の部屋はすぐそこ。朝の冷たい空気を吸い込んで、与羽は足を動かした。この時間なら部屋にいるだろう。

「辰海」

 部屋の前で呼びかける。

「…………」

 返事はないが、気配を感じた。

「辰海、入るよ」

 与羽はそう断って障子戸を開けた。辰海はいつもの場所に座っている。大きな一枚板の机の前。しかし、その前には何も置かれていない。机の前にただ座って、何をしていたのだろう。

「辰海」

 与羽は部屋の戸を開けたまま、辰海の部屋に踏み込んだ。紙と墨の匂い。室内は朝の外気と比べると少し暖かった。

「辰海」

 与羽は辰海の隣に座った。彼の方を向いて。

「私、古狐の屋敷を出て、お城に戻ろうと思うんじゃ」

 ちらりとこちらを見た辰海に、ここに来た理由を告げた。

「そう……」

 辰海の唇が小さく開いた。

「君も、結局僕をひとりにするんだ」

 その横顔は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。

「私は辰海のこと、ずっと変わらず大切な家族だと思っとる。でも、辰海が私にいてほしくないなら、お別れするべきなんだろうって。辰海は準吏になって、これからどんどん大人になっていくんでしょ? そんな辰海の邪魔をできんって思ったんじゃ」

 それが与羽の気持ち。辰海のためを考えた判断。しかし、与羽の心の中にもまだ納得できないことがある。

「だからさ、辰海。ちゃんと話し合うなら、今が本当に最後だと思う」

 与羽は冷静に告げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...