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14:大使館は春を待つ
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「私べつに木栖1佐とどうこうなりたいとは思ってませんからね?」
夏沢が口にしたのは、以前から俺が気にしていた懸念だった。
今年、いやもう年を越してるから去年か。夏沢がこの大使館に来て木栖の部下になった時、夏沢の木栖に対する距離感がやけに近いので夏沢は木栖に惚れているのではないか?という懸念があった。
木栖の裏撮りで夏沢の距離感の近さは仕事由来だという結論が出たが俺はその懸念を完全に払拭しきれていない。
もし夏沢に木栖への恋愛感情がならば今の俺と木栖が偽装夫婦としてふるまうことに支障が出る可能性があり、それを回避したかった。
「本当にか?」
「ひとりの自衛官として興味はあります、でもそれだけです」
夏沢はあくまでも淡々とそう答えた。
その視線はすり潰される豆のほうに向けられており、俺のほうを見てはいないが表情はいつもと変わらないように見える。
「本当にか」
「男女の上司と部下の間に恋愛関係は自動的に芽生えるとでもお思いですか?」
「いや、別にそう言う訳じゃない」
「だいいち木栖1佐が男好きで今好きなのは真柴大使だって傍目からでも見てて分かるのに、そこから略奪愛に動くほど蛮勇にあふれてはいませんよ」
「そういう風に見えるのか」
「見えますね」
きっぱりと夏沢が言い切る。
(夏沢から見てもあいつって俺の事好きなんだな)
その事実が嬉しくて微かに口角が上がる。
あいつから好かれている事実で気分が悪くなるほど俺たちの関係は浅くない。
夏沢がすりこ木を置いて「交代で」と言い出すので、今度は俺の番になる。
ゴリゴリと豆をすり潰しながら木栖の事を考えてみる。
同性の目からも男前で能力も高い知り合いの男が俺に好意を向けてくれる、それは俺のささやかな自尊心を満たしてくれる。
「逆に真柴大使は木栖1佐とどうなりたいとかあるんですか?」
「どうなりたい、と言われてもな」
あいつから向けられる好意は心地が良い。
しかしその好意から始まる結婚という関係は俺たちが同性の日本人である限りたどり着くことはないシロモノである。
「まだ今はわからん」
わからないと言うか自分の中にその答えがない、と言うのが近いだろうか。
「一方的な好意の搾取じゃないですか、それ」
好意の搾取という夏沢の言葉が胸に突き刺さる。
確かに俺はあいつの好意に何かを返せているのだろうか?
「そもそも好意に対するちゃんとした返事も出来ないうちから、私と木栖1佐の関係を邪推するのほんと良くないと思います」
夏沢の鋭利な言葉が俺を切り刻んでくる。
ごりごりとすり潰されているのは豆じゃなくて俺なのではないかという気がしてきた。
「なので邪推するなら木栖1佐との関係を偽装夫婦以外のものにしてからにしてください」
投げかけられる鋭利な言葉に対して俺は「すまない」という言葉しか出てこず、夏沢に「それは木栖一佐に言うべきですよ」と切り捨てられる。
夏沢は「もういいかな」と呟いてすり鉢を飯山さんのほうに持って行く。
飯山さんがすり潰した豆の様子を確認した後「大使ー、豆乳飲みますかー?」と聞いてくる。
夏沢に切り刻まれたメンタルが優しい味を欲したので「ください」と小さく応えた。
ちなみに。
完成した豆乳は薄い灰色を帯びており豆腐も色の薄い胡麻豆腐のようになったが、高野豆腐は乾燥時の紫外線の影響で真っ白になっていた。
味は普通の豆腐なのに見た目が薄い灰色の豆腐は大使館の定番になりそうである。
夏沢が口にしたのは、以前から俺が気にしていた懸念だった。
今年、いやもう年を越してるから去年か。夏沢がこの大使館に来て木栖の部下になった時、夏沢の木栖に対する距離感がやけに近いので夏沢は木栖に惚れているのではないか?という懸念があった。
木栖の裏撮りで夏沢の距離感の近さは仕事由来だという結論が出たが俺はその懸念を完全に払拭しきれていない。
もし夏沢に木栖への恋愛感情がならば今の俺と木栖が偽装夫婦としてふるまうことに支障が出る可能性があり、それを回避したかった。
「本当にか?」
「ひとりの自衛官として興味はあります、でもそれだけです」
夏沢はあくまでも淡々とそう答えた。
その視線はすり潰される豆のほうに向けられており、俺のほうを見てはいないが表情はいつもと変わらないように見える。
「本当にか」
「男女の上司と部下の間に恋愛関係は自動的に芽生えるとでもお思いですか?」
「いや、別にそう言う訳じゃない」
「だいいち木栖1佐が男好きで今好きなのは真柴大使だって傍目からでも見てて分かるのに、そこから略奪愛に動くほど蛮勇にあふれてはいませんよ」
「そういう風に見えるのか」
「見えますね」
きっぱりと夏沢が言い切る。
(夏沢から見てもあいつって俺の事好きなんだな)
その事実が嬉しくて微かに口角が上がる。
あいつから好かれている事実で気分が悪くなるほど俺たちの関係は浅くない。
夏沢がすりこ木を置いて「交代で」と言い出すので、今度は俺の番になる。
ゴリゴリと豆をすり潰しながら木栖の事を考えてみる。
同性の目からも男前で能力も高い知り合いの男が俺に好意を向けてくれる、それは俺のささやかな自尊心を満たしてくれる。
「逆に真柴大使は木栖1佐とどうなりたいとかあるんですか?」
「どうなりたい、と言われてもな」
あいつから向けられる好意は心地が良い。
しかしその好意から始まる結婚という関係は俺たちが同性の日本人である限りたどり着くことはないシロモノである。
「まだ今はわからん」
わからないと言うか自分の中にその答えがない、と言うのが近いだろうか。
「一方的な好意の搾取じゃないですか、それ」
好意の搾取という夏沢の言葉が胸に突き刺さる。
確かに俺はあいつの好意に何かを返せているのだろうか?
「そもそも好意に対するちゃんとした返事も出来ないうちから、私と木栖1佐の関係を邪推するのほんと良くないと思います」
夏沢の鋭利な言葉が俺を切り刻んでくる。
ごりごりとすり潰されているのは豆じゃなくて俺なのではないかという気がしてきた。
「なので邪推するなら木栖1佐との関係を偽装夫婦以外のものにしてからにしてください」
投げかけられる鋭利な言葉に対して俺は「すまない」という言葉しか出てこず、夏沢に「それは木栖一佐に言うべきですよ」と切り捨てられる。
夏沢は「もういいかな」と呟いてすり鉢を飯山さんのほうに持って行く。
飯山さんがすり潰した豆の様子を確認した後「大使ー、豆乳飲みますかー?」と聞いてくる。
夏沢に切り刻まれたメンタルが優しい味を欲したので「ください」と小さく応えた。
ちなみに。
完成した豆乳は薄い灰色を帯びており豆腐も色の薄い胡麻豆腐のようになったが、高野豆腐は乾燥時の紫外線の影響で真っ白になっていた。
味は普通の豆腐なのに見た目が薄い灰色の豆腐は大使館の定番になりそうである。
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