ふたりの魔法は憎しみでしか発動しない—アラブとユダヤの魔法陣。世界を”救う”には残念ながらキスが必要らしい

霧人 イスラエル・ハイム

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逆さに泳ぐ鯉

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翌朝、リナは目を覚ますと同時に叫んだ。

「うわっ、なにこれ!?」

自分の部屋の天井に、青い魚が一匹、ゆうゆうと泳いでいた。

しかも完全に逆さ。

腹が天井に向いて、背びれが床の方を指している。

魚はリナを見下ろすように一回転して、
泡のような文字を宙に描いた。

『今夜零時。オリーブの木の下。来ないと世界が割れる』

文字はすぐに消えた。

リナは握りしめたままの青い石を見つめた。
昨日のことは夢じゃなかった。

同じ頃、レイラも自分の部屋で目を剥いていた。

ベッドの上に、赤い魚が一匹、逆さに浮かんでいた。

魚はレイラをじっと見て、同じ泡の文字を残した。

『今夜零時。オリーブの木の下。来なかったら、お前の村が沈む』

夜、月は雲に隠れていた。

二人はそれぞれ家を抜け出し、
誰もいない境界線近くの、枯れかけた一本のオリーブの木の下に立った。

「……やっぱり来たんだ」

「……あんたが来ると思ったから、仕方なく」

風がざわめく。

すると、木の根元から小さな光が湧き上がり、
二人の前に、昨日と同じ虹色の鯉が現れた。

でも今日は、完全に逆さまで泳いでいる。
鯉は低い声で告げた。

「世界の痛みは、すでに動き始めている。
 お前たちが握った石は、『痛みを終わらせる鍵』であると同時に、『痛みを増やす錠』でもある」

リナが眉をひそめる。

「どういうこと?」

鯉は逆さに一回転し、
宙に巨大な水泡を浮かべた。

泡の中には、燃える村、泣き叫ぶ子どもたち、崩れ落ちる家が映っている。

でも映像はすべて逆さまだ。

「今夜から、世界は少しずつ“逆さ”になっていく。
 空が海になり、海が空になる。
 憎しみが愛に見え、愛が憎しみに見える。
 お前たちが協力しない限り、すべてが逆さに固定される」

レイラが吐き捨てる。

「協力なんてできるわけないでしょ」

すると鯉はゆっくりと二人の間を泳ぎ、
逆さのまま、静かに言った。

「なら、試してみるか?」

瞬間、地面が水面のように揺れ、
二人の足元がふわりと浮いた。

次の瞬間、二人は逆さに浮かんでいた。

頭が下、足が上。

オリーブの木が根を天に伸ばし、
星空が足元に広がっている。

リナは叫んだ。

「ちょっと!どうすれば戻れるのよ!」

鯉は遠くで逆さに微笑んだように見えた。

「簡単だ。
 お前たちが初めて“同じ言葉”を同時に口にすればいい」

レイラが睨む。

「絶対嫌」

でも、遠くの空で、逆さに泳ぐ魚たちが次々と落ち始める。

星が海になり、雲が底に沈んでいく。

世界が、文字通りひっくり返り始めていた。
二人は逆さに浮かんだまま、
ぎりっと歯を食いしばって、
同時に、ほとんど叫ぶように言った。

「……戻せ!」

瞬間、ぐらり、と世界が正立に戻った。
二人は地面に尻もちをつき、
息を切らして睨み合う。

鯉の声だけが、静かに響いた。

「初めての協力、成功だ。
 だが、まだまだ始まったばかり」

逆さに泳ぐ鯉は、闇の中へと消えていった。
残されたのは、
憎しみと恐怖と、でも確かに“同じ言葉”を言ってしまった二人だけ。

夜風が、枯れかけたオリーブの葉を鳴らした。
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