【完結】運命の番より俺を愛すると誓え

劣情祝詞

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後編

23 完

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 救助は意外にも早く、俺が意識を失った直後に救急車が来たらしい。
 カージャックがヘリによって追跡されていたことで、俺たちがトラックから飛び出した影が僅かに映っていて、救助が来たとのことだった。
 蒼井と俺はすぐさま病院に運ばれた。
 CASによるαリンチの被害者、生存者。
 蒼井は重要参考人として警察からの聞き込みを受けたが、ほとんど何も答えなかったそうだ。
 あの事件では、カージャック犯は記者と警察を巻き、再度見つけた時にはトラックは人質もろとも乗り捨てられ、犯人たちはどこかへ逃走した、とニュースでやっていた。
 犯人はCASだと思われつつも、明確な証明はなく、むしろトラックに積まれていた大金の方が問題となった。
 宗教団体SとΩ保護団体の癒着が糾弾され、結果的に都築の計画通りとなった。

 俺はというと、カージャックの現場を偶然目撃してしまい、一緒に攫われた一般人ということになっていた。
 蒼井がそう証言したらしかった。
 足と肋骨の骨折、全身の打撲、こめかみの切り傷、皮膚は所々抉れていた。
 全治三ヶ月。
 内臓破裂や脳の損傷、折れた肋骨が肺に刺さらなかったのが奇跡だと医者からはしきりに言われた。
 蒼井はもちろん故意の無断欠勤でないことが証明され、無事職場である弁護士事務所に復帰してから、もう半年近く経つ。
 今はCAS事件の被害者として上がった知名度を利用して、第二性にまつわる裁判の専門家として、Ω差別撤廃を訴えている。
 能天気そうに見えて賢い男だ。
 全国のΩが、彼の元に殺到して弁護を依頼していたり、アイツ自身テレビ番組に出演し社会階級制度撤廃を語ったり、忙しい日々を過ごしている。
 その姿はまるで「言葉による平和、正義、幸せ」を誰かに証明しようとしているようだった。

 一方の俺はというと……。

「ちょっと薫!もう行くの!?」
「うるせえな、悪いか」
「ちょおっと前までうちでヒモ生活してたのに、最近は全然顔見せないんだから、もう」
「寂しいのかよ」
「図々しいフリーター息子でも、寂しいわよ」
「……」
「嘘よ、せいせいしてるわ。新婚の邪魔する姑になるつもりはありません!」
「なっ、新婚じゃねえ!」
「……事実婚でしょうが。今日はパチンコ寄らずに、まっすぐうちに帰るのよ」
「わかってらあ」

 俺は実家を出た。
 相変わらず俺の家は、むせかえるような洗剤の香りを放っている。
 ゴウンゴウンと、洗濯機が轟音を響かせ、甘ったるい匂いを含んだ熱風が俺の背中を押した。

「ほんとに嫁に貰ってくれるんだものねぇ……」



 テレビでは、数時間の枠を設けて平和祈念式典が中継されていた。
 一面に白い菊で飾られた屋外広場、その中心の壇上では総理大臣が式典挨拶を読み上げている。

『……の御霊に対し、謹んで、哀悼の誠を捧げ、ご冥福と、御平安を祈念いたしまして……』

 粛々と、淡々と、荘厳な趣のあるその光景に、異質な黒い影が、舞台の下から飛び込んできて、総理の前に立ちはだかった。
 舞台の下では、関係者と思しき人たちが複数、慌てた様子で舞台に上がろうとしている。
 ドラマのワンシーンを見ているようだった。

 その黒い影は、総理の首めがけて、右腕を叩きつけた。
 手元で一瞬キラリと光ったのは、刃物だった。
 次の瞬間、切られた男は首から大量の血を吹き出して、バタンと大きな音を立てて後ろに倒れた。
 二人の周りを囲む白い菊が、赤黒く染まった。
 切りつけた衝撃で、黒い影の頭からかぶっていたフードがパサリと外れる。
 顔はよく見えないが、背格好は少年から青年、若い男のようだった。

 一瞬のことだった。

 国の最高権力者であるαの返り血を全身に浴びて、真っ赤に染まった少年は、地面に膝をついて、天高く叫んだ。

『はははははははははははははは!!!全てのオメガに救いを!!全ての差別主義者に天誅を!!!』

 阿鼻叫喚。
 悲鳴、逃げ惑う音、慌ただしい足音、その騒めきを裂くように、マイクが拾い、日本中に響いたその声は、かつて聞いたことのある声だった。
 そのまま少年は、男を切り裂いたナイフの刃先を自身の喉元に向け。
 その瞬間、中継カメラが大きくグワンと揺れたかと思うと、画面が切り替わり「しばらくお待ちください」との文字が出た。

 俺は、テレビの電源を消した。
 そして、二人がけの大きなソファの、俺の隣に座っている男の胸に寄りかかった。
 男は、俺のアッシュグレーの髪を手でくるくるといじりながら言った。

「……お母さんのところ行ってきたの?」
「なんでそう思う」
「いい匂いがしたから」
「ばぁか、フェロモンだ」
「そっか…」
「お前こそ、またあの香水つけてんのか」
「フェロモンだよ」

 男は嬉しそうに笑い、俺の頭をポンポンと軽く撫でた。
 子供扱いされたような気がして照れ臭かったが、顔が赤くなっただけで振り払いはしなかった。

「お腹空かない?お昼何にする?」
「炒飯。卵多めな」
「今日のご飯担当は君だろ」
「あー、ウーバーしようぜ」
「……わかったよ、何にする?」
「つけ麺」
「炒飯じゃないのか……」




おわり
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