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後日談
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20××/08/18
「あーそろそろバイト行ってくるわ」
「……口座共有しようよ」
クーラーをガンガンに効かせた部屋のソファの上でべったりとくっつきながら蒼井は俺に言った。
「それ13回目」
「付き合ってるんだからいいじゃないか。君に損はさせないし。俺のそばにいてよ」
無職の俺と売れっ子弁護士の蒼井。
口座を共有するなんて言っても、実質蒼井が俺を養うだけだ。
「通い妻もやめてちゃんと同棲しよう」
「だれが通い妻だって?」
「口座も共有して、同棲して、一緒に過ごす時間を増やそう」
そう言って人の良さそうに笑う。
今くつろいでいるこの部屋は蒼井の住んでいる賃貸だ。
マンションの15階にある1DKで、俺にとっちゃあ一人暮らしするには十分すぎる豪邸だ。
一方俺はいまだに実家暮らしで、バイトで入る金はせいぜい月10万程度。
どう考えても釣り合わなすぎる。
「結婚するまでは嫌だ」
ヒモになりたくない。
「じゃあ、結婚しよう」
「嫌だね」
ちゃんと自分一人で生きていけるだけの生活力と資金を稼げるようになってから結婚するのが、α、もとい蒼井を相手にした俺のちっぽけなプライドなのかもしれない。
あるいは、蒼井を大事にしたい俺の強がりか。
蒼井は俺の腰に両腕を回してがしっとホールドした。
「バイト行かなきゃだから離せ」
「誓いのキス、してくれたらね」
ガキじゃねえんだから。
俺は片手でそっと蒼井の前髪を上に持ち上げて、露になった額にちゅっと口づけた。
「……今のは婚約のキスな」
「君、格好よすぎだ……」
照れてるお前は可愛いけどな、とは言ってやらなかった。
20××/08/25
「会社にΩいんのか?」
「いるけど……」
「……あんま喋んなよ」
我ながら質の悪い嫉妬で呆れる。
だけど、しょうがないだろ。
こいつはαで、俺はβなんだから。
「もしお前が運命の番にでも会ったりしたら、俺はそいつ殺す」
「暴力はダメだってば。そうしたら、そうだなあ。……海外でも行こうか」
俺を背中から抱き締めたまま、耳元になだれ込んできた蒼井の言葉に面食らう。
「かっ、海外!?」
「そいつがいない国に行こうよ。俺、トルコがいいなあ」
「トルコ……って、俺英語喋れねえぞ」
「トルコの公用語はトルコ語だよ」
「もっと喋れねぇよ!」
「俺はある程度喋れるから大丈夫。トルコは自然豊かで、歴史的な遺産もたくさんあって、街全体で野良猫を守ってるんだ。」
「猫飼いたいのか?」
「可愛いよね」
「……俺は動物は好きじゃない」
そう言った俺を蒼井はニマニマと含みありげな顔で見つめてきた。
「妬いちゃう?」
「動物相手に誰が妬くかよ」
「……ほんとはね、どこだっていいんだ。君とだったら。誰にも邪魔されない場所なら、どこだって」
20××/09/10
俺はここ半月ほど忙しくしてて、蒼井の家には行けてなかった。
やっと忙しさに区切りがついて、俺が真っ先に蒼井の家に向かうと、そこには見知らぬ住人がいた。
「に"ゃあ"」
「保護猫を引き取ったんだ、灰色で可愛いだろ」
白に近い灰色の毛をして、しゅっとした成猫がそこにはいた。
だいぶくつろいでいて我が物顔で蒼井の家の床を歩いている。
爪とぎやキャットウォークなどがきちんと用意されていて面食らった。
「ほらほら、ムトル、猫じゃらしだぞ~」
「……ちっ」
蒼井は猫の名前らしきものを言いながら、猫に構っている。
なんだよ、もう少し、二人きりの時間を楽しむとかいう発想はねえのかよ。
呆れていてもしょうがないので俺は猫を観察する。
「ムトルってどういう意味だよ」
「トルコ語で『幸せ』」
そう答えた蒼井は本当に幸せそうに見えた。
しかし猫は、構おうとする蒼井よりも、そっけない俺に擦り寄ってきた。
「猫は放っておくと寄ってくるっていうからね」
猫に逃げられてしょぼんとする蒼井。
猫に体を擦り付けられて、満更でもない気持ちになる俺、そんな俺を蒼井は後ろから抱きしめてきた。
「なんだよ」
「……俺の方が妬いてちゃ世話ないな」
馬鹿何言ってんだ!と叫びたくなったがやめた、先ほどまで俺も同じようなことを思っていたから、なんともいえなかった。
俺は猫の背中を恐る恐る撫でながら言った。
「なんでこいつにしたんだよ。もっとこう、綺麗な色とか、もっと小さい仔猫もいたんだろ。」
「だって、君に似てたんだもん。」
「はあ!?」
「ほら、毛の色が君に似てる。それに、大人になって何かを諦めてるような、それでいて助けてって救いを求めて震えてる姿が、君みたいだったから」
「……馬鹿にしてんのか」
「可愛かったんだよ、拗ねないで」
手持ちぶさたに猫じゃらしをもつ蒼井が寂しそうに見えたのか、猫は蒼井の膝に乗って丸くなって寝た。
慈愛の目で猫を見て、その頭を思い切り撫でて蒼井は言う。
「君は俺の幸せ、だから幸せなんだ」
「……勝手にしろよ」
顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
なんだか妙に恥ずかしかった。
「あーそろそろバイト行ってくるわ」
「……口座共有しようよ」
クーラーをガンガンに効かせた部屋のソファの上でべったりとくっつきながら蒼井は俺に言った。
「それ13回目」
「付き合ってるんだからいいじゃないか。君に損はさせないし。俺のそばにいてよ」
無職の俺と売れっ子弁護士の蒼井。
口座を共有するなんて言っても、実質蒼井が俺を養うだけだ。
「通い妻もやめてちゃんと同棲しよう」
「だれが通い妻だって?」
「口座も共有して、同棲して、一緒に過ごす時間を増やそう」
そう言って人の良さそうに笑う。
今くつろいでいるこの部屋は蒼井の住んでいる賃貸だ。
マンションの15階にある1DKで、俺にとっちゃあ一人暮らしするには十分すぎる豪邸だ。
一方俺はいまだに実家暮らしで、バイトで入る金はせいぜい月10万程度。
どう考えても釣り合わなすぎる。
「結婚するまでは嫌だ」
ヒモになりたくない。
「じゃあ、結婚しよう」
「嫌だね」
ちゃんと自分一人で生きていけるだけの生活力と資金を稼げるようになってから結婚するのが、α、もとい蒼井を相手にした俺のちっぽけなプライドなのかもしれない。
あるいは、蒼井を大事にしたい俺の強がりか。
蒼井は俺の腰に両腕を回してがしっとホールドした。
「バイト行かなきゃだから離せ」
「誓いのキス、してくれたらね」
ガキじゃねえんだから。
俺は片手でそっと蒼井の前髪を上に持ち上げて、露になった額にちゅっと口づけた。
「……今のは婚約のキスな」
「君、格好よすぎだ……」
照れてるお前は可愛いけどな、とは言ってやらなかった。
20××/08/25
「会社にΩいんのか?」
「いるけど……」
「……あんま喋んなよ」
我ながら質の悪い嫉妬で呆れる。
だけど、しょうがないだろ。
こいつはαで、俺はβなんだから。
「もしお前が運命の番にでも会ったりしたら、俺はそいつ殺す」
「暴力はダメだってば。そうしたら、そうだなあ。……海外でも行こうか」
俺を背中から抱き締めたまま、耳元になだれ込んできた蒼井の言葉に面食らう。
「かっ、海外!?」
「そいつがいない国に行こうよ。俺、トルコがいいなあ」
「トルコ……って、俺英語喋れねえぞ」
「トルコの公用語はトルコ語だよ」
「もっと喋れねぇよ!」
「俺はある程度喋れるから大丈夫。トルコは自然豊かで、歴史的な遺産もたくさんあって、街全体で野良猫を守ってるんだ。」
「猫飼いたいのか?」
「可愛いよね」
「……俺は動物は好きじゃない」
そう言った俺を蒼井はニマニマと含みありげな顔で見つめてきた。
「妬いちゃう?」
「動物相手に誰が妬くかよ」
「……ほんとはね、どこだっていいんだ。君とだったら。誰にも邪魔されない場所なら、どこだって」
20××/09/10
俺はここ半月ほど忙しくしてて、蒼井の家には行けてなかった。
やっと忙しさに区切りがついて、俺が真っ先に蒼井の家に向かうと、そこには見知らぬ住人がいた。
「に"ゃあ"」
「保護猫を引き取ったんだ、灰色で可愛いだろ」
白に近い灰色の毛をして、しゅっとした成猫がそこにはいた。
だいぶくつろいでいて我が物顔で蒼井の家の床を歩いている。
爪とぎやキャットウォークなどがきちんと用意されていて面食らった。
「ほらほら、ムトル、猫じゃらしだぞ~」
「……ちっ」
蒼井は猫の名前らしきものを言いながら、猫に構っている。
なんだよ、もう少し、二人きりの時間を楽しむとかいう発想はねえのかよ。
呆れていてもしょうがないので俺は猫を観察する。
「ムトルってどういう意味だよ」
「トルコ語で『幸せ』」
そう答えた蒼井は本当に幸せそうに見えた。
しかし猫は、構おうとする蒼井よりも、そっけない俺に擦り寄ってきた。
「猫は放っておくと寄ってくるっていうからね」
猫に逃げられてしょぼんとする蒼井。
猫に体を擦り付けられて、満更でもない気持ちになる俺、そんな俺を蒼井は後ろから抱きしめてきた。
「なんだよ」
「……俺の方が妬いてちゃ世話ないな」
馬鹿何言ってんだ!と叫びたくなったがやめた、先ほどまで俺も同じようなことを思っていたから、なんともいえなかった。
俺は猫の背中を恐る恐る撫でながら言った。
「なんでこいつにしたんだよ。もっとこう、綺麗な色とか、もっと小さい仔猫もいたんだろ。」
「だって、君に似てたんだもん。」
「はあ!?」
「ほら、毛の色が君に似てる。それに、大人になって何かを諦めてるような、それでいて助けてって救いを求めて震えてる姿が、君みたいだったから」
「……馬鹿にしてんのか」
「可愛かったんだよ、拗ねないで」
手持ちぶさたに猫じゃらしをもつ蒼井が寂しそうに見えたのか、猫は蒼井の膝に乗って丸くなって寝た。
慈愛の目で猫を見て、その頭を思い切り撫でて蒼井は言う。
「君は俺の幸せ、だから幸せなんだ」
「……勝手にしろよ」
顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
なんだか妙に恥ずかしかった。
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